探って、騙して、いざ大会へ

 コロシアムを後にした宵虎は、一人、祭りの中を歩んで居た。


 向かう先は、さっきの気配―――ゲオルグが勝利すると同時にまた消えた、あの強大な気配のあった場所。


 既に掴めなくなっている以上、わかるのは大体の位置だけ………だが、あの悪魔が潜んでいる場所を見つけるには、ただそれだけで十分だった。


 宵虎の眼前に現れたのは、酷く大きな敷地を持つ建造物。広い庭を持ち、城や宮殿を思わせる様な豪奢な建物。


 それは、宿屋ホテルだ。マーカスでもっとも高価で、もっとも高級な宿である。金さえ払えば誰でも利用でき、そして今、とある貴族が一棟まるまる貸し切っている為に、豪華さとは裏腹にその宿屋ホテルには人影が少ない。

 気配を探ってみても、人の気配が幾つかあるだけ。やはり悪魔の気配は掴めない。


「……城か何かか?」


 まさか宿屋とは露とも思わない宵虎は、そんな事を呟いて、その宿屋(ホテル)の周囲をぐるりと回ってみた。


 特段、警備の姿もない。侵入するだけならば今すぐにでも出来る……が、肝心のあの悪魔を見分ける術がない。


 老紳士の姿は化けたモノだ。別の姿にも当然化けられるだろう……従業員に紛れるか、あるいはもっと別の小さな生物に化けて逃げられる可能性がある。


 それでも、相対すれば判別できるだろうが………取り逃がせば面倒な事になる。

 その瞬間を目撃していた訳ではないが、あの太った子分は、恐らくめふぃなんとかから力を借りて、強化された。


 経緯を考えればウェインが裏金に頷く訳もなく、闇討ちなど宵虎やアイシャがいる時点でさせる気は無い。寧ろ、攻めてきてくれれば切る好機と宵虎からして上々…。


 とにかく、決勝はウェインと、あの太った子分だ。尋常な勝負の場、まして多少は手ほどきもした。横槍などと認める気は宵虎にはない。だから、予め切っておくかとこうして足を運んではみたが……けれど取り逃がさない保証はない。派手に暴れれば、ウェインやアイシャ達にまでまた面倒を強いる事にもなる。


 必ずそこに悪魔がいると、確証のあるその時に、手を下すのが上策か。

 ならば……おおよその場所だけわかれば良い。


 狙うは決勝当日、ウェインに苦戦し、あの太った子分が悪魔から力を借りるその時分。

 あれだけ強大な気配があったのだ。力を貸している間は、あの悪魔は化けていられないのだろう。


 ならば、その時に切れば良い。切れずとも、邪魔立てはしよう―決勝さえ無事済めばそれで良いのだ。


 そう決めて、下見を終えた宵虎は、巨大な宿に背を向けた。



 *



 同じ頃。

 アイシャ達は、宿の食堂に顔を突き合わせて話し込んでいた。

 その場にいるのは、アイシャ、ネロ、ウェインの三人だ。


「間違いなく魔術だよね、あれ。どうする?運営に報告とかする?」


 そう言ったアイシャに、ネロは答える。


「その話、前したにゃ。その時は闇討ちの話だったけど~、ただでさえ閑古鳥な大会に、王者のスキャンダルは勘弁、って感じだにゃ」


 そして、その言葉をウェインが次ぐ。


「それに……多分、証拠もありません。鎧は試合前にチェックされますし…証拠が残っているようなら、そもそも最初に優勝する前に失格になっていたと思います」

「実況の人、またって言ってたしにゃ。毎年こうなんじゃないかにゃ?」


 そんな二人を前に、アイシャは少し考え込んだ。それから、こう言う。


「……じゃあ、こっちからもなんか仕掛けてみる?ちょっと行って懲らしめて来て上げよっか?」


 口調は冗談めかしていたが、アイシャは割と本気で言っている。

 そんなアイシャを前に……いつもより少し堂々と、ウェインは首を横に振った。


「いえ。……私は、不正はしたくありません。試合前に危害を加えては、あちらと同じになってしまいます。あくまで、私は、正々堂々優勝したい。でなければ意味がありません」


 そう言い切ったウェインに……ネロはちょっと感動したような視線を向けた。


「ウェイン…………。なんだろうにゃ、この気分。なんか、主人公みたいなこと言う人に初めて会った気がするにゃ……」


 僅かに目をこすったネロ……その横のアイシャは、真剣な表情でウェインに語りかける。


「でも、ウェイン?本当にやばいかもしれないよ?今のままだと、正直厳しいと思う。技とか関係なく、ただのおかしい怪力だから。対処するの難しいと思う」

「それは……」


 言い淀んだウェイン。

 そんなウェインをフォローする様に、まだ真剣な顔で、アイシャは言った。


「でも、数日でも、修行すればなんとかなるかもしれない。凄いきついと思うけど、やる?」

「はい。……覚悟はあります」

「……どんな修行でも耐えられる?」

「はい。耐えて見せます!」

「絶対逃げない?」

「はい!逃げません!」


 気合いを入れ、威勢良く言ったウェインを前に……アイシャはニンマリと笑みを浮かべた。


「良く言った。……じゃあ、けって~い!言質取ったし~。おばちゃ~ん!」

「はいよ~」


 と、軽い返事と共に、女主人が奥から現れた。


 女主人の手にあるのは、2着のドレスだ。青いドレスと赤いドレス。

 そんなドレスを両手に持った女主人を背後に、アイシャはウェインに尋ねた。


「じゃあ、ウェイン。赤と青どっちが良い?」

「……………………話について行けないんですが」


 暫し固まった末、ウェインは辛うじてそう言った。


 さっきまでまじめな話をしていたはずだ。少なくともウェインはそう思っていたのだが……気付いたらドレスを選ばされている。

 そんなウェインに、ネロはため息交じりに教える。


「ミスコンだにゃ」

「…………………ミスコン?」


 思いっきり首を傾げ………それから、ウェインは思い出した。


 確かに、ミス・メメントモリ・コンテストなる催しがある。ウェインも前、グリムリーパーに勧誘された。当然、断ったのだが…………。


 今、ウェインはドレスを選ばされている。

 …………。


「ちょっと私急用が!」


 言うが早いか逃げ出そうとしたウェイン――が、恐ろしい身軽さで、アイシャは先回りしてそんなウェインの逃げ道を塞いだ。

 そして、アイシャは真剣な表情で、ウェインの肩をがしっと掴む。


「ウェイン?……言ったよね?何でもするって」

「何でもするとは言っていません!」


 そう叫んで逃げ出そうとしたウェイン――が、アイシャは逃がさなかった。


 ウェインの肩を抱くと同時に足を絡ませて膝の動きを封殺し、更に手慣れた様子でウェインの片腕を、……逃げようとさえしなければ痛くないギリギリまで捻る。

 そうしてウェインを捕らえながら、アイシャは耳元で囁いた。


「似たようなこと言ったでしょ?ほら、上がり症克服の為だって。……舞台度胸」

「それは………確かに、その……ですが」


 蛇に捕らえられた小動物の様な気分で、言い淀んだウェインから、アイシャは不意に身を離し……また真剣な表情でこう言った。


「ねえ、ウェイン。……ずるしてる奴に負けるのと、ミスコンに出るの。……どっちの方が嫌なの?」


 ミスコンに出て恥を晒すか。

 不正を前に白旗を上げるか。


 どっちがも何もどっちも嫌だが、けれど……強いて選ぶとすれば、ウェインは…………。


「……負ける方が嫌です」

「そもそも、それ二択なのかにゃ?」


 という冷静なネロの呟きを華麗に無視して、アイシャはドレスへと手をかざした。


「良く言った!さあ、ウェイン!どっち!」


 差し出された先にあるのは、2着のドレス。


 明らかに胸元が大きく開いていて、スカート部分にはスリットが入っている明らかに露出過多な青いドレスと、胸元までちゃんと隠れている、露出が少なそうな、赤いドレス。


 そのどちらかを選ばなければいけないと言うのなら……。


「……赤で」

「けってい!よし、行こうおばちゃん!」

「はいよ~」


 おばちゃんは気前良くそう答え、宿の奥へと引っ込んでいく。

 その後を、ウェインを引っ張りながら、アイシャもついていった。


「待って下さい、あの、今着る必要は……」


 とか言いつつ、ウェインは連行されて行く。

 そんな一幕を、ネロはのんびり眺めた。


「……平和だにゃ~」


 と、そこで、不意に宿の入り口の戸が開き……そこから、フリードが宿に入って来た。

 さっきの試合で折られたのか、フリードは片腕を吊っている。


「……にゃ?腕、大丈夫かにゃ、フリード」

「ああ。油断した俺のミスだ。所で、あの騒ぎは?」

「ミスコンに出るそうだにゃ」


 それを聞いた途端、フリードは僅かな笑みをこぼした。


「ほう。豪胆で良いじゃないか」


 と、そこで、連行されているウェインが、フリードに気付いたらしい。


「あ、フリードさん!あの、この度はえっと…………助けて!」


 バタン。

 と音を立てて、ウェインを飲み込んだ部屋の戸は閉じた。

 それを見送り、フリードは呟く。


「……楽しそうだな」

「楽しそうかにゃ~?」


 若干呆れた様に、ネロはそう呟いた。

 それから、ネロは僅かに声をひそめて、尋ねる。


「……フリード。フレイアークって、家の名前かにゃ?」


 前の話の続きだ。ネロは、確かに忘れるとは言ったし、アイシャの前でその名前を出す気はないが……気になるは気になってしまうのである。

 だから、周囲に誰もいないこのタイミングで尋ねたのだ。


 フリードは少し意外そうな顔を浮かべ、それから声を潜めて答えた。


「ヴァラール1の武門にして、一族。代々軍のトップを務める、常勝の集団。そして、…………身内に影を作る」

「影、かにゃ?」

「ああ。……だから、あの楽しそうな娘とは、関係ない話だろう」


 そう言い切って、フリードは立ち去って行った。


「……そうだにゃ。フリード、結構良い人だにゃ」

「なるべく関わらないようにしておくよ。邪推して済まなかったと伝えておいてくれ」


 そう肩を竦めて、フリードは宿の奥……自室へと向かっていった。


「良い人だったんだにゃ~」


 微妙に感慨深くそう呟いたネロの耳に、ウェインが飲み込まれた部屋から、悲鳴が聞こえて来た。


「あ、ちょっと、待って下さい!自分で着ます………ふわぁっ!?今、そこ触る必要あったんですか!?」


 なんとも騒がしい声に、ネロは溜息をついた。



 *



 決戦の日に備え、下見を終え、宵虎は自身の宿へと帰り付く。

 そして、宿の戸を開けた宵虎。その眼前で………


「ま、待って下さい……これ、露出がマシかと思ったら……背中の開き方が……」


 ………ウェインがモジモジしていた。

 着ているのは赤いドレス。ボディラインは出ているが、正面からみれば胸元が首まで隠された、特段露出のないドレスである。


 が、それを着ているウェインの頬はドレスに負けない位に赤い。

 そして、宵虎が入って来たことに気付いた途端、その顔の赤さは数段ました。


「う、あ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 照れが限界を越えたのか、ウェインはそう悲鳴に近い声を上げて、宿の奥へと逃げていく。


 その後ろ姿は……ほとんど上半身裸の様なモノだ。酷く背中が開いているのである。


 悲鳴を上げて去って行くウェインを憮然と見送り……宵虎は首を傾げた。


「…………女装か?なぜ?」


 そんな宵虎を見上げて、ネロは言った。


「それ、本気で言ってるのかにゃ?今の見てなんも思わないのかにゃ?」

「……細過ぎる。ちゃんと飯は食っているのか?」

「だから、それ本気で言ってるのかにゃ~」


 呆れて呟いたネロ。

 そんなネロを横目に、宵虎は奥で女主人と話し込んでいるアイシャに視線を向けた。


 その服装は、いつもと変わりない。ドレスは着ないらしい。

 と、その宵虎の視線にネロは気付いたようだ。


「にゃ?……アイシャ~。だんにゃが着て欲しそうにアイシャを見てるにゃ~」

「……誰もそうは言っていないが……」


 という若干濁した宵虎の呟きはアイシャには届かず、アイシャは照れた様な笑顔を浮かべた。


「え~。本当?でも、どうしよっかな~、ちょっと勿体ぶっちゃおうかな~」


 ふざけた調子でそんな事を言ったアイシャの横で、女主人は呆れた様に言い張った。


「勿体ぶるも何も、明日着るだろ?」


 女主人のその言葉を聞いた途端、アイシャは固まった。


「……はあ?」

「はあ、じゃないよ。あんたも出るんだろ?」

「…………………はあ!?なんで!?」

「運営の子がそう言ってたけど」

「運営の子って、受付の……実況の……あの人、勝手に……」


 苦々しく呟いた末に、アイシャは大声を上げた。


「出ないからね!絶対!絶対出ないから!」


 そう喚くアイシャを、ネロは遠い目で見た。


「…………にゃ~。オチが見えたにゃ」

「オチ?」


 と首を傾げた宵虎へと、ネロは言う。


「アイシャも結構、だんにゃの影響受けてるにゃ~」

「………………?」


 更に首を傾げた宵虎の視線の先。


「絶対出ないから!」


 アイシャは大声で喚いていた。


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