暗示
文芸サークルは2つに分かれていた。部屋の殆どを占める長いテーブルは数人の生徒が座っていた。その真ん中数席には4席分程の間が空いていた。香坂は直感した。偶然出来た隙間ではないだろうと。その予想は正しかった。そして、その時に扉に近い所に座っていた人達こそ、後に謎解きサークルとして独立を果たすのであった。
「失礼します。文芸サークルですか?」
香坂が尋ねると、如何にもサークル長でありそうな雰囲気を出した男が、奥の席から立ち上がった。
「小説?それともナゾナゾ?」
ぶっきらぼうな問い掛け方だったが、香坂は慌てる事なく応えた。
「謎解きが出来ると伺って参りました。小説は…詩なら書きますがね」
そう言うと、先程の男は機嫌を悪くした様に椅子に思い切り座り、挙句にチッと舌打ちをした。それとほぼ同時に手前に座っていた別の男が香坂に優しそうな顔で言った。
「やあ。ここに座りなよ。新入生はまだ来ると思うからもう少し待ってね。俺は副サー長の小坂。宜しくね」
そう言うと、小坂は香坂に耳打ちをした。
「今ちょっとイザコザがあってね。あまりあっち側と関わらない方がいいよ。触らぬ神になんとやら、だよ」
小坂は視線をそちら側へクイッと向けた。香坂は「ああ」と気の抜けた返事をしながら勧められた席へ座った。宮野は香坂の後ろから顔を出した。
「あら、君も新入生かな。謎解き?小説?」
「あ、あのう…彼と同じで…」
と宮野は香坂を指差した。
「そうか。宜しくね。友達同士隣の方がいいよね。こっち座って」
と座っていた席を宮野に渡した。そして小坂はその塊の中で最も中央に近い席に座った。
その後、新入生がポツポツと部屋に入っていき、やがて席は満杯になった。何人かは席が足りずに立っていた。
宮野は中央に並んで座る2人の男を見て香坂に小声で言った。
「ね、ねえ。あの2人なんかヤバそうじゃないですか?今にも噛み付きあいそうって言うか」
宮野の言う通り、その2人の間には誰の目にも見えないが、確かに感じる事は出来る不穏な空気が流れていた。いや、渦を巻いていたと言う方がいいかもしれない。そのせいか、新入生は誰も口を全く聞かず、オロオロと視線のやり場を探していた。
「まあ、大学なんだ。簡単に済む話ばかりじゃない事だってあるんだろう。察するに謎解き制作をしたい人と小説を書きたい人で仲間割れって所だね。風の噂で仲が悪いとは聞いたけど、まさかここまでとは思わなかったよ」
と言って香坂は笑った。
その年度の活動が開始してから約3ヶ月後、つまり7月下旬の事である。文芸サークルの中で起こっていた分裂事件は佳境を迎えていた。きっかけは謎解き側による公演活動である。
都内にある私立大学のB大学にある謎解きサークルが5月頃から一般人向けの謎解き公演活動を活発化させた。大学生による公演活動は珍しかった為、メディアも取り上げて露出も徐々に増えていた。A大学としても負けられないという競争心から遅ればせながら、7月からの公演活動を決定した。そこでのサークル名が争点になった。謎解き派は「More Thinking」と自分達の事を名乗った。チラシには「A大学文芸サークル More Thinking」と表記したのだ。しかし小説派としては、謎解きなど興味の範疇に無い者が勝手に名乗られるのは快いものではなかった。まして、この時派閥争いは勢いを増しており、当然の事と言えばそうであったのだ。
結局、最初の公演から5度に渡るサークル会議が行われ、半月後の8月中旬に文芸サークルから謎解きサークルが独立する形で争いは終結を迎えた。
「と、言う訳で本日より謎解きサークルとしての活動を行います。サークル長は文芸サークルで副サー長を務めておりました、わたくし
謎解きサークル側に入った者たちは「おお」と声を上げながら手を叩いた。
「サークル名は予定通り『More Thinking』とします。より深い、より新しい物事の見方や考え方を取り組んだ謎解きを沢山作りましょう!」
意気揚々とした挨拶から活動は始まった。活動は文芸サークル時代の
そしてその年に香坂は単独制作をした謎解きで大きな評価を得て、更にチラシに載せるキャッチコピーや詩でも大きな人気を博した。翌年には「4年生は強制退会」の形を引き継ぎ、サークル長だった小坂は退任した。そして唯一の3年生だった岡部にサークル長就任の意思がない事、香坂が上記の実績を残した事から、香坂が新任する事が決まったのだった。
その香坂が就任挨拶で言った
「満足のいく脱出は、解く人が全力でなければならない」
という言葉の意味する所は、誰も深く想像しなかったのである。
MEMENTO MORI 千同寺万里 @shingakosaka
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