ザンキマン ~the Wrong Order~
ザンキマン ~the Wrong Order~
◆前編 残機制のヒーロー◆
≪ロストの出現情報を確認!場所は渋谷再開発地区です!≫
「了解、すぐに向かうよ」
「おっと、あいつだな?」
野次馬が見上げる先、10階建て程度のビルの上に黒い人影が見える。俺は人目につかない場所にバイクを停め、ポケットの中から長さ5cmほどの小さなカプセルを取り出すと、中に入っている人型の物体を手袋の隙間から手首に押し当てた。
「行くぜ、ザンキマン」
押し当てられた物体が手首に溶け込むと、俺の体が変質を始め、みるみる力が湧き上がる。すっかり変身し終えたのを確認すると、俺は人影が立っていたビルの方へと向かった。さっきはじっくりと確認しなかったが、案の定辺りにはゴーストが蔓延っている。この間全部掃除したばかりなのだが、都心のゴーストはすぐに増えるから厄介だ。
「あっ、来たぞ!」
「ザンキマンだ!」
野次馬たちが俺の存在に気づき、口々にその名を呼ぶ。スマートフォンのカメラを向けられ、写真やら動画やらを撮影されまくる。まったく、のんきな一般市民たちだ。
──ザンキマン。この俺、
「っしゃおら!」
ビルの外に付けられた階段を足場としつつ、3回のジャンプで屋上に到達する。ヒーロー的には1回で跳びたいところだが、ザンキマンの性能の関係上そんなに高くは跳べないのだ。
屋上に着いた俺を、無数のゴーストたちが出迎える。どうやら奥にいるロストが指揮しているらしい。俺は群がるゴーストたちを片っ端から掴み、ザンキマンの腕力で握り潰してゆく。
「残るはお前だけだな、ロスト……!」
──ロスト。ゴーストの親玉とでも呼ぶべき存在だ。ゴーストと異なり実体を持つこいつらは、普通の人間でも見ることができるし、触れることもできる。故にゴーストと比べて物理的な被害が多く、優先的に処理しなければならないのだ。
ロストは屋上の隅に佇んでこちらを見ていたかと思うと、不意に攻撃を仕掛けてきた。俺はその攻撃を受け流し、ロストの腕を掴む。
「ぐっ!?」
同時に腕を掴み返され、俺の体が持ち上がる。こいつ、思った以上に力が強い……!
「放せ、この野郎!」
俺は体を揺り動かしてロストの体に蹴りを入れるが、意に介さぬ様子でゆっくりと前進する。そうして俺を屋上の端まで運ぶと、勢いよく投げ落とした。
「うおっ──!」
高速でロストの姿が遠のき、俺の体が地面に叩きつけられる。ドン、という強い衝撃で一瞬目の前が真っ暗になり、変身が解除される。くそっ、また死んだ……。
「ザンキマン!!」
野次馬が駆け寄る。まずい、バイク用のヘルメットを着けているとはいえ、変身前の姿を見られるのは極力避けたい。俺はすかさずポケットから新たなカプセルを取り出し、先程と同じように手首に押し当てた。
◇◇◇
「……あと3つしかねえ」
ロストを倒した俺は、残りのカプセルを数えて肩を落とし、ザンキマンプロジェクトの本部へと向かった。
──ザンキマンは、ザンキマンプロジェクトによって作られた人工生命体だ。普段は小さな状態でカプセルに収められているが、人体に触れることで融合して人間サイズになり、その人の体として動かすことができる。要するに、俺はザンキマンの体を借りて戦っているわけだ。ザンキマンは人間よりも高い身体能力を持っているが、耐久力はそれほど変わらない。だから先程のように致死レベルのダメージを受けるとザンキマンは死に、変身が解除されてしまうのだ。
「おーっす」
雑居ビルの一室、ザンキマンプロジェクト本部に着いた俺が気の抜けた挨拶をすると、白衣を着たメガネの女性が姿を現した。
「あ、崇徳さん。先程はお疲れ様でした」
「ども」
「それで……
「うん……」
この女性の名は江楠
「気をつけてくださいよ?残機がある限りは不死身みたいなものですけど、変身解除されている間は無防備なんですから」
「わかってるよ……」
俺がザンキマンとして活動を開始して、そろそろ1年が経つ。俺は今まで、何回“死んだ”だろうか。最初の頃は弱っちいゴーストばかりなので余裕だったが、いつの間にかロストとかいう強敵が現れるようになって、人前で戦う機会も増えてきた。たまたまゴーストが見える体質だったので面白い儲け話だと思って参加したのに、こんなにも危険な仕事だとは思っていなかった。一時期は謎のヒーローとして戦うことを楽しんでもいたのだが、倒しても倒しても現れるロストを相手にうんざりしてきている。
「……なあ、結局ロストって何なんだ?」
ゴーストについては、俺がこのプロジェクトに参加した時に説明を受けた。「人間の負の感情から発生し、人々に悪影響を及ぼす幽霊みたいな存在」とのことだ。その姿は限られた人間にしか見ることができず、成人男性で見える者はほとんどいないらしい。俺は昔から「霊感がある」と思っていたが、実際にはこのゴーストが見えていた、というのだ。ザンキマンに変身すればゴーストはハッキリ見えるようになるのだが、変身前から見えていた方が都合がいいということで、ザンキマン適合者の条件に含まれていたらしい。
だが、ロストについては何も聞かされていなかった。半年くらい前に突然現れ、その時に持っていた残機を半分以上持っていかれた。なんとか倒した俺は江楠に「あれは何だ」と問い詰めたが、「未知の存在で、現在調査中」としか言われなかったのだ。その後はよくわからないながらもロストと戦い続け、現在に至る。
「……わかりません。現在調査中です」
「それはもう聞いた。いつまで調査してるんだよ?」
「残骸でも持ち帰ることができれば解析できるのですが……」
「あいつら倒したら崩れて消えるんだよ……」
「ですから、もしも崩れずに残っていたら回収をお願いします」
「んなこと言われたってな……」
そんなことを話していると、不意に部屋の奥からアラート音が鳴り響いた。
「またか?」
「そのようですね……これ、次の残機です。大切に使ってくださいね」
そう言って、江楠が紙の箱に入れられた10個のカプセルを差し出す。
「場所は?」
「渋谷……先程と同じ場所ですね」
「ちっ、またかよ……行ってくる!」
俺は再び渋谷の街へとバイクを飛ばした。
◆後編 本物のヒーロー◆
都内のとある地下駐車場……そこで俺は、思わぬ強敵と遭遇していた。身長2mはあろうかという巨体に、頭部と同じくらいの大きさの角を持った鬼……一体どこからこんな奴が現れたというのだろうか。
俺は駐車場の利用者たちを避難させて戦っていたが全く歯が立たず、残りのカプセルは1個、さらに車の下敷きにされて両脚を負傷という最悪の事態に陥っていた。
「ちくしょう!ちくしょうちくしょうちくしょう!!」
駐車場に俺の叫び声がこだまする。俺は震える手で最後のカプセルを取り出し、その中身を手のひらに押し当てた。なんとかザンキマンに変身できた俺は車をどかし、そのまま敵とは反対の方に向かって走り始める。──が、すぐに追いつかれ、また鋭い一撃を喰らう。
「ぐあっ!!」
俺の体は10mほど吹き飛ばされ、冷たいコンクリートの地面に背中を叩きつけられた。無情にも変身が解除されて、俺は身動きが取れなくなる。
「ちくしょう……なんで俺がこんな目に……!」
朦朧とする意識の中、迫り来る敵を前にそんな言葉を吐く。このままでは、殺される……!
「大丈夫か!?」
不意に、誰かが俺に駆け寄った。こいつは、もう一人のザンキマン……?
「あのロストは俺が倒す!あんたはここでおとなしくしていろ!」
ザンキマンが立ち上がり、敵の方へと向き直る。
「もう、ザンキマンにはならないつもりだったんだがな……」
そう言いながら立ち向かう彼の姿はあまりにも勇敢で、俺なんかとは格の違う“本物のヒーロー”であるということをひしひしと感じさせられる。そんな彼の後ろ姿を見ながら、俺の意識はゆっくりと遠のいていった。
──次に目が覚めた時、俺は病院のベッドの上にいた。あの時のザンキマンが誰なのか、俺には知る由もない。
◆◆◆
【大切なお知らせ】投稿時のミスにより、中編と後編の順番が入れ替わってしまいました。お手数ですがこちらを先にお読みいただいてから後編をお読みください。
◆◆◆
◆中編 ロストの真実◆
「また出たぞ!」
「ザンキマンはどこだ!?」
現場に到着すると、やはり野次馬たちが騒いでいた。こいつらがいなければこの場で変身できるのだが、正体がバレると面倒なので路地裏に隠れて変身し、誰も見ていないタイミングを見計らってロストの元へ向かう。
「いたぞ!ザンキマンだ!」
「頑張れー!ザンキマーン!」
今度の敵は路上にいる。少なくともさっきみたいに突き落とされる心配はないだろう。
「ったく、どうせなら一度に出てくれよな。分かれて出られたら二度手間じゃねえか」
俺はそんなことを言いながらロストに近づく。実際には残機の問題があるので、一度に出られていたら危なかっただろう。先程倒したばかりのせいか、ゴーストの方はいないようだ。人目につくところでゴーストと戦うと普通の人間にはシャドーボクシングみたいに見えるので、かなりありがたい。
「お前、随分普通の形してんな……」
ロストはバリエーション豊かなゴーストと異なり、おおよそ人型をしていることが多い。さっき俺を屋上から突き落とした奴も腕の長いゴリラみたいな見た目だったが、今度の奴はそれよりも人型に近く、ほとんど人間と変わらない。
ロストが素早くパンチを繰り出す。元プロボクサーの俺にパンチで勝負を挑むとはいい度胸だ。俺は久々にボクシングの構えを取り、ロストとにらみ合った。再びパンチが飛んできたのを、頭を傾けて避ける。即座にカウンターを繰り出して頭部を狙う。が、同じく頭を傾けて避けられ、さらにカウンターが出てくる。
「へぇ……お前、俺の戦い方にそっくりだな……」
一旦距離を取り、相手の出方を窺う。こんな風に殴り合うのは3年ぶりくらいだろうか。腕が治った後も後遺症のせいで力が入らず、再びリングに上がることのないまま余生を過ごすことになると思っていた俺には嬉しいサプライズだ。そういえば、俺がザンキマンプロジェクトに参加する際、江楠から「ザンキマンの研究が進めば、応用して腕を治すことができるかもしれない」とか言われていたな。日常生活の中ではそれほど支障がない程度に回復しているし、ザンキマンに変身している間は普通に腕が使えるから、すっかり忘れていた。
ロストが俺に組み付き、互いに相手の頭部にパンチを叩き込む。リングの上ならレフェリーが止めに入るところだが、今の俺たちには関係ない。そうしてしばらく殴り合った後、ロストの体をぐいと捻り、胴に重い一撃を喰らわせた。ロストの腕が俺の体から離れ、よろめきながら距離を取る。
「名残惜しいが、そろそろ終わりにしようか」
俺はふらつくロストに詰め寄り、身を低くして必殺パンチを叩き込んだ。確かな手ごたえと共にロストの体が吹っ飛んで動かなくなり、ゆっくりと崩壊を始める。
「残骸!」
俺は倒れたロストに駆け寄り、崩れてゆく体の一部を掴み取った。
「──え?」
その破片を見て、俺は絶句した。表面の部分がはらはらと剥がれ落ちて手の中に残ったものは、カプセルに入っている状態のザンキマンにそっくりだったのだ。
「そんな……バカな……」
◇◇◇
「おい!江楠!」
「どうかしたんですか?そんなに慌てて」
「こいつは一体どういうことだよ……!」
本部に戻った俺は、回収したロストの残骸を江楠に差し出した。それを見た彼女ははっとした顔をして、すぐに目を逸らす。
「あんた、知ってたんだな……?ロストの正体がザンキマンだって……」
「……最初にロストが現れた場所は、崇徳さんが戦闘中の事故で初めて死んだ場所でした。出現時期などを考えても、死んだザンキマンのボディがゴーストに乗っ取られたもの、ということは想像に難くありません」
「だったらどうして!」
「……ロストの正体が
「当然だ!ロストを倒すために残機を失い、失った残機が新たなロストになる……そんなの認められるわけないだろ!」
「崇徳さんの戦闘能力はロストと戦う中で徐々に向上し、ほとんど残機を失うことなく勝てるようになりました。それならば、いずれは倒したロストの数が失った残機に追いつき、ロストを根絶できるはず……そう考えたのです」
「納得できるかよ、そんなの!」
「崇徳さん!」
「俺はこのプロジェクトを降りる!もうザンキマンになんてなるものか!」
俺はポケットに入っていたカプセルを掴み出して床に叩きつけると、そのまま廊下を走ってゆき、階段を駆け下りてザンキマンプロジェクト本部を後にした。
──
それからしばらく経った頃、公園のベンチに座っていた俺は、ポケットの中にカプセルが5個残っているのに気づいた。おそらく、さっきカプセルを掴み出した時に紙の箱が破れ、中身がポケットにこぼれたのだろう。あんな風に飛び出してきた手前、本部に戻るわけにもいかず、俺は残されたカプセルを公園のゴミ箱に捨てると、そのまま帰路に就いた。
──この時の俺は自宅で処分するという発想が抜け落ちていたのだが、この行動が原因で一般人を戦いに巻き込むことになるなどとは予想もしていなかった。
◆◆◆
男が公園を出ていったのを確認し、俺はゴミ箱に捨てられたカプセルを拾い上げた。まさか、ザンキマンの正体がこんなカプセルだったとは……先程彼がビルから落ちた後、再び変身する際にこのカプセルを手にしていたのを見た。つまり、このカプセルさえあれば誰でもザンキマンに変身できる、というわけだ。あの男が何者なのか、なぜカプセルを捨てたのかは知らないが、今日からはこの俺、
【短編集】あやかしの人々 妖狐ねる @kitsunelphin
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