4章

神殿への橋

 ざざん。

 波の音が響き、月の明かりが滴と跳ねる。時分はいつの間にやら夜となっていて、そしてそんな砂浜に、肩に猫を乗せた男は足跡を残していた。


「で、だんにゃ。なんでアイシャを連れてこなかったのかにゃ?」

「俺は…いわば賭けだ。仕損じるやもしれん。応援を呼ぶというのも、また必要な事だろう」

「でもにゃ~。なんか、冷たくないかにゃ?」

「だが、利はある」

「そういうもんかにゃ~。ていうか、どうしちゃったにゃ、だんにゃ。さっきから何か馬鹿っぽくないにゃ。頭良さげにゃ!」

「ふ……。おなかがいっぱいだからな」

「あ、馬鹿っぽくなったにゃ!その調子にゃだんにゃ!」

「……納得がいかん」


 そんな風に、緊張感がないままに、一人と一匹は進んで行く。


 やがて、宵虎は足を止めた。砂浜の外れ、さらに奥…そこにかかる橋の前で。


 昼間島へと向かった時は、どうにも霧が濃く見つけられなかったのだが、遠く離れた島へと向けて、一本の橋が架かっていたのだ。一体、どんな技術で架けたのか……。


「…長い橋だな」

「なーんか、昔からあったらしくてにゃ。誰が造ったのか知らないけど、まあある物はありがたく使わせてもらってたにゃ。神殿への贄……という名の神官のご飯を運ぶのに」

「食べ物を?…船の方が楽ではないか?」

「神官って言っても一人しかいなかったしにゃ~。歩いた方が早かったにゃ」

「……そうか」

「そうにゃ。じゃあ、あたしはこれで~」


 そう言って、ネロは宵虎の肩から飛び降り、そしてわざわざ娘の姿に化けてから、宵虎へとこう言った。


「だんにゃ、頑張ってね!」


 まるで、宵虎一人で行けと言わんばかりである。そんなネロを眺め、宵虎は言う。


「……冷たくないかにゃ」

「だから、ひっくい声でにゃって言うの止めるにゃ」

「……すまない。良かれと思って…」


 そう言いながら、宵虎は一人とぼとぼと、橋へと歩み出す。


「変な人だにゃ~」


 ネロはそう呟いた。ネロが言いつかったのは、武器を渡すことと、橋へと案内する事。

 両方こなした以上、これにてお役御免。帰ってすやすや眠りたいところだが…。


「……はあ。待つにゃ、だんにゃ!やっぱりついてくにゃ!」


 そう言いながら、ネロは猫の姿に戻って掛けて行き、よじよじと宵虎の身体を登っていく。


 スキュラを倒したか、あるいは宵虎が倒されたか。

 それを報告するのも必要か、そんな風に思ったのだ。


 やがて肩まで登ってきたネロにちらりと視線を向け、宵虎は言う。


「……そうか。勇敢だな、足手まとい」

「想像以上に歓迎されてないにゃ……」


 やっぱり、ついて行かなくて良いかにゃ~。


 そんな事を思ったネロを肩に、宵虎は神殿へと向かって、橋を歩んでいく。

 まっすぐと、神殿へと進んで行く橋……。


「……しかし、橋があったとはな…」


 そこを進み往く宵虎は、溜息のように呟いた。


 *


「…泳がなくて良かったんじゃん。あ~あ、もっと、ちゃんと調べれば良かった……」


 街を囲う防壁の上。遠くの橋と、そこを歩む人影を眺めながら、アイシャはそう呟いた。


 気が変わった。応援をすぐに呼んでくる。その言葉に嘘はなく、夜が明ける前であろうとこの街を後にしてしまおうとアイシャも思っている。


 だがその前に、な~んとなく、様子を見に来たのだ。


「信用。……されてなかったのか…」


 小さな呟きには寂しさがにじんでいる。

 今日会ったばかりと言えばそれまでで、なぜ一緒に行動していたのかと問われれば、アイシャとしては他に手掛かりになりそうなものがなかったから、としか答えられない。


 結局、他人なのである。他人なのだが…


「……うるさかったかな~」


 信用されてない、はショックだったのだ。確かに、からかったり馬鹿にしたり盾にしたり運ばせたり殴ったり投げ飛ばしたり踏みつけたりとまあ色々したが……。


「信用されてないのか……」


 腕自体を認められている気はしていたのだ。


 と言うわけで、追い掛ける気にもならず。

 だが、やっぱりすぐに立ち去ってしまう気にもならず。


「嫌われてたのかな~」


 アイシャは、ぶつぶつ言いながらその場で頬杖をつくのだった。

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