48 決意

◇◇◇




それから城を見終えたセオ達が外へ出ると、空には淡い茜色が差していた。


「セオ様、シン様、私の我が儘に付き合ってくださってありがとうございました!」


「かまわないさ。イシュタルが楽しかったのならば良しとしよう。さて日も暮れて来たようだし腹が減ったな

シン、帰るぞ」


シンは頷くと移動魔法を発動し、目の前にセオの城へ繋がる魔法陣ゲートを出現させた。


「セオ様、俺の判断でセオ様の執務室へと繋ぎましたが…違う場所がお望みならばやり直しますが?」


ちらりとイシュタルに視線を移してシンは言った。きっとシンの事だ、セオの言った" 真面目すぎる "の一言が引っ掛かっているのだろう。

シンなりの気を使った言葉に、セオは吹き出して笑い言った。


「ふっ、くくっ…やっぱりお前は真面目すぎるよ。いや、その真面目さもムタとバステトをまとめるには丁度いいか

心配いらん、そこで大丈夫だ。気を使わせてすまないな、本当に………、」


とん、と肩を押されてシンの体の重心が半分以上後ろへかかる。片足は浮き、ポーカーフェイスとはほど遠いほどに目を見開いていた。


「セバスに見つからないように、な。命令だぞ」


人差し指を口に添えたセオの姿を最後に、眩い光に包まれてシンは魔法陣ゲートの中へと消えていった。


「あの、セオ様…これは一体…?

それに一瞬シン様の姿がセオ様に見えたような、」


「ああ。シンには城に戻って代わりダミーの魔法をかけた。まぁ、セバスに見破られるのは時間の問題だがな

よし、邪魔者は消えた。イシュタル、デートをしよう!」


「…へ、?」


そう言うとセオは振り返りイシュタルの前で、まるでダンスをエスコートするお辞儀をした。


「さぁ、お嬢さん お手をどうぞ 」


セオの頬は心なしか赤く色づいて見えた。

きっとこれは夕焼けのせいだと自分に言い聞かせるが、イシュタル自身も頬を染めてゆっくりと手を伸ばす。


「では行こうか。実はオズヴァルドに食事を用意してもらったんだ…まぁ、簡単なものではあるがな。

久しぶりに黎明の花アルバローズでも見に行くか」


" 上 "と" 下 "のどっちがいい?、と意地の悪そうな笑みを浮かべるセオに、イシュタルは勢いよく" 下 "と答えた。

もし間違って" 上 "なんて答えれば、Sクラス級のアクロバット飛行が待っているからだ。あの時味わった恐怖を思い出し、イシュタルがぞくりと肩を揺らす。


「くくっ、そんなにあれは怖かったか、すまなかったな。あまり時間もないから残念だが今日はこっちで我慢してくれ」


セオの言葉を合図に魔法陣が浮かび上がってイシュタルと共に光に包まれる。

すると一瞬でラスファリタ王国から、黎明の花アルバローズの咲く丘へと移動ワープしていた。


「先に言っておくが、テーブルや椅子は用意していない。だからあまり座り心地は良くないが、せめてこの上にでも座ってくれ」


セオは自身の羽織っていた上着を脱いで広げると、その隣に座ってポンポンと叩いた。一度は遠慮したイシュタルも、強く手を引かれれば成す術もなく、申し訳なさそうに言われた通り座る。


ほら、とセオに渡された紙を広げると、中にはまだ暖かいパンが包まれていた。セオに勧められるままイシュタルが一口食べると、サクッと香ばしく焼けた生地に甘い小麦の香りが口いっぱいに広がった。


「ん…、とても美味しいです」


「それはよかった。今度オズヴァルドに伝えておこう」


そう言って笑ったセオは、自身も口を開けてパンにかぶりついた。そして一口、また一口と、その度に色白の喉仏が上へ下へと動く。セオの首もとばかりじっと見ていると、なんだか盗み見をしているようで恥ずかしくなったイシュタルは、慌てて視線を自分のパンへと集中させた。



「あの、セオ様…ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか、」


「ほぅ、イシュタルから質問とは珍しいな。いいぞ、なんでも聞いてくれ」


先に食べ終わって黎明の花アルバローズを見ていたセオの瞳に、ゆっくりとイシュタルが映る。


「私、ムタ様とバステト様に薬を届けに行った時、中庭で不思議な夢を見たんです。

その夢に登場する男性は、とてもムタ様に似ていて、それにムタ様も…、その男性と同じブレスレットをしていました」


「珍しいこともあるようだ、ローズベリーには幻覚作用があるからな。

まぁそれはいい。仮にその男性がムタだとして、ムタには話したのか?」


「い、いえ…その、」


「もしやこうでも言われたんじゃないのか?

あんな幻覚はさっさと忘れろ、と。

イシュタル、お前も子供じゃない。意味ぐらい解る筈だが」


イシュタルの、小さくひゅっと息を飲む音が聞こえた。

こちらを見据えるセオの視線は、どこか冷たさを感じる。この話には触れてはいけない、そんな空気を察したイシュタルは唇を閉じて俯いた。


「…と、言いたいところだが、それではついさっき俺が言ったことを否定することになるな。

イシュタル、正直に話をしよう。


ローズベリーが見せた幻覚はムタ自身の記憶や過去で間違いない」


「何故、ムタ様の過去を私に……

あの、教えてもらえませんか?ムタ様は…いいえ、セオ様達はオズヴァルド国王の言った通り異界から来られたのですか?」


二人の間をやけに生ぬるい風が通り抜ける。

こちらを見つめる深紅の瞳はいっそうイシュタルを捕らえて離さない。


「何故ローズベリーがお前にムタの" 前世の記憶 "を見せたのかは解らんが…


俺達は前世で償いきれない大罪を犯してしまったのだ。だから俺達罪人は、魔族となって異界へと転送させられ、そこで自身の命を引き換えに“ 魂の精算 “を行う。

魂の精算とは、簡単に言うと勇者のような神の力を授かりし聖なる者の手によって葬られること。


それで浄化された俺達は犯した罪を精算し、この地獄の連鎖からやっと解放されるんだ」


「その魂の精算を終えたあと、セオ様達はどうなってしまうのですか?」


「この世界から存在事態が消える」


それは死んでしまうってことですか、なんて愚かな質問はできない。答えを聞かずともセオの顔を見れば理解できた。


「そう悲しそうな顔をしないでくれ。

ただひとつ、お前はムタの過去を知って恐ろしいか?」


「……いいえ、ムタ様は優しい方です。たとえそれがどんな形、どんな結果だったとしても変わりません」


「そうか、そんな答えが聞けて嬉しいよ。

さあ、そろそろ帰らなければな。じゃないとセバスに拘束されてしまう、」


突如地面に魔法陣が浮かび上がった。

これはイシュタルも何度も目にしている図形、

移動魔法ワープだ。


まばゆい光に包まれる中、セオは困ったように眉をよせて笑って言った。


「先にセバスに見つかってしまったようだ。

一緒に怒られる準備はできたか?イシュタル」


正直ムタが怖くないわけではない。

だが、私をあの家畜のように扱われていた地獄から救ってくれたのは彼等だ。

毎日死を望みながら眠りにつく日々を変えたのも彼等だ。


私は彼等になにかできるだろうか、もしなにかできるとしたなら。


「大丈夫です!よい言い訳を思いつきました!」


─彼等の歩む物語の結末を少しでも優しいものに変えられるように。



そう言った私はセオに頷いた。





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転属させられた世界は魔族が"絶滅"してました ※旧題~勇者が来なくて暇だから、ちょっと出かけます。魔王より 芦速公太郎 @hayaashi_koutarou

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