スキュラの咆哮
迫るナーガを吹き飛ばし、安全が確保されたタイミングで宵虎へとサポートの射撃も行い、高みから戦場全体を観察するアイシャは、やがて呟いた。
「…あれ?なんかさ、」
「切るほど、増えていないか?」
その呟きと共に、宵虎は燃える剣を振るう。
その一閃に大蛇は割かれ、再生する事なく地面に崩れる。
こうして、宵虎が切り殺したのは十匹目。だが、スキュラから生えるナーガは、まだまだ多く、宵虎達を睨み、噛み殺そうとしてくる。
殺せば殺す程―絶叫を上げるスキュラから新たなナーガが生えてくるのだ。
「…殺せはするが、本体を潰さなければ意味はないか…」
ナーガを全て切り落とし、無力化してから太刀をくれと交渉しようと思っていた宵虎だったが、しかし事ここに至って、その方針を変えた。
肉薄して、脅すとしよう。
決めた途端、宵虎は一直線にスキュラへと駆け出す―。
その動きに気付いて、アイシャは笑った。
「あ、さっさと決めちゃう?めんどくさいもんね~」
その言葉と共に自身に迫るナーガを矢で吹き飛ばし、数秒の安全を確保したアイシャは戦場全体を俯瞰する。
見るのは宵虎の進行方向とその周囲のナーガの動き―瞬間瞬間に集中し、次の一瞬に宵虎が、蛇がどこに身を置くかを読み取り、その予測を重ね合わせ―未来を予測する。
「…ラピット・バーストレイン」
呟きと共に放たれた矢―放たれた直後幾条にも拡散するその矢は、宵虎への周囲へと殺到し―
「……む?」
次の瞬間、駆ける宵虎の視界がクリアになった。
宵虎の進行を妨げる位置に居たナーガ―その全てが、不意に吹き飛ばされたのだ。
決して、ナーガを倒したわけでは無い。だが、
「…楽で良いな…」
その一瞬だけは、獰猛に笑う宵虎を止めるモノは一匹もいなかった。
宵虎は駆ける―阻むものなくスキュラへと。
恨みの炎の籠った瞳―その首へと、宵虎は一閃を振るい―
「……なんのつもり?」
だが、スキュラの首すれすれでその剣は止まった。
恨みの視線で睨みあげられながら、宵虎は憮然として言う。
「助けてやれるぞ。…一度だけ尋ねよう。俺の太刀を拾ってくる気はないか?」
シーピショップ―グラウに言ったのとまるで同じ言葉を、宵虎はスキュラへと投げかける。だが、その言葉が届かないのもまた同じ。
「今更……憐れむな!」
スキュラの絶叫―それに呼応して、ナーガは背後から宵虎へと牙を剥く。
しかし、それは宵虎の虚をつくには至らない。
「余計な世話だったか……」
呟きと共に宵虎は背後のナーガを切り捨てる。
そしてその剣閃のまま、返す刀でスキュラを切り伏せようとして―
(………?)
妙なものが視界に入った。どうも、宵虎の真横で、ナーガが大口を開けている。
噛みつこうというのではない。威嚇だけしているように開かれた大口―洞穴の様なその暗がりの奥に、不意に紫色の光が瞬いた。
「…………ッ!?」
寸での所で飛びのいた宵虎。
その眼前を、紫色の閃光が通過する。稲妻の様な、火炎の様な―ただ悪しくそして暴力的な光が。
「……なんだ今のは…」
距離を取りながら呟く宵虎は、その閃光が当たった先の壁を見た。
壁が、丸くえぐれている。一瞬で蒸発したかのように、その曲面は滑らかに溶けていた。
「………ああ。破咆か。久方に見た……」
「ブレス?…それ、聞いてないんだけど……」
顔を引きつらせながら、アイシャは呟いた。
ブレス―一握りの魔物が用いる、固有にして最高威力の魔術。
その存在自体は確かに、アイシャも聞いてはいたが…流石に見るのは初めてだったのだ。
「ていうか、お兄さん。倒せる時にちゃんと倒してよッ!?」
呆れ返るアイシャは、咄嗟の判断で柱から飛び降りた。
スキュラの横で、ナーガがアイシャへと大口を開けている光景が見えたからだ。
紫色の閃光が柱を溶かし、水を蒸発させ、背後の壁をえぐり取って行く―。
咄嗟の判断でブレスこそ交わしたアイシャだったが、しかし急な動きだった為にろくに受け身も取れず、したたかに床に落ちる。
「……痛……」
呟きながら上体を起こすアイシャ―しかし、その先にあったのは絶望だった。
紫色の閃光が見える―また、ブレスがアイシャへと放たれようとしている。
末路の一瞬を前に、アイシャの頭は最高速度で回転し、状況を分析する。
片足は怪我で動かない。無事な足で跳ぶか―ブレスの範囲を出るには至らないだろう。
なら、バーストで跳ぶか―いや。流石に、この状況ではブレスが来る方が早い。
要するに……。
「……え?嘘だ……」
どうしようも無い―その結論を、アイシャは受け止め切れなかった。
ただ茫然と、紫色の閃光を眺め―そこで、アイシャの身体が浮いた。
投げ飛ばされた―それを知ったアイシャの視界の先には宵虎の姿がある。
特に焦った様子も無く、いつもと何ら変わりない様子で、ただアイシャの身代わりとなり、迫る閃光を眺める宵虎。
「……確か、かなり痛かったな……」
最後に呟いたのはやはり異国の言葉で、アイシャには意味がわからない。
閃光が宵虎を飲み込む。
その後には、何も残っていなかった。跡形もなく、吹き飛ばされたのだ。
「……………………」
アイシャは、何も言えなかった。
自身の代わりに、宵虎がブレスをその身に受けて、そして……。
「消えちゃったわね。……次はそっちよ」
一人倒したと余裕を取り戻したのか、スキュラはそう笑う。
その顔が、アイシャには…………酷く苛立たしかった。
「……チッ、」
アイシャは、ただ舌打ちをして、片足で立ち上がる。
イライラする。笑っているスキュラに。倒し切らなかった宵虎に。
……何より、かわせなかった自分に。
スキュラの周囲で、ナーガは大口を開け、再びブレスを放とうとする―。
だが、苛立ち切ったアイシャは、ただただ昏くスキュラを睨んで、呟いた。
「………………死ぬまで、殺す」
直後、閃光がアイシャを焼く―その後には何も残らない。
「……フフ、」
勝ったと笑うスキュラの肩が、不意にはじけ飛んだ。
何が起きたか……見上げるスキュラの視線の先に、影が見えた。
何かが、縦横無尽に広間を飛び回っている。そこら中で空気が爆ぜ、その度に影は動き―そして、スキュラの身体の一部が欠損していく。
矢を受けている―遅れて気付いたスキュラは、飛び回る影に向けてブレスを放つが―次の瞬間には、見えない矢で、スキュラの身体がはじけ飛ぶ。
「何よ……何よ何よ何よ!」
スキュラには理解できない。何が起きているのか、何に攻撃されているのか。
ただただ、闇雲に反撃を繰り出す事だけが、スキュラに許された自由だった。
「何なのよ!」
不条理と叫ぶスキュラの頭が、矢を受け吹き飛んだ。
直後、スキュラは再生するが―その傍から、また、不可視の矢にえぐり取られていく―。
何が起きたかを知るのは、その場でアイシャだけだ。
いや、あるいはアイシャ自身も良くわかっていないのかもしれない。
―キレたのだ。
掛値のない天分の全てを、ただ敵を殺す事だけにつぎ込むアイシャ―。
彼女は、ただ、移動しながら攻撃しているだけだ。
足を使わず、部屋中にばらまいた停滞する炸裂矢―自身の進行方向と敵の動きと身体の向きと攻撃を挟み込み合間のタイムラグ―戦場の全てを数十秒(・・・)先まで予測して完璧に立ち回り、ただただ圧倒するだけ。
火がないから、有効打は無い。それは、アイシャも知っている。
けれど、スキュラだって生き物だ。生き物なら……その内、死ぬだろう。
そんな適当さだけは、普段のアイシャとまるで変わらず。
だからこそ、―その天才は酷く暴力的だった。
*
広間に辿り着いたグラウ。朦朧としたその意識は、目の前の状況を上手く理解できない。
「ああああああああああ!」
ただ、広間の中心に女王がいて―
―彼女は、とても苦しそうに声を上げている……。
何があったのか、なぜ苦しんでいるのか……。傷は、治ったはずじゃないのか……。
朦朧としたグラウの意識は過去と現在の境界を曖昧に行き来する。
流れ着いていた人魚―美しい彼女は、酷い傷を負っていた。
「……大丈夫かい?」
ずるずる、ずるずると、グラウはスキュラへと歩み寄る。
そんなグラウに、スキュラは気付いた。
「グラウ?……来ないで!」
そんなスキュラの肩が吹き飛ぶ―大怪我だ。いつかのように―
「何が、……あったんだい?」
「駄目よ、グラウ!来ないで!」
スキュラの言葉が良くわからない。ただ、酷く苦しそうだと、グラウはスキュラ―美しい彼女へと歩み寄る。
「……痛そうだね……」
グラウを止めようとするスキュラ―その声は矢に吹き飛ばされ散っていく。
良くわからないけど、辛そうだ。助けてあげよう……。
グラウは、スキュラの傍へと辿り着くと、その手で―蛇で形成された手の様なモノでスキュラの頬を撫で、呟いた。
「知り合いに、凄い人がいるんだ。彼女なら、きっと―」
その言葉は、―グラウの頭は、矢によってはじけ飛ぶ。
アイシャは、わざわざグラウを狙ったわけでは無い。ただ射線上に入ったから当たってしまっただけだ。
そして、キレたアイシャは、その程度で止まる程甘くは無かった。
「あ、ああ…」
声を上げるスキュラ―その身体を、矢は襲い続ける。
けれど、スキュラはそれを気に留める事も無く、反撃すら忘れて、ただただ、動かなくなったグラウの身体を抱きしめる。
……吹き飛んだグラウの頭が再生しない。死んだ……?
「グラウ……。駄目よ、グラウ……貴方がいないと、国の意味がない……。私が、私のせいで……貴方の居場所がなくなってしまったのに……」
呟くスキュラ―――誰も彼も、自責ばかりだ。
余計な事を言わなければと、悔いる魔女。
そもそも、出会わなければと、嘆く人魚。
積み重なった自責は、悲劇的な結末を辿り―。
「ああああああああああああああああああああ!」
絶叫と共に、
その閃光は、飛び回るアイシャを、神殿を……周囲の全てを吹き飛ばした。
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