馬車道の少女
青々とした草原に、茶色い馬車道が一筋。
走る馬車の荷台には、一人の娘が腰掛けていた。
金色の髪を風になびかせ、澄んだ青い目でどこか遠くを眺めながら、ただ退屈そうに、そしてめんどくさそうに両手で頬杖をついた娘。傍らには派手な意匠の弓が置いてあり、娘の口はただペラペラと、矢継ぎ早に言葉を継いでいく。
「私はさ~。別に大金持ちになりたいとかさ、名を轟かせたいとかさ、そう言う願望は一切ないの。弱い魔物を追い払うとか、山に入ってちょっと貴重な素材を取ってくるとかさ、そう言う簡単なクエストこなして、細々とハンターしてたいの。永遠の見習いで良いの」
娘の名前はアイシャ。自称・永遠の見習いハンター。自称・無欲なめんどくさがり。自称・才能だけで全てを切り抜ける天才。
けれど、彼女を知る者は皆、口を揃えてこう言い表すのだ。
美人だけどうるさい。
そんなアイシャは喋り続ける。
「なのにさ~。いきなりだよいきなり。ギルマスがさ、お前今日からA級な~って。実力的にそうだろうしって。で、人の消えた街を調べて来い、って。別にそれだけなら良いんだけどさ~。それ協会からのA級クエストらしいんだよ?上からの指令ってやつ?それさ~あぶなそうじゃん?もう、そう言うぎりぎりの戦いとか嫌なんだよね~。めんどくさいし。ホント、ひっどいな~。ねえ、おじさんもそう思うでしょ?」
アイシャにそう問い掛けられて、手綱を握る行商人はへきへきとした様子で頷いた。
「…そうだね」
「ていうかさ~。絶対私以外に適任いるしさ~。もっとやる気満々の人がやれば良いじゃんね。なんで私にやらせるんだろうね?ねえ、なんでだと思うおじさん?ねえ、おじさん」
「そうだね。……うるさいからじゃないかな!」
思わず、行商人はそう叫んだ。ちょっと運んで欲しい……けっこうな額と共にアイシャにそう頼まれ、可愛いし良いかと安請け合いしたのが行商人の運のつき。
殺し文句は『私、年上が好きなの~』だった。
とにかく、そうして出発してから半日あまり。
アイシャはず~っと喋っているのである。黙ったら死ぬとばかりに、ず~っと。
行商人の言葉に、アイシャはどこか他人事のようにうんうんと頷いていた。
「ああ、なるほど。厄介払い?……ねえ、おじさん。それって酷くない?」
「そうだね。そうだと思うけどおじさんにも厄介払いしたい気持ちは凄いわかるよ…」
へきへきとしながらそう言って、行商人は馬車を止める。
そして、漸く解放される、という思いと共に、道の行く先を指さすのである。
「はい。あれだよ。海辺の街、メナリア。紋章あるでしょ」
そう言われて、アイシャは往く先へ首を伸ばしてみる。確かに、そこには街が見えた。魔物対策としてその街を囲う防壁には、大きな、炎と剣の紋章がついている。
海辺の街、メナリア。アイシャの目的地に間違いなさそうだ。
「へえ。もうちょいじゃん。早く行こ、おじさん」
アイシャはそうせかすが、しかし行商人は頷こうとせず、ただこう言った。
「……いってらっしゃい」
「え?もしかしてこっからは歩けって事?お金払ったのに?おじさん、ひど~い」
「ひど~いじゃないよ。危ない所なんでしょ?おじさんこれ以上は絶対進まないからね」
「え~」
「え~じゃない。ほら、下りた下りた」
行商人はそう言うと、しっしと手を振ってアイシャと荷物を馬車から下ろしてしまった。
渋々道に立ったアイシャは、ぶうと文句を垂れる。
「ひっどいな~。あ、じゃあ帰る時また頼むからこの辺で……」
言い掛けたアイシャだったが、しかし行商人は返事をせず馬をせかし、さっさと来た道を戻って行ってしまった。
「うわ、行っちゃうし。酷……」
去り行く馬車にそんな事を呟いて、それからアイシャは、またメナリアへと視線を向けた。
メナリアはもう、目と鼻の先と言っても良いくらいの距離である。だが、
「え~、歩くの?……めんどくさ~……」
そんな風に文句を行って、アイシャは渋々、歩き出すのだった。
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