2章
……なぜ、会う奴会う奴悉く……
「この山にはのう、昔大層栄えた国があってな……わしらはその末裔に当たるんじゃ」
渓谷の民の集落……その頂上に居を構える長老とヒルデの家には、豪勢な食事が並んでいた。
そしてそんな食事を前に、長老は話を続ける。
「財宝を抱く山、王は象徴たるグリフォンを従え、その財において大層栄えた。まあ、早い話が金鉱だったって話だろうのう。わしもしらん時代の話だしの。金鉱を掘りつくし、脈と共に国が失せた訳じゃな」
その長老の話を……その場の誰も聞いていなかった。
ヒルデからすれば何度も聞かされた話である。
今更興味もわかず、別の珍しいモノ……食事を前に座り込み飲み下すような勢いでそれに食らいついている人間に興味深々と、髪を引っ張ったりほっぺたを引っ張ったりお腹を叩いてみたりしていた。
「タチオカ。おいしいの?」
お腹を叩かれながら食事を続ける宵虎に至っては、そもそも言葉がわからない。
「……なにを言っているかわからんが、爺の話が長いのはどこも同じか……」
唸るような声を上げ、子供にいじられ続けながら、宵虎は食事を続ける。
太刀は未だヒルデの手の内……いずれ取り返すのは当然として、しかし、それは一旦二の次として、据え膳食わぬは武士の恥。
要するに、歩き回って宵虎もまあお腹がすいていたのだ。
ヒルデに叩かれ続けているお腹が。
「いっぱい食べるね。……どこに入ってるの?」
「……なぜ、俺は叩かれているんだ」
そんな大男と小娘を眺め、どうやら聞く気がないらしいと、長老もまた目の前の肉に手を伸ばす。
「流石に御馳走だからのう。うまいのう」
そんな風に呟いた長老に、ヒルデは首を傾げた。
「長老。自分が食べたかっただけ?」
いくらヒルデが子供でも、しばらく見ていれば長老と宵虎が意思疎通できていないとわかるのだ。
そんなヒルデの疑うような視線を前に、長老は悪びれず言った。
「カカ、年の功だのう。ヒルデも、旨かったろう?」
「うん」
「ならば、文句を言う資格はあるまいて」
「…………そうなの?」
腑に落ちないと、ヒルデはまた首を傾げた。
「そうじゃよ~」
声と共に、長老はぺろりと肉を平らげ、それから思案顔で視線を宵虎に向ける。
「果てさて……しかし、この武人どうしたものか。恐らく、ハンターだろうがのう……」
「ハンター?」
首を傾げたヒルデに頷きながら、長老は続ける。
「うむ。ほれ、近頃何やらよそ者が多かろう?グリフォンを討伐に来て、空の宝箱に目が眩んだ輩じゃ。わざわざこんな谷に下りてくる以上、この武人もまたあれの一味じゃろうて」
そんな長老の言葉を聞いた途端、ヒルデはキッと宵虎を睨んだ。
「グリフォン。やっつけちゃダメ。悪い事してない」
「……なぜ、俺は睨まれている。痛い。引っ張るな、小娘。……何を怒っているんだ……」
ヒルデに睨まれ、引っ張られ、腑に落ちないと顔をしかめながら、宵虎は食事を続けた。
やがて、目の前に並んだ皿が空になると、宵虎は手を合わせ、長老へと頭を下げた。
……ヒルデに引っ張られたまま。
「ご馳走様でした」
「最低限礼は知る奴、なのかのう……。ヒルデ、もうやめてやれ」
長老に言われ、どこか不満げな様子ながらも、ヒルデは宵虎から手を離した。
宵虎は憮然と、そんなヒルデに……いや、ずっとその小さな手に握られている太刀を見る。
その様子に、暗に事態を察しつつ、長老はヒルデに問い掛けた。
「ところでヒルデ。その見慣れぬ剣は何かのう」
「タチオカと一緒に降ってきた。貰った」
「貰った、のう……」
思案顔で長老は呟く。
貰った、とは言うが、ヒルデと宵虎は言葉が通じていない。貰ったと言うのはヒルデが勝手にそう思い込んでいるだけで、宵虎はその剣を取り返そうとヒルデについて来たのではないか。長老はそんな風に当たりを付けた。
まあ、なぜ腕づくで取り返さないのかは疑問だが。子供だからと遠慮しているのだろうか。
とにかく、長老は言った。
「わしが思うに、この武人。……その剣を返してほしいのだと思うぞ」
「これ?」
ヒルデは、手元の太刀に視線を下ろし、それを両手で持ち上げると、宵虎へと差し出した。
「む?おお……遂に返す気になったか小娘……」
そう唸るような声を上げながら、宵虎は差し出された太刀へと手を伸ばした。
そして、確かに掴み取る…………空気を。
宵虎が掴む直前、ヒルデがひょいとその手をかわしたのだ。
太刀を頭上に掲げ上げて、ヒルデは宵虎を眺めていた。
そんなヒルデを、宵虎も憮然と睨む。
「……………」
「……………」
そんな宵虎の前へ、ヒルデはまたおずおずと太刀を差し出した。
今度こそは逃がさない…その意思とともに今度は鋭く素早く、宵虎は掴んだ。
…………空気を。
「……なぜ、悉く………俺は遊ばれているのか?また?」
「長老。タチオカ、馬鹿な気がする」
そんな事を言い出したヒルデの目は心無し輝いていた。
「これ、ヒルデ。妙な遊びを覚えるでない。碌な大人にならんぞ。返してやれ」
「ヤダ」
そう言い切って、ヒルデは立ち上がり、そのまま外へと駆け出して行ってしまった。
と思えば、ヒルデは戸口からひょこりと顔を出し、ずるずると宵虎の横まで太刀を伸ばしてくる。
「………なんなんだ」
返す気があるのかないのか……子供の意図が読み切れないままに、宵虎はその太刀へと手を伸ばした。
そして、太刀に触れる直前……案の定、太刀はひゅんと引っ込んでいく。
戸口を見ると、太刀を引き戻したヒルデが、宵虎を笑っていた。
「……なぜ、会う奴会う奴悉く……」
「気を悪くするな、武人。取り返せんでも無理はない。遊びが少なくてのう。戯れに体裁きを仕込んでみたんじゃが、まあ手に負えんようになっての。…といっても伝わらんか」
「なんだ、爺。貴様まで笑うか……」
不満たらたらと唸った宵虎…………その脇に、太刀はまた伸びてきた。
瞬間、宵虎の手は素早く、鋭く、太刀へと伸び―――宵虎は手をしたたかに床に打ち付けた。
太刀はまた、寸前で引っ込んでいる。
打ち付けた手を軽く振りながら、宵虎は笑った。
「フ……子供相手に、何をムキに………」
そう自嘲した宵虎の耳に、戸口からクスクスという笑い声が届いた。
どうも、ヒルデが宵虎を笑っているらしい。
宵虎は、もう大人だ。一々そんなことに腹を立てるわけもない。
ただ…宵虎にも矜持はある。
アイシャはもう仕方ない。あれは別だ、人間だが人間ではない。宵虎はどう逆立ちしてもあれには勝てないと諦めよう。が……かといってそこらで出会っただけの小娘にまで一々白旗を上げてやるわけにはいかない。
矜持の問題だ。断じて子供にクスクス笑われて腹を立てているわけではない。
すっくと、宵虎は立ち上がり、戸口を睨み、獰猛に言い放った。
「……………………小娘。年を食えば誰でも大人になると思うな!」
そして宵虎は、キャッキャと笑いながら逃げ出したヒルデを追いかけ、駆け出した。
……全力をあげて。
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