谷の底のハンター達

 人の手で造られた階段――岩陰をえぐりとって整備されたらしいそこを、オーランドの後についてアイシャとネロは歩んで居た。


 依然、信用したわけではないが……少なくとも、オーランドが谷の底へと向かう道を知っていたというのは事実らしい。


 そんな風に歩んでいる内に……アイシャは階段の続く先を見下ろして、不意にこう呟いた。


「キャンプ?」


 眼下―谷の底を流れる川、小船がいくつかあるそこのほとりに、ある程度の広さを持つ空間があり、そしてそこに、いくつもテントが張られているのだ。


 人影も多い―10人程度だろうか。男女も服装もまちまちで、ただ全員がなにがしかの武器を携えているという他に統一感のない集団が、そのキャンプにいた。


 オーランドは足を止めないままに、アイシャの声に答える。


「ああ。言わなかったか?定期的にハンターが来ると」

「あそこに居るのが、皆それってこと?あんなにいて、だ~れもグリフォンに勝てないの?束で掛かっても?」


 挑発するような言葉を投げたアイシャに、オーランドは肩を竦める。


「言ったろう、別に目が行くと」


 そうして、オーランドは川を挟んだ向こう岸を指差す。


 川向こうの岸は狭い……が、オーランドが指差しているのは岸ではなく、そそり立つ岩肌の一角。

 そこには、穴が空いていた。


 人一人――よりは大きいだろう、洞窟のような洞穴。カフス山の下を、洞窟が通っているらしい。


 オーランドは続ける。


「昔から言われている事だ。グリフォンは財宝を守り、それを狙うモノを襲うと。そんなグリフォンが暴れている。そして……この山の地下に洞窟……いや、ダンジョンかな。明らかに人の手で作られたような迷宮があった」

「財宝があるかもしれないって事?」

「無い話じゃないだろう?古代の秘宝って奴だ。心が踊らないか?ロマンがある」


 笑みを浮かべながらそう言い放ったオーランドに、ネロは呆れ混じりの視線を向けた。


「いくらで売れるか、ってそう言う話かにゃ?」

「その通り」


 堂々とオーランドは頷いた。当然だと言わんばかりに。



 やがて、アイシャ達は、見下ろしていたそのキャンプに辿り着いた。


 上から見るのと様子は同じ、テントがあり、ハンターらしき武器を携えた人々が各々マイペースにたむろっている。


 と、そんな一団の中から声が上がる。


「オーランド?あら、また、新しい仲間?」


 そんな風に声を上げ、歩み寄ってくるのは女性だ。

 黒い髪に黒い目――修道服だろうシンプルな服装に身を包み、片手にはやはり黒い杖を持っている。

 シスター、そんなある種見慣れたような恰好をしていたが…しかし、その顔立ちは見慣れたようなものではなかった。


 明らかに異国の地―――東洋の血が混じったような、どこか幼い顔立ちをしている。


「にゃ…だんにゃと同じ国の人かにゃ?」

「かもね」


 そんな風にこそこそ話すアイシャ達を置いて、オーランドはその女性に親し気に歩み寄っていった。


「それはまだわからない。……そう言えば、名前を聞いてなかったね」


 そう言って、アイシャ達へと振り向きながら、オーランドはやはり親し気な様子で女性の肩を抱いた。

 直後、オーランドの手は女性に即座に払われていた。


 そんな一幕に白い眼を送りつつ、アイシャとネロは雑に名乗る。


「……アイシャ」

「ネロだにゃ」


 と、そこで、女性は視線を方々に走らせ…その末に、アイシャの足元にいたネロに視線を止め、つぶやいた。


「猫が喋った……いくらかしら」

「こっちの人もいきなり金の話だにゃ……」


 もはや呆れるしかないネロ……を置いて、オーランドはまた話し出す。


「改めて。オーランドだ。さっきの話の続きをしよう。俺たちは、財宝を探していてね。ここで、皆で協力して」

「協力?グリフォンほっといて、仲良く宝探し?」

「ダンジョンが広すぎてね。大した仕掛けがあるわけでもないんだが、一人では探り切るのに何年掛かるか。だから、一々スカウトしているんだ。人手はあるに越した事はない。どうだい?仲間にならないか?報酬は山分け……関わった全員で等分だ。今は15人かな……だから15等分」


 新しい仲間、と修道服の女性が言っていたのはそういうことらしい。


 グリフォンの討伐のクエストを受けにきて、だが、それよりも財宝に目が行ったハンター達がここに10人以上。


 アイシャもそこに加わらないか、と、そう言われているのだ。


「興味ないな~」


 心の底からアイシャはそう呟いた。


 別にアイシャは名誉にも金にも大して興味がないのだ。最低限だけあれば別に困らない、ありすぎたらありすぎたでめんどくさいだろうし。


 今、アイシャの興味は一つだけ。宵虎がどこにいるかだ。


 あるいは、このキャンプにいるかもしれない…そんな風に思いながら、アイシャは修道服の女性に問いかける。


「ねえ、そっちのお姉さん。……倭の国の人?」


 顔立ちからしてそうかもしれないと思ったのだが、しかし修道服の女性は首を傾げた。


「倭の国?東の果ての島国だったかしら?……違うわ。確かに、東方の血は入ってるけど、行った事はないし。ハーフね。アンジェリカよ」

「俺の知り合いでね。ヒールが使える。怪我をしたら頼んでみると良い。優しくして貰える。なあ、アンジェリカ?」


 オーランドはそう言って、またアンジェリカの肩を抱こうとするが、しかし、アンジェリカはするっとオーランドの腕を避け、言う。


「借金しない奴にはね」

「ハハハハハハ、何を言ってるんだアンジェリカ。……完済したよな?」

「利息分はね」

「どうでも良いから!」


 何やら痴話げんかが始まりそうな雰囲気にアイシャはそう大声を上げた。

 それから、さっさと済ませようと話を進める。


「それより、お兄さん……あの、ヨイトラって名前の、言葉通じないお兄さんここに来なかった?」

「いっつもお腹すいてる、隙が服着て歩いてるみたいな人だにゃ」


 そう言ったアイシャとネロを前に、アンジェリカは思案顔を浮かべる。


「ヨイトラ、ねえ……」


 アンジェリカは首を傾げ、何やら考え込む風に見せながら……しれっと片手をアイシャ達の方へと差し出してきた。


 その手を、ネロは白い目で見上げた。


「……あの手は何かにゃ?」

「こういう事でしょ。はあ……」


 溜息一つ、アイシャはポーチから硬貨を取り出し、それを確かめもせずにアンジェリカへと投げた。


 瞬間、金に反応したのかオーランドは飛来する硬貨へと手を出しかけ、しかしその手はアンジェリカに叩き落とされる。


 そんな攻防の末に硬貨を手にしたアンジェリカは、その額を確かめ、わずかにほくそ笑み…こう言った。


「見てないわ」

「じゃあなんで私今お金払ったの~」

「にゃ~。この人本当にシスターなのかにゃ……」

「神はいつも我々の傍にいるわ」


 祈るような仕草で胸に手を置き、アンジェリカはそう言い放ったが…その手の中に大切に握りしめられているのは金である。


「……この人、絶対お金の事神って呼んでるにゃ……」

「はあ……もう良いや。ネロ、お兄さん探しにいこ」

「そうだにゃ~。ここに居ると財布が空になりそうだにゃ」


 関わるだけで疲れたと言わんばかりにネロとアイシャは言って、金の亡者たちはもう無視して歩き出そうとする。


 とにかく、谷の底には辿り着いた。

 あとは、宵虎が落ちた方向へと歩いていけば、そのうち宵虎も見つかるだろう。


 と、そんなアイシャ達へと、オーランドは思い出したように声を投げた。


「ああ、そうだ。忠告が一つある。ヒッポグリフには気をつけた方が良い」


 その声に、アイシャはいったん足を止め、首を傾げる。


「ヒッポグリフ?」


 その名前は知っている。グリフォンと似た魔物……獅子の部分が馬に変わったグリフォン雌馬から生まれる存在だ。

 ただし、実在しないと言われている魔物である。


 馬はグリフォンの捕食対象……餌との間に子供など生まれるはずもないと、一種の皮肉として言い伝えられている存在だ。


 と、そんなアイシャの疑問を知ってか、オーランドは続けた。


「魔物じゃない。人だよ。邪魔をして来るんだ。どこの誰だかわからないから、俺たちはそう呼んでる。……まあ、おそらく渓谷の民だろうがね。この谷には元々住んでいる一族がいるらしくてね。表面上は友好的なんだが……全員が友好的なわけでもないらしい」


 渓谷の民……この谷にもともと住んでいる人が、ハンターたちを嫌って襲っているのか。


 とりあえず、その忠告は頭の片隅に置いておきながら、アイシャの懸念は別だった。


「その情報にもお金いるの?」


 睨む調子で問いかけたアイシャに、オーランドは笑みとともに答える。


「これは忠告だ。特別にまけておこう」

「ふ~ん……」


 気のない様子で呟いたアイシャに、今度はアンジェリカが声を投げた。


「怪我をしたらすぐ来るのよ?治してあげるから」

「そっちは、絶対お金取られるにゃ……」

「怪我なんてしないし」


 ネロとアイシャは口々にそう言って、今度こそ宵虎の落ちた方向へと歩き出した。




 去っていく二人の背中を眺めながら、どこかからかうような調子で、アンジェリカはオーランドに言った。


「ふられちゃったわね、オーランド」

「残念だ。美人だったのにッ……」


 声を詰まらせ、顔をしかめるオーランド……その足は、アンジェリカに踏まれていた。

 そして、アンジェリカもまたオーランドに背を向け歩み去っていく。


 それを見送って、口元には笑みを浮かべ、誰にともなく、オーランドは呟いた。


「まったく。気をつけるべきだな……」

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