3章

ウェインの夢

『ウェイン。……私は、技を教えるために君を引き取ったというわけではないよ』


 義父――師に引き取られてしばらく経ったある日、ウェインは師からどこか呆れたようにそんな言葉を投げ掛けられた。


 10才やそこらの頃だ。見様見真似で酷く不器用に剣を振っていたウェインの姿を、師は見かねたのかもしれない。

 幼いウェインは少ししょげて、その日はもう、剣を置いた。


 けれど、翌日になるとまた、ウェインは酷く不器用に剣を振っていた。



『ウェイン。君は不器用だね。………一つに絞ろう』


 ウェインが剣を振るようになってから暫く経って……師はやはり呆れた様子で、困った様な笑みで、ウェインに剣の振り方を教えてくれるようになった。


 教わった技は一つだけだ。ウェインにはそこまで才能があった訳でもないから、あまり多くを器用に覚える事は出来ないと、師は考えたのだろう。

 あるいは、同じことだけ永遠やらせれば、ウェインが飽きて止めると思ったのかもしれない。


 けれど、ウェインはひたすら同じ動作を繰り返し続けた。

 愚直に、教わった通りの動きを、永遠なぞり続けた。



 それから、数年経ったある日、ウェインは、とある小さな街の、小さな剣術大会に出てみる事にした。師から教わって来た技を試して見たかったのだ。

 ただ、大会に出たウェインを待っていたのは……好奇の視線だ。


 あれが―――の弟子かよ。

 女じゃないか。


 13才の頃だ。身体つきが女のそれに代わって来た頃で、それにまだ心がついて行っていなかった頃の話。

 街中から少し外れた場所で暮らし、師以外の異性とはほとんど会っていなかったウェインは……その好奇の視線が酷く怖く、頭が真っ白になった。


 惨敗したウェインは、それ以後、剣術大会に出ようとはしなかった。

 ただ、剣を置く事はなかった。

 来る日も来る日も、ウェインは師に見守られながら、剣を振り続けた。



 それから、また何年も………焼き増しの様に変化の無い、平穏なだけの日々があった。

 けれど、その平穏は永遠ではなかった。師が病に倒れたのだ。


 医者は皆匙を投げ、師の衰弱を止める事は誰にも出来なかった。


『ウェイン。……もう、無理して私の真似をする必要はないんだ』


 病床の師は、そう言った。

 師が永遠の眠りに落ちるまでに交わした言葉は他にもあっただろう。


 けれど、いざ一人取り残されて……ウェインが思い出したのはその言葉だった。


 確かに、師の真似はしていた。けれど、ウェインは無理をしていた訳ではない。

 自分でやりたいと思ったからこそ――単純に、幼い頃師に憧れたからこそ、ウェインは師を真似たのだ。


 実の両親が没し、その知り合いであった師に引き取られた後一度だけ、ウェインは見た事があった。


 王者として剣術大会に出て、流麗なその技で挑戦者を薙ぎ倒し、満員の観客達からの喝采を浴びる師の姿を。


 それを最後に師はもう剣術大会に出場しなかった。衰えがあったのかもしれない。ウェインが知らなかっただけで、その時もう既に病が師の身体を蝕みかけていたのかもしれない。あるいは、引き取った子供に時間を裂こうと考えたのか。


 ただ、子供心に、その姿に憧れた。だからウェインは、師に呆れられようと、才能がなかろうと、……ひたすらに剣を振り続けていたのだ。


 だから………だからだ。

 ウェインは、再び、剣術大会に出ることを決めた。昔、好奇の視線に怯えた小さな剣術大会とは違う、大きな大会……師が王者として君臨していたそれに。

 もしそこで王者になれば、王者を継げば。


 もう居ない師も、どこか呆れた様子で……けれど認めてくれるだろう。

 無理をしていた訳ではない。必要だからやっていた訳でもない。ただ、どこまでもなぞろうとしてしまう位に、憧れただけなのだと。


 ウェインは、気弱で、自分に自信がない。

 ただ、その根底の気質は……酷く頑固なのだ。


 *


 ドーン!


「ふわぁぁぁぁ!?」


 もはや聞き慣れつつある朝っぱらから響く派手な音に、ウェインは飛び起きた。

 また宵虎がノックなしで突っ込んできたのかと思ったのだ……まだ着替えてないのに。


 恐る恐る、ウェインはドアに視線を向けてみる。


 だが、いつかの様に、そのドアが大きく開け放たれ、憮然とした表情の異国の大男が立っている……事はなかった。


 どうやら、ドーンと大きな音と共に開け放たれたのは、別の部屋の戸だったらしい。


 そんな事を考えたウェインの耳に、またドーンと言う音が響く。今度は……大きな何かが吹き飛ばされた様な音が。


 一体何が起きているのか……とにかく、宵虎は別の部屋に行っているようだ。

 なら、今の内に着替えてしまおう。


 ウェインは手早く着替えを取り出し、そこで若干耳を澄まし、部屋の外を警戒する。

 ……来ていないようだ。なら、今の内に。


 そう決めて、ウェインは手早く寝巻の上を脱ぎ、着替えのシャツに手を伸ばし――


 ドーン!


「ふわぁぁぁぁぁぁ!?」


 けれど着る前に、大きな音と共にウェインの部屋の戸は大きく開かれた。

 シャツを抱くように身体を隠し、ドアに視線を向けたウェイン。


 大きく開かれた戸に立っていたのは……なぜだか鼻血を流した、憮然とした表情の、異国の大男だ。

 そして、そんな宵虎の手には、眠そうにぐだ~っとした黒猫の姿がある。


「……た、タイミングを図ってるんですか……」


 動揺し、固まりながら、ウェインはそう言った。

 その声に欠伸混じりに答えたのは、宵虎に掴まれているネロだ。


「にゃ~。それがわかんないんだにゃ~。狙ってるのかもしれないし狙ってないのかもしれないにゃ~」


 そのネロの言葉に、宵虎は何か―ウェインには理解出来ない言葉を呟く。


 と、そこで戸の影からひょこりと、アイシャが顔を覗かせた。

 そして、着替えの最中で固まっているウェインを見た途端、アイシャは宵虎を睨み上げる。


「あ。お兄さん、誰にでもこう言うことしちゃ駄目だって。怒られちゃうよ?ほら、出てく!」

「……さっき躊躇なくぶん殴った人が良く言うにゃ~」


 まだ眠そうにそう呟く黒猫を掴んだまま、宵虎はアイシャに耳を引っ張られ、戸の前から姿を消した。


 嵐のように現れては去って行った宵虎達を眺め………ウェインは呟いた。


「……騒がしさが、増しましたね………」


 ウェインは未だ半裸だ。そんな事を言っている場合ではない。が……唖然とそう呟くしかなかった。


 あと、出ていくなら扉を閉めて行って欲しかった。……切実に。


 と、まるでウェインの望みが通じたかの様に、ウェインの部屋の戸が唐突にしまっていく。


 閉めた者――外套と着て大鎌を担いだ骸骨は、最後にカラカラと嗤って、パタンと扉を閉め切った。


「……ご親切に、どうも…………」


 ウェインは他に何も言えなかった。


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