エントランスで大立ち回り

 ネロは結構頑張った。


「にゃああああああ!?」


 と悲鳴を上げながら槍をかわし。


「にゃああああああああ!?」


 と絶叫を上げながら爪に追われ、エントランスを駆け回り。


「残念、それは残像だにゃ!にゃ、すいません!?」


 と声を上げながら人の姿から猫に戻ってテクニカルに牙をかわしてみたりした。

 実は昼間な分血でできた魔物は若干弱体化していて、その動きが夜あった時よりも遅かったりしたのだが、必死なネロにそんな観察をしている余裕があるはずも無い。


 どうにかこうにか身をかわし、なんとかエントランスを出ようとするも行く手をふさがれ、そんなこんなやっている内に………やがて、ネロは壁際まで追い詰められた。


 背後には壁。右に逃げようにも、騎士。左に逃げようにも魔物。当然のように正面にも敵は2体。


 4方を囲まれ、逃げ場を失ったネロは、キッと、迫る魔物たちを睨みつけ――。


「………お、落ち着くにゃ。話せばわかるにゃ。………あたし実はちょっと、吸血鬼になってみたい的な願望があってにゃ、仲間にしてくれたら嬉しいにゃ~的な事を考えて来たんであって、別にそちらさんと戦おうとかはそんな………」


 ――命乞いを始めた。

 ネロに勝てるわけがない……そんな事はわかりきっているし、なんなら四方を囲う血でできた魔物たちに言葉が通じるとも思ってはいない。


 だとしても、命乞いせざるを得ない。もはやそれはネロの性分………と言うか他にもう出来ることはない。


 自分が弱い事がわかりきっていたからこそ、ネロは疑わしいと思いながらアンジェリカを連れて来たのだ。


 が、アンジェリカの姿はなく。

 そして、魔物達はネロの命乞いを聞くそぶりも見せない。


 正面に立つ騎士―――その槍が振り上げられ、真正面からネロへと振り下ろされる――。


「にゃあああああああああ!?」


 大きな悲鳴をあげ、ネロは頭を抱えて丸くなる。

 それで何かが変わるわけでも無い。


 宵虎は、まだ寝込んでいる。アイシャは、どこかにとらわれのまま。

 いつも頼っていた二人はおらず、いないからネロが頑張ろうと思って、けれど慣れ親しんだ迂闊さは拭えず………。


 ダン―――断ち切る音と共に、血飛沫が舞う。


 跳ね飛んだのは腕―――槍をその手に握ったままの、真っ赤な騎士の片腕だった。

 切り離されたと同時に形を失い赤い雨と変わるそれを傍らに、ネロの眼前にあった背中は細く……だが、頼りなさはもう、そこにはない。


「……ウェイン?」


 声を漏らしたネロへと振り返る事もなく、飛び込んできた女性――ウェインは、師より確かに受け継いだ剣を手に、腕を落とされた血の色の騎士へと一歩を踏み込む。


「……やあああああ!」


 裂帛の気合が吐き出される――同時に繰り出されたのは、慣れ親しんだ技、型。

 空を叩くように振られる、盾を持つ手――その後を追う刃は鋭く、空を、魔物を、騎士を裂く―――。


 ザン―――両断された騎士の身体がずれ、直後その身体が血となって崩れていく。

 正面の一体は、倒した……その様子を、悠長に観察している間はない。


 左にいた魔物――獣の姿をしたそれが、すぐさまウェインに牙を剥く。

 爪が迫る―――それに、ウェインは対応しきれない。


 たった今振り切ったばかりで、型を準備する間がない。ウェインがひたすら磨いたのは、一対一の対人戦に特化した型。敵の方が多い、まして人ではなく獣の形をしているとなると………。

 若干動きが鈍り、ウェインは顔を顰める―――。


 けれど、獣の牙がウェインに届くことはなかった。

 唐突に、獣が両断されたのだ。まるでその場に姿の見えない誰かが立っていて、たった今大鉈を振り下ろしたかのように。


「……これは、」

「後ろにゃウェイン!」


 ネロの鋭い声が飛ぶ――咄嗟に、ウェインは振り返った。

 その先にいたのは、右側にいた血の色の騎士――その手の槍が、ウェインめがけて振り下ろされている。


 これも、魔物だ。対人戦に特化しているウェインの領分の外の敵――ただ、人の形はしている。なら――ウェインの身体は反射的に動く。


 振り返りながら――モノにした型は応用され――ウェインが振るうのは盾。

 槍の軌道を見る。ウェインより力が強いだろう。真っ当に受ければ盾ごと叩き潰されるかもしれない。


 だからこそ………振向いた勢いをそのまま腕に乗せ、迫る槍を側面から叩き、その軌道を弾いて逸らす――。


 つんのめるように、血の色の騎士は逸らされた槍を振り下ろし――差し出されるように、その首がウェインの眼前に。


「はああああ!」


 気合の声と共に、剣は奔る。いつも通り、練習したとおり、体得した技は淀みも容赦もなく――差し出された首を、ウェインの剣が跳ね飛ばした。


 直後、目の前の騎士が形を失い、血の沼へと姿を変える。その血の沼はぶくぶくと泡立ち、膨れ上がろうとしているようだが………その速度は、夜ほど早くはない。


 ウェインは、周囲を見回した。敵の姿はもうない。全てが血の沼に、泡立っているそれに変わっている。

 それを確認し、漸く剣を下ろしたウェイン―――その背中に、一匹の獣が飛び掛った。


「ウェイ~ン!怖かったにゃ~!」


 そんな泣き声を上げながら。

 背中に張り付いてきたネロへと、ウェインは振り返ろうとして振り返り切れず、結局肩越しに視線を向けようとする――くらいの姿勢で止まって、声を上げた。


「えっと………ネロさん。無事でよかった、ですけど……宵虎さんとアイシャさんは?……姿を隠す紋章魔術、とか使ってるんですか?」


 そんな事を言い、独りでに両断された血の色の獣――がいた場所に視線を向けるウェインの肩まで、ネロはよじよじと昇りきる。


「だんにゃとアイシャは今ちょっと………。いるのは、別の天邪鬼だにゃ」

「別の天邪鬼、ですか?」

「……天邪鬼って言うか、亡者だにゃ。金の。恩売って報酬釣り上げようとか考えてたんじゃないのかにゃ」


 ウェインの肩で、呆れたようにネロは呟く。

 と、そこで、他に誰もいないはずのエントランスで、唐突に女性の声が響く。


「ちがうわ。うるさいから無視してただけよ?」

「…………さいですか」


 うなだれるネロを肩に、ウェインはきょろきょろと辺りを見回すが、ネロが会話している相手の姿が見えない。

 結局首を傾げたウェインを置いて、ネロと、姿を隠したままのアンジェリカは会話を続ける。


「でも、報酬は増やしといてね?恩人でしょう?連れ帰る対象が増えたみたいだし、そりゃ、ねぇ?感謝は形にして貰わないと…」

「………マスターに話しとくにゃ」

「ええっと………先ほどはどうも、助けていただいて。ええっと………」


 またきょろきょろし始めたウェインの肩で、ネロは言う。


「まあ、ウェイン。とりあえず、姿見えないけどもう一人いるって考えておけば良いにゃ。報酬払ううちは裏切らないみたいだしにゃ~」

「はあ……」


 わかったような、わからないような。

 そんな呟きを漏らすウェインの肩で、急に威勢良く、ネロは言う。


「とにかく、戦力は整ったにゃ!さあ、行くにゃウェイン!」

「はい!………えっと、どこへ?あの、飛び込んだものの……状況を教えて頂きたいんですが……」

「とりあえず、先に進みながら話すにゃ~。目指せ、城の奥にゃ!」

「………はい」


 やはり中途半端な返事を漏らしたままに、とりあえずウェインは、ネロが指差したエントランス奥の階段へと歩みだした。


「それで………お二人は?」


 *


「なるほど。状況はわかりました。にわかには信じがたいですが………」


 古ぼけた燭台に火は灯っておらず、遠くから入り込んでくる日の光だけが明かりの、埃まみれな薄暗い、石造りの回廊。

 そこを歩みながら、ウェインは呟く。


「宵虎さんが、負けて。アイシャさんが連れ去られた……吸血鬼に」

「そうだにゃ。で、今、アイシャを探して大冒険中にゃ。さっき魔物いたし~多分、この城のどっかにいると思うんだけどにゃ~。問題は何処にいるのかだにゃ」


 ウェインの肩のネロは、そう呟きながら、方々を見回していた。

 当然の話だが、城の中は入り組んでいる。エントランスを突破したが、その先の道しるべがある訳でも無い。


 とりあえず先に進んでみるしかない……そんな訳で薄暗い中を歩きつつ、ウェインは躊躇いがちに呟いた。


「あの……それ、アイシャさんも吸血鬼になるってことですか?」

「……多分にゃ~。でも、だから何か変わるって訳じゃないにゃ。少なくともあたしは。あと、だんにゃも、そんな細かい事気にするわけないしにゃ」

「……そうですね」


 僅かな笑みと共にそう言ったウェインの肩で、ネロは思い出したように呟く。


「……ていうか、あたしがそもそも魔物だしにゃ」

「忘れかけの事実ですね。……あ、そうか。だったら……」


 そう、何かを呟きかけたところで、ウェインは真剣な表情になり、不意に足を止めた。


「にゃ?どうしたにゃ、ウェイン?」

「……染みがあります。さっきの魔物、血で出来てたんですよね?だったら……」


 そんな事を言いながら、ウェインは行先の床を指差す。

 そこには、黒ずんだ染みがあった。おそらく吸血鬼のものだろう、血の染み。


「さっき、踏んだら出てきたからにゃ……」

「迂回しますか?」

「でも、そこら中にあったら探すどころじゃないしにゃ……踏まなきゃ大丈夫だったりしないかにゃ?」

「飛び越えるってことですか?」

「一回、試してみるにゃ。昼間だと復活遅いみたいだし、出てきたらやっつければ良いにゃ。……ウェインかアンジェリカがにゃ!」


 キリッと他力本願を言い切ったネロに、ウェインは戸惑ったような表情で言う。


「宵虎さんやアイシャさんならそうするんですか?」

「だんにゃなら絶対もう踏んでるにゃ。アイシャは……めんどくさ~いって言いながら床ごと吹き飛ばしそうだにゃ……」

「……否定できない辺りが恐ろしいですね……」


 そんな風に呟いた末に、ウェインはしばし、迷うように元来た道へと視線を向け……やがて、意を決した様に染みへと視線を向ける。


「………出てきても、倒せば良いんですね」

「その通りだにゃ!」

「では……行きます!」


 そんな声と共に、ウェインは染みへと歩み寄り、薄暗い中目を凝らして染みを眺め………やがて、ひょいとその上を飛び越えた。


 すた、と着地すると同時に、ウェインは振り返り、染みの様子を確認する。

 ぶくぶくと泡立ってもいないし、膨れる気配も無い。どうやら、本当に、踏まなければ反応しないらしい。


「……大丈夫、みたいですね」

「だにゃ~。これでずんずん進めるにゃ。まあ、どっちにしろ手当たり次第なんだけどにゃ~」


 割と気楽そうにネロは言い、そんなネロを肩に、ウェインは少し考え、呟いた。


「………このしみを辿っていけば、その先に吸血鬼がいるんじゃないでしょうか?トラップなら、来て欲しくない所に置きますよね?」

「……天才かにゃ、ウェイン」

「いえ、むしろ、本当にそうなら吸血鬼が何にも考えていないだけではないかと……」

「あいつはなんも考えてないにゃ!」

「……断言してしまって良いんですか?」


 躊躇いがちにそう呟きながらも、ウェインは、ネロを肩に、足元に目を凝らしながらまた進み始めた。


 と、そんなウェインの背後で、突如ダン――と、何かが両断されたような音が響く。


 即座に振向いた先にあったのは、ぶくぶくと泡立ち溶けていく、たった今両断された血で出来た魔物。


「……時間差で、作動するんでしょうか?」

「かにゃ?……もしくは、ドジったかだにゃ」


 そうネロが呟いた途端、誰の姿も無いはずの回廊、泡立つ染みの辺りから、「チッ」と大きな舌打ちが聞こえてきた。


 その見えない箇所に呆れの視線を向け、ネロは呟く。


「…………なんでこう、味方になった瞬間にうっかりが加速しちゃうのかにゃ……」

「えっと……暗くて足元良く見えなかったんですよ、きっと」


 小声でそんな事を言い合うネロとウェイン―――その耳に、ガンっと槍の柄で地面を叩いたような音と、いらだったような声が届く。


「……文句でもあるの?……聞かせてもらおうじゃない?」

「「なんでもないです……」」


 ウェインとネロは声を揃え……色々と見なかった事にして、今度こそ、先へと進みだした。

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