4章

剣術大会決勝戦 決戦を前に

 メメント・モリ剣術大会決勝――。

 その日、コロシアムの中は、これまでのどの試合とも違い、多くの客で賑わい、ざわざわと騒がしかった。


 他の試合に興味はなくとも、決勝位は見に来ようという者。

 あるいは、ミス・メメントモリ・コンテストでここに足を運んだ結果……剣術大会もやっているらしい、と興味を持った者。


 とにかく、これまでの身内しか見に来ていない試合とは違い、コロシアムは嘘ではなく盛況である。

 そんなざわめきの差中、実況の呟きが漏れる。


『……ミスコン効果凄……コホン!さあ、やって参りました、メメント・モリ剣術大会、遂に決勝!遂に大盛況!そして、遂に王者の代替わりもなるのか!……試合開始まで暫しお待ちください』



 *



「…………実況、いつもよりちょっと真面目だにゃ」


 選手待合所―その中まで響いて来た実況の声に、ネロは少し呆れてそう呟いた。

 待合所には、実況の声だけでなく外のざわめきも届いて来ている。

 例え見なくても、いつもとは違う盛況ぶりが伺えるのだ。


 ウェインも、その事には気付いているだろう。だが、今日に限って言えば……ウェインは、どうもガチガチではないようだった。


「……賑わってるみたいですね」


 至って普段通りな様子で、ウェインはそう呟いていた。


 これまでは緊張の余り、ネロから大声で呼び掛けなければ声を出す事も出来ていなかったが……今日は、そこまで緊張していないのか。


「そうだにゃ~。…………ウェイン。緊張、大丈夫かにゃ?」


 そう問い掛けたネロに、ウェインは頷いた。


「はい。……緊張していない、訳ではないんですが……もう、やれる事はやったはずです。歌も歌いました。……私は開き直る事を覚えました!」


 力強く、ウェインは言い切った。

 ……上がり症ではなくなっただけで、恥をかいた結果緊張の種類が変わったのかもしれない。

 若干申し訳ない様な気分になり、ネロは言った。


「うちの子がホント、すいませんにゃ。無理矢理ミスコン出しちゃって」

「いえ、そんな。結局、出ると決めたのは私ですし。何故か歌ってしまったのは私ですし…」


 これ、やっぱり緊張して混乱してるんじゃないだろうか……。

 もしかしたらウェインの目は今ぐるぐるしているのかもしれない。が、ネロにはそれを確かめる事は出来なかった。なぜなら……


「……で、結局、甲冑は脱がないんだにゃ」


 そうネロに言われた瞬間、ウェイン――甲冑の騎士はガシャガシャとやかましく崩れ落ちた。


 今日も今日とて完全装甲。ウェインは顔まで完全に甲冑に隠している。


「……だって………顔見られたら……アンコールが……生暖かいアンコー

ルが……」

「……ホント、なんで歌っちゃったんだにゃ……」

「………………他に思い付かなくて…………」


 悔やむように、甲冑の騎士はうなだれ続ける――かと思えば、急にスッと、甲冑の騎士はすっくと立ち上がり、言い放った。


「……開き直りました」

「にゃ~。もう、あたしはなんも言わないにゃ」

「よろしくお願いします」


 そう言い放って……それからウェインは、ネロに剣を預けた。


「預かっとくにゃ。じゃあ、あたし客席で応援してるにゃ」

「はい。お願いします」


 ウェインは、力強く頷いていた。

 どういう経緯であれ、……とにかく今は、ウェインの頭の中は、真っ白ではないらしい。


 そう思い、ネロは、ウェインの背中を叩いた。


「頑張ってにゃ!」


 バン、といつもより強く叩き、いつもより痛い手を振りながら、ネロは待合所を去って行く。


 その姿を見送って……ウェインは、力強く頷いた。


「はい。……ありがとうございます」



 *



『さあ、お時間も迫って参りました!メメントモリ剣術大会、出場選手は2連覇中の現王者、ゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグ!今回も王座を守り切ってしまうのか!』


 騒がしい実況の声に、観客達は良く分からず歓声を上げる。

 今日初めて足を運んだ者も多いのだろう。


 そんな中を歩きながら、ネロは呆れて呟いた。


「……器用にわかりづらく本音混ぜてるにゃ……」


 そんなネロの声が聞こえるはずもなく、実況は構わず声を上げ続ける。


『そんな王者の挑戦するのは、準決勝で華麗な逆転劇を見せた、ウェイン選手!甲冑の奥に隠れたその実力で、王座を陥落させてくれるのか!』


 その声にも、歓声が上がる。

 そして、歓声の中には、僅かな戸惑いも混じっていた。ウェイン?と……。


「……偽名とか使ってなかったからにゃ~」


 そう呟きながら、剣を抱え、ネロは会場の最前列に腰を下ろした。

 その周囲に、アイシャの姿も、宵虎の姿もない。

 ウェインを応援する気がない……訳ではない。


 ただ、二人ともそれぞれ別に、があるだけだ。


 チラッとコロシアムの屋根を見て、それからどこか遠くを見て……やがて、ネロは戦場に視線を向けた。


『では………出場していただきましょう!選手入場です!』


 その声と共に歓声が上がり……甲冑を着た二人の騎士が、別々の方向から、観衆の元へと姿を現した。



 *



 待合所から一歩、姿を現したその途端――視線と声がウェインを飲み込んだ。


 これまでにない程の大歓声、多くの視線――熱気溢れる光景を前に、ウェインは思わずたじろぎ、足を止めてしまう。

 ……だが、今は、すぐに歩き出せる根拠が、ウェインの中にある。


 今、ウェインは甲冑。あの背中が開いたドレスより随分マシな格好だ。

 あんなドレスでも、確かにウェインは衆目の前に立てたのだ。だから、この位、何の問題もない。


 どこかネガティブで、だが確かに自分の意思で積んだ経験。僅かな舞台度胸を胸に、ウェインはすぐに歩み出す。


 ピンと背筋を伸ばす。堂々としていれば良い――アイシャに言われたアドバイスを実践し、コロシアムを歩むウェインは……ふと昔を思い出した。


 かつて一度見た師の晴れ姿。王者としてこの大会に君臨していた師匠も、確かにあの時、堂々と胸を張っていた。


 その姿をなぞろう。それを望んだのはウェインなのだから…………。


 戦場の中心。


 今回、ウェインは、試合が始まる前から、相手の姿が見えている。


「フフフフ………この大貴族、ゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグの三連覇に、こんな観衆が………。閃光の名に箔がつくな!フハハハハ」


 金ぴかの甲冑、兜はしていないそれを纏った太った男が、下品に笑っていた。

 緊張などしない人格なのだろう。そのふてぶてしさは、ウェインも少し羨ましい。


 ズルをする人であろうと、努力の跡が動きからまったく見て取れずとも、ウェインは、やたら他人を貶めて見ようとは思わない。


 ただ一つ、気に食わない事があるとすれば………その男が、王者であると言う事。

 不正をした上で、師と同じ肩書きを持っているという事だ。


 緊張に呑まれる事もなく、……ただ湧いて来た闘志を掴む様な気持ちで、ウェインはゲオルグを睨んだ。


 その視線に気付いたのか――だがゲオルグは余裕の笑みで、ウェインを嗤う。


「フン。睨もうと僕の王座は揺るがない。僕は貴族だぞ……。命令だ!盛り上がる負け方をしろ!」


 ゲオルグの視線は見下すようなモノ――昔、小さな大会に出場したウェイン突き刺した観衆の視線と似ている。


 けれど、それを前にウェインはひるまず……そして、応えず、静かに、時を待った。

 そんなウェインとは対照的に、ゲオルグは喚く。


「お前!この僕を無視するのか!負けろと言っているんだ!」


 いつも、試合の直前にそう相手に声を投げているのだろうか。

 一つだけ、ウェインは言った。


「……うるさいと、言われませんか」

「な……貴様…………」


 憎々しいと頬の肉を引きつかせ、ゲオルグはウェインを睨む。

 ウェインもまた睨み返し――静かに、構えを取った。



 決戦の時は近づいて来る――。

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