逃げ延びた後…


 ざばん。


 波打ち際から、人影が立ち上がる。何やら納得が行かないという顔つきの宵虎である。そしてその背中にはアイシャがしがみついていて、苦しそうに咳をした。


「ごほ。ごほ………はあ、ここは神殿…じゃないか。良かった~逃げられて。泳ぐのうまいね~、お兄さん。偉い、偉い」


 気楽な様子でアイシャはそう言って、まるで子供でもあやすかの様に宵虎の頭を撫でる。

 だが、宵虎は不機嫌だった。


「………この娘、なぜ、自分で泳がない…。泳げないのか?」


 ナーガを倒し、その口から逃れた直後、アイシャが宵虎にしがみついて来たのだ。

 アイシャは事前に泳げない、と宣言してはいたのだが、当然その言葉は宵虎には通じておらず、おかげで宵虎は溺れかけたのである。仮に泳げないとして、百歩譲ってしがみつくのは良いとして、片腕と片足を同時に固めるのは一体どういうつもりなのか……。


 どうにか背中に移せたから良かったモノを……下手をすれば諸共海の藻屑である。

 だから、宵虎は不機嫌で、けれどアイシャは、特に気にした様子も無く話しかける。


「そう言えばさ、お兄さん。実は言葉通じてたりする?シーピショップと話してたよね?ねえ、お兄さん。お兄さん!」


 仏教面の宵虎が反応しないので、アイシャはその耳を引っ張った。


「痛い。……なんだ?」


 肩越しに振り向いた宵虎の言葉は、やはりアイシャには理解できない。シーピショップは魔物だから会話できたのだろうか。

 試しに、アイシャは罵詈雑言を投げかけてみた。


「馬鹿。あほ。……ドジ!まぬけ!えっと…不愛想!大ぐらい!悪食!」


 しかし耳元でそう言われても、宵虎は特に怒った様子は無かった。

 むしろ、宵虎からすれば、そう喚きたてるアイシャの方が怒っているように見える。


「…怒っているのか?なぜだ…」

「やっぱり、通じてないのかな~。あ、そうだ。お兄さん運んでくれてありがとね。素敵!大好き!愛してる~!」

「何を言っているのかわからんが…良い加減下りて欲しいものだ……重いッ!?」


 思い切り耳を引っ張られ、宵虎は顔をしかめた。


「気のせいだったらごめんね。でも、…今お兄さん失礼な事言わなかった?」

「やはり怒っているのか……俺が何をしたというんだ…」


 うなだれる宵虎は、下りようとしないアイシャを背負ったままに、砂浜を歩むのだった。

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