整形美人《おとぎばなし編》

にしおかゆずる

整形美人《おとぎばなし編》

「特報! お城で大舞踏会開催!

 王子さまの目にとまれば、君も未来のプリンセス?!」


 ぐしゃっっ。

 壁に貼られたポスターを、あたしは握り潰した。

 丸めてぽいと投げた紙屑を、お付きのセバスチャンが片付ける。空いた両手を小さな胸に当て、あたしはしばしセピア色の記憶に思いを馳せた。

 王子様……。

 あれは忘れもしない、年に一度の謁見の日。パパに連れられてやってきたお城で迷ったあたしに、そっと手を差し伸べてくれたあのひと。

 遠い遠い幼い頃の、でも大切な思い出。あれ以来あたしは、ずっと王子のことだけを考えて生きてきた。なのに、それなのに。

 とても、舞踏会になんて行けない。

 着ていくドレスがないのかって? そんなんじゃないわよ。

 じゃあお城に行く馬車が用意できないんだろうって? 冗談やめてくれる?

 あのねえあたしのパパは、この国一番のお金持ちよ。国中みんなの尊敬の的よ。でも。

 ぽってりした一重まぶた。

 ぺったんこの鼻。

 恰幅のいい三段腹。

 そしてその外見は、娘のあたしにそっくり受け継がれた。

 せつない乙女心とセバスチャンを引き連れて、あたしは街中のお店をさまよった。

 最高級のドレスもゴージャスな宝石も、あたしを引き立たせるどころか、ずぶずぶと憂鬱の泥沼に沈めていくだけ。こんなんでどこをどうやったら華やかな舞踏会に出られるっていうの?

 と。

 街はずれの館の前で、あたしは足を止めた。

 でっかく描かれたドクロマークが、こちらに向かってウインクしていた。

「あなたの人生変わります 黒魔女整形クリニック」

 ──これだわ!


 一ヵ月後、あたしは生まれ変わった。

 ぱっちりした二重まぶた。形のいい鼻。ほっそりしたウエスト。

 もちろんヘアスタイルにもドレスにもばっちり手間と暇とお金をかけて、そのコーディネートには一部の隙もない。どっから見ても、国一番の美少女よ。

 行くわよ、セバスチャン。ドレスの裾を翻し、あたしは舞踏会へと出かけた。


 き──っっ!

 なによあの子! 招待もされてないのに舞踏会に押しかけて、王子様を独り占めなんて。おまけに十二時過ぎたとか言ってあの子が帰ったら、王子も引っ込んじゃうし。あたしなんか踊るどころか、あのひとの顔さえ見れなかったじゃないの。

 いったいどこのどいつよ、あの女。調べてらっしゃい、セバスチャン。……あら、早かったわね。

 シンデレラ?!

 シンデレラっつったら、隣の領主んとこで召使代わりにコキ使われてる小娘じゃないのっ。いじめられるのが嫌だから、王子様をたぶらかして玉の輿に乗ろうってんだわ。そうだわ、きっとそうよ。

 お城ではまだ、あの子が誰だか判ってないらしい。だけどすぐに、国中にお触れが出た。シンデレラが未練たらしくお城に残していった、あのガラスの靴よ。

「この靴に合う足を持つ者こそ、王子の妃となる」ですって。

 ガラスの靴がシンデレラの所にたどりついたら、すべては後の祭り。それを黙って指をくわえて見てるしかないっていうの? 愛もお金も、整形してまで手に入れたこの美貌も、おとぎ話の前では無力なの?

 ……整形?

 はっ。

 そうだわ!


 あたしはセバスチャンにシンデレラを盗撮させ、クリニックに出かけてこう言った。

「あたしの足を、この子そっくりに整形してちょうだい」


 そしてあたしは、見事ガラスの靴と王子を手に入れたのである。

 おーっほっほっほ。

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整形美人《おとぎばなし編》 にしおかゆずる @y_nishioka

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