第5話1-2 出会い編その2
タカは、イマから転送されたメモリにあったイマの家に電話し、両親に電話で挨拶をした。
「吉井様のお宅ですか?私、金沢と申します。岩崎重工一橋研究所に勤務しています。先日、お嬢様とお会いしました。ご連絡が取れるように、携帯メモリのアドレス交換をしました。これから、一緒に勉強させていただきたいと思っています。月に1回程度、お嬢さんと逢わせて下さい。お願いします」
電話にでたのは母親だった。
「金沢さん、ですね。吉井 今の母です。初めまして。先日、イマからお話は伺っております。・・・・月1回というお話、続きがございません?イマからは、カナブンさん、失礼、金沢さんからプロポーズを受けた、イマが20歳になるまで待つと言われた、と伺ってますわ。」
イマの母がそういった。途端、タカは内心かなり慌てたが、そのまま黙っていた。
「そのお気持ちだけ、頂戴しておきます。とりあえずは、そうね、例えば土曜日の午後にでもイマとお逢いになって下さいますか?イマも、何となく楽しみにしているみたいですのよ。いつ誘ってくれるかなって申しておりました。イマの父には、私から伝えておきます。これから、よろしくお願いいたします」
タカは焦った。そうか、女の子は母親とは親しい。恐らく何でも伝わるだろう。でも、社交辞令以上のことを言ってくれている。
「はい、申し訳ございません。イマさんにお伝えした気持ちは、本当です。何故かについては、今はうまくご説明出来ません。ともかく、イマさんとお逢いすることの許可をいただいた、と思ってよろしいですか?ありがとうございます。いずれまた、ご連絡させていただきます。失礼します」
電話を切ってから、タカは激しく動揺している自分に気づいた。とにかく、逢える。そのことが、嬉しかった。
そのあと、タカはイマといつどうやって逢うか、具体的に考えを纏め始めた。そしてイマにメールを送った。
タカとイマは、ほぼ月1回のペースで逢っていた。最初の約束通り。
時には、お互いの都合で2ヶ月空いたり、月に2,3回逢うこともあった。
だいたい、土曜日の午後。タカは、イマの母から特に門限について言われたことは無かったが、だいたいイマが午後6時には家に帰り着くようにした。
逢う場所は、大抵がイマの家の近所にある、大規模なショッピングモールだった。ベンチで話したり、コーヒーショップに入ったりして、話し込んだ。その前に逢った時からのこととか、タカからは謎かけのような話(後にイマはそれが研究に関する事だと気づく)をした。
時には、イマの最寄り駅までタカが迎えに来て、色んな処を廻った。遊園地、動物園、それに博物館や美術館。イマは特に、博物館でスイッチを押すと何かが動く仕組みのものが大好きだった。タカは、幼い頃に自分がして欲しかった事をイマにしてあげているようだった。
まれに、連れだって歩いていると「職務質問」されることがあった。傍目から見ると、どうも親子には見えない。子供に敬語を使っている。怪しいと思う警察官が居ても不思議は無かった。タカは自分の身分証明は何とかなるが、イマとの関係を説明するのに毎回苦労していた。こういうときに「張り付いている人」が助けてくれてもいいのに。そう思うこともあったが、それでは騒ぎが大きくなることもまた承知していた。
ある日、タカの携帯にイマの家から電話がかかってきた。
やっぱり、見られてる、覚えられてる。タカはそう思いながら電話に出た。イマの母親からだった。
母親「カナブンさん、いえ金沢さんの携帯でしょうか。吉井と申します。いつもイマが大変お世話になっております。今、お電話大丈夫でしょうか?」
嫌も応もない。イマの親と話せる機会など、そうそうない。
「金沢です。はい、大丈夫です。こちらこそいつもイマさんにお相手していただいて、ありがとうございます。・・・・ところで、どんなご用件でしょうか?」
少し警戒しながら、タカは尋ねた。
「あの、大変勝手な話で恐縮でございますが、今度の土曜日、お体空いてらっしゃるかしら?実は、とあるところからお招きに預かりまして、主人と私は一緒に出かけなければなりませんの。その帰り時間がとても遅い予定で、夜半過ぎになってしまいますのよ。その間、イマはひとりぼっちになってしまいますの。お願いしたいのは、今度の週末、イマと夕食をご一緒になって、午後10時位までに家に着くようにしていただきたいんですの。ごめんなさい、こちらの我が儘ばかりで、ご面倒なお話をして」
イマの母親は、一気に、しかしながら要点を押さえて説明した。
「いえ、全然面倒だなんて思っていません。イマさんと、普段お会いしている時間より遅くまで、夕食を供にして、22時までにお宅まで送り届けます。それでよろしいでしょうか?」
「はい、そのように。イマには、私からも言っておきますので、何処か普段お出かけにならないような処へ連れていただければ幸いですわ」
「では、研究所・・・という訳には参りませんね。セキュリティもありますから。何処か、夜景のきれいな場所を探してみます」
「まぁ、夜景ね。イマは見たことないでしょうから、きっと喜びますわ。それでは、ご面倒をおかけしますけれども、よろしくお願いいたします。では、失礼します」
やった。タカは自分で理由も判らず興奮した。イマとディナーかぁ。それに夜景スポット。イマはお酒を飲むには未だ未だ全然早いから、スカイラウンジの類じゃ駄目だな。検索しておこう。
タカは、一瞬自分の懐具合を心配した。家賃や光熱費と、奨学金返済で、タカの給料のうち半分以上が消えていく。残りで、食費やイマと逢うための費用を賄っている。少しずつではあるが、貯金もしてある。次の給料日は、間の悪いことに週明けだ。タカは、貯金を少し取り崩すことに決めた。
ーーーーー
タカにイマを預けることになった裏にはこんな話があった。
「おい、大変なことになった。今度の週末、ウチだけじゃなくて各省庁からお偉いさんが集まる会合があるんだ。それに招待された」
立派な封筒と、その中身らしい紙を持って、父親は慌てて母親に話した。
「あら、まぁそれは素晴らしいじゃないですか。あなたも認められたということですわね」
「うむ、それはいいんだが、夜のパーティ付きでな、カミさん同伴で来いというんだ。しかも、時間が遅くて」
「まぁ、シンデレラタイムかしら?遅くなるとすると、イマの事が心配ね・・・・カナブンさんにお願いしてみようかしら?」
「あのなぁ、最近よくそのカナブンとかいうのを聞くが、何でも30過ぎの男だろ?イマより私たちの方がよっぽど年が近いじゃないか。お前もしかしてそのカナブンとかと」
「いやですわ、何を言い出すかと思ったら。私はカナブンさんとはお会いしたこともなくってよ。でも、イマのお話だととてもいい方らしいわ。あなた、イマのこと信用なさってらっしゃるでしょ?」
「イマは、信用してる。だがな、そのカナブンは、それこそ俺も会っていない。未だ信用出来かねるね」
「ですから、今度の事は、いい「試験」になるかしらと思ってますのよ。どこまでイマを楽しませて、護ってくれるか、私賭けてみたいと思ってますの」
「自分の子供で賭けなどするもんじゃない。・・・・まぁいい。イマの件はお前に任せた。それより、正装だぞ。俺は燕尾服なんか持ってないぞ」
「この文面だと、「略装可」ってなってますわ。だとしたら、タキシードか、最悪礼服でもよろしいわね」
「何を言ってるんだ、俺の一世一代の見せ場だ。今からオーダーメイドなんて無理だろうから、職場の近所にある紳士服屋に行って、そうだな、つるしでもタキシードならいいだろ。買うぞ。いいな」
「レンタルもありますけど、1着くらいちゃんとしたものをお持ちになってもよろしいですわね。お金は後で用意しておきますから。私は、実家に行ってお母様のドレスでも借りてきますわ」
「じゃあ、そういうことだ。とにかく時間がない。ちゃんと準備だぞ」
実家には、自分のドレスも置いてあったが、それは言わなかった。
タキシード代。つるしでも、数万から十数万ってところかしら。足りると良いけど。母親は、自分のホームグラウンドであるダイニングキッチンに行き、自分のパート代からへそくりしてある現金をそっと確認した。
後は、イマのことね。本当にカナブンさんにお預けして大丈夫かしら?自分で言い出したことですけれど、「試験」なんておこがましいかしら?
・・・・暫く考えた後、母親は決心した。カナブン(タカ)を信じてみようと。
後で私の分の合い鍵をイマに預けましょう。
ーーーーー
さらに裏の話。
「警護人」達は、イマと逢っているタカを見守っていた。
そのうち、誰かがイマの不思議な視線に気が付いた。
時には、見えないはずのこちらを見られている。
「警護人」達は、そのことを通常報告に付記した。
翌日から、警護対象がタカだけではなく、イマも含まれるようになった。
「警護人」の人数も増え、さらに遠方から監視することになった。
それでも、時にイマは、遙か彼方の双眼鏡から覗く視線を「見返す」ようになった。更に、イマの視線がタカの上空を漂うとき、タカは何か熱心に話している様子が見て取れた。
報告を受け取った上司は、もしかしたら、と思った。
それまでのイマの資料を、上層部に送った。
監視を強化するように。タカも、イマも、それぞれ個別に。
それが上層部からの指示だった。
事務次官会議は、大抵つまらないものである。その後の宴会で本音を語り合う方が、よっぽど楽しい。大方が、そう思っていた。
ある日の会議。議題に、珍しいものがあった。
「新世代画像開発が期待される人物と、可視光線以外が見える可能性がある少女について」
手元資料には、本名と、簡単な略歴。そして、それぞれの特徴が書かれていた。
警察庁長官から、簡単に説明があった。
会議は、ちょっとざわついた。隣同士で耳打ちし合うものもいた。
「この男は、あそこに居るんだね?単なる偶然か?」
「いや、確認してみないと判らんが、当時の次官が手配した可能性がある」
「この子は、あれか、君の処の職員の娘かね?」
「はい、そのようです。詳しくは知りませんが、父親は実直・真面目で、この年にしてノンキャリで課長級ですね」
「面白い」
座長・議長を務める、最年長の次官が言った。
「試しに、そうだな、今度の例の会議とパーティ、それにその子のご両親を招待してみてはいかがかな?それと、その間の、二人の行動監視だ。私の勘だが、恐らく、両親を招待すれば、その二人は一緒に行動すると思う。どうだろうか?」
座長の言葉は、ほぼ絶対である。満場一致で決まった。昼の会議で、このように進むことは珍しかった。
座長は言った。
「あぁ、君、書記官君。今の話、議題の始めから今の処まで、削除してくれたまえ」
それ自体は珍しい事ではない。議事録は、改竄されるものだ。しかし、珍しく満場一致となった議事まで削除とは・・・・書記官は少し躊躇った。
「君、削除だよ。頼んだよ」
念を押されて、書記官は議事録の速記と、早打ちのパソコン議事録から、注意深く関連する分を削除した。
ーーーーー
閉会後、座長は
椅子に座ったまま、思い出していた。
あの少年か。次官になったばかりの頃に、会議資料の中で、目に留まったものがある。とある中学の入試面接で、「それ自体が光る色素体を研究したい」と言った少年が居た、というものである。通常ならば、そのまま会議で話題にもならない処であった。座長は、当時のその分野の次官に、直接連絡を取った。
「あぁ、私です。ようやく、此処まで来ました。今後ともよろしくお願いいたします。・・・・早速ですが、お願いがあります。ある少年を、例の計画に組み込んではいただけませんか?はい、未だ中学生の少年です。ですが、充分見込みはあります。次の会議の資料はお手元にありますか?その中に、その少年について触れた資料があります。・・・・見つけられましたか。重要なのは、「それ自体が発光する色素体」という下りです。ご存じの通り、そちらの省と大学で研究している合同テーマのうちの1つですよね。都合の良いことに、その少年は合同研究している大学の付属中高に在籍しています。その中学受験の際の発言だそうです。つまり、小学生にしてそのような事を考えていた、ということになります。
・・・・もう、お判りになりましたね。是非、例のプロジェクトに、出来れば例の研究所に、配属になるように手配願えませんでしょうか?いや、ご検討いただければそれだけで、今は結構です。それでは、よろしくお願いいたします。」
将来座長となる男は、それに引き続き、あるところに電話をした。
「あぁ、私だ。ようやく、君とも直接連絡が取れるようになった。早速だが、ある少年の警護を依頼したい。資料は後でFAXする。いつもの通り、質問は無しだ。よろしく」
彼は、秘書に頼まず、自らFAXを送信した。秘書が居ない昼休みのことである。その後、少し居住まいを正して、あるところに電話をした。
「はい、私です。今回のお取り上げ、ありがとうございます。ご恩にきます。・・・・それで、少々お話しておきたいことがございます・・・・」
座長は、ふと我に返った。どうやら、思い出に浸っているうちに、少し眠ったようだった。軋み始めている身体をゆっくりと椅子から離すと、会議室から退出した。思い出は思い出。今は今。流れは、作るものだ。最後のは、彼の信念でもあった。
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