第20話 大図書館付き・よろずや開業
それから数週間以上にわたって、私は大図書館にいつものように出勤しつつも半分以上の時間を通常業務以外に費やしていた。ラズ叔父さまがグレートモルヴェンにいらっしゃって、各所への挨拶もそこそこに早速、大図書館修繕部ことエラズマス・ダーウィン率いるヒミツのよろず屋プロジェクトがスタートした。
来る日も来る日も、ほぼ朝から夕方までひたすら配達用と内勤両方のランプポストのアップデート作業を行った。作業はラズ叔父さま自らも参加し、叔父さまとは少し時期をずらしてモルヴェン入りした2名の研究助手さんたちがいたけれど、あまり大々的にするわけにはいかないのであとは私がカバーし、私のいない分の通常業務はハインリヒの采配に頼るしかなかった。
でも、そうまでして時間を費やしたおかげで、私の機械工学の知識と経験はこのオン・ザ・ジョブ・トレーニングによって飛躍的に向上した。なにしろ、この国の工学の権威であるラズ叔父さまがスーパーバイザーなのだから、なおさらだ。ルーティンの解体とアップデート作業ならまず一人で対応可能になり、多少の不具合ならそれも大体解決がつくようになっていた。
叔父さまの連れて来た2名の助手、ワット氏とボールトン氏は私が若い女だということなど目にも入っていない様子で、機械好きならこれが気になるに違いないよ、と次々に新しいことを教えてくれたのだった。大学にいる時の環境がこんなだったら、気後れすることなく機械工学を学びにいけたのに!
そんな取り止めもないことをつい考えながら休憩に入ろうとしたとき、さっきまでワット氏の座っていた椅子においてある新聞に目が付いた。
「ワットさん、このモルヴェンガジェット紙読んでもいいかしら?」
交代で休憩を取っていたワット氏は作業に戻り、革の手袋を手にはめているところだった。
「ええ、どうぞアニー。今日の産業欄はなかなかの大ニュースでね、新素材の開発研究を見据えた大規模な研究所が建設されるっていう……」
ワット氏が今日の目玉ニュースを口にすると、作業場の奥にいたボールトン氏がひょっこり顔を出した。
「おや、それはロンドンにかい?初耳だなあ」
ワット氏はそれを聞いてボールトン氏の方を振り向くと、おどけたように目を見開いて首を横に振った。
「それがね、違うんだな。なんと新興国のノイラントだよ。技術国として名乗りを上げつつあるのは少し前から我が国の産業界でも噂にのぼっていたが、いよいよ最先端の土俵にあがろうってわけだ」
ノイラント。そう言えば少し前、文学パブのユニコーンで見かけた新聞にもかなり大きな記事が載っていたはずだ。ハインリヒも少しそれを読んで興味を引かれていたんだっけ。
「それにしても、随分と目覚ましい急成長を遂げているものだな。新素材の開発を目指す研究所となったら、資金も相当要るだろうに」
日頃から新しい研究のために資金調達に躍起になっている身としては羨ましい限りだな。次に点検・アップデートするランプポストのメインスイッチをオフにしながら、ワット氏がぼやいた。
「ノイラントは我が国も含めて、欧州各国の産業界でメンテナンス会社を立ち上げて成功しているからな。最近ではアメリカでも同様の事業を始めて波に乗っているらしいぞ」
ワット氏のその言葉に、ボールトン氏は青い芝生が遠くに見えるような顔を一瞬見せ、ふっと息を吐いて作業に戻った。
何しろうちは大々的に展開するわけにはいかない事情のある、自称図書館付き・よろずやだ。限られた予算を嘆いてみたって仕方ない。
「さて、休憩終わり。先輩方、引き続きご指導よろしくお願い申し上げますよ~」
私が腕まくりして工具を手に構えると、ワット氏とボールトン氏がにんまり笑い、待ってましたとばかりに次々新しい機械開発ネタを披露しながら、あと残り数体となったランプポストの点検をこなしていった。
大図書館の猫 原田 ひう @huw_harada
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