ミス・メメントモリ・コンテスト

 コロシアムは、いつにない盛況ぶりを見せていた。観光客が……それも男の観光客が全員やってきているのではないかと言う盛況ぶりで、剣術大会とは比べ物にならない人の入り用だ。


 そして、そんな衆目は、コロシアム中心の戦場へと視線を向けている。


 コロシアム中心へ向けて、一人の少女が、しずしずと緩い足取りで歩んでいた。


 胸元の大きく開いた青いドレス、歩む度に僅かに素足が覗き、一歩間違えれば下品にもなりそうなそれを身に纏いながら、しかし少女の所作は品を失わない。


 髪を結い、化粧をし、その顔に物憂げな表情を浮かべて、中心にある紋章魔術の拡声器を前にした少女は、観衆へと声を投げた。


『……アイシャです。どうぞ、よろしくお願いします』


 普段とは違う静かな声音にもまた、気品が宿っている。


 絵に書いたような令嬢――その様子に、観衆は皆、息を呑み……。

 …客席の一角で、ネロはちょっと呆れた。


「……全力で猫被ってるにゃ。あれ、内心絶対ノリノリだにゃ」


 そんなネロの横で、宵虎は呟く。


「……嫌なら出ないだろう。アイシャだぞ?」

「まあ、そりゃそうだにゃ。アイシャだしにゃ……」


 そう頷いて、ネロはまたアイシャに注目する。

 観衆に晒されながら、アイシャは堂々と胸を張り、同時に気品を漂わせ続けている。


「……しかし、ああしてるとホント、お嬢様みたいだにゃ」

「普段から、お嬢様のようなモノだろう」

「……だんにゃにはアイシャがどう見えてるにゃ?」

「お転婆だ」

「ああ………」


 と、納得した所で、実況の声がコロシアムに響いた。


『……凄い猫被ってる……コホン!それでは、アイシャさん!アピールタイムです!何か特技をお願いします!』


 相変わらず本音がだだ漏れな実況の声に、しかしアイシャはリアクションを取らず………少しうつむいてこう答えた。


『……特技なんて……そんな…………私には、人にお見せできるような特技なんて……』


 知らない人から見れば、箱入り娘が戸惑っている……と言う風に見える仕草だ。

 事実、コロシアムのそこら中で、あれはどこの令嬢だろうと、噂話が飛び交ってもいる。


 が、普段のアイシャを知るネロは、やっぱりちょっと呆れた様子で呟いた。


「…………ある意味流石だにゃ。アイシャ、好感度上げつつ楽しようとしてるにゃ。特技披露がめんどくさいんだにゃ……」

『…………やっぱり滅茶滅茶猫被ってるし……』


 実況もまたそう声を漏らし…そこで、アイシャは僅かに不機嫌そうに、一瞬だけ実況を睨んだ。


『……なにか?』

『何でもないです。コホン。え~、では………特技披露は無しという事で。…審査委員長はどう思われますか?』


 意見を求められた審査委員長は、実況の横に腰かけていた。


 大鎌を構え、外套を纏った骸骨―ミス・メメントモリ・コンテストの審査委員長。

 グリムリーパーは、カラカラと愉快そうに嗤っていた。


「……審査委員長って。あの死神、いよいよ世俗に塗れ過ぎじゃないかにゃ?」


 また呆れて、ネロが視線を向けた先――実況席で、グリムリーパーは不意にごにょごにょと、実況の女性に耳打ちする。


『え?……リー君喋れたの?ていうか、渋。コホン……』


 散々漏らした本音を咳払いでなかった事にして、実況はグリムリーパーの言葉を通訳する。


『かの麗人、華やぎに刺隠すまさに艶花。色香宿るも所作が華美を良しとせん、まさに令嬢』


 その実況の声に、会場に居る観衆たちは全員、首を傾げていた。


「……渋いって言うか、もはや何が言いたいか全然わかんないにゃ。もしかして、だんにゃならわかったりするかにゃ?」

「フ。……そもそもあの女の言語がわからん」

「…ああ、そうだったにゃ」


 とか客席の一部でネロと宵虎が言っている間も、観衆は若干静まったまま。

 それを気にしたのか、実況はグリムリーパーに言った。


『あの、リー君。わかりやすく言ってくれない?』


 その言葉に、グリムリーパーは顎に手を当て考え込み、やがてごにょごにょと実況に耳打ちした。


『え?……ああ、そう言う…え?…コホン。え~審査委員長曰く……エロい格好と雰囲気にギャップがあって良いですね。ちょっと性格悪そうなのも個人的にはグット……だそうです』


 そう言っている実況の横でグリムリーパーはカラカラと嗤っていた。


「……あの死神は、どこまで威厳を落とせば気が済むのかにゃ…」


 そんなネロの呟きを聞いた宵虎は、まったく自分が何かを言われた訳ではないというのに、ちょっと耳が痛かった。


『とにかく、審査委員長からは好印象なようです!では、さくさく次へ行きましょう!次の方、エントリーナンバー8。ウェインさん!』


 若干雑に、実況はコンテストを進行した。


 そこで、コロシアム中心のアイシャは一瞬気を抜き、溜息と共に頭を掻いた。

 そして、また堂々とした足取りで、待合所へと引っ込んでいく。

 その様子を眺めて、宵虎は憮然と呟く。


「む?…アイシャの出番はもう終わりか」

「まだ見てたかったのかにゃ、だんにゃ」

「……物珍しいからな」

「こう言う所は、微妙にはぐらかすんだにゃ……」


 そう呟いて、ネロは去って行くアイシャ……その歩む先の待合所を見た。


「……出て来ないにゃ~、ウェイン。……ていうか、名前まんまでエントリーしたんだにゃ」

「…………えんとり?」


 宵虎は、首を傾げていた。



 *



 会場が同じだけに、待合所は剣術大会のそれと同じだ。見慣れたそこに流れている空気は、剣術大会よりも遥かに殺伐としていて……その出口の横で、例の赤いドレスを身に纏ったウェインは………ガチガチに固まっていた。


 ウェインの名前は実況から呼ばれた。今すぐに出て行かなければ行けないのだが………緊張したウェインの身体は動かず、そんなウェインを他の出場者は物言わず睨み付けている。


 と、そんなウェインの前に、出番を終えたアイシャが歩んで来た。


「ウェイン、どうしたの?行かないの?呼ばれてるよ」

「いえ、あの…………私は…やっぱり……」


 上がり症もあるにはあるが、ウェインの頭をよぎっているのは、やっぱり、場違いではないかと言う思いだった。


 人目がある場所に出ると考えると、どうしても、かつて自分に向けられた奇異の視線を思いだしてしまう。

 それから、単純に…………背中が大きく開いたこの服で人前に出るのが恥ずかしい。


 言い淀んだウェインを前に、アイシャは腰に手を当て、言った。


「……そんなに出たくないなら、別に出なくても良いよ?棄権する?」

「え?」

「剣術大会があれだったし、どうせ人いないかな~って思ったんだけど……みんな、正直だよね~」

「えっと……」


 戸惑いに声を漏らすウェインに、アイシャは苦笑した。


「度胸付けるならさ、やっぱり、自分で決めないと。じゃないと多分、全然意味ないでしょ?とりあえず、直前までは連れて来たし、ついてきて上げたけど、最後の一歩は自分で決めなよ」


 アイシャには、これまでのように半ば無理矢理……と言う雰囲気はなかった。

 本当に、ウェインが嫌なら、出なくても良いのだろう。


 ウェインの問題は、表面的には上がり症で、根本的には自信のなさだ。

 弱いからと、女だからと笑われた過去が問題である。


 ついにこの間一勝を掴み、弱さは少し払拭された。あと、もう一つの方は…………ここで一歩を踏み出せば何かが変わるのだろうか。


 暫し、悩み……やがて、ウェインは言った。


「……あの。何か……アドバイスを頂けないでしょうか」


 そんなウェインを前に、アイシャは微笑む。


「背筋伸ばしてればそれで良いよ」

「……はい!」


 拳を握り締め、……力強く、ウェインは頷いた。そして、その一歩を歩み出す。



 *



 中々現れないウェインに、コロシアムの客席はざわめきに包まれていた。

 けれど、そのざわめきは、徐々に徐々に収まっていく。


 静まる会場――その衆目の先にあるのは、真紅のドレスに身を包んだ麗人。

 大きく開いた背をまっすぐと伸ばし、堂々とした足取りで、ウェインはドレスを翻し歩む。


 その中性的な顔立ちにルージュが映え、纏う雰囲気は凛々しく、同時に華やかだ。


 直前まで猫を被ったアイシャが居た事もあっただろう。華やかさは変わらず、だが、対照的な緩みのない雰囲気は、会場の注目を引くには十分だった。


 衆目を引き――だが、堂々と凛々しく。

 拡声器の前に立ったウェインは、真剣な面持ちで会場を睨み付けた。

 そして、拡声器越しに、声を上げる。


『ふぇっ……ごほん!ごほん!……フェインです!』


 ……凄まじく裏返った声で。


 凛々しさも真剣な面持ちも、……ただ単に愛想を振り巻く余裕がない程緊張しているだけである。


 だが、そのギャップは、観客の心を掴むには有効だった。

 凛々しいと見せて噛む。天然で発生したそのあざとさに、観客達は妙に微笑ましくウェインを見ていた。


 そんな視線を前に、緊張しきった固まった表情で、ウェインは頭を下げる。


『……よ、よろしくお願いしまひゅ』

「……噛み噛みだにゃ。大丈夫かにゃ~、ウェイン」


 心配そうに呟いたネロの横で、宵虎は唸った。


「……なぜ、女装してこんな催しに」

「にゃ~。度胸付けだにゃ」

「……なるほど」


 突っ込むのが面倒になって雑に言ったネロに、宵虎は無駄に納得していた。

 そんなコロシアムに、実況の声が響く。


『やっと来た……では、ガチガチのウェインさん!特技披露をお願いします!』


 その声に……ウェインは答えない。


『……………』

『……あの、ウェインさん?』

『…………………』


 ウェインは………固まって、一切動かなくなっていた。


「あ~。ガチガチで頭真っ白なんだにゃ…………」


 その様子を何度も見ていたネロは、すぐに理解する。

 試合前、ウェインは大体いつもああなっていたと。


 と、固まったウェインに業を煮やしてか、実況は不意に大声を上げた。


『…………ウェインさん!』

『は、はい!?……なん、でしょうか……』

『特技披露です。ウェインさん。お願いします』

『と、特技…特技なんて……なにか、芸……えっと……』


 緊張だけが頭をよぎり、ウェインは特技披露で何をするかなど決めていない。

 ただ、会場はウェインの行動を待って静まり返ったまま…………。


 何かしなければならない……その思いがウェインの真っ白な頭の中を駆け巡り……思い付いたのは、前にアイシャが冗談で言った言葉。


 緊張と混乱で目をぐるぐるさせながら、それでもアドバイスは守って背筋を伸ばし続け……ウェインは言い放った。


『……歌います!』

「マジかにゃ……」


 反射的に声を上げたネロ………その耳に、アカペラの歌が流れ出す。


 本当に、ウェインは歌いだしたのだ。緊張が境地に達した結果、ウェインは前後不覚に陥っている。

 そして、窮地を前に………ウェインは突き進む事しか知らない。


 コロシアムに流れたのは、意外な程の美声で紡がれる………童謡。他に空で歌える歌がなかったのだ。


 そして、その歌唱技術は………普通、より少し下手なレベル。


 学芸会でも見ているような、妙に生暖かい空気が会場を包み込んだ……。




 やがて、歌い終わったウェインは…………全力疾走で、逃げ出した。

 そんなウェインを、会場は妙に生暖かい拍手と共に見送った。


『……以上、ウェインさんの特技披露でした。どうでしたか、審査委員長……はい。はい。早急に婚儀を執り行う、と。え~、ウェインさん、死神に見初められたようです』

「無駄に物騒だにゃ……見初めるの意味合い変わっちゃってるにゃ」


 呆れたネロの横で、宵虎は首を傾げた。


「……見初める?えんとり?……縁取り。見合いか?」

「あたし、突っ込まないからにゃ」

「……………」


 不満げに、宵虎は唸った。



 楽しそうにカラカラと審査委員長が嗤う中、ミス・メメントモリ・コンテストは、妙に生暖かい雰囲気で進んでいった………。



 *



 全ての出場者がアピールを終え、華やかな女性達が、会場にずらりと並んでいる。

 そこには、アイシャとウェインの姿もあり……飽きて来たのか、アイシャは物憂げな雰囲気を作る気もなく退屈そうに毛先をいじり、ウェインは………うつむいて固まっていた。


『では、結果発表のお時間がやって参りました!なお、優勝者に関しましては、会場の様子を見た上で、我らが審査委員長グリムリーパーが独断と偏見でもって選出いたします!』


 緊張しきり、恥を書き切り、疲れ切り……もはや無の状態に至っているウェインは、その実況の声を禄に聞いていなかった。


「……結局、死神の好みで選ぶって事かにゃ……」


 と言う客席のネロの呆れは、そもそも聞こえていない。


 無の状態のウェインを置いて、コンテストは進んでいく―。

 死神に囁きかけられた者が優勝者――どこまで行っても若干物騒なその催し、美女達の周囲をグリムリーパーはカラカラ笑いながら漂う。



 ……やがて、ウェインは囁きを聞いた。

 死神の手が肩に置かれ、髑髏がウェインへと囁きかける。


「…旧友の子よ。王冠頂く華となれ。逸れぬ行く末にその方、望みとまみえよう……」

「……え?」


 と、振り返った時には、ウェインの背後から、グリムリーパーの姿は消えていた。


 状況をまったく理解できないままに、ウェインは、歓声に飲まれた――。



 その後。

 優勝者挨拶で客席から巻き起こった悪ノリのアンコールを受け……。


 ……ウェインはまた大恥をかいた。

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