暗闇の広間に到り
歩む先、篝火に照る壁が不意に失せ、辺りにあるのは広い暗がり……。
一人と一匹は、そんな場所へと踏み込んだ。
宵虎は憮然とした……いや、いつになく警戒したかのような表情を浮かべ、だが頭上のネロは依然呑気なままに声を上げる。
「どうしたにゃ、だんにゃ。なんかいきなり猫まっしぐらって……猫はあたしだけどにゃ。なんか、気配がした……とかかにゃ?」
「……匂いはした」
「匂い?……誰か、ご飯でも作ってるのかにゃ?」
「……流石に、食欲も失せるな」
宵虎はそう言って、その事にネロは首を傾げた。
食欲が失せる匂い?と。
歩む宵虎の頭上で、ネロはクンクンと鼻を鳴らす。
辺りに漂っているのは、埃っぽい様な、それで居てじめっとした様な洞窟特有の匂い。
そして、それに混じりこむどこか鉄臭い様な…………。
まさか、と思った時に、それは目の前に現れた。
真っ赤な床と、そこに倒れる人々……キャンプのハンター達が、その広い空間、赤い中に倒れている。
「……うわ、グロいにゃ……。目つぶってて良いかにゃ?」
「ああ」
宵虎が頷く前に、ネロは前足で自分の目を塞いでいた。魔物であれ倫理感は普通なネロには、その光景は刺激が強過ぎたのである。
そんな猫を頭上に乗せたまま、宵虎は死体を確認して行く。
喉を一突き、あるいは首を両断……人の手によるモノだろう。全員、息絶えて居る。
……その中にアイシャの顔がないことに、宵虎は大きく息を吐いた。
アイシャは達人だ。そうやすやすとやられるはずがない。が、……確かめず先に進む訳にもいかなかった。
宵虎は更に周囲を探った。何が起きたか、と手掛かりを探る。
そして、そんな中―――宵虎は石像を見つけた。
「……なんだこれは」
「それ見て良い奴かにゃ?グロいかにゃ?グロくないかにゃ?……ていうか、好奇心には勝てないにゃ!」
そんな声を上げながら、ネロは目を塞いでいた前足をどける。
惨劇を背中に、見上げる宵虎とネロ……視線の先にあったのは巨大な石像だ。
頭が消え失せて、爪が地面をえぐったままの格好で固まっている石像。
「……恐ろしく躍動感のある像だにゃ」
「この彫刻……生きているな」
「にゃ?……なんか、確かにごぼごぼいってるけどにゃ……。これがさっきのあれ、やったのかにゃ?」
「いや。……それにしては、残り過ぎだ」
「あ~、なんかもうやだにゃ。聞きたくないにゃ!」
喚いて今度は耳を塞いだネロを頭上に、宵虎は警戒を保ったまま周囲を見回す。
アイシャが倒しに行った怪物とは、恐らく目の前のこの石像の事だろう。
という事は、ここにアイシャが来たという事。背後の惨劇とも関わっているかは知れないが……あるいは近くに居るか。
「アイシャ!」
宵虎は大声で呼び掛ける。
けれど、それに答えたのは、頭上のネロのみ。
「にゃああああああああ!……びっくりするから急に大声出さないで欲しいにゃ……」
ぐったりしたネロを頭上に、けれどネロに応える余裕はなく、宵虎は憮然と呟いた。
「……居ないか」
アイシャの事だ。こちらに気付けばすぐ飛んで来るだろう。それがないという事は、今、アイシャはこの近くに居ない。
あるいはこの暗がりのどこかに手掛かり位は残っているかもしれないが……さっきの声の反響からして、この場所はかなりの広さ。
この暗がりの中手掛かりを探るのは至難の業……何より、時間が掛かりすぎる。
ただ、探らないわけにもいかない。
宵虎は当ても無く……ただまっすぐとだけ歩む。
やがて目の前には壁。脇差しでそこに傷を付けると、壁を伝ってぐるりと、その空間を歩み出した。
出口がどこに幾つあるか調べようというのだ。アイシャがここに来て、そして今はいないとすれば、出口のどれかを通ったはず。
暗がりの中を漠然と探すよりも、出口周りを探った方が効率は良いはず。
ぐるりと一周……暫く経って、宵虎は目印をつけた元の場所へと戻って来た。
出口となりそうな物は二つ。一つは、宵虎達がたった今入って来た場所。そこにアイシャの痕跡は無かった。
ならば、残るはもう一つ………そこを、宵虎は歩んだ。
階段だ。古く、こけたような長い階段。そこを登り出した宵虎の頭上で、ネロは何の気はなしに呟いた。
「にゃ~。また、もろ階段だにゃ。誰が造ったのかにゃ?」
「……知らん」
憮然とした宵虎は、ただそう返事をするだけだ。
「……なんか、いつになくつれないにゃ、だんにゃ」
ネロはそう言うが、しかし今度は、宵虎は応えず、ただ痕跡を探すように、くまなく足元に視線を走らせている。
なんだか随分余裕がなさそうだ……ネロは宵虎の頭上でそんな事を思った。
宵虎には常に、特に根拠のない余裕があった。実際は経験と鍛錬に裏打ちされた異常な場慣れではあるのだが、どうしてもボケに見えてしまう上普段がマイペース過ぎるためネロから見れば無根拠である。
が、今はそれがない。
スキュラに挑みに行った時でさえ、神殿を物珍しそうにつぶさに観察していたというのに、今はひたすら足元ばかり見ている。
警戒しているから……もあるだろう。
だが、余裕がない理由はもっと別だ。
宵虎は道も知らずにこの洞窟に入り込み、当然の様に迷ってはいたが、それでも一切休まず動き続けてはいた。珍しく、お腹が空いたと一度も言わず、休む事もなく探し続けてはいたのである。
それを知っているネロは…ポンポンと宵虎の頭を軽くたたいて、こう言った。
「だんにゃ。だんにゃ。アイシャなら大丈夫だにゃ。だんにゃ、自分でそう言ってたにゃ?」
「……そうだな」
宵虎は唸る。
警戒を解いたというわけではないが、ネロに指摘されてらしくないと思いなおしたらしい。
アイシャは達人。宵虎は良く知っている。いたずらに不安ばかりに囚われる必要はない、と。
やがて、一人と一匹は階段を上り切った。
砕け散った扉の破片が転がるその先には、燭台と扉の並んだ通路がある。
放置されているうえに薄暗いせいで、どこか牢屋の様にも見える……あるいは、さっきひどい光景を見たからか。
篝火を手にそこへと踏み込んだ宵虎は、不意に立ち止まりうずくまった。
通路の床。積もった埃にいくつかの足跡が残っていると気付いたのである。
「……三人分か」
「良く分かるにゃ、こんなめちゃくちゃで」
「……アイシャかもしれんな」
いまだ僅かに余裕なく、そう唸った宵虎の頭上で、ネロはあえて文句を言った。
「ていうか、それ以前に出口見つけないとだにゃ。勢いだけで動いた誰かのせいで、あたしたち迷子だにゃ。誰かのせいでにゃ~」
そのネロの言葉に、宵虎は顔をしかめ、唸った。
「……最悪壁を突き破る」
「はいはい、剣があれば剣があれば~だにゃ」
「……アイシャなら出来るはずだ」
「また頼る気満々かにゃ。恥も臆面もついでに迷子だにゃ~」
猫に気を使われ、それを悟っている宵虎は、……普段通りに不満げに唸った。
そして、足跡を追いかけて、通路の奥へと進み出す…。
*
足跡を追っているのは、宵虎たちだけではない。
同じ場所、僅かにさかのぼれば、悪人二人もその場にはいた。
「……なんだ、思いの他奥も複雑だな。見切りを付けるのが早過ぎたか?」
通路、並ぶ扉を前にオーランドは言った。
てっきり、あのガーゴイルを倒せば、そのすぐ先に宝物庫でもあるのだろう。オーランドはそう考えていたが、しかしどうにも、ガーゴイルの先の道もまた複雑らしい。
「そうね……でも、道案内はありそうよ」
アンジェリカはそう言って足元を指差す。
そこにあるのは足跡一つ。それを見下ろし、オーランドは笑う。
「……アイシャか?」
「その探し人の方かもしれないけど…………どうせ白みつぶすなら、まず勘の良さそうな誰かに頼ってみましょう?」
「そうだな…」
もう、オーランドとアンジェリカは二人だけ。宝がどこにあるか……それを探すには、結局この通路をしらみつぶしに探るしかない。
ならばその前に、この足跡の主……アイシャの様子を探ってみるのも良い。
どうせ、時間はかかるだろう。ならば、アイシャの出方を伺い、先に処理しても良い。
あるいは本当に、アイシャが宝に先に辿り着いている可能性もある。
……まあ、それを宝と認識しているかは知らないが。
悪人二人は歩み出す。
足跡を辿り、足跡を残し、宵虎達よりも先に……グリフォンの居るあの玉座へと。
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