第22話:不可解なんです

「海崎君、もう大丈夫なのかい?」


 来宮隆きのみやたかしは、指令台の前に並べられた端末モニターの横で、入り口に立つ海崎景かいざきけいに、小さく手を振った。指令所には夜勤帯のスタッフはもちろん、数名の日勤社員も忙しなく作業をしている。海崎は端末の前まで歩みを進めると、来宮に向かって軽く頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました。あの、神尾は……」


 反対側の給電パネルの正面で、何かの確認操作していた背の高い男が、ゆっくり振り返る。神尾大かみおだいの表情に、いつもの余裕は感じられない。


「海崎……」


 そう呟いた神尾の声をかき消すように、来宮は少し興奮気味で話を続けた。


「事態はかなり深刻だよ。給電システムの復旧おろか、一連の原因についても、まだ良く分かってないんだ。システムの中核ともいえるミソラの制御も完全に喪失してしまった」


 数時間前、ミソラのシステム制御室で起こった出来事は、未だ鮮やかさを失ってはいない。むしろ、より鮮明に海崎の脳裏に焼き付いている。


「喪失……ですか」


「ああ。ちなみに、グリーン・オルガネラが今日の正午までに復旧しない場合、南関東にある原子炉全てを再稼働させるよう、当局から通達が来ている。もうかなり昔の話だけれど、米国で発生した大停電による金融赤字は六十億ドルというレポートがあって、それを見た官僚たちも怯えたのだと思うよ。とはいえ、ミソラをはじめ、東亜電力のネットワークシステムは全てダウンしている。つまり、原子炉もネットワークが遮断されている以上、物理的に稼働させるしかないと言うわけさ」


 無人で稼働する設備は、ネットワークの存在を前提としている。原子力発電設備がオフラインになってしまった以上、人が現地に赴いて直接作業するより他ない。

 しかし、原子炉再稼働に対する世論の風当たりはかなり強い。政府もそれは無視できないはずだった。とはいえ、このまま停電が続けば、莫大な経済的損失が発生することは明らかだ。背に腹は代えられない、苦渋の決断だったのだろう。

 

「ミソラはネットワークを通じて、先ほどから東日本全域の住民登録データベースを解析しているようです。しかし、いったい何を目的としているのかよく分かりません。汎用型と言えど、所詮は人工知能。人間の指令コマンドなしでは勝手に動作できないはずなのですが……」


 来宮の隣に座っていた前田和彦まえだかずひこはそう言いながら、端末モニターを凝視していた。


「ミソラが暴走している……」


「ええ、暴走とは少し言い過ぎかもしれませんが、コントロールを喪失したという点においては、それに近い状態です。ある種の自律性と言い換えても良いかもしれない。いずれにせよ、何を目的に動作しているのか分からないところに不気味さがあります」


「前田君が来てくれてほんと、心強いよ」


 来宮はそう言って首を軽く回すと、小さなため息をついた。徹夜での作業が続いていたところにこの事態だ。まわりを見渡せば誰の顔にも疲れがにじみ出ている。


「幸い、原子力開発機構による原子炉の再稼働準備が進められていたところだった。正午を持って、グリーン・オルガネラが復旧しない場合、東亜電力の原子力安全対策チームが、現地で再稼働操作を実施する予定になっている。問題は僕らの方かもしれない。今回の件について、電気事業法に基づく原因究明指示が出ているんだ。当面の間、停電の原因究明にあたらなければいけない。ミソラの方は僕と前田君でやっておくけど、どうも原因はミソラ意外にありそうだ」


 停電を引き起こした要因は単一的なものではなく、多因子的なものである。そう言っていたのは前田だ。大事なのは唯一の原因を探ることではなく、物事は多因子的にしか発生しえないという視点を持つこと。あらゆる因子に関心を向けておくことで、何かを見落とすリスクを回避できる。


「グリーン・オルガネラ、おそらく問題の根幹はそこにあるのかもしれません」


 グリーン・オルガネラ。クリーンで安全な次世代発電システムは、三年前に発生したアデノシン三リン酸産生プラントの水素爆発で、再起不能なほどに破壊されてしまった。そして、プラントを一人で作り上げた宮部彩みやべあやも、その事故で死亡している。

 発電系や制御系は再起が可能だったとしても、アデノシン三リン酸を供給しているプラントを一から作り上げることは事実上、不可能なはずだった。膨大な数の分子モーターを逆回転させる原理を理解していたのは、宮部彩ただ一人だったから。


 だとしたら、これまで発電系を駆動させていたアデノシン三リン酸は、一体どこから供給されていたのか。おぼろげだった疑念は急速に輪郭を帯びてくる。


「思い当たることがあるのかい? 実は不可解なんだ。あの施設とコンタクトが全く取れない。電話回線は生きているはずなんだけれど、誰も着信に応じないんだよ」


「そんなことが……。あそこには研究員も含めて、数十人のスタッフがいるはずです。確かに夜間シフトだから人が少ないにしても、それでも無人ということはありえない」


「そして、もう一つ不可解なことが……」


 前田は端末のキーボードを操作しながら話を続ける。


「ミソラへのアクセス記録を調べているのですが、つい数時間前に、技戦研の中央操作室からアクセスされていました。巧妙にカモフラージュされていて、単に記録を調べただけでは、アクセス元が技戦研であることしか分からない。それでさらに解析を進めてみると、この三年にわたり、同じ端末から連日アクセスされているんです。毎日ですよ? 実に不気味です。中央操作室からミソラにダイレクトにアクセスする意味が分からないですし、その頻度は異常と言うより他ない。目的も含めて全く理解できません」


「神尾、これって」


 疑念が核心に変わっていく瞬間。ただ、結論を急ぐ前に確認すべきことは多い。海崎は高鳴る鼓動を抑えつつも冷静であろうと深く息を吸い込んだ。視線の先の神尾が静かにうなずいたのを確認して、海崎は腕時計を確認する。午前六時前。もう外は白みかけているはずだ。


「僕らに心当たりがあります。これから神尾と技戦研へ向かいます」


 海崎がそう言い終らないうちに、神尾は端末デスクに置かれた上着を羽織ると、指令室の扉に向かって歩き出した。

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