気まぐれな天才


 宿の庭。


 模造剣を構える宵虎を睨み、ウェインもまた構えを取った。


 盾を前に、剣を後ろにした半身の構え――師から一つだけ教わり、永遠素振りし続けていたその技の構え。


 この立会いはもはや連日の事だ。言葉が通じない相手に稽古を頼んだ以上、修行はひたすら実戦形式のものになる。


 たった数日だが、もはや何度やったかも分からない立会い。

 ただ、一度としてウェインの剣が宵虎を捉えた事はない。全て寸前でいなされてしまっている。


 だから……今日こそは。師から継いだ技の強さを示し………覗き男に天中を!


「………行きます」


 呟きと共に、ウェインは踏み込んだ。半身、盾を前にしたまま、敵へと正面から踏み込むのがこの技の始点。


 相対する宵虎は―――ウェインへと剣を振り下ろして来た。


 宵虎の対応は、これまで4種類。何もせず棒立ちし、ウェインの盾で剣をはじかせてくれるもの。飛び退き、距離を取るもの。あるいは前に出て、ウェインが盾を振る前に身体でその動きを潰して来るもの。

 そして、今のように―――正面から盾を叩き落とそうとして来るもの。


 4つの内のどれが来るかはわからないが――恐らくその4つが、この技を前にした相手の対応なのだろう。知ってか知らずか、宵虎はウェインに足りない実戦経験を積ませているのだ。


 そして、連日やっているからこそ――ウェインはどれに対しても、ある程度対応出来るようになっていた。


 目の前で、宵虎の剣が振り下ろされる――待ち受けては駄目だ。

 手加減していても宵虎は剛腕。足を止め力で対応しようとしては、押し負けるのが席の山だ。


 だから、ウェインは振り下ろされる剛剣を前に、引かず、突っ込んで行った。

 踏み込みの勢いは殺さない。それを使って宵虎の腕力に対応し――その上で、技でいなす。


 ウェインは盾を振る。振り下ろされる剣を横から殴りつける様に、剣閃に対して角度を付けた盾をぶつける。


 カン――剣と盾がぶつかるその音は、その鋭く激しい動作からは想像が出来ない程に、軽かった。


 角度のついた盾の表面を、宵虎の剣が滑ったのだ。威力が十分に盾に伝わらず、だから衝撃も緩く、ウェインは宵虎の剛剣を、


 宵虎の剣が流れる――振り下ろす勢いを制御できないかのように、宵虎の体勢は崩れ、その首、頭部が無防備に晒される。

 そんな宵虎の頭へと、の通りに、一切の躊躇なくウェインは剣を振った。

 ウェインは知っているのだ。ここまでは、と言う事を。

 そして―――


「……やはり軽い。鈍い」


 ―――不満げに、宵虎が何かしら呟くと言う事も。

 直後、剣を振っていたウェインの手首が宵虎に掴まれ………ウェインの身体は宙を待った。



「痛ッ!?……く、まだまだ!」


 威勢の良い声を上げて、投げ飛ばされたウェインはすぐさま起き上がり、また宵虎に挑んでいく。

 その様子を、アイシャとネロは頬杖をついて眺めていた。


「……飽きずに良くやるよね~」

「そうだにゃ~。頑張るにゃ~。あ、アイシャ。また止めたら良いのに、とか言っちゃ駄目だにゃ?流石に今度はあたしも怒るにゃ?」

「え?ああ……あれは、違うんだって。そうじゃなくて、だから……多分、技があってないの。半分」


 退屈そうにそう言ったアイシャに、ネロは首を傾げた。


「にゃ?……それ、どういう意味かにゃ?」

「だから~。あれ、多分、男の人の技なんだよね~。前半は別に良いんだけどさ~。横薙ぎは腕力ないと成立しないって言うか、別の方が明らかに効率良いって言うか。ちょっと遅いんだよね~。まあ別に、だから誰にでも対応されるって訳じゃないだろうし。あの大会で優勝する分には問題ないと思うんだけど……」

「……ちょっと何言ってるかわかんないにゃ」

「え~、」


 不満げにアイシャは声を上げ、それから、立ち上がった。

 そして、ウェインと宵虎に声を投げる。


「一回ストップ。ストップ!」


 何事かと、ウェインと宵虎はアイシャの声に動きを止めた。

 そんな中、アイシャはウェインへと歩み寄って行く。


「ウェイン。一回貸して、それ。盾と剣」

「あ、……はい。どうぞ」


 不思議がりながらも、ウェインは盾と剣をアイシャに手渡した。

 その様子に、宵虎は呟く。


「ほう………。やる気か」


 恐らく、今度はアイシャが挑んで来るのだろう。ならば、宵虎は迎え撃つのみ。

 確かに、アイシャは天才だ。身のこなしは紛れもない天分を秘めたそれではある。


 だが、……アイシャは弓兵。いくら天分があろうとも、それはあくまで弓と身のこなしの話。剣の扱いであれば、間違いなく宵虎の方が上だ。


 多少の手心は加えてやろう……。

 そう余裕ぶり、僅かに笑った宵虎へと、アイシャは気楽そうに、盾を持った手を振って来る。


「行くよ~、お兄さ~ん、」


 宵虎は、アイシャを見据え、模造剣を構えた。


 ――瞬間、アイシャは動き出す。

 事前に構える事もなく、ただ歩き出すだけのような静かさで――だが、その動きは酷く鋭い。


 瞬く間――そう言える程の素早い、音のない足運びで、アイシャは宵虎の懐へと踏み込んでくる。


 機先を制された――アイシャに害意がないために、一瞬対応が遅れる宵虎の剣、いや、剣を握るその手へと、アイシャは盾を押し付けて来る。


 殴るのでもなく、いなすのでもなく。ただちょっとどかす……程度のほんの小さなアイシャの動き。


 それでは、宵虎の動きを封じられるのはほんの一瞬だけだ。

 ただ、勝負が決するには、その一瞬で十分だった。


 盾の影から、模造剣が突き出される―。


 横薙ぎではなく、突き。大仰な動きを捨て、必要最低限の効率的に身体を動かし、盾で相手の剣をどかす動きと完全に連動して、敵の首へと剣を突き出す。


 それは、もはや連撃ではない。一個の動作の内に完全に攻守両方が組み込まれている。

 動きの質だけで言えば、既にウェインよりも上。その師――前に宵虎が出会ったあの亡霊に匹敵する完全な必殺だ。


 宵虎の首――その寸前で、アイシャの手の模造剣は止まった。


 完全に一本取られた――いや、と舌を巻いた宵虎を見上げ、アイシャは悪戯をした子供の様な笑みを浮かべる。


「あれ?……避けないの?」


 その笑みにも邪気はない。邪気がないままに、……遊びの延長線上にある様な気楽さで、アイシャは宵虎を圧倒した。ウェインの修行を見て、ただそれだけで覚えたのか。


 違う、と宵虎は判断する。ウェインの修行を見ていた事は確かだ。だが、アイシャは恐らくウェインを真似たのではなく……元々覚えていた別の、似た技能を使っただけに過ぎないだろう。


 ―――アイシャが今実行したのは、恐らく剣術ではない。だ。


 盾と模造剣を持っているから剣術に見えるだけで、今の動き、恐らく短刀一本だけでも成立する。ただ構えもなく歩いているだけの姿勢から始まり、一瞬の隙をついて懐に潜り込み、素手で相手の武器を一瞬封じる――と同時に、首を一突き。


 …………今更の話だ。今更、宵虎は気付いた。軽やかで音のない身のこなし、気配を読み切れず、ひたすら虚をつかれてしまうその理由。


 アイシャの鍛錬の源流にあるのは、暗殺術だ。弓と同時にそれを極めているのだろう。無意識に相手の虚をつく動き方をしてしまう位に、染みついているのだ。


 ……だからと言って、何か宵虎の態度が変わるわけでもないが。


 動きを止めてアイシャを見詰める宵虎に、アイシャは首を傾げ、それから背を向けて、ウェインとネロの元へと歩んで行く。


「……え?……勝ってる……アイシャさん、凄いですね」

「あたしには何が何だか良く分かんないにゃ~。まあ、とりあえず、だんにゃの負けかにゃ」

「いや~、勝ったって言うか、勝たせてくれたんじゃないの?」

「そうなのかにゃ?…だんにゃ、今わざと負けたのかにゃ?」


 と、不意にそうネロに問われ、宵虎は即答した。


「フ……当たり前だ」


 ……明後日の方向を向きながら。

 そんな宵虎を、ネロは白い眼で見る。


「こっち見て言うにゃ」


 そんなネロの横で、アイシャはウェインに盾と剣を返していた。


「…まあ、とりあえずウェイン。突きにしてみなよ。横薙ぎだとさ、ちょっと腕力必要っぽいし。突きの方が効率良いと思うよ?」

「そうですか……」


 思案顔でウェインは呟いた。

 ウェインが師から習った技に、突きは含まれていない。変えるべきかどうか悩んでいるのだ。

 そんなウェインにアイシャは言った。


「師匠の技受け継ぐってのも良いと思うけど、使いやすいように改良するのも弟子の役目じゃない?」

「……そう、ですね。わかりました。やってみます!」


 威勢よく声を上げ、ウェインはアイシャから、剣と盾を受け取った。



 数分後。

 ネロとアイシャが頬杖をつく前で、ウェインはまた宵虎に挑みかかっていた。


 盾で完璧に宵虎の剣を御し切り――よろよろ~っとした突きが宵虎を襲う。

 呆れた様子で、宵虎はそんなウェインをまた投げる。


「痛っ!?」


 と、ウェインは声を上げた。

 そんなウェインを眺めてから、宵虎は溜息と共に、ネロへと声を投げる。

 その言葉をネロは通訳した。


「ウェイン。……素振りだそうだにゃ」


 よろよろと立ち上がったウェインは……肩を落として呟いた。


「……はい。そんな気はしていました………」


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