6. リスタート



 ガタンと車両が縦にぶれるように強く揺れた。

 電車が短いトンネルに入ったようだ。


 車窓が坑内の石壁にふさがれ、一気に車内が真っ暗になる。


 ただ二人は気づいていかなかった。

 行きの時にはそんなトンネルが無かった事には――


 電車は一瞬でトンネルから出た。

 そして床から衝撃と大きな音がしたかと思うと、いきなり車内が静かになった。


 そして一気に視界が開けた。


 電車は広い河口の上を渡る、鉄橋の上を進んでいた。

 ちょうど陽が落ちる時間で、右から見える海には、大きな太陽が水平線へと沈んでいく所だった。

 反対の左窓側は川の上流で、広い緑の河川敷がどこまでも続いてた。


 突然の変化に驚き、ミナミは呆然と窓の外を見た。


 この海。海岸線。私の知っている故郷の砂浜。

 小さな頃に両親とよく歩いた場所。


 けれど見えるのは私の知らない時間。

 波の音。若い両親の笑い声。私はママのお腹の中。

 私、呼ばれている…


 波…

 ミナミ…


 父と母の声がした。


 「ミナミだよ。娘の名前。美しい波と書いて【美波】。

  何度も繰り返し打ち寄せて、美しい模様を残していく。

  こんないい名前はないって思ったんだ。気に入った?」

 「うん! とっても!」


 ミナミはぎゅっと両手を握りしめた。



 ミネトは立ち上がり、ドアの窓に両手を付いた。


 河川敷の土手の途中に、白い何かが見えた。


 軽トラックだ。

 実家で商売に使っているヤツ。

 その荷台の上に誰かがいた。まさかと思った。


 親父だった。

 仁王立ちで立って、電車に向かって手を上げていた。

 しかもちゃんと職人の仕事着を身につけていた。


 目を凝らすと、親父の足元に座っている男たちがいた。

 そいつらがしっかりと親父の体を支えている。

 俺はその男たちをよく知っていた。古くからの親父の仲間たちだ。

 みな強い絆で結ばれている。

 それが親父の「人望」だった。


 川を超えた遠くに、大きな山の稜線が見えていた。

 俺は親父の言葉を思い出していた。

「【嶺人】と書いてミネトだ。あの山が、お前が生まれた時から見守ってくれてる。

 山は誰のものでもねえ。独り占めもできん。けどあったかくて、皆に好かれてる。

 お前はそんな男になれ」



 二人はお互いに背を向けて、それぞれの想いにひたり、涙ぐんでいた。


 鉄橋が終わりに差し掛かる。再び電車が揺れた。

 ぱっと二人の思い出の景色が闇の中に消えた。

 今度のトンネルは長かった。

 けれど、とても静かで音がしない。


 ミナミとミネトは床が無くなったような、奇妙な感覚に襲われた。


 いま気づけば、こんな長いトンネルなんて、あったんだろうか?

 点だった出口の光。

 前から迫ってくるうちに、どんどん大きくなってくる。


 やがて光は二人を一気に包みこみ、視界を真っ白に奪っていった。





「お急ぎ下さい。桜ヶ丘行きの急行電車、あと五分で発車でぇ~す」


 案内放送を聞いて、ミナミとミネトは、ばっと飛び起きた。

 そのせいで、二人はお互いに三秒も、目を合わせてしまった。


「え…」


 我に返ってあたりを見回した。

 そこは、二人が先ほど出発したはずの、鶴ヶ嶺駅のホームだった。

 ミナミもミナトも電車の中で、角の席に座っていた。


 二人が混乱する中、次の放送が鳴り響いた。

「お急ぎ下さい。17時10分発、桜ヶ丘行きの急行電車、あと5分で発車でぇ~す」


「え? 何これ?」

「何だこれ?」


 うろたえて何も出来なかった二人だったが、お互いに見た光景が二人を悟らせた。


「あ! あの女の子…駅のホーム、歩いてて…赤い風船!!」

「あ! 青い野球帽…手をつないで…笑ってる!!」



「まもなく桜ヶ丘行き、発車となりまぁ~す」


 発車最後の放送を聞いた刹那、一瞬のためらいもなく、二人は電車から飛び降りていた。


 背後でドアが閉まる音がした。

 二人を乗せたはずの電車が、ゆっくりと次の駅に向かって走っていた。


「こんなことってあると思う?」

「こんなことってあんのかよ?」


 声が重なった。ミナミとミネトの初めての会話だった。


 その時、二人のスマホがほぼ同時に震えだした。

 それぞれ取り出してみると、溜まっていた何件もの通知が、溢れるように表示されていた。


「パパとママ!」

 ポスターケースは家に保管されているという連絡だった。

 最後に「お前の気持ちを見たい、ミナミ」とあった。

 ミナミは涙を拭いた。


「ヤマネ、イチカズも…」

 悪友のヤマネは俺の実家にいるようだ。親父と一緒に待っていると伝えてきた。イチカズは今日、出張から返ってくるそうだ。


 私…

 俺…



 今から、やり直せる。


 二人はスマホをしまうと、互いに向き合った。


「じゃあね、殺人魔さん」

「じゃあな、生意気女」


「何よそれ!」

「何だよそれ!」


「変なやつ!」

「お前もな!」


「…じゃあね」

「…じゃあな」



 駅を出た二人は、そのまま振り返らず、別々の道へと歩いていった。




(リスタート  おわり)

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