ⅩⅩⅨ 非魔術的なモラトリアム
豊洲の火力発雷所跡での戦闘より5日後の土曜の昼下がり……。
その日、俺は自分の家の居間で魔術雑誌『Magical Nature』片手にプリンス・オブ・ウェールズのスモーキーな薫りを味わいながら、久々に優雅な午後のティータイムを満喫していた。
「お茶のお代わりはいかがですか?
「ああ、悪い。いただこう……って、〝ご主人さま〟って呼ぶなっ!」
ティーポットを差し出すメイドに、俺は思わず調子を合わせてしまいそうになる。
「じゃ、ハルミン、茶はまだ飲むか?」
「だから、その呼び方もやめろ!」
いや、正確にいうと、それはメイドというか、
ご承知の通り、司馬や式部達女生徒には「腹違いの妹だ」などという咄嗟のふざけた言い訳をされてしまったわけなのであるが、さすがにそれだと親類や古くからのご近所には怪しまれるだろうということで、これまたふざけきった第二の言い訳として「うちで雇っているメイド」ということに蘆屋の迷惑な提案によりなされたのである。
ちなみにメイド服がマニアックに灰色なのは、あくまでも俺の趣味ではなく、それがアテナのパーソナルカラーだからであるらしい。
ついでに頭のカチューシャにもアテナ女神の象徴がフクロウだということで、彼女のコードネームにちなみミミズクの羽角(※耳状の毛)が付けられている……蘆屋のやつ、完全に遊んでるな……。
あの夜、
米帝や衛兵団の援軍、警察や消防、その他野次馬どもが押し寄せる前にギリギリ脱出することはできたものの、以前のアジトはもう場所が割れているので戻れないし、
で、あれこれ討議の結果、プロヴィデンスはまさかというような
一方、あんな派手にドンパチやらかしたというのに、世間ではただの工場跡地で起こった放置燃料の爆発事故として、あの夜の出来事は報道されている。
ま、事が事だけにいつもの情報操作というやつなんだろうが、そのために向こうも動けないのか? 今のところ捜査の手は緩まってくれているのでこちらとしてもその点は助かっている……って、俺ももう完全に悪党どもの仲間発言だな。
「そういや中革連の作戦はどうなったんだ? 早く行かなきゃならんのじゃなかったのか?」
俺はカップに残ったお茶をぐびっと飲み干すと、メイドとは思えんくらい態度のデカいメイドに訊いた。
「ああ、それなら愛想をつかされて他の隊がやることになった。
「うるさい! おまえだって反対せずに躊躇なく撃っただろ! おまえも同罪だ!」
「わたしは賢潜まで貫くとは思わなかった。すべてはおまえが計算に入れていなかったのが悪い。他人のせいにするな」
話を蒸し返そうとするアテナに俺は声を荒げるが、彼女はいつもの抑揚のない声で責任逃れをし、自分の罪をけして認めようとはしない。なんか、ニコラの気持ちが今ならばわかるような気がする……。
「くっ……で、いつまでここにいる気だ?」
「さあな、とりあえず次の指令が来るまではしばらくいるつもりだ。よろしく頼む」
「ハァ……」
まるで悪びれる様子もない居候に大きな溜息を吐くと、俺は立ち上がってドアの方へと進む。
「ん? どこへ行くんだ?」
「
「夕飯までには戻って来てくれ。作ってくれないとわたしの食うものがない」
「へいへい。ちゃんといつもの時間には用意してやるから大人しくいい子で待ってろ」
メイドのくせして主人に飯を作れなどと言うふざけた小娘にそう答え、俺は廊下に出てると秘密の隠し階段を下り、我が自慢の地下
ただし、その地下空間は依然と違い、裏庭の下部分まで突貫工事で面積を拡張すると、さらにその拡張部を既存の床より2、3メートル深く掘り下げてある……無論、この
「フゥ……おまえもおまえで、また厄介な居候だな」
俺は、そこにいるヤツの円らな一つ眼を見つめ返すと、語りかけるように独り呟く。
そこには、これまたなんとも非魔術的なことに、個人宅にはちょっと不似合いなサイズのプロヴィデンスが、ワガモノ顔で今日も悠然と突っ立っている……。
※挿絵↓
https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668135438520
(非魔術的な世界にて・第Ⅰ巻 了)
非魔術的な世界にて… 平中なごん @HiranakaNagon
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