甲冑の真意

 酷くゆっくりとした動作――だが一切淀みのない流麗な動きで、ウェインの盾が空を跳ね上げる――。


 そして、その盾の動きに呼応し、ウェインはこれまたゆっくりした動作で、突きを繰り出した。


 ヒョロヒョロ~っと、その剣先が揺れ、フラフラ~っと、ウェインの身体自体も揺れている。


 ゆっくりとした素振りを、もう10回位やっただろうか。

 依然頬杖をついたままその様子を眺めた末に、アイシャはあっけらかんと言い切った。


「………これ、駄目じゃない?一朝一夕でどうにかなると思えないんだけど」


 そんなアイシャに、ネロは呆れた視線を向けた。


「自分でやれって言い出した癖に何言ってるにゃ」

「いや、だって……そもそも突き自体が下手って思わないし……」


 そうアイシャが弁解した所で、「うわっ!?」と声を上げて、ウェインは派手に転んだ。

 その様子に、宵虎とアイシャは、大きくため息をつく。


 それから、アイシャは立ち上がって、ウェインへと歩み寄った。


「ごめんね、ウェイン。余計なこと言っちゃったかも」


 そう言いながら差し出されたアイシャの手を掴み、ウェインは助け起こされ……だが、すぐに俯いてしまった。


「いえ…………出来ない私が悪いので」


 そんなウェインを前にアイシャは困った様に頭を掻き……それから、励ますように言う。


「まあ、突きできなくても大丈夫だよ、ウェイン。チャンピオン弱いし、横薙ぎで大体の人に勝てるよ?」

「そう、でしょうか………」

「うん。……多分」

「多分、ですか………」


 またウェインは自信なさげに俯いた。


「あ~。じゃあ、もう、絶対。絶対勝てるって。ウェインはお兄さんみたいにボケたりしないでしょう?」

「ボケ……ですか?」


 呟きながら、ウェインは宵虎に視線を向ける。

 視線を向けられた宵虎は、一体何の用かと、ネロに視線を向ける。


「にゃ~。………あたしは、訳さない事も優しさになると思うにゃ」

「……わかった。もう言うな」


 憮然と、宵虎は唸った。

 そんな二人を背後に、アイシャは言う。


「まあ、とにかく、普通にやったら勝てると思うよ?……ていうか、もっと簡単に改善出来そうな所あるし」

「なんですか!?」


 食い気味にウェインは尋ねて来る。そんなウェインに、アイシャは言い放つ。


「甲冑脱いで試合に出たら?あれ、明らかに邪魔だし。重いでしょ?」


 途端、ウェインは渋い顔で俯いた。


「え、……えっと……それは………」

「嫌なの?なんで?」


 首を傾げたアイシャへと、ネロが声を掛けて来る。


「舐められるかららしいにゃ~」

「舐められるって……女だから?……それ気にするくらいなら、大会になんか出なきゃ良いじゃん」

「そ、それは………そうなんですが……」


 言い淀むように、ウェインは視線をさ迷わせた。

 そんなウェインを前に、アイシャは腰に手を当てる。


「なに?………なんか他に理由があるとか?」


 まっすぐウェインを見ながら、アイシャはそう問い掛ける。

 ウェインはその視線を前に、暫く迷うように視線をさ迷わせ……やがて、意を決したのか、小声で言った。


「…………なんです……」

「え?なに?聞こえない」


 そう言ったアイシャをほんのちょっと睨み……それから、ウェインはさっきより大声で言った。


「……上がり症!なんです…………」

「上がり症って………」


 そう、呆れた様に呟いたアイシャを前に、ウェインは、まくし立てた。


「数人なら全然大丈夫なんです。少しの人しか見てないならなんでもないんですけど、色んな人に見られていると思うと急に頭が真っ白になってしまって息苦しく……甲冑があって始めて、ギリギリなんとか立っていられる位でして……」


 どこか思い詰めた様に呟くウェインを前に、アイシャは一旦下がって、コソコソとネロと話し出した。


「……これ、マジの奴?甲冑脱ぎたくないから嘘ついてるんじゃないの?」

「マジの奴だと思うにゃ。言われてみると、こないだウェイン、試合前に凄まじく緊張してたにゃ」

「あ、そうなんだ………。上がり症か……それって、人目に慣れればどうにかなる奴?」

「どうなんだろうにゃ……。まあ、他にどうしようもない気がしないでもないけどにゃ」

「そっか~。人目に慣れる為には……」


 呟いて、アイシャはウェインに視線を向けた。


 上がり症だと言う事を恥じているのか、ウェインは所在なさげに佇んでいる。

 どうも……自信がない原因も、そもそも上がり症にある気がする、そんな風にアイシャは考えた。


 何かしら昔、大きな失敗をして、それが払拭しきれていないから上がり症で、自信なさげなのではないかと。


 ウェインは、なんだかんだ押しが強いのだ。自信なさげに見えて、その割に要求自体は通しているし、そもそも本当に我が弱かったら要求自体しないはずだ。稽古をつけてくれ、とか、デートの様子を聞かせろ、とか。


 つまり、その我の強さが、ウェインの素なのではないか。

 アイシャは暫し考え込み、やがてこう言った。


「……とりあえず、凄いエロい格好で街中走ってみるとか?」

「ええ!?」


 ウェインは驚いた様な声を上げ、ネロは呆れの視線をアイシャに向けた。


「……とりあえずの発想が完全におっさんだにゃ」

「なに、ネロ。……なんか言った?」

「なんでもないですにゃ。……ていうか、それやったら多分、より人前に出るのが嫌になると思うにゃ」

「だって……恥かいたら人目に慣れない?」

「そう言うアイシャは出来るのかにゃ」

「私、上がり症じゃないし。何でそんな事しなきゃいけないの?」


 言い放ったアイシャを、ネロは呆れた視線で見た。


「…自分でやりたくない事を人にやらせちゃダメだにゃ」

「え~。じゃあ、……街中で大声で歌ってみるとか?」

「なぜ街中にこだわるにゃ」


 呆れて、ネロは呟く。

 ウェインは、困った様子で言った。


「…………それは、でも……誰が楽器を弾くんですか?」

「なんでちょっと乗り気なんだにゃ……」


 またも呆れたネロを前に、ウェインは言い放った。


「エロい格好よりマシです!」

「いや、そりゃそうだけどにゃ……。もっと、別の方法あると思うにゃ?」

「別の方法?でも、人目に慣れるには、やっぱり目立っちゃうのが一番早いし……」


 そんな事を呟きながら、アイシャはまた暫し考え込んだ。

 やがて、アイシャはにんまりと笑い、パンと手を叩く。


「……あ!良い事思いついた。目立つ事になれれば良いんだよね………」

「……すんごい悪い顔してるにゃ」

「……何を、させられるんでしょうか?」


 戦々恐々呟いたウェイン。

 けれど、そんなウェインの表情を意に介した様子もなく、依然にんまりとしたまま、アイシャはウェインに尋ねた。


「ウェイン?他に服持ってる?ドレスみたいな、派手な奴」

「……い、いえ。ありませんが…」

「そっか。じゃあ、おばちゃんに聞いてみよっかな~」


 そんな事を言いながら、アイシャは立ち上がると、宿の中へと歩んで行った。

 その後ろ姿を、ウェインは今だ戦々恐々と眺め続けた。


「……何をさせられるんでしょうか?」

「多分、大人しく甲冑着ないで出場すればそれが一番平穏だと思うにゃ」

「………考えておきます」

「絶対脱ぐ気ないにゃ……」


 ネロは呆れっぱなしだった。

 そんなネロの視線を振り払うように、ウェインは声を上げる。


「とにかく、悩んでいても仕方がありません。私は私に出来る事をします。ネロさん。宵虎さんに言っていただけませんか?突きを教えて欲しいと」

「にゃ~。別に良いけどにゃ~。……アイシャが物凄い無茶なこと言って来たらどうするにゃ?」

「その時は……逃げます」


 そう言い切ったウェインを前に、ネロは溜息をついた。


「にゃ~。逃げきれたら、良いんだけどにゃ……。だんにゃ、だんにゃ。とにかく、ウェインが突きを教えて欲しいらしいにゃ」

「……まだやるのか?」


 意外そうに、宵虎は呟き…それから、口元に笑みを浮かべた。


「……良いだろう。付き合ってやる」



 そうして、ウェインはまた、素振りを始めた。

 宵虎……の言葉を、腕を組んだネロに意訳されながら。

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