暗闇の応戦

 速足に通路を歩んで行く宵虎―――と、不意に、その歩みは止まった。


「にゃ?どうしたにゃ、だんにゃ」

「……ネロ。火を持っていろ」


 宵虎はネロの問いには応えず、目の前の暗闇を睨み続け、そう言った。


 良く分からないがとりあえず従っておこう……そう考えて、ネロは頭から降りると、娘に化け、宵虎から篝火を受け取った。


「で、だんにゃ?一体……」

「……下がってろ」

「にゃ?」


 首を傾げながら、ネロは数歩、後ろに下がる―――直後だ。


 キン―――暗闇に金属音が鳴り響く。脇差しを抜いた宵虎が何かをはじいたらしい。


 そうネロが思った時には、宵虎は暗闇の中、何かを掌底で突き飛ばしていて、どさりと音が鳴ったのは、暗闇の向こうと宵虎の足元。


(なにかしたっぽいけど…速過ぎて良く分かんないにゃ~。暗いし)


 と、どこか呑気に思ったネロはとりあえず宵虎の足元に落ちたモノに視線を向けてみて……驚愕した。


「にゃ、グリフォン!?なんか小っちゃくなってるにゃ……」


 ネロは未だ、グリフォンが親子だと知らないのである。


 そんなネロに説明する気も一切なく、宵虎はグリフォンの子供―――気を失っているのかぐったりと倒れこんでいるそれをまたぎ、背中側に置いた上で、言った。


「……ネロ。それも持っていろ」

「にゃ?あの、だんにゃ~、あたしだんにゃの荷物持ちじゃ~」


 その文句は、しかし金属音に掻き消された。


 キン――今度はネロにも見えた。

 宵虎の脇差しが、巨大な刃をはじき、火花を散らしている――。


 なんだか、襲われているらしい……漸く状況を理解したネロに、振り向かず宵虎は言う。


「……文句は?」

「ないにゃ!だんにゃ~、頑張ってね~!」


 そんな雑な声援を飛ばしながら、ネロはグリフォンの子供を抱え上げて、スタタと下がって行った。


 それを背に――宵虎は目の前の暗闇に意識を凝らす。

 暗闇が故か、はたまた別か……の姿は見通せない。ただ、そこに確かに何かはいる。


 殺気―――昂ったようなそれが前方にあり、あるいはわずかな血の匂いも漂っている――。


 あの、広間の惨劇を生んだ奴だろう。殺しの後で昂る、生粋の鬼畜……。

 そう当たりを付けた宵虎へ、殺意はまた襲い掛かる。


 気配――漠然とした第六感。鍛錬、修羅場の末に得た勘、視覚以外の情報にひどく敏感であるが故のそれは、迫る刃の軌道を、暗がりであろうと正確に宵虎へと伝える―――。


 突きと薙ぎが混ざったような、真上から迫る刃を、宵虎は右手の脇差しで受け、流し……同時に踏み込み、左で掌底を繰り出す。


 その殴打は確かに当たった。だが、浅い。


 最初の攻防は、宵虎を切った上で通り抜けようとしたのだろう。反撃を予期していなかったからこそ、深めに殴打が当たった。


 二度目はあちらも様子見――だから、宵虎が反撃せずとも退いた。


 そして恐らく今のは、仕留める気の一閃―――あちらの間合いだったはず。

 踏み込んでの殴打が浅いと言う事は、あちらの間合いは広い。槍か何かか――ならば、この四方に壁がある中で、突きと薙ぎが交じる窮屈な一閃だった事も頷ける。


 暗闇で敵は見えず、それでも宵虎はそこまでった。


 そして、もう一つ…………突き出したままの手を握り、開き、宵虎は呟く。


「………柔らかかった。女か?」

「だんにゃ!すぐそういうこと言っちゃうからカッコ悪くなるんだにゃ!」

「………………」


 ネロの茶々に不満げに唸りつつも、宵虎は振り向かなかった。


 隙に関して言えば、魔物よりも人の方が敏感。これだけの殺意を前に、無闇に晒す気にはならない。


 殺気は歩み寄って来る……暗がりの中から姿を現したのは、杖を手にどこか苦し気にそれをつく修道女シスター


 身体に、服に、血をこびりつかせたアンジェリカは、苦し気な声で呻いた。


「その声……貴方達、もしかして……」

「にゃ?……アンジェリカ?」


 アンジェリカの声、姿に動揺したのはネロ……ネロだけだ。

 宵虎は、アンジェリカがわざわざ姿を現したのは、欺く為だと看破した。出なければ…幾ら弱ったように見えようと、未だ肌が泡立つほどの殺気が向けられているはずもない。


「オーランドが裏切ったの……アイシャが、……アイシャも、この先に……」


 アンジェリカは尚も呻く………弱った風に見せて姿を現せば宵虎が油断すると思っていたのだ。しかし異国の装束の大男は、どうも警戒を緩めた風もない。宵虎は、依然油断なく張り詰めたまま……。


 分が悪い。ただの三度の応酬で、アンジェリカはそう判断していた。珍しく暗闇がアンジェリカの有利に働かないらしく、かつこの手狭な空間は、青竜刀を振り回すには狭過ぎる。


 真っ当にやると良くて五分……アンジェリカは五分の勝負は極力しない。

 さっさと騙し打ちをしよう―アンジェリカは、そう考えていた。けれど、それも上手く行かない。


 ……だから、アンジェリカは、目の前の男が動揺しそうな単語を口にしたのだ。


 アイシャ。会いたいんでしょう?気になるんでしょう?……と。


 気配云々がまるで分からない使い魔ネロは、なんか良く分かんないけどとりあえず通訳しとくにゃと宵虎に呼び掛ける。


「にゃ?だ、だんにゃ~、なんか、アイシャが~」


 宵虎とアンジェリカの攻防は、その瞬間にまた発生した。

 アイシャと言う名に、宵虎はつい視線を一瞬ネロに向け…アンジェリカはその隙を待っていた。


 即座に突き出す杖――幻覚を重ねて杖に見せた青龍刀が、宵虎の首へと迫る――。

 宵虎が反応出来たのは、紛れもなく歴戦の勘―――殺気を体が勝手に避けたからだ。


 突き出される青龍刀、鋭い殺気を僅かに身体をずらして避けて、宵虎はそこで、アンジェリカへと一歩、踏み込んだ。


 宵虎の身は、突き出し、伸び切ったアンジェリカの腕の横―――長柄の武器への対処は、懐に潜り込んでしまうのが最良。


 宵虎は左手で、アンジェリカの手首……青龍刀を持つその腕を掴む。その後の宵虎の動きには、澱みもためらいもない。

 左手を引く――自分から突っ込んで来ていたその慣性も相まって、抗えず宵虎へと引き寄せられたアンジェリカ。


 その首へと、当て身の様な勢いで、宵虎は右肘を突き出した。


 喉への衝撃に詰まったアンジェリカの息は、依然掴まれたままの手首を支点に軽く飛ばされ、壁に背をしたたかに打ち付けたことで呻きと共に漏れた。


 だが、宵虎はそれで油断せず、アンジェリカの首に右肘を当てたまま、アンジェリカの身体を壁へと押しつける。


 首をへし折る……までする気は無い。

 ただ、青龍刀を持つ手は離さず、伸ばし切って動かないようにし、体重をのせて肘と壁とで首を固めたことで、アンジェリカはまるで身動きできず、苦し気に呻くのみ。


 アンジェリカの自由を完全に奪った上で、宵虎はネロに問い掛ける。


「……で?アイシャがなんだ、ネロ」

「にゃ~この先にいるって言ってたんだけど~もう、何が本当か良く分かんなくなって来たにゃ。…………ていうか、どうしてもだんにゃが悪役に見えて来るにゃ…」


 ネロは正直にそう言った。


 さっきの攻防……などネロの目で追える訳もない。ネロからすると、なんか良く分かんないけど宵虎がアンジェリカを羽交い締めにしてる、という結果しか分からない。


 だから、多分だんにゃは悪くないんだろうけどどうしても犯罪臭のする光景だにゃ……と、ネロはついつい癖で白い目を宵虎に向けていた。


「…………」


 不満げな表情を浮かべた宵虎……その視線の先のアンジェリカは、宵虎の目をまっすぐ見ながら、無事な腕で少し、宵虎の腕をずらし、呼吸を確保し……軽い咳の後、どこか色気のある呟きを漏らした。


「もう……乱暴な人……」


 そんな吐息の様な声と共に、アンジェリカは視線を横に向ける。

 つい、同じ方向に視線を向けた宵虎―――その先には新たな人影があった。


「……ッ、」


 反射的に、宵虎は跳び退き、身を躱す。


 気配もなく突如現れた、ローブに身を包んだ人影。その手にある青龍刀が、アンジェリカごと両断しようとでも言うように、横薙ぎに振りぬかれていたからだ。


 刃は宵虎の頭上を薙ぎ、身動きしないアンジェリカを捉える。


 けれど、確かに刃はアンジェリカの身体と重なっているはずだというのに、その身が傷を負った様子もない。


 幻覚の類か……そう宵虎が悟った時には、アンジェリカはもう自由を得ていた。


「臆病でもあるのね。可愛いわ……」


 余裕ぶったあざける様な笑みをこぼしながら、アンジェリカは暗闇へと下がって行った。


「ああ、もう……、こんな苦労、見合わないわ……。諦めようかしら」


 最後にそんな言葉を残して、アンジェリカは暗闇に消えた。

 宵虎は即座に気配を探る……だが、遠ざかって行くそれが、やがて掴めなくなった。さっきまであった昂ったような殺気も消えている。


 宵虎に圧倒された事で冷静になったのか……そもそもが隠す手合い。距離を取られ、それに徹しられては、流石の宵虎でも、攻撃を受けるその瞬間まではどこから来るか分からない。


 暫し、宵虎は警戒を続ける。が、幾ら待てど殺気が襲って来る事はない。

 そんな宵虎の背中に、ネロは声を投げた。


「だんにゃ?アンジェリカ、諦めるって言ってたにゃ。本当かどうかわかんないけどにゃ」

「……とりあえず、信用するな」


 尚も警戒を続けたまま、宵虎は言う。その言葉に、ネロは頷いておいた。


「そうだにゃ~。にゃ~、なんか、心が段々けがれていく気がするにゃ~。で、だんにゃ。これからどうするにゃ?」

「……どうせ、帰り道はわからん。進むぞ」


 そう言って、警戒を解かないままに、宵虎は歩みだした。


「わかったにゃ。もうぶっちゃけあたし訳わかんないし~、お任せするにゃ~」


 そう言って、ネロも後をついて歩き出した。


 なぜ襲われたか、なぜグリフォンの子供が連れ去られているのかは分からないが、この先で何かがあった事は間違いない。アイシャがいる可能性もある上、グリフォンが絡んだという事は、あるいはヒルデも巻き込まれているかもしれない。


 なるべく早く進みたいところだが、暗がりにまだアンジェリカはいるだろう。警戒を解く訳にもいかない。


 憮然とした表情で、宵虎は進み出す。

 そんな宵虎の背後で、ネロはなにやら声を上げ出した。


「にゃ?チビグリフォン、お目覚めかにゃ?にゃ!?何するにゃ!?なぜ服に潜り込もうとするにゃあんっ……」


 緊張感のない声に顔をしかめ、宵虎は唸った。


「……ネロ。遊びは後にしろ」

「にゃ~、だんにゃにそんな事言われる日が来るとは思わなかったにゃ……。一生の恥だにゃあんっ……やめるにゃ!何したいんだにゃこのチビグリフォン!……だんにゃ並にスケベだにゃ」

「……俺は、助平ではない……」


 宵虎とネロは暗闇を歩んで行く。

 結局、緊張感がないままに。



 *


 その騒がしい一行を、アンジェリカは分かれ道の影から見送った。


 宵虎に手を出す気がなくなったのだ。やはり、アンジェリカには分が悪い。闇討ちに対応され、騙し打ちにも対応され……あるいは次からは幻覚にも対応されるかもしれない。


 そもそもが格上。その上不意打ちも通用しないとなると、もはやアンジェリカから手を出すメリットは薄い。


 宵虎達は足跡をだとっている様子……、いずれオーランドがいるあの場所に辿り着くだろう。


 ならば、宵虎はオーランドに押し付けてしまうのが良い。


 不意打ち、幻覚、闇討ち……手段を選ばなければ、アンジェリカはオーランドより上だ。


 しかし、それらがないただの正面からの勝負では、アンジェリカよりもオーランドの方が腕前が上なのだ。


 だから、あの異国の大男は、オーランドに押し付けるのが上策……その上で、アンジェリカは卑怯に、グリフォンの子を狙うとしよう……。


 過程の負けなどどうでも良い。最終的に得をした者が勝者だ。


 暗闇で一人、アンジェリカはほくそ笑んだ。

 

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