煮えきらず、開き直って

 ミス・メメントモリ・コンテストを終え、アイシャ達は宿へと戻って来た。


 隅っこで宵虎がパンをかじっている宿屋の食堂。

 ドレスを脱ぎ去り、いつも通りの服装に戻ったウェインは……食堂の椅子の上に、膝を抱えて座り込んでいた。


「…………死にたいです」


 どんよりとそんな事を呟くウェインに、同じようにドレスを脱ぎ、普段通りの服装に戻っているアイシャは、気楽に声を掛けた。


「なんで落ち込んでんの?まあ、良かったじゃん、ウェイン。優勝おめでとう」


 そう普通に称賛したアイシャにも、ウェインはチラリとしか視線を向けない。


「……優勝もなにも……なんだか、出来レースの様な気がしますし……」

「出来レースって……グリムリーパーの好みで優勝決まるってルールでしょ?ルール通りの優勝じゃん」

「それは……そうですが……」


 ウェインが気になるのは、グリムリーパーの囁き。いまいちわかりづらいあの言葉に、旧友と言う単語があった事だ。


 旧友とは、恐らくウェインの師の事だ。要するに、優勝したのは身内びいきな気がするのである。それが釈然としない、と言うのも、ウェインが俯いている理由の一つだ。正々堂々ではない、と。


 だが………それ以上に、ウェインは後悔していた。


「…………なぜ、私は歌ったんでしょうか?」

「いや、それを聞かれても……」


 軽く涙目なウェインに、アイシャは苦笑した。

 ウェインが俯いている理由は……緊張から解き放たれた結果、冷静に自分の行動を振り返り、……後悔しているからである。


 そんなウェインの肩を、ネロはポンポンと叩いた。


「まあまあウェイン?結構受けてたにゃ」

「…………笑われていただけではないですか………」


 そう言って、ウェインはまた俯く。

 そんなウェインに、アイシャは言った。


「まあ、ウェイン。ポジティブに行こうよ?ほら、そんだけ恥かいたなら、別に顔隠さなくても剣術大会に位出れるでしょ?」


 そう言ったアイシャをチラリと見て、すぐさま俯いた。


「………………やっぱり、恥だったんですか…」


 消え入りそうな声で呟くウェインを前に、アイシャは困った様に頭を掻く。


「そう言う事を言いたかったんじゃなかったんだけど……どうしよ。失敗したかな?」

「新たなトラウマになった可能性もあるにゃ……荒療治過ぎたんじゃないかにゃ?」

「いや、だって……流石に歌うとは思わないし……とにかく、ウェイン?度胸は付いたでしょ?なら、もう……切り替えよう?そもそも、目的は剣術大会の優勝だしさ」

「……勝手にエントリーした癖に良く言うにゃ」

「これで剣術大会も優勝したら、2冠だよ、ウェイン。それ報告したら、師匠も喜ぶよ、きっと」


 半ば無理矢理前を向かせようとしたアイシャを、ウェインはチラリと眺め、頷いた。


「そう、ですね。天国で……師匠も、きっと笑って…………師匠にまで笑われるんですね……」


 呟きながら、ウェインはまた俯いていく。


「いや、だから……そう言うつもりじゃなくて……」


 アイシャはまた頭を掻いた。

 どうも、ウェインはかなりネガティブになってしまっているらしい。

 俯くウェインを前に、どうしたものかと、アイシャとネロは顔を見合わせる。


 と、そこで、不意にフラリと、ウェインは立ち上がった。

 そして、何事かと見上げるアイシャ達をその場に、ウェインは一人、自室へと引っ込んで来る。

 見送ったアイシャは、呟いた。


「……悪い事しちゃったかな。自信つくかと思ったんだけど……」

「ポジティブにはなってないにゃ。剣術大会にも出ない~とか言いだすかにゃ?」

「それだと……まあ、安全ではあるよね」


 不正ばかりの王者、ゲオルグは強化されて、フリードの腕をへし折るくらいの怪力になった。ウェインの決勝の相手はその怪力で、ウェインの細腕でどれほどそれに対抗出来るか。


 腕を折られる……以上の怪我をする可能性もある。

 そもそも、ミスコンにエントリーしたのはゲオルグの強化を見る前で、その時点では試合は単純な技術比べになるだろうと思っていた。


 だが、異常な怪力を相手取るなら……あるいは、甲冑を着ていた方が良いのか。

 どちらであれ……いよいよになったらアイシャは、多少恨まれようとも試合に茶々を入れる気ではあるが。


「ミスコン、止めとけば良かったかな~」

「後の祭りって奴だにゃ……」





 暫く経って、ウェインはまた、食堂へと姿を現した。その手に、剣と盾を持って。


「あ、ウェイン。あのさ……」


 声を掛けたアイシャに、ウェインはチラリと視線を向け……きっぱりと言い放つ。


「ミスコンになんて出ていません」

「なかった事にしたにゃ……」

「あ~。なんか、ごめんね、ウェイン」


 ばつが悪く頭を掻いたアイシャへとウェインは首を振る。


「いえ。最後の一歩は自分で決めたので……ミスコンなんて出てませんが。自分で決めて出場したので、もうしょうがないです。……ミスコンなんて出てませんが」

「……ウェイン?なんか、混乱してないかにゃ?」

「混乱してません。……ミスコンになんて出てません!出てても歌ってません!」

「わかったにゃ。……一回落ち着くにゃ」


 堂々とウェインをいさめたネロ。

 そんなネロを前に、ウェインは大きく息を吐いた。


「ふう………。とにかく、私は大丈夫です。大丈夫なので素振りしてきます」

「ちょっと何言ってるかわかんないにゃ……」


 と言うネロの呟きにも答えず、ウェインは庭へと歩んで行く。

 そんな姿を見送って……それから、アイシャは席を立った。



 *



 素振りを始めたウェインの表情は真剣そのものだった。さっきまで確かに混乱していたが……いざ、訓練となると集中するのだろう。


 酷くゆっくりと、ウェインは盾を振る。その動きは完璧だ。ひたすら、その練習をしていたのだから。

 そして、それに続いて突き出される剣――前程、ひょろひょろした訳でもなく、突きも少しは形になっているが……盾の動きと比べて、まだまだぎこちない。


 そんな素振りの様子を、暫く頬杖をついて眺め、それからアイシャは声を上げる。


「……ウェイン。腕に力入り過ぎてるよ?盾はそのままで良いと思うから、突きの方ね。ゆっくりはやらなくて良いや」

「はい」


 すぐに、ウェインはそう返事をし、また、今度は素早く盾を振り、剣を突き出す。


「……もっと力抜いて。腕に一切力入れないで。横薙ぎとそこまで変わらないよ。力抜いて、腕を畳んで、身体ごと突っ込めば良いだけ」

「はい」


 すぐさま返事をし……ウェインはまた盾を振り、腕を折りたたむ。

 そこには、まだ力身がある。そのタイミングで、アイシャは言った。


「歌下手だったね、ウェイン」

「……っ、」


 真面目にアドバイスしているかと思えば、いきなりまったく関係ない話だ。


 ウェインは思わず力が抜けてしまい――その力みのない突きは、これまでで一番鋭いモノだった。


「……あれ?あの、アイシャさん……」


 そうウェインが声を上げた時には、アイシャは宿へと戻って行こうとしていた。


「あの……ありがとうございます!」


 そう頭を下げたウェインに、アイシャはチラリと振り向き、微笑んだ。


「……邪魔ばっかりしてごめんね」


 そして、アイシャは宿へと引っ込んでいく。

 そんなアイシャに、ウェインはまた頭を下げ……今の感覚を忘れない様に、また素振りを始めた。




 暫く経って……素振りを続けるウェインの元に、今度は宵虎が一人、現れた。


 宵虎は二振りの模造剣を持ち……だが、それを構える事もなく腕を組み、何も言わず、真横からウェインを眺めている。


 ウェインは、一旦チラリと宵虎に視線を向け――けれど、声を上げず、また素振りをする。


 流麗に盾を振り、連動して剣を突き出す―。

 ついさっきのアイシャのアドバイス――横薙ぎとそこまで変わらないと言うその言葉。

 実際に出来るまでは、ウェインにはそのアドバイスは良く分からなかった。


 だが、一度出来て――数度試して、漸く、ウェインはその感覚を知った。

 あんまり練習していない突き、とわざわざ構える事はなかったのだ。


 足の動き、身体の捻り方――基本は全て、これまでウェインが永遠繰り返していた師の技と変わりない。ただ、これまで振り回していた腕を折り畳み、横薙ぎの身体の動かし方のまま、その勢いのまま――。


 ヒュン――ウェインの突きに、僅かに風が鳴った。


 ウェインはそう覚えが早くない。依然、完璧とは言えないだろう。けれど、その突きは、さっきまでのモノとは打って変わり、素早く、鋭かった。


 ウェインは、伺う様に、宵虎に視線を向ける。


 宵虎は、その顔に僅かに笑みを浮かべ――ウェインの足元へと、模造剣を投げる。

 それを拾い上げたウェイン――その間に、宵虎はウェインの正面へと移動していた。


 そして、宵虎は自身も模造剣をウェインへと構え――呟く。


「的が居た方がやり易いだろう。……当てて見せろ」


 何を呟いたか、ウェインにはわからない。

 だが、宵虎の意図は明白だった。


「はい。……よろしくお願いします」


 そう声を上げ――ウェインは盾を、そして剣を構える。



 決勝までの数日。

 ウェインは、ひたすら、突きの練習を繰り返した。


 宵虎と相対し。

 途中、気ままなアイシャのアドバイスを受け。


 できるようになるまで、永遠と……。



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