少女はいつもロンサムアイズ
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・・・
昨日の夜中だか、明け方のことらしい。私はその事を友達の一人、のりぃんから聞いた。
立井須カンナの印象は、派手めの見た目で、明るい茶色のショートヘアのコ、性格もぱっと見、奔放そうで、実際言い寄る男はかなりいた、くらいしか記憶にないけど、家が隣の隣だったから、よく出くわすは出くわしてた。こどもの時からお互いを意識しつつも、向こうもこっちも無視していた存在。それだけに聞かされた時も、どうリアクションを取っていいか分からなかったわけで。
深夜の国道で、大型トラックの前に身を投げ出した、そうだ。異世界に転生しようとでも思ったのだろうか。
いや不謹慎不謹慎、と思い返すも、それ以上の興味は沸かないはずだった。「事故」のいきさつと一緒に、のりぃんから気になることを聞いたのは、さらにその翌朝のことだ。
秋に入っても、最近はどうも暑い日が続く。寒がりの私にはありがたいのだけれど、でもこうまで暑いのも苦手だったりするわけで、それでも朝早くは、少しはひんやりとした空気が体の周りを取り巻くようで、心地よくて気分も良くなる。
通学ラッシュに巻き込まれるのは本当に嫌なので、私はいつもかなり早めの時間に、通ってる高校の通学路をひとりゆったりと歩く。周りのヒトらは申し合わせたように数人ずつ仲良くグループで登校したりしてるけど、私は基本、ひとりが好き。
歩道と車道を分ける白いラインの上を、はみ出さないように歩いていた私は、ふと目を上げた視界に入った、砂場と小さな樹脂製のすべり台しかない公園の、正にそのすべり台の上に、のりぃんがぼんやりと座り込んでいるのを見かける。
のりぃんは学校があまり好きではないらしく、誘っても来てくれることは少ない。あんなに居心地いいとこないのに、と私は力説するものの、どうも響いてはくれていないみたい。
まあそれぞれに、それぞれの生き方があるわけだし、私もそれ以上は干渉しないようにしている。でも今日は、おとといの「事故」の話の新しいネタがあったら聞いてみたくて、公園にちょっと寄り道してみることにした。
こんなところでぼうっとしてると、また近くの中学男子らにちょっかい出されるよ、とさりげなく声を掛けてみる。あれ、ほんとに座りながら寝てたみたい。私の方に顔をゆっくりと向けるけど、その両目はまだ閉じられている。
ちゃんとしてればかわいいのに、のりぃんはいつもこんなスローな感じだ。
もねちゃん、今日も学校行くのぉ、って眠そげに聞いてくるけど、そりゃそうでしょ。だめもとで誘ってみたけど、やっぱり駄目だった。まあいいんだけど。
私の名前は「
いやいや私のことはどうでもいい。立井須カンナの事について、ちょっと気になったからいきなり尋ねてみた。自分から飛び込んだって……それって自殺、ってこと?
知り合いから聞いた話だけどぉ、と、のりぃんは前置きしてから話し始める。
――何でか、ガッコの制服を着た男と歩道を一緒に歩いてたらしいんだけど、その男と顔を突き合わせて何事か囁かれた瞬間に、立井須カンナが弾けるように……うん、その場から踊るようなステップを踏むとぉ、いきなり車道に飛び出ちゃったんだってぇ。そこに運悪く大型が迫ってきていて、ブレーキを踏む間もなく、跳ね飛ばされた、みたい。
……何だろう。謎。謎だらけだよ、のりぃん。そしてあくびしてまた寝に入ろうとするのは待って。
何で立井須カンナは、そんな唐突なコトしたんだろう。そしてその場にいた男子生徒って一体誰なんだろう。
そいつが何事かを吹き込んで、そのショックで立井須カンナは衝動的な自殺を図った? そんなことってあるんだろうか。
わからない。私にはそんな気持ちはわからないけど。
状況も分かったような分からんような。男の特徴とかないの?
――ガリガリ。猫背。黒いぼさぼさの長髪。紺色のブレザー。灰色のズボン。
む。それだけだけど、それだけで分かった気がする。私が行ってる学校の制服だし、汚ねー長髪っていったら……
教室の窓際の一番前で、授業中いつも突っ伏してる後ろ姿を思い出す。私は窓際のいちばん後ろに陣取ってるから、よく視界に入る。そして授業中はほとんど寝てるってゆー共通点もあるもんだから、何となくおかしな親近感もあった。
うーん、でも学校での無気力感ハンパない韮瀬が、能動的に動いている姿を想像できない。まあでも他に当たりがあるわけでもないし。とりあえずは行動を見張ってみようかな。完全に好奇心に後押しされたとんだ探偵なわけだけど、私はこの退屈な日常に、ふと面白なことが降ってきたくらいの気持ちでこの時はいたのであった。
もねちゃんも気を付けてねぇ、と、のりぃんは眠そうにそう言うけど、いやいやアンタこそ気をつけなはれや、と言い置いて、私は学校への道を急ぐ。
見慣れた教室が、異世界のように私の目には映っていた。いや、それは言い過ぎか。さて、
韮瀬はいつも通り、いちばん前の窓よりの席で堂々と寝ているわけだけど、その後ろ姿からは何かいつもとは違って、禍々しいオーラみたいなものを感じる……って、私の思い込み結構激しいよね……でも気になる。
昼休み。私は教室をのそりと出ていった韮瀬をさりげなく尾行してみる。でも怪しい行動は見られない。講堂の外階段に腰かけて、丸まった姿勢でスマホをいじくってるだけだ。私は自分の空腹感の方がヤバかったので、その場を離れる。
放課後。相変らずの覇気の無い感じで、韮瀬はまっすぐ家に帰るみたい。「事故」は真夜中から早朝あたりに起きた……ここは家の場所を確認するに留めるか……などと、にわか探偵の私はそう思考する素振りを見せたりする。
まったくの警戒心ゼロの韮瀬の尾行は、あっけないほどに淡々と進行したわけだけど、その家は「現場」の正に徒歩2分の圏内にあったのであった……それだけで決めつけるのはアレだけど、立井須カンナのコトに関わっている……そんな直感。でも流石に飽きてきたので、私はひとまず家に帰ることにした。
夜中に韮瀬の家の前に張って、出てきたらまた尾行する……何てことは出来そうもなかった。深夜起きてることがそもそも私には無理なことだったし、興味もそろそろ尽きかけてたし。
もういいか、みたいな気分で、私は私の日常に戻ろうと早くも決断していた。
その数日後のことだった。
いつもと変わらない朝の食卓のはずだった。でも私の姿を目に留めたママの顔が、少し複雑そうに変わったのを見て、何か悪いことがあったんだなと察してしまった。私はそれでも素知らぬ顔で自分の定位置についたけど、耳だけはママの方に向けて動かせなくなっている。
「……もね。あなたのお友達がその……」
言いづらそう。だから逆にわかってしまった。言葉を探してる風のママは、もう一度息を吸ってから言い直した。
「菊間さんから夜遅く連絡が入っててね」
その名前を聞いて確信。のりぃん。でも私は殊更に無表情を通す。まだ。まだ決定的な言葉を聞くまでは何も信じない。
「のりちゃんが……車に」
それ以上聞いてられなかった。ママは少し泣いてる。のりぃんが、車に轢かれて……
ケガした、とか、そんなレベルの話ってわけじゃ……なさそうだった。嘘、という気持ちと、いや、アイツだ、という思いがぐるぐる回る。朝食もそこそこに、私は家を出た。
学校へ。とにかく学校への道をぐいぐい歩く。のりぃんの家には行けなかった。行っても家族の人たちにどう接していいか分からないから。違うか。そんな場に行きたくなかっただけかも。
でも「犯人」の目星がついてるのは、おそらくもう私だけ。アイツ……韮瀬の異常な行為を止められるのも私だけ。いや止められる? ……んだろうか。警察に任せた方が良くない?
立井須カンナの時は……事故ってことであっさり片付けられていた。のりぃんは私にとっては親友だけど、他の人には、今回も同じっちゃあ同じに映るのかもだけど、……でも同じこと二回も起きたら普通疑うよね?
息を大きく吸ったら、急に冷静になったように思えてきた。でも待って。
警察が韮瀬にたどり着くまでどれくらい? それまでに、また同じようなことが起こっちゃったら? それはちょっと私、耐えられないかも。
韮瀬のことを誰かに伝える? でもこんな私に耳を傾けてくれる人なんていないか。証拠も無いし。
証拠? 証拠をつかむ。どうやって? いや、証拠っていうより、もっと確実な方法があるんじゃない?
……私が囮になる。
支離滅裂な思考は、それでも何とか結論的なものまで収束したみたい。囮大作戦。ヤツの嗜好は分かってる。この私だって、あの変態のおめがねにはかなうはず。
教室に入ると、窓際のいちばん前の席にはいつもの突っ伏した背中。私は殊更に大きな声を出しながら、一緒にごはん食べるだけの友達の輪の中に入っていく。
「もねりーん、どしたの? 今日テンションあげてるけど」
ショートヘアの何とかってコが負けじと声を張り上げてくれる。ヤツの背中がぴくりと動いた。私はよく通るね、って言われる高い声でそれに応える。
「あそだ。……もねりん聞いた? のりのりんが……」
「ちょっとぉ、やめなさいって」
ショートのコの言葉を遮って、ボブのコが目くばせしながら割って入る。あ、私に気ぃ使ってくれてんだ、みたいに少しほっこりするけど、今は韮瀬の気を引くことだけ考えないと。
「……とにかくさぁ、もねりんも気をつけてね。何か、すっげぇ変なヤローの仕業って感じがあたしにはするからさぁ」
ちょっと直球すぎー。うしろうしろー、うしろにそいついるからー、と私はショートのコの発言に少し白目になりながらも、視界の隅で、韮瀬が汚い長髪の隙間からこちらを伺っているのを認識している。
喰いつい……たかな。反応薄いからわからんけど。
ヒットを実感したのは、次の次の日の放課後だった。ここ数日は用も無く学校の人気のない所に……でも遠くからは逆に見える、みたいな絶妙なスポットに、何するでもなく座り込んでいたりしてヤツの接触を待ってたりしてたんだけど、遂に来た。
「もねちゃん、って言ったっけぇ~」
うわぁ、きも。そんな声出すんだ。私は興味なさそうな目で、のそのそ猫背で近づいて来た韮瀬に視線をやる。いつもの無表情とは違って、顔の下半分にだけ歪んだ笑いを張り付かせたような、そんな本能的に受け付けない表情。へっ、へっ、という笑いなんだか呼吸音なんだかよく分からない音声を発しているけど。
直感きた。やっぱこいつだ。
「何だよ~、同じ教室にこんな綺麗なコがいるなんて気づかなかったよぉ、オレ学校じゃ陰キャぶってっからさぁ、孤高ぼっちっつーの? ヒトに興味ねぇ、ってかね」
こんな奴に。のりぃんは。
「もねちゃんもさぁ、割とぼっち好きだよねぇ~。いやあ気が合う気が合う」
こいつの声を聞いてるだけで吐き気がしてきた。でも私は無言で、向こうから切り出してくるのをひたすら待つ。
「気が合うよしみでさぁ……激ハイになれるクスリ、あげよっか? それでオレとフィーバーしない?」
いきなり来た。クスリ。クスリね。何だそんなことだったの。何がフィーバーだよ。ふざけやがって。
「……」
感情を殺したまま、承諾も拒絶も示さないまま、私は、つ、と校門へ向けて歩き出す。後ろからヤツがよたよたついて来る気配を感じながら。
「おお~い、どうすんの? キメたいんでしょ? 飛べるよ?」
ヤツの手口は分かった。クスリでトバした女の子を、車通りの多い所に連れて行き、「自分から轢かれに行く」、それを見て楽しむ。っていう、はっきりの異常者だ。
それで性的興奮とかも得てたら……みたいなことを考え、背筋がぞわりと来るのを何とか抑え込む。
無言のまま、近場の、建て替えが進む団地に向かう。途中通った誰もいない小さな公園……のりぃんはもういない、ってことを再認識させられて、へこんで……そして私の決意は固まった。
「おお? 取り壊す前って感じの……『廃団地』? みたいな? いやぁ流石もねちゃん。穴場知ってるねぇ~」
韮瀬は警戒はしていないようだ。だったら……やってやる。もう全世帯の引っ越しが終わったらしき団地の建物のひとつの外階段を、私は後ろも振り返らずにずんずん上へ上へと。
「……」
屋上。八階建てだからここらでは高い方で、景色や風は心地よくて、私の絶好スポットだったけど。これからは来なくなるかもね。
「なぁるほど、絶景絶景。人も来ないし、ちょうどいいね。ではでは、早速やってみちゃう?」
韮瀬は腰くらいの高さしかない手すりのような所に腰かけ、ブレザーの内ポケットから、小さな容器を取り出した。私は興味ある素振りでそのすぐそばまで近寄る。その時だった。
「なんつって、いきなり不意打ちっ」
突然、韮瀬は手の中の容器のフタを開けざま、私の顔向けて中の粉末をぶちまけてきやがった。立ち込める粉を思い切り吸い込んでしまう私。
「びっくりした? ねえねえ、これ嗅ぐだけで効いちゃうんだから! さあさあ見せてよキミの痴態をぉぉぉぉっ」
頭がクラクラしている。けど残念。体質なのかな? 私、「これ」そんなには効かないんだよなぁ。
それでもご要望通りに、足元をふらつかせたり、きょろきょろと何かを探すかのように首を振ってみたりしてみた。そんな私の姿を間近で見ようと、韮瀬のにやけた顔が迫る。この時を待ってた。
「えでぇええええっ!?」
しなやかな動きで、韮瀬の顔目掛け飛び掛かる。そして爪でその右目あたりを思い切りひっかいてやった。顔を抑え、呻く韮瀬。立ち上がりかけたその顔に向け、もう一度研ぎ澄ました爪をお見舞いしてやる。前言撤回、マタタビは私を凶暴にさせるのかも。
「がっ……、えっ? ちょ……」
そこからの言葉は聞こえなかった。恐怖と痛みで後ずさった韮瀬は、手すりに膝裏を取られ、あっさりとそれを乗り越えると、ふ、と消えるように落ちていったから。
のりぃん、そしてあんま親しくはなかったけど立井須カンナ。
……仇は取れたかな。
私は抜けるような青空を見上げ、ニャア、とひと声鳴いた。
(終)
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