第19話 エドワードの取材旅行
「ところでエドワード、突然来たってことは何か話があったんじゃないの?」
エドワードが唐突に顔を出して始まった乾杯も落ち着いたところで、私はそう切り出した。
「あ、そうそう、しばらく大陸に作曲のための取材を兼ねて滞在することになってさ。急にいろいろ決まったもんで準備でバタバタして連絡が遅れたけど、来週頭には出発なんだ」
そう言うエドワードはのどの渇きをいやすためにサイダーをぐいっと飲み干したため、顔がほんのり赤かった。たぶん、バタバタとここへやって来て殆ど何も食べてもいなかったに違いない。朝からずっと動き回っていたのだろう、服装も髪もいつも以上に急いで適当に間に合わせたような様子があった。
「作曲の依頼者にオートハープについてもっと詳しく知りたいと言ってあったんだけど、それが急に取材旅行はどうかってあれよあれよという間に話が進んでさ。まあ渡航と滞在費をもってくれるっていうから、今までの事務の仕事の引継ぎに時間がかかったくらいなんだけどな」
そう言って、エドワードはふーっと大きく息をついた。口では大したことではないように話しつつ、色々と立ち回って疲れ切っているようだ。私とさほど年の変わらないエドが、急にちょっとだけ大人になったように見えた。
ふとハインリヒの方を見ると、水の入ったグラスに置いていた片手をすっと下ろしてテーブルの縁に置いて一息つくと、エドワードの方を見てたずねた。
「ずいぶんと急だな、エドワード。どれくらいの滞在になるんだ?」
「とりあえず2、3ヶ月ってところだな。それで曲を完成させて、秋の大音楽祭に間に合わせる予定……ではある」
なにしろ依頼者の招待でいきなり決まったことだからな、とエドワードは肩をすくめた。少し飲み過ぎたとばかりに今度は水の入ったグラスに手をつけぐいっと人のみすると、エドワードは立ち上がった。
「えっ、エドワードもう行くの?」
私が驚いて声をあげた。
「おう、まだ手配することが残ってて忙しいんだ。今日はこのままだとアニーとハインリヒに挨拶する間もなさそうだって気が付いたもんで慌てて来たからさ」
そう言うと、エドワードはラズ叔父さまの方へ向き直って笑顔を見せた。
「今日は突然お邪魔してすみません。せっかくアニーの叔父上にお会いできたんだから、もっとじっくりお話ができると良かったんですが……」
丁寧にあいさつをして申し訳なさそうな顔をみせるエド、やっぱり何だか急に変わったみたい。私はこの幼馴染みに少しおいてけぼりをくらった様な、不思議な寂しさを感じた。
叔父さまはエドの挨拶を受けて立ち上がり、握手をして励ますように肩をポンポンと軽くたたいた。
「なに、気にするには及ばんよ。未来ある青年の門出だ、十二分に準備を整えて出発したまえ。成功を祈っているよ」
その言葉にエドは軽くうなずき、もう一度私とハインリヒの方を見てじゃあな、と言いながら手をサッと振って帰っていった。突然来てさっさと去っていく、こういうところは相変わらずのままのようだ。
「それにしても……」
バタバタと去っていくエドを見送ってから、ハインリヒがそう口を開いた。
「太っ腹だな、エドワードの作曲依頼者は。才能はすでに溢れるほどあると言っていいが、エドはまだ駆け出しではっきり言ってしまえば無名の若者だ。年や学歴からすれば実績はあるから、その点を期待されているのかもなあ」
ハインリヒは苦言を呈している風を装いつつ、本当は嬉しさを隠しきれないようでヒゲがわずかに揺れる。子供のころから天才と認めているエドの真価をついに認める他人の存在、それはハインリヒが何より待っていたものだろう。もちろん、私も同じだった。
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