騙し舟

安良巻祐介

 

 排水溝の汚く小さい川へと、少女は毎日舟を出す。

 硬い紙を折り、柔らかい色紙で補ったその小舟は、暗く濁った流れに乗って、鼠の這い走る板の下をゆるゆると滑り、やがて少しずつ水に溶けて、沈んでいく。裸足の少女は、それを追い駆けながら、舟が沈むまでを、一心に見つめている。金や銀の帆をかけた舟の舳先が、真っ黒い水の中に呑まれてゆく時、彼女は水面に広がる波紋を見つめながら、口の中でだけ聴こえる小さな歌を歌う。ふねよ、ふねよ、わたしのふね、きれいでかわいいわたしのふね、じごくのそこへおかえりよ、わたしのことばをのせたまま、だれにもしられずおかえりよ、ふねよ、ふねよ、わたしのふね、わたしのこどもをのせたまま、じごくのそこへおかえりよ…。

 排水溝の汚く小さい川へと、少女は、毎日、舟を出す。小さな舟を見送るうちに、今いる場所も、昨日のことも、明日のことも、すべて忘れてしまえるから。

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騙し舟 安良巻祐介 @aramaki88

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