太刀を返してくれ……


「太刀を返してくれ……」


 ヒルデはざりざりと鞘を引きずりながら、帰路についていた。


 今日の散歩はもうたくさん、拾った剣も、貰った鞘も、ヒルデにはひどく重いのだ。これ以上何を見つけても持って帰れないだろうし、もう帰ろう。


 そんな風に決めて、ヒルデは歩んでいる。


「太刀を返してくれ……」


 うわ言の様に唸り続ける宵虎について来られながら。


 歩みを止めないままに、ヒルデはチラッと後ろを向いて、憮然とした表情でついてくる宵虎を見上げ、呟いた。


「………………いつまでついて来るんだろう?」

「太刀を返してくれ……」

「それしか言わないし。なんて言ってるんだろう?」

「太刀を返してくれ……」


 何度も繰り返されるその言葉は異国の物。ヒルデには一切意味がわからない。

 が、流石に、永遠聞かされれば音として覚えてしまう。


「たちおかえしてくれ?…名前かな?」

「太刀を返してくれ………」

「タチ・オカエシテクレ。タチオ・カエシテクレ?……タチオカ・エシテクレ。っぽい」


 なんだか名前っぽい切り方を見つけたと、ヒルデは振り向き、そう呼んでみた。


「タチオカ?」

「太刀をか?そうだ。太刀を返してくれ」


 うんうんと頷きながら、宵虎は唸るように言う。


 もしかしたらついに意図が通じたのではないかと思ったのだ。が…やはりその仕草は逆の意味として伝わっていた。


「あってるっぽい。タチオカ・エシテクレ。……変な名前」


 そう呟いて、またヒルデはざりざりと太刀を引きずりながら歩んで行く。


「なぜ、返してくれない…力づくで奪うか?いや……流石に、子供に手荒な真似は……」


 唸りながら、宵虎はヒルデの後を追い続けた。


 腕力にものを言わせて奪い取ってしまうのはたやすいだろう。だが、歯向かって来るのでもなくただただ意図が通じていないだけの子供にいきなり襲い掛かる訳にも行かない。


 いずれ意図が通じるか……あるいは、それこそ疲れて太刀を置いた時にでも取り返そう。


 そんな風に考えて歩いている内に、やがてヒルデは足を止めた。


 子供だけあって疲れたか、太刀は重かろう置けば良いのではないか?


 そんな風に視線を向ける宵虎は、不意に足音を聞いた。


 見ると……周囲に多くの人が居る。

 ヒルデと同じマントを着た多くの人々が、物珍しいと言いたげに宵虎を見に集っている。


「なんだ?外の奴か?変な格好だな」

「ついに人まで拾って来るようになったの?」


 口々の噂話はやはり宵虎には理解出来ないモノ――宵虎にわかったのは、どうにも多くの好奇の視線に晒されているという事。

 そして、幼子を追っている内に、どうやらどこぞの集落にたどりついたらしいと言う事だけだ。


 脇には未だ川が流れ、面した岩肌――そこが、段々とくりぬかれた様に、集落の様相を呈していた。


 道があり、階段があり、家があり人がおり…………。

 谷底にある、全て石で出来た、掘り抜かれた集落。渓谷の民――その住処を宵虎は物珍しいと眺め、それからまた、人々に視線を向ける。


 3、40人はいるだろうか……武器の類は見えない。その揃いのローブの下に隠れているのかもしれないが、少なくとも敵意は感じない。


 あるいは、これだけ居れば、一人位言葉が通じるのではないか。

 そう考えた所で、不意に周囲の人垣が割れ、その中から、一人の老人が現れた。


 やはり揃いのローブを、だが他のものよりも少し意匠の多いそれを羽織った、髭の長い小柄な老人。覗く手首は骸骨のように細く、その手は杖をついている。


 だが――杖など必要はないだろう。一目で宵虎はそう断じた。

 その老人の体裁きは安定している。何がしか武芸の心得が、それも、相当に練り上げられたそれがあるのではないか。


 そう、僅かな警戒と共に睨み付けた宵虎を、その老人は髭をいじりながら眺め、やがて笑ってから口を開く。


「ホホ。ほう…………ヒルデ。また、珍しいものを拾ってきたらしいのう。この異国の武人は?」

「長老。なんか、ついて来た。タチオカって言うっぽい」

「タチオカ……また、不可思議な名じゃの」


 ヒルデの言葉に、老人――長老はまた、髭をいじりながら宵虎を眺める。

 宵虎もまた、長老を眺めた。


 何を言っているのかはやはりわからない。だが、ただ者でない様な気がする……あるいは、年を食っている分、宵虎の国の言葉も知っているかもしれん。


 そう考えて、宵虎はまた言った。


「太刀を返してくれ」

「ほう……」

「その娘の持っている太刀は俺のモノだ。なくすと困ると、この間身をもって知った」

「ほう……」


 宵虎の言葉に、長老は深く頷いている。

 そんな長老に、ヒルデは問い掛けた。


「長老?わかるの?」

「うむ……このタチオカはいっておる。空腹で死にそうだとな」


 呆気らかんと適当な事を言い出した長老……だが、その場では誰も宵虎の言葉がわからない以上、人垣から上がるのは感心した様な声だ。


「おお……流石長老」

「異国の言葉もわかるのか……」


 口々に人垣からは噂話が漏れ……それを見回した末に、宵虎は呟いた。


「良くわからんが……この爺。適当な事を言ったのではないか?」


 言葉が通じているならば、すぐに太刀が返ってきてもおかしくない……だと言うのに、ヒルデは依然、宵虎の太刀を握ったままである。


 疑いの視線を向けた宵虎―長老はほくそ笑みながら、続けた。


「せっかくの客人。御馳走を振舞うとしよう。わしの家に用意せい。ふむ……牛が食いたいのう」


 その長老の言葉に、ヒルデは首をかしげる。


「長老が食べたいの?」

「……いやいや。この武人が言っておるのじゃ。のう?」

「爺。太刀を返せ」

「なるほど。豚も食いたいとな?用意せい」


 そう言ったきり、長老は歩み出していった。

 明らかに通じていない……太刀は、まだ返って来ないのか。


 肩を落とした宵虎を見上げ、その服の袖を引っ張り、ヒルデは言う。


「お腹すいてるの?」


 その言葉は、やはり宵虎にはまるでわからず、


「いつになったら、返してくれるんだ…………」


 宵虎は、更に肩を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます