第14話:やっと会えましたね
端末の充電量は残り少ないが、まだ数時間は持ちそうだ。しかし、電波状況を示すアイコン表示は通信圏外を示していた。
「電話がつながらないようだ」
「たぶん、通信事業者基地局への送電が止まっているんです。海崎さん、給電指令所に行きましょう」
当然ながらビル内のエレベーターやエスカレーターも全て停止しており、展望スペースから下へ降りるには階段を使うしかない。海崎と
「関東全域で停電なんて、あり得るんでしょうか」
「グリーン・オルガネラに致命的な事故が発生したとか、あるいは……」
「事故……ですか」
エレベーターが使えない以上、退避経路は階段しかない。予想通り混雑していたが、退避ルートを指示する係員の案内は冷静かつ適格であり、大きな混乱もなく無事にビルの外へ出ることができた。
二人はそのまま駅前のロータリーに向かい、運よくそこを通りかかったタクシーを拾うことができた。
「東亜電力の中央給電指令所までお願いします」
後部席に乗り込むと、海崎は運転手に行く先を告げ、窓の外に視線を向けた。幹線道路の信号機は全て消灯しており、警察官が総出で交通整理にあたっているようだ。
「この様子だと、かなり渋滞していますよ。少し時間がかかるかと思いますが大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お願いします」
タクシーの運転手はアクセルを踏みこむと、幹線道路から脇道に入り、雑居ビルの間を縫うように都心の繁華街を抜けていった。
「こんな景色、めったに見れませんね」
田部は、窓ガラス越しを流れる暗闇に包まれた街並みを見つめている。海崎が上空を見上げると、まるでプラネタリウムのような星空が広がっていた。都心の夜空に、これほどまで星が光り輝く機会もそう多くはないだろう。
「停電して初めて気づく景色もあるんだね」
「でも、私たちは、この景色に酔いしれている場合じゃないです」
程なくして車窓を流れる景色は、見慣れた風景に変わっていく。先日、田部と訪れたラーメン屋の前を通り過ぎたタクシーは、県道に入りかけたところで渋滞に捕まってしまった。
「ここからなら、歩いた方が早いかもですよ」
タクシーの運転手はそう言って海崎を振り返る。
「ありがとうございます。ここで大丈夫です」
海崎は運賃を支払うと、田部に続いてタクシーから降りた。
真冬の空気が、緩やかな風となって頬をかすめていく。その刺すような冷たさに、海崎はコートのポケットに両手を入れた。
二人は、中央給電指令所のエントランスを目指して、闇に包まれた県道を足早に歩く。
「海崎さん、明かりついてますっ」
田部が指差す先、真っ黒のアスファルトの上に、うっすらと光が伸びていた。給電指令所の館内から、灯りが漏れているのだろう。当然ながら停電時にも指揮を執れるよう、指令所には自家発電システムが備え付けられている。
「急ごう」
先を行く海崎の後を追うように走り出した田部だったが、エントランス手前の階段でつまずいてしまった。
「田部さん、大丈夫?」
慌てて駆け寄った海崎は、転んでしまった彼女の手を取り、ゆっくりと引き起こす。
「膝、すりむいちゃいまいた。ほんとドジですね私」
「医務室に行こう」
「大丈夫です。私は一人で行けますから。海崎さんは急いでっ」
ゆっくりうなずいた彼は、中央エントランスを抜け、コンコースに靴音を響かせながら給電設備の中枢、指令台に向へかった。
☆★☆
東日本の全送電系をモニターしている指令台には、
「海崎君、助かるよ。前田さんも帰宅してしまって、連絡がつかないんだ」
「これは、いったいどういうことですか?」
「停電の原因は全くわかってない。グリーン・オルガネラも今は稼働停止状態。
「グリーン・オルガネラが停止しているですって?」
「ああ、そうらしい。この停電が長期間にわたり継続すれば、金融、経済、交通、多方面に深刻な影響が出てしまう。つい先ほど、首相官邸内にも危機管理センターが立ち上がったそうだ。海崎君はミソラの方を見てきてほしい。あちらに何か異常があれば、内線で連絡してくれ」
「了解しました」
電力消費を抑えるために、館内の廊下や使用していない部屋の照明は全て消灯していた。光が微かに漏れる医務室の方を一瞬だけ振り返った海崎は、深く息を吸い込むとそのまま踵を返し、ミソラの制御室がある廊下の奥へと向かった。
空調設備も全て停止しているせいか、館内は外気とそれほど変わらない寒さのように思える。制御室の扉を開けた海崎は、そのまま中央のコンソールの前に座り、端末を起動した。
メインメニューからログイン画面を開き、社員番号とパスワードを入力していく。程なくして使用許諾が確認され、給電情報画面が開いた。
「これは本当に……。関東どころの話じゃない。他の発電所はどうなっている」
首都圏はおろか、その近郊、東北を含め、東日本全域で電力の送給が停止していることが示されている。東亜電力ではグリーン・オルガネラ以外にも東北地方にいくつか火力発電所を保有しているが、その全てが稼働停止状態にあった。
人工衛星から日本列島を見たら、洋上に浮かぶ巨大な暗黒の島として映っているに違いない。
「何が原因なのか……」
唯一の原因が特定できないにせよ、この事態を引き起こすに至った強い要因は確かに存在しているはずだ。
あまりの寒さに、海崎が肩をすくめたその時、携帯端末のバイブレーションが起動して音声通話着信を知らせた。
「通信圏外のはずなのになぜ……」
携帯端末のモニターを確認すると
『景、いまどこ?』
いつもと変わらない彩の声のはずなのに、感情が遠い。
「彩、この状況を理解しているか?」
『帰りが遅いから心配しているの?』
「帰りだと? それどころじゃないだろう?」
東亜電力株式会社 戦略技術研究所の上級研究員である宮部彩が、今この状況を理解していないはずがない。
『週末にご飯を食べましょうって、そう言ったじゃない? 忘れたの?』
「今がどんな状況か、君にも分かっているはずだ」
『ええ、もちろん。すべてが順調よ』
解せない宮部の会話に思考が追いつかない。その時、後ろの扉が勢いよく開かれた。
「海崎っ!!」
振り向くと、扉の前で肩で息をしている
『今、神尾先輩の声がしたけれど。もしかしたら給電指令所にいる?』
「ああ。ミソラの制御コンソールの前にいる」
『そうなの。なら、今から私もそこに行くわ』
「今からって……。彩、君は今どこにいる?」
「海崎っ。お前、いったい誰と話している?」
神尾はそう言いながら海崎に詰め寄ると、彼の手から携帯端末を取り上げ、モニターに表示されている宮部彩のアイコンを凝視した。
「宮部……彩だと。そんな……」
「神尾、どうした。顔色が悪いぞ?」
「宮部……、宮部彩は、三年前に死んだんだぞ」
「神尾、何言ってんだお前?」
「海崎、いい加減、過去と向き合えっ。三年前、技戦研で何が起こったのか。目をそらすなっ」
神尾は海崎の胸ぐらを掴みながら、声を荒げていく。
「三年前……」
「あの爆発事故で、宮部彩は死んだんだっ」
「いや、あり得ない。僕はずっと彼女と一緒にいた。それに、この電話の向こうには確かに……」
「それはお前の幻覚だ。精神を病んでしまったお前は、自分の中で宮部彩を作り上げたんだ。いいか、もう忘れろ、彼女のことはもう忘れろ」
「神尾先輩」
端末のスピーカーから宮部の声が漏れる。その声に神尾の動きが止まった。
「お久しぶりですね」
次の瞬間、制御コンソール上部に設置された大型モニターが点灯した。
綺麗に切りそろえられた前髪。少し栗色の長い髪。そして大きな瞳が印象的な宮部彩の姿がモニター越しに映し出される。
「お前は……」
「神尾先輩、そんな驚いた顔しないでください。私は景の妄想なんかじゃありませんよ。これは現実です。そして神尾先輩。この現実はあなたが作り出した、そうでしょう?」
言葉を失った神尾の隣で、海崎はコンソールにうつ伏せるように倒れ込んでいく。
「海崎っ!!」
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