2章
朝っぱらからどーん!
窓から、朝日が差し込んで来る――。
そんな中で、ウェインは目覚めた。
「ん……ん~」
寝起き眼でぼんやりそう唸りながら、ウェインは身を起こし延びをする。
昨日、素振りしている内に疲れ切り、寝落ちした所を宵虎に起こされ、そのまま部屋に戻ったウェインは、甲冑だけ脱いでベットに倒れ込んだ。
そして……良い夢を見たような気がする。師匠がまだ存命だった頃の、楽しい夢を。内容までは思い出せないけれど……。
とにかく、気分の良い、すがすがしい朝だ。
そんな風に考えながら、ウェインは荷物から着替えを手に取った。と言っても、着替えの服は今着ているものとほぼ同じ、無地で、男物のような色気のないシャツ。旅をしていると、どうしても服すら機能性重視になる。まあ、旅をする前から、ウェインは気恥ずかしくて、似合わない様な気がして、可愛らしい服を着た事などないのだが。
とにかく、ウェインは寝巻を脱ぎ捨てて、下はショートパンツ、上は裸の状態で、着替えの新しいシャツを手に取って―
ドーン。
―と、そこで騒がしい音と共に、ノックも何もなくいきなり、ウェインの部屋の戸が思いっきり開かれた。
とっさに、シャツを抱きしめるように胸を隠しつつ開かれたドアに視線を向けたウェイン。
そこに当然のように立っていた異国の大男は、ウェインを眺めて、言う。
「いつまで寝入っている、少年。……む?起きているか?行くぞ。修行だろう」
「…………え?………え!?」
宵虎の言っている言葉はわからず、その突然の来襲に頭がついて行かず、ウェインは自身の身体を抱いたまま、ただ、戸惑いの声を上げるしかなかった。
宵虎はぶしつけにそんなウェインを眺め…………やがて、「線が細いな。筋肉が足りない……」とかウェインには理解出来ない言葉を呟きながら、ドアを開けっ放しにしたまま、どこかへと立ち去って行く。
「……え?えっと……」
去っていく宵虎を見送った後、暫くそのまま硬直していたウェインは……やがて我に返り、着替えの最中である事を思い出し……まず、ドアを閉めようと思った。
流石に、思い切りドアが開いた状態で着替えを続けるのは……と。
そうして、いそいそとドアへと近付いたウェイン……
……と、突然にゅっと、宵虎はそんなウェインの目の前にまた、姿を現した。
「わ……ええ!?」
戻って来た、と驚きの声を上げ、ウェインはその拍子に身体を隠していたシャツを取り落とした。サッと両手で胸を隠しながら、羞恥に赤くなった頬で、驚きに見開かれた目で宵虎を見上げる。
宵虎はそんなウェインをまたぶしつけに見下ろし……やがて、どこから持ってきたのか、その手に掴んでいる黒猫をウェインへと差し出し、何かを言った。
何を言っているのかわからないし何がしたいのかもわからないけどとりあえず出て行って欲しい……。
混乱しながらそう思ったウェインの前で、黒猫は大きな欠伸を一つ、言った。
「にゃ~。いつまで~も寝ていたいって言うか~、にゃ~……だんにゃは朝っぱらから元気だにゃ~」
かったるそうな声で、その黒猫は言う。
「……猫が、喋ってる…………?」
ウェインは、そう呟いた。着替え途中で上半身裸だしそんな事を気にする状況でもないのだが混乱したウェインは一々目の前の理解不能に固まっていく他なかった。
そんなウェインへと、黒猫―ネロはかったるそうな視線を向け、呟いた。
「あ~。そっからかにゃ。ちょっと待つにゃ……」
と、言った瞬間、宵虎が持ち上げていた黒猫が、ポン、と言う軽い音と共に……娘の姿に変わった。
その娘はウェインにも見覚えがある。宵虎やアイシャと一緒にいた少女だ。それはわかるが………………それがわかった所で、ウェインの混乱は深まるばかりだ。
「………………」
もはや何も言えず、ただ胸を隠したまま硬直するウェイン……。
ネロは、そんなウェインを眺めた末に、呆れたように宵虎を見上げた。
「…で、だんにゃは、これ見て何にも思わないのかにゃ?」
「む?……線の細い少年だな。筋肉が足りない」
「……少年にゃ。あ~。まあ、別に良いけどにゃ……とりあえず、扉しめるにゃ。このスケベ」
「………?助平?男相手に何を…………」
「にゃ~本気なのかわかってやってんのかわっかんないにゃ……」
そんな風に言い合いながら、宵虎はパタンと扉を閉め、二人の姿はウェインの視界から消えた。
暫くそのまままったく動けないままに、思考停止状態のウェインは閉じた扉を眺めていた。
それから、ウェインは自分の身体に視線を落とす。
両腕でがっちりガードしてある胸は、確かに、薄い。女性的な魅力の薄い身体だと、ウェインは自分でも理解している。
だが………
「……少年……ですか…………」
ウェインは、肩を落とした。
*
「だんにゃ~。どうしたにゃ、急にやる気だして~」
宿屋の庭。
ウェインが来るのを仁王立ちして待っている宵虎の横で、ネロはまだ欠伸混じりにそう声を上げた。
そんなネロを前に、宵虎は自嘲気味に笑う。
「フ……気が変わっただけだ」
「にゃ~。まあ、別に良いけどにゃ~」
ネロは特に深く考えず呑気にそう呟いた。
と、そんな二人の耳に、ガチャン、ガチャンと言うやかましい音が聞こえて来る。
そして、そんな音と共に庭に現れたのは、照れたように僅かに身体を捩らせている……
「あ、あの……お待たせしました……」
どこか照れが残ったような気弱そうな声で…………
宵虎は、そんなウェインを睨んで、唸るように言った。
「なぜ、鎧を着ている。…………邪魔だ。脱げ」
その宵虎の言葉を、ネロは雑に通訳した。
「あ~。だんにゃが脱げって言ってるにゃ」
「ええええ!?」
ついさっき着替えを酷く堂々と覗かれたことを思い出し、ウェインは声を上げる。
そんなウェインに、言葉が足りなかった、ネロは言った。
「……甲冑をにゃ」
「あ、はい。……いや、ですが、その……試合でも、着るので……このままで、慣れたいと、思うんですが……」
自信なさそうにくねくねと……
…………何にも可愛くないにゃ。と呆れながら、ネロは、宵虎へと言った。
「にゃ~。だんにゃ?ウェイン、このまま出たいってにゃ」
「あからさまに邪魔だ。脱げ」
「ウェイン。だんにゃが、邪魔だから脱げってにゃ」
「ですが…………」
「ですが………だってにゃ」
「ですがではない。脱げ」
「ですがではない。脱げ……って、もうめんどくさいにゃ!」
唐突にネロはそう喚きだし、それから、一回宵虎は無視して話を進めようと、ウェインへと言った。
「ウェイン?なんで鎧着たいんだにゃ?別に、着ないでも良いんじゃないかにゃ。木の剣だし、盾あるしにゃ~。痛いのが嫌なのかにゃ」
「痛いのも……そうですが……その……えっと……女だと、わかると、舐められるかと……」
「にゃ~。………なんか、新鮮だにゃ。舐めようものならボコボコにした後全力で煽りそうな人にしか会わなかったからにゃ……。だんにゃ、まあ、とりあえず脱ぎたくないらしいにゃ」
「……面倒な。ならば腕づくで……」
「だんにゃ、だんにゃ。そこまでやったらもうあたしも擁護出来ないにゃ」
「……なんの話だ?」
「にゃ~。とりあえずほら、だんにゃは舐めるとか以前に気付いてないし、稽古してって頼んだのはウェインの方だし~、試合の時どうするかは別にして、今は脱いどいたら良いんじゃないかにゃ?………脱がないと脱がされるにゃ、だんにゃに」
「え!?それは……その……はい。わかりました」
しぶしぶ、といった具合に頷いて、ウェインはガチャガチャ音を鳴らしながら、甲冑を外して行った。
その様子を眺めながらネロは宵虎に問いを投げる。
「で、だんにゃ。稽古って何するんだにゃ」
「素振りだ」
「…………結局それなのかにゃ」
「技の境地は確かに見た。だが、俺には教えられん。半端な俺を真似るより、亡き師を真似続けるべきだ。この少年はこれまで永遠、型の稽古をしていただろう。それを続ければ良い」
「にゃ~。良く分かんないけど、やる気あるかに見えて結局やる気ないかにゃ?」
「……助言はする。伝えろ、ネロ。半身の連撃だけをやれ。あれだけで大抵は勝てるはずだ。それから……ゆっくり、振れ」
「にゃ~。わかったにゃ」
そう答えて、ネロはウェインに助言を伝えた。
そうして、朝っぱらから、稽古は始まって行く―。
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