アイシャ・エル・フレイアーク

 日は沈み、街が明かりを灯す頃。

 食卓には明かりが灯り、多くの料理が並んでいる。

 そんな食卓に、ウェインとネロは隣あって腰掛け、食事を取っていた。


「……宵虎さんとアイシャさん、遅いですね」

「にゃ~。これは朝帰りかにゃ」


 何とはなしに呟いたネロに、ウェインは色をなす。


「それは……不純です!婚姻前の男女が……」

「冗談だにゃ。まあ、帰ってこないって事は、上手い事やってるんじゃないかにゃ。今頃二人でお祭りだにゃ」

「言葉は通じていないんですよね?」

「でも、なんだかんだ上手くやってるんじゃないかにゃ~」

「そうですか。言葉も必要ないと。………なんだか羨ましいですね」

「ウェインにはそう言う相手いないのかにゃ?」

「私は、縁遠く……そもそも、女だと気付かれない程ですから」

「それは、だんにゃがあれなだけだからにゃ。ていうか、ホントに気付いてないのか、とぼけてるだけなのかすらわかんないしにゃ~」


 そんな風に、二人は喋りながら夕食を進めていた。

 と、その向かいに、この宿にいるもう一人の客が現れる。


「同席しても良いかな」


 そう声を掛けたフリードに、ウェインはすぐに頷いた。


「はい、どうぞ。あ、2回戦突破おめでとうございます」

「君もだろう?」


 そう言いながら席についたフリードを前に、ウェインは若干俯いて応える。


「私は……不戦勝でしたので」

「勝ちは勝ちだ」

「その通りだにゃ。負けるより全然良いにゃ」


 その二人の言葉にウェインは顔を上げた。


「それは、……確かに。少し、釈然とはしませんが……。しかし、相手の方はどうしたんでしょうか?急に、欠場など……」


 なんとは無しに、ウェインはそう呟く。

 すると、その声に、フリードは応えた。


「……闇討ちされたんじゃないのか」

「闇討ちかにゃ?」

「そんな、不正が……?」

「どうも、君の対戦相手は、優勝候補と名高かったらしいじゃないか。実際の腕の程は知らないが。早めに裏で蹴り落とそうと考えたんだろう」


 訳知り顔で、ペラペラと、フリードは喋る。

 そんなフリードを、ネロは若干疑った。


「闇討ちって決まってるみたいな言い方だにゃ」


 ネロの視線から、疑われていると気付いたのか、フリードは肩を竦めた。


「…………毎年の事らしいからな」

「毎年、ですか?」

「もっと言えば、今の王者が連覇を始めてから、毎年だ」

「……そこまでわかってて、誰も何にもしないのかにゃ?」

「証拠が出ないしね。それに、運営はただでさえ下がっている大会の権威をこれ以上下げたくないんだろう。王者が不正ばかりと、公に言いたくはない。だから、王者に王者じゃなくなってほしいんじゃないか?」

「なるほどにゃ。だからあのお姉さん……いや、あれは絶対素で嫌ってるだけだにゃ」

「……そんな不正をしてまで優勝して、何の意味があるんでしょうか」


 どこか納得いかないと言いたげな顔で、ウェインはそう呟いた。

 ネロはそんなウェインに視線を向ける。


「ズルは駄目かにゃ?」

「はい。意味がありません」

「誰しも、君の様に高潔に生きている訳でもない。………ところで、あのアイシャという子の姿が見えないが」


 と、唐突にフリードは話題を変えた。

 ネロはまた、そんなフリードを僅かに疑う様に見て、それから、釘をさしておく。


「だんにゃとデートだにゃ」

「ほう。それは良い」


 対して興味もなさそうに呟いたフリードに、ウェインは問い掛けた。―


「アイシャさんに何かご用事が?」

「……少し、思い出してね」


 そこで一旦言葉を切り、それからフリードはこう言った。


「あの子の本名は、……アイシャ・エル・フレイアークかな?」


 聞き覚えのない名前に、ネロとウェインは、顔を見合わせた。



 *



 月夜の下、宵虎は宿へと歩む―。

 アイシャはまた、そんな宵虎にしがみついていた。


 ただし、腕にではなく背中にだが。

 あの後、二人はそのままお祭りを回り続け、一通り露店を見て回った末に、こうして宿へと戻る事にしたのだ。


 アイシャは「疲れた~」と喚き、どうしたのかと宵虎が首を傾げている間に、背中に回り込んで飛び乗った。


 そして、遊び疲れた子供の様に宵虎に運ばれながら、アイシャは宵虎の耳元で何とはなしに呟き続ける。


「お祭りってさ~。行ったことなかったし、うるさいな~、位にしか思わなかったけど……意外と楽しいんだね」


 そんな声を掛けながら、アイシャは特に意味もなく宵虎の頭を軽くポンポンと叩いていた。

 すると宵虎は僅かにアイシャを見上げ、それから何か、アイシャには理解出来ない言葉を呟いて、また前を向く。


 別段、言葉が通じなくとも一切コミュニケーションが取れない訳でもない。簡単な意図ならジェスチャーで通じるし、なんとなく同じ事を考えている事もある。叩いたらこっち見る……の様に、ちょっとした宵虎の癖の様なモノもアイシャは知っている。


 だから、別段不満とまではいかない。だが………。


「言葉が通じたらもっと楽しいのかな?」


 なんとなくアイシャはそう呟いた。

 宵虎も何か呟いていた。


(……なんて言ってるのかな~)


 そんな事を考え、何を言ったか想像しながら、アイシャは宵虎の背に揺られ、宿へと向かった。



 やがて、二人は宿の手前へと行きつく。

 そこで、宵虎は一旦立ち止まり……背後を気にした。アイシャを見ている訳でも、ただ背後の暗闇を睨んでいる。


「どうしたの?ねえ、お兄さ~ん」


 そう声を上げて、ポンポン宵虎の頭を叩くと、宵虎はチラリと、アイシャに視線を向けた。

 そして、何事もなかったかのように、宿へと歩み出す。


 最後にチラリと、アイシャも宵虎の見ていた暗がりを眺めてみたが……しかし、そこには何もいなかった。


「……お祭りが名残惜しいとか?」


 そんなどこか平和な想像をして、アイシャは宵虎に運ばれ続ける。



 宿の中に辿り着くと同時に、アイシャは宵虎の背中から下りた。

 すぐそばにある食堂には、夕食の並んだ食卓と、それからウェインとネロの姿がある。


 特に何も言わず、宵虎は食卓に向かい…………席につき、並んでいる食事に手を付け出した。


「……まだ食べるんだ」


 と、そう呆れて呟いたアイシャに、ウェインは気がついたらしい。

 ウェインは立ち上がり、アイシャの方へと歩み入って来ると、こう呼び掛けて来た。


「あ、アイシャさん。……アイシャ・エル・フレイアークさん?」


 その名前を聞いた瞬間、アイシャの表情は固まった。


 アイシャ・エル・フレイアーク。それは………確かに、アイシャのフルネームだ。

 故郷と共に家名である。この宿のもう一人の客、フリードとか言うヴァラール出身の男が、アイシャの事を知っていたのか……。


 また、気分が沈みかけたアイシャ。フレイアークは……一番聞きたくない名前なのだ。

 けれど、アイシャが固まっていたのは、ほんの一瞬だけだった。


「フレイ?……誰それ。人違いじゃないの~。私、もう休むね」


 どこかとぼけた様に、アイシャは適当に応え、わざとらしく欠伸をして、自室へと歩んで行く。

 そんなアイシャを見送って、ウェインは首を傾げた。


「……人違い、ですか……名のある武門なら、アドバイスを頂ければと思ったんですか…」

「どうなんだろうにゃ~。はあ……。だんにゃ?あたしも部屋戻るにゃ~」


 ネロもまたそんな言葉を残し、アイシャの後を追い掛けた。

 そうして、その場には、食事を続ける宵虎と、首を傾げたウェインだけが残される。


「……………」


 半端な沈黙がその空間には流れた。と、そこで、思い出したように、ウェインは興味深々と軽く身を乗り出し、宵虎に尋ねた。


「……あ、そうだ。ヨイトラさん。デートはどうでしたか?」


 問い掛けられた宵虎は……そもそも何を問われているのかわからず、首を傾げた。

 つられてなんとなく首を傾げながら、ウェインは呟いた。


「……この状況でデートが成り立つんでしょうか……愛ですね」


 そんな事を言いながら、ウェインもまた食堂を後にしていく。

 一人、その場に残った宵虎は……首を傾げながら食事を続けた。



 *



 ネロが、自室―アイシャとネロの部屋に辿り着くとアイシャは窓際に腰を下し、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


(…………結局、元の木阿弥かにゃ~)


 ネロはそんな事を考えて、溜息をつきかけた。

 と、そこで、アイシャは依然窓の外を見たままに、声を掛けて来る。


「ネロ?」

「何かにゃ?」

「……もしかしてさ。なんか、気を使ってくれた?」


 そのアイシャの声は普段通りの……特段、沈んでいる訳でもないそれだった。


「なんかしたら~、ってだんにゃに言ったにゃ。けど、なんか~、の内容を考えたのはだんにゃだにゃ。だんにゃは、普通にアイシャとお祭り行きたかったんじゃないのかにゃ?」

「……そっか。ありがとね、ネロ」

「お礼言われるような事してないにゃ~」


 そう答えながら、ネロは部屋の中に踏み入り、ベットに腰を下した。

 それから、今度はネロが声を掛ける。


「アイシャ」

「……何?」

「フレイアークって……聞かなかったことにした方が良いかにゃ?」


 ネロがためらいがちにそう尋ねると、アイシャはゆっくりとネロへと振り向いた。

 そして、疲れた様な笑みを浮かべ、言った。


「……ごめん。そうしてくれる?」

「わかったにゃ」


 ネロは頷き……もうこの話題を止める事にした。

 誰でも言いたくない事の一つや二つあるだろうし、隠し事があるからといって、特にネロはそれを気にもしない。


 そもそも言葉が通じていない二人について来ているのだ。一々秘密など気にしてもいられない。

 という訳で、ネロは別の気になる事についての話題に変える事にした。


「で、アイシャ。デートはどうだったにゃ?」

「どうって……何が?」


 そうアイシャが首を傾げた所で、不意にコンコンと言うノックが響く。

 そして、その後に部屋に顔を見せたのは、ウェインだ。


 途端、アイシャは若干不機嫌に声を上げた。


「何?フレイアークなら人違いって……」


 と、ウェインはアイシャの言葉を遮るように首を横に振った。


「あ、いえ。その件ではなくて……」


 そう言いながらウェインは扉をしめ、アイシャの元へと歩み寄り……身を乗り出してこう言った。


「アイシャさん。……デートはどうでしたか?」

「どうって……だから、何?」


 どこか呆れたように首を傾げたアイシャに、ネロはからかうような調子で言った。


「それで逃げようったって駄目だにゃ。……吐いて貰うにゃ」

「吐いて貰うって……別に、隠そうって訳じゃ……」


 若干身を退きながらそう呟いたアイシャに、今度はウェインが言う。


「他人様のプライベートに首を突っ込むのは気が引けますが……気になるので」

「ウェイン。なんだかんだ押しは強いよね……」


 呆れて、半笑いに言ったアイシャに、ネロとウェインは詰め寄る。


「まあ、そう言うのはもう良いからにゃ、アイシャ」

「具体的にどんな事をしたんですが?参考までに……キスとかしたんですか?」

「……なんか、ちょっと、テンション高いねウェイン…」


 妙な押しの強さに、結局アイシャは押され、聞かれるままにデートの様子を応えた。


 少女達の夜は長かった……。

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