玉座の間の簒奪者

 アイシャは壁にもたれ掛かって、遊ぶ子供達を見ていた。


 そこらに転がっているガラクタを道具に、グリフォンの子供が興味を持っていじくり出したそれがどういうものか、どう使うか、多分こう……と、ヒルデは使い方を教えているようだ。


 おままごとだろうか。


 子供の遊びはいつの間にか理解しにくくなるから、アイシャからすれば楽しそうには見えないが、まあ飽きずにずっと続けているという事は、ヒルデからしても、あるいはグリフォンの子からしてもそれは楽しい遊びなのだろう。


 アイシャは、微笑ましくそれを見ていた。つまんな~い、とも喚かずに。


 もしかしたら、自分も昔、そう言う遊びをしていたのかもしれない。……残念ながら、どう思い出を探っても弓をいじっていたことしか思い出せないが。


 グリフォンの親はそこにはいない。目覚めた時にはもう居なかった。


 餌を取りに行ったのか、それとも、パトロールか。


 ヒルデはまだしも、アイシャまでいるここを放置して飛び去って行くのはどうかとも思うが、ヒルデの友達枠という事で、警戒が緩んだのだろうか。


 まあ、よくよく考えれば、先に目の前で無防備に寝だしたのはアイシャの方だったし、警戒する必要もないとか思われたのかもしれないが。


 とにかく、そんな風に、考える事は色々ある。


 玉座の横に置きっぱなしの太刀もそうだ。


 昨日までヒルデはずっと離さず握っていたのに、目覚めたらもう置いてあった。


 一体何があって、どういう心境の変化だか……流石に、アイシャにも分からない。


(……子供は良く分かんないな~)


 中途半端に大人なアイシャはそんな事を思って……そこで、不意に身を起こし、弓を手に立ち上がった。


「……ヒルデ。ちょっと、下がってて」

「どうしたの?」

「……ちょっとね」


 それだけ答えて、アイシャはヒルデとグリフォンの子供の前に立ち……背を向ける。


 アイシャの視線は、この部屋の入口――朽ちた扉に向けられ、弓もまたそこへと向けられる。


 足音が聞こえたのだ。誰かが、この場所に近付いて来ている。

 宵虎かもしれない……が、それを信じるにはちょっと、アイシャはここ酷い目に遭い過ぎている。


 良くない方を想定しておけば落胆はしない……。


 いや、落胆はした。ただ、そこからの切り替えが早いだけ。


 弓を引くアイシャ―――その先に現れた長髪の男は、飄々と、人を見下すような笑みを浮かべていた。


「おう、アイシャ。生きていたのか。心配したぞ」

「嘘だ~。私、嘘つきキラ~イ」


 どこか雑にあしらう様に、アイシャは現れた男……オーランドへと答えた。

 そんなアイシャを前に、オーランドは僅かに眉を顰める。


「なんだ。可愛げがなくなったな……」


 そう呟きながら、オーランドは玉座の間を見回し、アイシャ達の方へと歩み掛け……けれど、その足元が不意にはじける。


 不可視の矢―――再び弓を引きながら、アイシャは言った。


「……気易く近付こうとしないで」

「傷つくよ、アイシャ。そう邪険にしなくても―――」


 言いながら、オーランドは尚も歩み寄ろうとし……直後、その体が吹き飛ぶ。

 至近の炸裂矢……言霊なしで威力はさほどないそれでも、しかし炸裂する距離が近ければ人一人くらいは吹き飛ぶ。


 壁に背を打ち付けたオーランドへと、アイシャはまた弓を引いた。


「利き腕どっち?」

「右利きだ。いや、左だったかな?」

「……じゃあ、どっちでも良いや。次は、腕潰すよ」

「良くないな、アイシャ。殺すと言うべきだ。底を見抜かれるぞ。……まあ、腕がなくなるのは困るな……割に合わない」


 そう言って、オーランドは降参とでも言うように両手を上げた。

 ただ、その顔にはまだ笑みが張り付いて居る。


 オーランドの武器は槍。距離がある以上、アイシャの方が遥かに有利だ。だが、オーランドはそれを気にした様子もない。


 何か切り札があるのか……あるいは、戦う気がないのか。


「……見てわかるでしょ。ここにお宝なんてない」

「そのようだな」

「…わかってるなら、とっとと出てって」

「なんだ、随分嫌われたな……寂しいよアイシャ」


 オーランドはそう答える……出て行く気配はない。


 アイシャには、オーランドの思惑が読めなかった。

 ここに宝がないのは見てわかるだろう。アイシャからこれ以上ない程嫌われている事もわかるはずだ。ここに留まっても、オーランドに得はないはず……。


 とにかく、オーランドを出口から遠ざけてはいる。


 まずは、ヒルデを逃がすべきだろう。戦いになったら、巻き込まれてしまうかもしれない。


「……ヒルデ。その子と逃げて。あいつ悪い奴だから」

「……うん」


 ヒルデは素直に頷いた。

 悪い奴……と、その言葉にヒルデは納得していた。


 見ればわかる……なんとなくだが、信用してはいけないと思う。ヒルデの腕の中の小さなグリフォンも、オーランドにどこか怯えているようだった。


 言われた通り、ヒルデはグリフォンの子供を抱えたまま、出口へと駆け出す。


 それを視界の隅に……中心にはオーランドを置いたまま、アイシャはヒルデを見送った。


 オーランドは動く気配を見せない。


 なら、これで良い。ヒルデは逃がせるし……宵虎に会えばこの状況を伝えるだろう。


 これが最善―――そう、アイシャは……考え過ぎている。


 オーランドを疑い過ぎるようになってしまっているのだ。利用された際に副次的にオーランドに訪れる、漠然とした優位だ。

 オーランドは、アイシャから嫌われている事を知っている。疑われる事も知っている。注意がひたすら自分に向けられると、良く知っているのだ。


 だから……オーランドはおとりとして十分以上に機能する。


「きゃ……」


 そんな声を上げて、ヒルデは不意に、突き飛ばされる様に転んだ。

 出口を通ろうとして、そこで誰かにぶつかったように。


「……チッ、」


 思わず、アイシャは舌打ちした。失策に気付いたのだ。


 オーランドは一人で行動している。アイシャは、そう思っていたのだ。他人を利用する事しか考えていないようだから。あるいは、オーランドが自分がヒッポグリフであるかのような言い方をしていたから。


 だから、敵がもう一人居ると気付いた時には、アイシャの優位は失われていた。


 倒れたヒルデの腕の中から、ひとりでにグリフォンの子供が浮き上がる……見えない誰かに持ち上げられたかの様に。


 じたばたともがくグリフォン―――しかし、突如苦し気な呻き声を上げて、グリフォンの子供は動きと止めた。


 そんなグリフォンの首に、手が現れる。腕も、身体も。


 修道服に、青龍刀―――。

 幻覚を使う。アイシャも、そう疑っていた。ただ、それがオーランドだと思っていただけで……。


「…アンジェリカ?…………ヒッポグリフ。そう、悪い男に利用されてるんだ」


 失策に呻いたアイシャを楽し気に見下ろし、アンジェリカは笑みを浮かべた。


「悪い男を利用してるのよ?」


 それだけ言って……アンジェリカは身を起こそうとするヒルデへと刃を向けた。


 それでヒルデは硬直する。

 確かにヒルデは、体裁きに優れて、身軽だ。……けれどまだ子供である。


 向けられた刃への恐怖に、ヒルデは身動きが取れなくなった。

 そんな、怯える子供を嗤って………アンジェリカはオーランドに問い掛ける。


「オーランド。この子、どうする?」

「かわいらしい子供じゃないか。将来が楽しみだ。殺すのは惜しい」

「……そうね。じゃあ、外で会いましょう?」


 そんな言葉を残して…アンジェリカは背を向けた。


 グリフォンの子供を連れ去る気らしい。その理由がアイシャには分からない。だが、―――とにかく、隙だと、アイシャはアンジェリカの背に弓を向け……それもまた失策だった。


 ほんの一瞬の事だ。


 ただ一時、アイシャが注意を逸らしたその間に、オーランドは槍を抜き…………その刃を、ヒルデの首へとあてる。


 ……完全に、人質だ。

 身がすくんで動けないヒルデ、人質を取られて動けないアイシャ―――。


 逆転した優位に立ったオーランドは、笑みと共にアイシャに問いを投げて来る。


「さて、アイシャ。一つ聞きたいんだが、あの野蛮人とはもう会ったか」

「野蛮人?……お兄さんの事?会ったの?」


 状況は完全に不利――アイシャもそう理解している。だが、どうにか虚勢を張って、普段通りに聞こえるように、アイシャは問いを返した。


「その様子だと、まだか。ああ、困った……。契約が終わらない。これじゃあ、君には手出しできない……。アイシャ、ね?」


 念を押すようにそう言って、オーランドは槍を僅かに動かす。


 ヒルデは小さく悲鳴を上げた。首に冷たい感触が触れたからだ。


 アイシャは弓を引き続けている――だが、この状況でアイシャが手を出せば、それはそのままヒルデの身の危険に繋がる。


「…………お金払うからあっちの女裏切って」


 苦し紛れに言ったアイシャに、オーランドは飄々と答えた。


「魅力的な口説き文句だが……残念ながら、アンジェリカには恩がある」

「そんなの気にする人だったんだ」

「金が絡んだらな……それも大金だ。昔々、借金を肩代わりして貰ってね……。お陰で頭が上がらない。………しかし、怖いな。アイシャ。弓を置いてくれないか?落ち着いて話も出来やしない」


 あからさまな命令だ―――従わなければどうなるかを示すように、オーランドはヒルデの首に、槍を押し当てる。


 ……アイシャ自身が狙われるならどうとでも出来る。けれど、人質を取られては……。


「…………」


 アイシャは、苛立ちと憤りにオーランドを睨みながら、……弓を手放す他になかった。


 そんなアイシャを眺めながら……オーランドは楽し気に笑った。


「ああ……悪くない。可愛げが出て来たな、アイシャ」

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