キグル民族の憂鬱 第4話「ポピーの苦悩」

「ねえポピー」


「なに?」


「スマホ欲しい」


「……はぁ?」


「スマートフォン」


「いや、それはわかってるよ」


「買ってー」


「……」


 それは、ある日のゲニスの言葉から始まった。


「あっ、オレも欲しい!」


「ね!欲しいよね!」


「買ってどうするの?」


「いろいろ遊ぶー」


「漠然としすぎ!」


「とにかく欲しいの!買って!」


「オレも欲しい!」


 ギャーギャー騒ぎ立てる二人を相手に、私は落ち着いて反論を考える。……と、音もなくドアが開いた。


「なんだなんだ騒がしい。今度はどうした?」


「良男さん!スマホ欲しい!」


「スマホ?そういや君たちはガラケーしか持ってなかったな。それもポピーだけ」


「電話とメールさえ使えれば十分ですからね。私たちはいつも一緒にいますし」


 そう、私たちは1つの携帯電話を共有して使っている。用途はもっぱら良男さんとの通話だ。彼が彩花市に引っ越す際に買ってもらったもので、ロビンやゲニスに渡すとおもちゃにしてしまうため私が持っている。ちょうどその頃からスマートフォンが普及し始めたけど、特に不便に感じたことはない。


「ふーむ……いや、スマホを買った方がいいかもしれない」


「え?」


 味方だと思っていた良男さんの発言に、思わず拍子抜けする。


「君たちは、いわば芸能人だ。世の中のことをもっと知っておく必要がある」


「でも、私たちは『まるまるワンダーランド』以外の番組には出ないでしょう?」


「それでも、だよ。持っておいて損はないしね。なんなら僕が買ってあげようか?」


「っしゃ!」


「やったー!」


 やれやれ、こうなっては仕方がない。そもそも私が買うのを渋っていた原因は、『まるまるワンダーランド』の出演料以外に収入のない状態でそんなものを買って使うことが難しいのと、諸々の手続きが私たちにはできないためだったのだから。


 翌日、良男さんは私たちにスマートフォンを買い与えてくれた。彼はCM出演などで稼いでいると言っていたけど、こんな高額なものをポンと買えるほどとは。


「……あれ?」


「どうした?ロビン」


「動かない」


「えー?」


 良男さんがスマホを手に取り、動作することを確認する。


「あー、そういうことか。ちょっと待ってろ」


 そう言い残し、良男さんが部屋を出ていった。戻ってきた彼の手には、ボールペンのようなものが握られていた。


「これ使って」


 ロビンがペンを受け取り、それを使って画面に触る。


「あ、動いた!」


「やっぱりか。君たちの手じゃ反応しないんだな」


 それを言われて、私は自分の手を見た。なるほど、確かに私たちの手は人間が着ける手袋のような質感だ。人間の手では動くものも、私たちの手では動かないのだろう。


「まあ、それで使えるならよかったじゃないか」


「貸して貸してー」


「まだオレ何もしてないから待って!」


 ロビンとゲニスが、スマホの取り合いを始める。


「ポピーも使っていいんだぞ」


 二人を眺めていた私に、良男さんが声をかけてきた。まるで私の心の中を見透かされたような気持ちだ。


「……二人が飽きてから、ね」


 私がそう言うと、良男さんはスマホを取り合う二人のところに行き、使い方の説明を始めた。この後なんだかんだでタブレットPCも買ってもらうことになるのだけど、それはまた別のお話。

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