些細な齟齬
「なるほど。つまり、そのすきゅらとやらを切れば良い、という話だな?」
空腹を満たした後、ネロからこの街の状況を聞いた宵虎はそう言った。
「にゃ~。まあ、それが出来れば一番早いんだけどにゃ~。ていうか……あれ?だんにゃやる気満々ですかにゃ?」
「ああ。食い物の恩だ。そのすきゅらとやら……俺が切ろう」
あっさりと、宵虎はそう言い切る。
だが、これまでの宵虎を見てきたネロには呆れと心配しかなかった。確かに、身体能力は高いらしいが……なんか馬鹿な気がする。ネロはそう、宵虎の事を舐めきっている。
「悪い事言わないから止めとくにゃ、だんにゃ。ほら、明日になったらアイシャが応援呼んでくるらしいしにゃ。別に、焦る事ないにゃ」
そんな事を言ったネロに、宵虎は首を傾げた。
「……あいしゃ?」
「にゃ?……ああ、そこで眠ってるお嬢さんの名前にゃ」
「ほう。……そんな名だったのか」
そう言って、宵虎はアイシャに視線を向ける。眠っているのかいないのか……とにかく、ごろりと寝転がり瞼を閉じている。
「あ。ちなみにあたしはネロにゃ。この辺の言葉で、黒って意味にゃ」
「そうか。……クロ」
「にゃ。……不本意な方ピックアップされたにゃ…」
苦々しくそう呟くネロに、宵虎はまた首を傾げる。
「ぴっくあっぷ?」
「なんでもないにゃ。……とにかく、倒しに行くにせよ、応援が来てからで良いんじゃないかにゃ?」
ネロのその言葉を、宵虎は吟味する。
どこぞから応援が来る……娘―アイシャの腕前を見る限り、何かしらの武闘派集団の一員であることは確かだろう。応援を頼む相手は恐らく、存在するはずだ。
もっとも、その集団がどんな物かまで、宵虎にはわからない。
「……信用しきれんな」
「信用しきれん?……アイシャがかにゃ?」
ネロは、そんな風に首を傾げた。
「いや、この娘の話ではない。応援で来る集団だ」
「にゃ?」
「なんであれ、群れれば敵味方を二分してモノを見る。魅せられ、惑っているというあの兵士達まで殺しかねん」
「にゃ?まあ、確かに」
「……この街の男なのだろう?あそこの娘達の家族のはずだ。ならばそれも恩人。無下にはできん」
「そうは言ってもにゃ~。冷たいかもしんないけど、それは仕方ないんじゃないかにゃ?襲って来たら、戦わないとだにゃ」
「……仕方がないで済んでいれば、俺は異国にまで流れていない……」
仏教面でそう言って、宵虎は立ち上がった。そして、出口へと歩み出す。
「にゃ?ホントに行く気かにゃ……。マスタ~、だんにゃがスキュラ倒しに行っちゃうにゃ~。どうすれば良いかにゃ?」
ネロはそう、背後のキルケーに問う。キルケーはしばし考え、それから言った。
「……ネロ。必要なら武器を貸し、橋へ案内して差し上げなさい」
「にゃ?行かせるのかにゃ?」
「流れて着いたという話、伝承の通りなら強いのでしょう。あるいは、彼を……彼女を解放するために呼ばれたのかもしれません。それで済むなら、早い話です」
「にゃ~。マスターがそう言うなら。だんにゃ~待つにゃ!あたしも行くにゃ~」
そうして、ネロは宵虎の後を追って去って行く。
その場にはキルケーと、寝転がったアイシャが残った。
「……貴方は、行かないのですか?」
キルケーはそう問い掛ける。すると、アイシャは不満たらたらと言った様子で声を上げた。
「来てほしいなら言うでしょ?……信用されてないっぽいしね」
アイシャは、会話するのがめんどくさいと寝たふりをしていたのだ。
だから当然、さっきの宵虎とネロの会話も聞いていた。
ただし、アイシャに理解できるのは、ネロの言葉だけだ。宵虎の言葉がわからず、ネロの相槌だけを聞いていた結果、アイシャは拗ねたのである。
信用されていない……そんな風に聞こえたのだ。
そんなアイシャを、キルケーは笑った。
「子供の様ですね」
「うるさい。それより、彼女を解放って何?」
意趣返しとばかりにキルケーを睨み、アイシャは言う。
「なんの話でしょう」
「しらばっくれないでよ。洗脳されたのは男だけじゃないの?」
「そうです。呪歌が聞くのは男だけのはず」
「じゃあ、彼女って何?…まさか、いけにえとか言う?」
「野蛮な発想ですね」
「神殿に魔物でしょ?当然の発想だと思うけど?いけにえをさぼったから、神殿の神様が怒ってこんなことになっちゃってるんじゃないの?」
挑発的にそう言ったアイシャを、キルケーは冷たい目で眺め、やがてこう言った。
「……あの神殿に神は居ません。ただ、蛇毒があっただけ」
「蛇毒?」
「千年祭れば霊薬となる…そう言った伝承の品です。彼は、……彼女はそれにすがった…。他に、すがるものもなかったのでしょう。けれど、霊薬にはなっていなかった。蛇毒は蛇毒に過ぎない…。ただ、怪物を生むだけ」
「……いやに詳しいじゃん。魔女のキルケーさんは何を隠してるの?」
「貴方には関係のない話です」
にべも無く言い捨てたキルケーをアイシャはしばし睨み、やがて身を起こした。
「ふ~ん。ま、どうでいいけどね」
そして、アイシャは出口へと歩み出す。
「あの異国の方を追うのですか?」
「違う。気が変わったの。応援、さっさと呼んできてあげる。…お互いに、その方が良いでしょ?」
もう顔を合わせていたくない。アイシャはそう言っているのだ。
「…そうですね」
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