第6話1-3 出会い編その3
タカは、朝から張り切っていた。今日は、色んなものを見せて上げよう。コースは頭の中にあったが、実際に行くのはカナブンも初めての処が多かった。とりあえず、こいつを仕上げよう。タカは何かを作っていた。
イマは、朝からワクワクしていた。今日は、丸一日カナブンと一緒だ。何処に行くのかなぁ?何をするのかなぁ?ディズニーランドとかだったら、幻滅するぞ、っと。いつもは行きたい処だけど、今日だけは、違う処がいい。
朝10時。イマの最寄り駅で、二人は待ち合わせた。「おはよ、カナブン」「おはようございます、イマさん。さて、今日は何処で何をしましょうか?何かリクエストはありますか?」イマは一瞬幻滅しかかった。プラン無し?そんなわけないよね。それに、今日はカナブン、デイパックを背負ってる。何が入ってるのかなぁ?
タカは、デイパックに、ちょっと久し振りに作ったあるものを入れていた。それに、両手が空いていれば、万が一の時にもイマを守ることが出来る。
「今日は、カナブンに一切お任せ、でぇす。きっと、イマの知らない処とか連れてってくれる事を期待してまぁ~っす」
イマの先制パンチであった。タカも負けてはいられない。
「それじゃあ、今日は一日ミステリーツアーをやります。途中見ててもいいですけど、私が合図したら、これを目隠しにして下さい」
タカが差し出したのは、白いハチマキのようなものだった。他のものだと、明らかに怪しい二人連れになる。ズルをする気があれば、目隠ししたままでもある程度透けて見ることが出来る。イマは面白がった。
「じゃあ、もう今から目隠ししちゃおっか?」
「それは勘弁して下さい。私がお巡りさんに捕まってしまいますから。最初は、東京タワーです」
「一度、遠足で行ったことあるよ。たか~い処だよね?」
「今日は、ちょっと違った東京タワーの楽しみ方を教えましょう。イマさんは、足には自信がありましたね?」
「うん。かけっこ大好き。今日、何処にいくのか判らなかったから、歩きやすい靴も履いてきた。でも、鞄もカナブンみたいにリュックの方がいいのかな?」
「大丈夫ですよ、その鞄くらいなら。つらくなったら私のデイパックに入れます。靴と足は、ちょっとだけ覚悟しておいて下さいね」
イマはそろそろ覚えていた。カナブンが「ちょっとだけ」というときは、「かなり大変」ということだ。よぉし、ちゃんと歩くぞ。
二人は、駅から東京タワーの最寄り駅である赤羽橋へ向かった。遠足の時はバスだったから、イマには新鮮である。タカも、大江戸線に乗るのは初めてであったから、その騒音と狭さに驚いていた。
赤羽橋駅の出口を出ると、目の前には東京タワーがそびえ立っていた。間近で見ると、やはり大きい。
「さて、イマさん。ここから歩きますよ」
イマは、言われなくても歩きでしょ、と思いながらタカに付いていった。
少し上り坂になっている道を、東京タワーまで歩いた。素直にエレベータに向かおうとするイマに、タカは言った。
「イマさん、今日はそっちじゃありません。とりあえず、この建物の屋上まで、エスカレータで行きましょうか」
イマは不思議だった。だって、東京タワーって、エレベータで登るもんでしょ?
屋上に出たタカとイマは、とある階段に向かっていた。何か書いてある。昇っていく人もいる。
「さて、ここからが本当の歩きです。というよりも、この階段であの大展望台まで、歩いて登って行きます。覚悟はいいですね?」
イマは、そういうこと?最初っから、結構ハードかも、と思った。
「はい、じゃ登ろう!しゅっぱぁ~つ!」
「イマさん、張り切るのはいいですが、自分のペースで、ちょっとゆっくり目に登らないと、ちゃんと上の展望台まで行けないかもしれませんよ。それにこの階段は一方通行、途中で止めることは出来ません。いいですね?それでは行きましょう」
二人は、登り始めた。途中、元気な少年に抜かれることもあったが、じきにその少年がへばっている処を通過した。タカは、イマに合わせてゆっくりと登った。イマは、階段を一段一段しっかり踏みしめて登った。ふと、途中で辺りを見渡すと、そこは東京タワーの鉄骨の囲いの中であった。中央に、エレベータの施設が見えるが、途中乗車は出来ない。なんか最初から凄い展開だなぁ、とイマは思った。
「イマさん、少し疲れましたか?休みましょうか?」
「ううん、このペースで、そのまま展望台まで行きたい」
「では、そうしましょう。今のペースで、無理はしないようにね」
暫く無言の、登山のような階段登りが続いた。ふと、急に景色が変わり、建物の壁が脇にあった。
「さぁ、そろそろ着きますよ。あとちょっとです」
「はぁ、い。」
イマは少し息が切れていた。
ついに展望台(下段)に着いた。タカは空いている椅子を探して、イマをそこに座らせた。
「よく頑張りましたね。疲れたでしょう。ちょっと此処で待ってて下さいね」
タカは何処かへ向かった。
間もなく戻ってきたタカの両手には、ちょっと大きめの紙カップがあった。
「はい、これはイマさんの分。此処でしか飲めないジュースですよ。生の果物を搾った特製ジュースです」
イマは、ちょっと眺めてから、最初はストローで、しまいに直接口で飲み出した。細かく砕いた氷が喉に嬉しい。
「あ~、おいしかった。最初の冒険は此処まで?次は何処?」
「いいえ、此処で朝渡した目隠しの登場です。イマさん、結んで下さい。・・・そう、では手を引きますから付いてきて下さい。・・・この辺りでいいでしょう。そうですね、イマさん、ちょっと床に座っちゃいましょうか。それで、ゆっくりと目隠しを外して下さい」
イマは言われたとおりにした。目隠しを外すと、下は空だった。イマは驚いて飛び退いた。
「はは、ちょっとびっくりさせ過ぎちゃいましたですかね。此処は、東京タワーの真下を見ることが出来る窓です。落ち着いたら、もう一度見てご覧なさい」
イマは、そーっとのぞき込んだ。わぁ、ビルが小さい。あの動いてるのはクルマ?あ、人がアリみたいに歩いてる。おもしろ~い。ひとしきりのぞき終わって、イマは言った。
「面白い処なんだね、東京タワーって。知らないことが一杯あるみたい」
「そうですよ。知ってるつもりでも、知らない事が世の中には一杯あるんです。さぁ、周りをみましょうか?それから、もっと上の特別展望台には行きたいですか?そこはさすがに階段では行けませんけどね」
イマは、さっと周りを見回して、言った。
「ううん、もういい。ここからの景色も綺麗だけど、なんかちょっと濁って見えるから。それよりお腹すいちゃった。カナブン、何か食べたい」
「はい、じゃあ帰りはエレベータで、このタワーの脇に芝生がありますから、そこでお弁当にしましょう」
お弁当?カナブンが作ったの?イマは、そんなことをやるようには決して見えないカナブンを見直していた。
下までおりた二人は、元はボーリング場があった辺りの芝生へ、タカのデイパックから出したレジャーシートを拡げて座った。少し坂になっているから、かえって座りやすい。
「はい、まずはおにぎり。中には何も入っていない、塩むすびですけどね。それから、これはおかず。昔、旅をしたときに覚えた中で、日本でも簡単に出来そうなものを2,3作ってきました。全部辛くないですから、好き嫌いの無いイマさんならどれでも食べられますよ。それから、はい、お箸。私は、このお箸を使います」
魔法のように、タカのデイパックから、色々なものが出てきた。その他にお茶の魔法瓶ポットもあった。イマに渡されたお箸は、割り箸でも、キャラクターものの安物プラスチックの箸でもない。黒塗り主体の、それでもかわいいお箸であった。先の処に少しキザキザが付いていた。タカは、何も塗っていない黒い箸を使っていた。イマは恐る恐る、まずはおにぎりから口を付けた。・・・おいしい。何にも無くても、おにぎりっておいしいのね。次に、半透明の春巻きのようなものに箸を付けた。中には、細切りにした様々な野菜と、やはり細く割いた鶏ささみらしいものが入っていた。これもおいしい。イマは次から次へと夢中で食べていた。その様子を、タカはにっこりほほえみながら見ていた。が、おかずを全部イマに食べられそうになって、慌てて「私も食べますよ」と箸を付けた。
「わぁ、おいしかった。ごちそうさまでした。カナブン、このお箸だけど」
「はい、今日の記念にイマさんにプレゼントしますよ。箸箱はこれです。お弁当のときとかに使って貰えたら嬉しいですね」
「お家で使ってもいい?すんごくかわいいんだもん。しまっておいたらもったいないよ」
「別に構いませんよ、もうイマさんのものですから。じゃあ、次は横浜に行きましょう」
横浜?行ったことがない街だ。イマはまたワクワクしてきた。
横浜付近までは電車だったが、元町・中華街という駅で降りた。そこからは基本的に歩きである。中華街を散策して、イマは早速豚まんを欲しがった。さっき食べたばかりなのに、すごい食欲である。タカに買って貰った豚まんをほおばりながら、関帝廟とか、知らない事を一杯教わった。次に元町の商店街である。イマの地元とは、かなり雰囲気が違った。おしゃれなお店が一杯だった。さすがに中に入るのは躊躇ったが、ウインドウショッピングを楽しんだ。
「イマさん、私のプランでは、次は公園2つなんですが、どちらもかなり歩きますよ。どうしますか?」
タカが「かなり」というからには、イマはもうついて行けないと思った。
「歩くんだったら、もういい。もう夕方だし。それより、晩ご飯食べようよ」
「さっき豚まん食べたばかりじゃないですか」
「関係なぁ~い!歩けばお腹は空くの!どっか、面白い処がいいな」
「はい、ちゃんと用意してありますよ。じゃ、タクシーを拾って行きましょうか。歩いても行けますけど。イマさん、タクシーに乗ったら、また目隠しをして下さいね」
でたなぁ、2つめのサプライズ。イマは楽しみにしながら目隠しをした。タカは、運転手にちゃんと事情を説明して、行き先を告げた。
「はい、着きました。イマさん、降りられますか?・・・はい、大丈夫です。・・・運転手さん、ありがとうございました」
タクシーが走り去る音がした。気のせいか潮の匂いがする。イマはドキドキしてきた。
「はい、こちらへ・・・・そろそろいいですね。目隠しを取って下さい」
イマは待ってましたとばかりに目隠しを外した。意外な風景が広がっていた。石で出来た、周囲から階段状に深く掘り下げてある場所。その先は、海だ。
「此処は、ドックヤードガーデンと言います。昔、此処で船を造っていたんですね。もう此処では船を造らなくなったから、公園みたいになってるんですよ。さて、あそこの店です。行きましょう」
タカは、予約してあった店の名前を見つけ、頼んであった外が見える席に着いた。もちろん、イマから海が見える方角に座った。「一応、簡単にコースを予約してあります。飲み物は、好きなのを頼んで下さい」
タカからそう言われて、イマはメニューを見た。・・・ね。此処って、カナブンのお給料で大丈夫なの?イマは余計な心配をした。一番安そうなソフトドリンクを頼んで、タカと話した。
「すんごく綺麗なお店ね。素敵な雰囲気。私みたいな小学生じゃ、不釣り合いじゃない?」
「そんなこと、誰も気にしてませんよ。景色を見て、おいしいお料理が食べられたらいいんですから」
タカからは、するっとかわされた。やがて、順番に料理が出てきた。タカは「簡単なコース」と言ったが、イマにとってはフルコースである。ゆっくり過ごす時間を楽しみながら、食べた。名残惜しみつつ、店を出たイマが言った。
「わぁ~、さすがに今日はもうお腹一杯。もう入りません。ねぇカナブン、そろそろ帰るの?」
「いいえ、最後のイベントが残してありますよ。ランドマークタワーに行きましょう。すぐそこですから、腹ごなしに歩きましょう」
すぐ、では無かったが、やがてランドマークタワーに着いた。最上階のスカイガーデンへ直行するエレベータに乗った。速い。けど、気持ち悪くならない。不思議なエレベータだなぁとイマは思った。最上階に着いて降りた途端、イマはタカに廻れ右をさせられた。
「さて、最後の目隠しです。・・・いいですね。ではこちらへ・・・この辺で良いでしょう。はい、外して下さい」
・・・・イマは絶句した。綺麗。すんごく綺麗。キラキラしてる。あっちも、こっちも。わぁ。
その様子を見ていたタカは、連れてきて良かった、と思った。イマの目がキラキラと輝いている。暫く、イマをそっとしておいた。イマが納得するまで見せよう。
だいぶ時間が経ってから、ようやくイマは辺りを見回して、タカを見つけた。
「カナブン、綺麗だよ。ほんとに綺麗。連れてきてくれてありがとう!」
「そう言って貰って、こちらも嬉しいです。準備したかいがありました。・・・・さて、イマさん。そろそろ帰りましょうか?」
イマは、本当に名残惜しみつつ、エレベータのドアが閉まるまで景色を見ていた。
イマにとって、帰りはあっという間だった。途中で寝てしまったのだ。タカは、乗り換えの際に起こそうとしたが、なかなか起きないので諦めてデイパックをお腹側にして、イマをおぶって乗り換えていった。
最初にイマをおぶった時、タカはイマの胸の微かな膨らみにドキッっとした。そして、イマがとても愛おしくなった。
イマは、私が護る。タカは、このときはっきり決意した。
イマの最寄り駅に着いた時には、さすがに起きて貰わなければならなかった。
「イマさん、イマさん、起きて下さい。・・・はい、此処がどこだか判りますか?あなたのお家のある街の駅ですよ。しっかりして下さい。立てますね?はい、じゃあ改札まで歩きましょう」
イマはよろよろとしていたが、やがてちゃんと目が覚めたようだった。駅?私のうちの?まるで魔法みたいに着いちゃった。
「じゃあ改札まで。それともお家まで送りましょうか?」
「ううん、大丈夫。商店街は未だ明るいし、もうしゃんとしました。今日は本当にありがとう、カナブン。とぉ~っても楽しかった。また遊んでね」
「はい、また遊びましょう。では、気をつけて」
タカが改札から心配そうに見送る中、イマは自分の言ったとおりしゃんとして歩いていった。程なく自宅に着いたが、未だ両親は帰っていないようだった。イマは母から借りたカギを2つ取り出して、家に入った。ダイニングの明かりは付いていた。きっとお母さんの仕業ね、泥棒よけの。おっと、じゃあまたカギをかけておこうっと。じゃ、お風呂に・・・なんか疲れたから、今日はもういいや、寝ちゃお。イマは最後の方は、殆ど夢の中であった。そのまま寝てしまっていた。
深夜、両親が帰ってきた。カギを確認して、寝室を確認して、イマがちゃんと帰っていること、但し着替えも何もしていないことを母親は確認した。父親は酔っていた。帰りの道すがらと同じ小言を繰り返していた。
「なんだよぉ、折角の機会だからお偉いさんと話してみたら、みんなイマと例の金沢君の話ばかりじゃないか。イマを褒められるのはともかくだ、何で金沢君がセットで話に出てくるんだよぉ。全く」
母親も、同じ慰めを繰り返していった。「だから、いいじゃありませんか、イマのことを知ってらっしゃるということは、あなたのことも決して忘れていないということなんですから。カナブンさん、いえ金沢さんのことは、今晩は忘れましょ。はい、お着替えになって。イマはもう眠ってますから、出来るだけ静かにお休みになって下さいね」
父親は、言うなりに着替え、早々に床についた。母親も着替えたが、今日イマはどんな体験をしてきたのかしら、と考えながら、そこら中に散らばっているイマと父親の着るものと荷物を片付けた。
翌日、日曜日。イマは朝から夢中になって母親に昨日の事を話した。母親は、洗濯や掃除をしながら、ちゃんと聞いていた。聞いている証拠に、絶妙な合いの手を入れながら。本当に素敵な日を過ごしたのね、イマ。今度カナブンさんにはちゃんとお礼をしなくてはならないわね。
母親は、丁寧な感謝の手紙を、研究所気付けでタカに送った。イマの携帯にメモリされていた住所が研究所だったからである。タカは内容を見て、恐縮した。かえって気を遣わせてしまいましたかねぇ。また今度、こんな機会があったら、もうちょっと工夫しましょうか。タカは、敢えて手紙の返事は書かず、イマの家の留守電に手紙が届いた事とお礼を吹き込んだ。そういえばお母さん、昼間働いてるっていってましたね、イマ。今度はもっとお金のかからないことにしましょう。タカは、頭を研究に切り替えた。
<タカ編・イマ編・そして研究編へ続く>
リライト版カナブンといま Giya @Giya
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