やがて終点は始点へと
姿を眩ましたまま………アンジェリカは、無人のキャンプへと辿り着いた。
人の気配は周囲にない。オーランドもまだ来ていないようだ。
あれは馬鹿だから、居るならどうせ高い所にでも立って、無駄にほくそ笑んでいるだろう。あるいは、金でも落として見るか……そんな事を考えながら、依然、グリフォンの嘴を掴んだままに、アンジェリカはキャンプを歩む。
とにかく、ここに到り、アンジェリカの選択肢は二つだ。
留まり、オーランドを待つか。それとも、先に逃げるか。
留まった場合は、多少得が増える。無人のキャンプを家探しだ……金目のモノをありったけ盗みながら待てば良い。
が、そうした場合、アイシャに追い付かれる恐れがある。
リスクとリターンが釣り合っているか……どうせ後でオーランドも家探しするだろう事を考えれば、ここでわざわざアンジェリカがリスクを取る事はない。
ならば、アンジェリカのやる事は一つ。
ここに確かに来た、そして去ったと、オーランドがわかる印を置いておけば良い。
アンジェリカは、硬貨を取り出した。特に何の変哲もないただの硬貨……だが、それさえ残せば、オーランドには伝わるだろう。
あくまで中心に金のある結託だ。
田舎生まれの、腕っぷしだけの貧乏人。
手段を選ばず、由緒も名誉も無い富豪の元に生まれ、金はあれど自由を、信頼を知らない女。
……お互いに都合が良い。繋がりはただのそれだけ。
だからこそ、中心は金。見返りのない信頼などあり得ない。
「……裏切らないでね」
そう呟き、アンジェリカは硬貨を投げ捨てた…………見ればわかる印だ。
後からここに辿り着くであろうオーランドに。
そして………先回りし、その場所を俯瞰していた弓兵にも。
硬貨は地に落ち………瞬間、爆ぜた。
アンジェリカにも見覚えのある………周囲を吹き飛ばす炸裂矢。
知ってはいた。だが、確かに油断があったアンジェリカは、その不意打ちに対応出来ない。
「………ッ、」
暴風がアンジェリカを吹き飛ばす―――衝撃によって身を隠していた魔術が剥がれ、その手からはグリフォンの子が離れ、ピィと悲鳴を上げながら、その獣の子供もまた、吹き飛ばされる。
即座に体勢を立て直したアンジェリカは、グリフォンの子へと即座に手を伸ばす――
――だが、その行動もまた、既に読まれていた。
再度、目の前で風が爆ぜる。
アンジェリカの手は阻まれ、グリフォンの子は更に遠くへ飛ばされる。
獣の子が吹き飛んだ先―――キャンプの外れの階段。
そこに、金髪の少女は腰を下ろしていた。弓を手に、魅力的な微笑みを浮かべ……そんな少女の元へと、グリフォンの子供は吹き飛び、落ち……少女の頭上で、初めからそこに置いてあった停滞炸裂矢にふわりと落下の勢いを削がれ、少女の膝の上に落ちる。
寸分のずれなく狙い通りの場所に落ちて来たグリフォンの子供――その身体を軽く撫でながら……アイシャは、やはり魅力的な……そして若干腹黒そうな笑みと共に、アンジェリカへと声を投げる。
「遅かったじゃ~ん。道にでも迷った?」
「アイシャ。…………面倒な子ね……」
どこか呆れた様に、アンジェリカは呟いた。
呆れているのは、自分自身に対してだ。時間は十分稼いだはずだと、ほんの僅かでも油断して、不可視の魔術を投げた硬貨に掛けなかった自分自身を、アンジェリカは嘲笑う。
そして、一瞬だけ反省し、アンジェリカはすぐに動いた。
自身の幻影をそこに残し、本人は幻影を重ね、姿を眩ませ、アイシャへと駆け出す。
そのアンジェリカの動きに、アイシャは気付いていないようだ。
幻覚から視線を切らないまま、アイシャはグリフォンの子供へと語り掛けていた。
「私、悪者対峙するからさ。ちょっとどっか隠れてて?」
その言葉が通じているのかいないのか、グリフォンの子はどこか嬉しそうにピィと鳴き声を上げると………アイシャの服の中に潜り込もうとした。
「うわ、ちょっと!そこにじゃない!もう……」
アイシャはグリフォンの子をつまみ上げ、いさめる様にグリフォンの子供を睨む。
アイシャはまだ気づいていない………アンジェリカが既に攻撃に入っていると。
どころか、酷く油断しているようだ。
アンジェリカは一切の容赦なく、その寝首を掻こうと青龍刀を振りかざし―――
―――瞬間、アンジェリカの目の前で、風が爆ぜる。
アンジェリカには幻覚がある。姿を消せる。どこから攻撃されるか分からない。
だから……一々それに付き合うのがめんどくさいからと、アイシャの周囲の全方位。そこに、触れたモノを吹き飛ばす風が、予め設置してあった。
吹き飛ばされ――傷は負わないまでも、アンジェリカの魔術は衝撃に剥がされる。
アイシャは、そんなアンジェリカを見て、まだ最初の位置に突っ立ったままのアンジェリカの幻覚とその姿を見比べて……呆れた様に声を上げた。
「あれ?……うわ~。また幻覚?それさ~やっぱり、ずるくない?」
「……貴方も相当よ」
「あ、もしかして褒めてる?ありがと~」
アイシャの口は減らず……余裕ぶった笑みのままに、アイシャは弓を引く、放つ。
「ラピッド・フロウバースト」
そうして放たれた矢は、アンジェリカには見えない。
が、恐らく、今、アンジェリカを吹き飛ばした分の停滞炸裂矢を補充したのだろう……アンジェリカはそう当たりを付ける。
アイシャは依然、階段に座り込んだまま……ただ油断している訳でもないはずだ。
その位置が、アイシャに取って安全なのだろう。アイシャに近付けば、姿を隠していようが、アイシャに気付かれなかろうが……アンジェリカは容赦なく吹き飛ばされる。
アンジェリカもまた、アイシャを侮っていた。人質を取られたくらいで動けなくなる甘い小娘だと。
アイシャは多少、精神的に打たれ弱いだけで……行動の合理性と敵に対する性格の悪さは、アンジェリカにも負けていないのだ。
アンジェリカは、忌々しいとアイシャを睨み………やがて、その感情を微笑みの下に隠す。
「取引をしましょう、アイシャ」
そう声を掛けながら、アンジェリカはゆるりと歩む。
停滞炸裂矢がどこにあるのかは、見えない。恐らく、近付けば炸裂するのだろう。
だが、即座に補強したと言う事は、何重にも配置されているという訳でもないはずだ。
なら、穴はある。グリフォンの子が通った軌道………上からなら刃が届くはず。
狙いはそこ。後は隙を探すだけ……。
そんなアンジェリカの思惑を知ってか知らずか……アイシャは適当な返事を投げて来る。
「良いよ~。金目の物全部置いてって?川に投げ捨ててあげるから」
「口の減らない子ね……。私には恩があるでしょう?怪我を治して上げたじゃない」
「その分のお金はもう払ったし、知らな~い。ていうか、そもそも怪我したのそっちのせいだし」
「あら、無様に自爆しただけでしょう?」
「あれ?そうだっけ?あ、そっか……不意打ちまでしたのに、完全に私に避けられちゃったもんね~、ヒッポグリフさんは」
「避けさせて上げたのよ?……殺しちゃったら利用出来ないじゃない。だって、貴方扱いやすそうだったんだもの」
「へ~。それってさ、負け惜しみ?ダサ~い」
「……………本当に、口の減らない子ね……」
「うわ~、怖~い。そんな、怒んないでよ。……厚化粧が剥がれかけてるよ?」
アイシャとアンジェリカは、笑みを浮かべたまま……表面だけのそれを保ったままに睨み合う。
アイシャの膝の上で、それに挟まれたグリフォンの子供は……大人しく縮こまっていた。
*
巨大な羽ばたきが、渓谷を吹き荒ぶ――
咆哮―――大気を轟かすそれと共に、猛るグリフォンは、風纏う前足を、爪を、宵虎へと叩き付ける――。
待ち受ける宵虎は恐れず、ひるまず言霊を紡ぐ。
「
振り上げる刃―――グリフォンへと向けられたそれに帯びるは嵐。
爆音が轟く―――振り下ろされる爪、振り上げられる太刀、間逆の軌道を走り衝突するそれはしかし、合わさる前に中空で止まった。
太刀、爪、お互いが纏う暴風が、それらより先に合わさり、弾け――
――巻き起こるは周囲の悉くを吹き飛ばさんとする巨大な破裂。
渓谷を嵐が襲う―――岩を砕かんばかりの風圧が、宵虎の足元を砕き、破片を撒き散らし、流石のグリフォンもまた、その圧力に押され僅かに後退した。
嵐を受けながら、その場に立ち続ける宵虎。
押され、退いたグリフォンは、しかし怒りを宿すその瞳を宵虎から放す事なく―――咆哮と共に、ひと際大きく羽ばたいた。
そよ風が宵虎を撫でる―――それは予兆。
宵虎を巻き込み、八つ裂きに千切り飛ばさんと上がる竜巻の――。
が、そうと知っても、宵虎は躱さなかった。
やはりその場に立ち続けたまま……宵虎は刃を足元に向ける。
「纏嵐―
竜巻が宵虎を呑み込む―――だが、その中心に悠々と、宵虎は立ち続けた。
宵虎を八つ裂きにせんとするそそり立つ嵐――それを、宵虎自身が生んだ竜巻が、阻み、砕き、相殺す。
ふわり――やがて、消えた竜巻の差中、宵虎を撫でたのはそよ風程度。
それを見て、流石に攻撃が通じないと悟ったのか、グリフォンは追撃には出ず、そこに漂い、ただ宵虎を睨み付ける。
技の威力は悉く同格。
迦具土でなく、天御柱を用いたのもそれが為。
グリフォンの攻撃を悉く相殺し……あるいは、その巨体を吹き飛ばすのみに止め……。
無事に済ます。宵虎も……またグリフォンも。
グリフォンが猛る理由を、宵虎も知っている。味を確かめる気が失せた……その言葉に偽りはなく、そうと決めたならばこそ、宵虎は己を偽る事は断じてない。
いつまでこれが続くか……あるいは、いつまででも、阻み続けよう。
状況は知らん。が、アイシャが急いで向かったならば、恐らく、その先にグリフォンの子がいるだろう。アイシャなら連れ戻るはずだ。
それを信じ、それまで時を稼ぎ……
「遊んでいてやる。……大人しく待っていろ……」
獰猛な笑みと共に、宵虎は言い放った。
グリフォンは咆哮する――言葉が通じた訳でもない。
風が舞う――グリフォンの元へとそれが集っていく。
力を溜めているらしい……宵虎が心底邪魔と、渾身で薙ぎ払わんと決めたようだ。
風纏うグリフォン―――辺りは凪ぎの様に静まり、ただグリフォンの周囲だけが暴風の差中の様に、岩肌を削り岩片を躍らせている――。
なるほど、流石は名のある化生、さっきまでの攻撃が全力だった訳でもないらしい。間違いなく、次が全力。
なれば宵虎も渾身で……とはいかない。
加減をたがえれば、やり過ぎてしまうかも知れない。
かと言って退く訳にもいかない。宵虎を打ち倒せば、グリフォンは次にまたアイシャを襲うだろう。
次のグリフォンの攻撃は、見た事がない。どの程度の威力、どの程度の範囲か知らないのであれば、流石の宵虎でも相殺は難しい。
退かず、グリフォンを睨み……あくまで冷静に、宵虎は唸った。
「…………どうしよう」
あるいは、一回食らって見て、その後調節するか。そんな無茶を遠そうかとまで考えた宵虎。
と、そこで、宵虎は背後から声を聞いた。
「ヒルデ!待つにゃぁぁぁぁ!」
声に振り向きかけた宵虎――。
――その真横を、身軽な子供は駆け抜けた。
必死の眼差しで、グリフォンを見詰めながら…………。
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