祭りを廻って

 例え異国であれ、祭りの様相と言うモノに、大して違いはないらしい。露店が並び、華やぎの中人々が歩む――提灯やら神輿やらは見受けられないが、代わりとばかりにやけに物騒な色合いの装飾は方々にあり、出し物とばかりにグリムリーパーがそこらで芸を披露している。


 昨日までも連日目にしていた光景だが、しかしこの日に改めて、宵虎は祭りを実感していた。

 ………舌で。


「あ、お兄さん。あれ美味しそう!食べようよ~」


 と、声を上げたアイシャは、一口かじって味だけ確かめた串焼きの肉を宵虎の口に押入れ、また別の露店へと宵虎を引っ張って行く。


 もごもごと口を動かし続けながら、宵虎は引っ張られて行った。


 異国だけあり、露店に並んでいる食べ物はどれも宵虎にはさして馴染みのない物ばかりだが、甘い物、しょっぱい物、辛い物と知らぬ味に宵虎が飽きる事もなく、もごもごと口を動かし続ける。


 口を動かし続けながら、宵虎はアイシャに視線を向けた。

 何がしか、露店の主と話をしている。値引きでも試みているのかもしれない。


 何を言っているのかはやはり宵虎にもわからないが、少なくとも沈んだ様子ではない。半ば無理矢理宵虎に連れ出され、開き直って遊ぶ気になったのか……。


 とりあえず、連れ出してみた甲斐はあったようだ。

 口をもごもごやりながら、宵虎はひとまず満足だった。


 宵虎にしてみれば、飲み食いせねば祭りも何もあったものではない。


 花より団子を地で行く宵虎。

 そんな宵虎をアイシャはまた引っ張り出した。


 アイシャの手には、何がしか果物をぱんとやらで巻いた様なものがある。たった今買ったものだろうそれを、アイシャは一口だけかじり、「……まあまあ、」と呟いて、それからそれを宵虎に渡して来た。そして、別の露店へと宵虎を引っ張って行く。


 大抵はこの繰り返しだ。装飾品に興味がないのか、あるいは宵虎に気を使ってでもいるのか、アイシャが立ち止まるのは食べ物のある露店の前。


 そこでアイシャは何がしか食べ物を買い、一口味見して、残りは宵虎に渡す。せっかくだから色々と味わおうと考えているのだろう。


 言うなれば宵虎の役割は残飯処理の様なモノだが、それで宵虎に不満があろうはずもない。


「………美味い?」


 たまにアイシャはそう尋ね、その言葉はわからないまでも、恐らく味の話だろうと宵虎は頷く。


「そっか~、」


 アイシャは満足気に笑い、また宵虎を引っ張って行く。

 しばらく、二人はそうして、ゆっくりと、祭りを歩んで行く……。




 と、不意に、アイシャが足を止めた。さっきまでのどこか緩んだような雰囲気はなりを顰め、アイシャはまた不機嫌そうに……行く先を睨んでいる。


 アイシャの視線の先に居たのは、やたら派手な服を着た太った男と、老紳士だ。


「……まったく…反撃を受けたぞ?金は渡したんだろうな」

「仰せの通りにいたしました、坊ちゃま。ただ……何分、ならず者でしたので…」


 ゲオルグとその執事が、向こうから歩んで来ている。

 その様子に、宵虎は疑問に首を傾げた。


 アイシャが気分を害しているらしい……この太った男と何がしか因縁があるのか、というのが一つ。

 それから、疑問はもう一つ。


 宵虎にも理解出来るのだ。歩んで来ている二人の内、執事の方の言葉が、何を言っているのかが。


 ただ、気配は人のそれ。人でありながら、宵虎にも、太った男にも通じる言葉を吐いている様子………。


 自然、警戒するように老紳士を睨んだ宵虎。

 そのまま、ゲオルグが素通りすれば何も起こらなかっただろう。


 だが、ゲオルグは……老紳士を睨む宵虎の視線を、自分へと向けられたモノと勘違いした。


「ん?薄汚いの、なんだその目は。僕はゲオルグ・フォン・ヴォルゼンブルグだぞ?チャンピオンだぞ?大貴族だぞ?文句でもあるのか?」


 そう声を上げながらゲオルグは宵虎へとつかつかと歩み寄って来る。

 だが、宵虎はゲオルグの肩書などそもそも理解していない。何やら太った男が近付いて来ている……程度の認識しかなく、当然応える事もなく、ただ……老紳士を警戒し続けた。


「おい、聞いてるのか薄汚いの!…僕を無視するな!」


 そう声を上げながら、ゲオルグは宵虎へと歩み寄ってきて……そこで、宵虎の傍にアイシャがいる事に気付いたらしい。


「お前は……そうか、これはお前の男か。揃って礼儀がなってないな、田舎者め!貴族を見たら頭を下げるのが礼儀だろう!」


 そう言い放つゲオルグを、アイシャは不機嫌そうに、何も言わず睨み続け、老紳士に警戒を向けたまま、やはり何も言わなかった。


 老紳士は何も言わず佇んだままだ。宵虎からの警戒に気がついているらしい。

 無視されつづけたゲオルグは、ひくひくとたるんだ頬を引きつらせ、宵虎を睨み付ける。


「……僕は貴族だぞ?王者だぞ?…無礼者が!」


 沸点低く、顔を真っ赤にそう声を上げたゲオルグは、叫ぶと同時にこぶしを振りかざし、宵虎へと殴り掛かった。


 何やら太った男が顔を真っ赤に殴り掛かってきている…視界の隅でそれを捉えた宵虎は、ほんのわずかに身を捻ってこぶしを躱した。


「ぐあっ!?」


 と声を上げたゲオルグは、殴る勢いを制御し切れずもつれ、勝手に宵虎の足元で転がった。宵虎はそちらに視線すら向けない。


 警戒は、依然老紳士に向けたまま―。

 得体が知れないのだ。老紳士の気配はやはり人のそれ。……いや、うっすらと別が混じってもいるか。よほど化けるのが得意なのか、それとも、何かしらがいるのか。


 と、そう警戒し続ける宵虎を、不意に、老紳士は嗤った。


「おや。妙な奴がいますね……」


 その小さな呟きは、やはり宵虎にも理解出来るもの。

 そう呟いた瞬間だけ、老紳士の気配が変わった。酷く強大で、酷く凶悪な何か……。


 宵虎が更に警戒を強め、太刀に手を伸ばし掛けたその瞬間、……老紳士の気配は、また人のそれに戻った。


「坊ちゃま!?お怪我は!?」


 老紳士はそう声を上げ、じたばたと、ゲオルグへと駆け寄る。

 瞬間、宵虎は小脇にアイシャを抱えて、大きく跳び退いた。


 得体の知れない奴に迂闊に近づかれるのは危険……そう判断したのだ。


「うわっ!?ちょっと、どうしたの?」


 突然抱え上げられ、アイシャはそう声を上げるが、しかし宵虎は意に介さず、依然老紳士を警戒し続ける。


 その様子に、アイシャは漸く、宵虎の警戒が、面倒な輩に絡まれた、と言う程度のものではない事に気付いた。


「………執事の方?」


 呟き、アイシャも老紳士に視線を向ける。

 老紳士は、ゲオルグを助け起こそうとして、その手をゲオルグに払われていた。

 殺意にも似た視線を宵虎とアイシャに向け、立ち上がったゲオルグは、


「お前ら……顔は覚えたからな!」


 そう言い放つと、宵虎達に背を向け、逃げるように走り去って行った。


「坊ちゃま!お待ちを!」


 と声を上げながら、老紳士も走り去って行く。


「…………また、捨て台詞吐いてる」


 宵虎の小脇に抱えられたまま、アイシャは呆れたようにそう呟いた。


「……………なんなんだ」


 宵虎もそう唸り……………老紳士が去っていったと、漸く警戒を解いた。


「……はあ。なんか、色々台無しな気分なんだけど。ていうか、お兄さん。………わざと?」


 どこか呆れが混じった様子で、小脇に抱えられたアイシャは、宵虎を見上げていた。


 何を言われているのかわからず首を傾げた宵虎に、アイシャは指をさして見せる。


 アイシャが指指しているのは、自身の胸。……咄嗟に抱えられた拍子に、丁度宵虎にわしづかみにされているそれを。


 宵虎は指を動かしてみた。柔らかかった。それを確かめた末に、宵虎は自嘲する。


「フ……間男だなッ!?」


 宵虎の声は詰まった。アイシャの肘が、宵虎の腹部にめり込んだからである。


 肘うちの末手から逃れたアイシャは、腰に手を当て、腹を抑えてよろめく宵虎を睨んだ。


「なんで笑ってんの?……そういうどさくさみたいなの駄目だよ、お兄さん。わざとやってるとしか思えないんだけど……」


 そう1人呟いて、それからアイシャは大きく溜息をついた。

 そして、こう言い放つ。


「はあ……もう良いや。色々無し。忘れて上げる」


 さっきまでアイシャは楽しかったのだ。妙な輩に絡まれてそれらがどこかに消し飛んでしまったが……けれど、お祭りを楽しもうと思っていた事に違いはない。


 今の色々はなかったことにしよう。アイシャはそう決めた。

 そのくらいポジティブになれる位には、沈んだ気分も薄れていたのだ。


 という訳で、決めるが早いか、アイシャはまた宵虎に飛びつき、腕にしがみつき、依然腹部を抑える宵虎を引っ張り出す。


「さあ、お祭り続行!次何食べよっか、お兄さん?」


 何事もなかったかのように元の状態に戻り、アイシャは騒ぎ出す。

 それを見た宵虎は、不可解だった。


 ころころとアイシャの機嫌が変わっているらしい事もそう。あの老紳士の正体もそう。


 だが、もっとも不可解なのは…………なぜ、肘うちを食らったのかである。

 胸を触ったから怒った。それは流石の宵虎にも理解出来る。が、だとするならば……普段の、そして今の姿勢は何なのか。


 抱きつきしがみつき……自ずと押しあてられている。が、これまで、そして今も、それをアイシャが気にした事はない。


「…………基準がわからん」


 そう唸りながら、宵虎はアイシャに引っ張られて行った。


 とりあえず、アイシャは楽しそうにしている。

 ならば、それで良いだろうと、宵虎は細かい事を考える事を止め、アイシャに引っ張られながら、また祭りを味わい出した。



 日は、沈み始めていく―。

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