ⅩⅩⅧ 硫黄と水銀の結婚

 ドォォォォォォーン…!


「さあ、あとはあのデカブツを始末するだけだ」


「おい、ちょっと雷気を貯めてからにした方がよくないか?」


 爆発炎上する敵機を背に、すぐさま大サソリへ向かってホバー走行を開始するアテナに対して、俺はこの機体状況から冷静に判断して意見を述べる。


 冷静……か。


 こんなゴーレムに乗って命の遣り取りをしているというのに……そして今、目の前で少女が人を二人も殺したというのに、なぜか俺の心は落ち付いている……。


 ……否。むしろ血沸き肉躍る高揚感すら覚えている……そう。あのソーマを盗みに東京皇大へ忍び込んだ夜のようにだ……どうしてだろう?


 ……もしかして、こいつと一緒だからか?


 俺は、そんな非魔術的な理解に苦しむ感覚に捉われ、頭上の玉座シートに座るアテナのまだ幼い顔を見上げる。


「悪いがそんな余裕はない。ヤツらの援軍や騒ぎを聞きつけた野次馬どもがもうじき来るだろうからな。その前に片を付けなくてはならん。雷力の監視頼むぞ」


 その不思議な魅力を持った面持ちの少女が、ぼんやりとした碧の瞳で壁面の風景を見回しながら言った。


「あ、ああ……わかった。任せておけ」


 俺はその声に我に返ると、壁面に映し出されるデジトゥス映像の正面を見据える。


 そこには入江の前にどっしりと腰を落ち着かせ、小型賢潜を守る大サソリがその威容を誇っている。


「このまま走りながらでもグラディウスは使えるか?」


「ああ。今の節雷した戦い方で多少蓄雷池バッテリーに貯まったからな。2、3振り程度なら大丈夫だ」


「上等だ。このまま突っ込んでヤツのカニ脚をぶった切る」


 ゴォォォォォォォ…。


 俺の返事にアテナは頷くと、そのまま真っ直ぐプロヴィデンスを大サソリに向け走らせる。


 ダラララッ! …ダラララララッ! …ダララララッ…!


「うわあああっ! に、逃げろっ! 蜂の巣になるぞっ!」


 しかし、まだまだ剣を振るうには程遠いという所で、敵は機関砲マシン・キャノンを際限なく浴びせかけてくる。しかも一門や二門ではなく、両のハサミと8本の脚すべてに装備されたそれが同時に火を吹き、まるでハリネズミのような弾幕だ。


「くっ…これ以上は近付けんか……」


 その雨霰のように降り注ぐ銃弾の嵐に、やむなくアテナは接近を諦めると、近くの鉄筋コンクリ造りの廃屋の影に身を隠した。


「あれでは接近戦は無理だ。少し雷気を貯めてから銃撃戦でいく」


「10秒後に出力40%以下で使え。それならしばらく連射も可能だ」


「わかった。40だな……よし!」


 …キュィィン……ピシュ! ピシュ! ピシュ! ピシュ…!


 アテナの質問に俺が計算して答えると、彼女は頭の中で10数え、建物の角からサソリに元素砲エレメンタル・キャノンを連射する。


 ……だが、思った以上にサソリの殻は硬かった。


 憑雷元素の元素線ビームは全弾命中するも、すべて表面を焦がしただけで弾かれてしまう。どうやら元素線ビームの出力不足に加え、あちらもこちらと同様…いや、それ以上に厚い重層式デュアルオリハルカル装甲のようだ。


 ダラララララッ…!


 無論、相手もこちらに両のハサミを向け、開口部に内蔵された機関砲マシン・キャノンを容赦なく放ってくる。


「チッ…もっと出力を上げないと、あの殻は貫けんか……」


 被弾を避け、再び建物の影に隠れたアテナが眉間に皺を寄せてぼやいた。


「ハハハッ! さすが我が合衆帝国が誇る最新鋭ゴーレム! まさか5機のゴーレムをたった1機で落すとはな。莫大な予算を注ぎ込んで開発しただけのことはあるというものだ」


 その時、ふと銃声がやみ、スピーカーで拡大されたそんな声が夜の工場跡地に木霊する。どうやらサソリの中からのものらしい。


「だが、GMEの使役者パイロットよ! ビーストゴーレムはこれまでの相手と一味違うぞ? もうじき呼んでおいた海兵隊の強襲ゴーレム部隊も到着する! それまでに、果たしてこのスコルピオスを倒せるかな?」


「そうか。そいつが本命か……さつきのゴーレム5機も、そして自分すらもはなから時間稼ぎに使うつもりだったわけだ……」


「まったく、狡賢い猟師に狙われたものだな……」


 穴だらけになった鉄筋コンクリート造りの建物の裏に身をひそめ、俺とアテナはスピーカーの声に耳を傾けながら、そんな敵の用心深さにある意味感心する。しかし……。


「正規軍相手にこの機体の状態では勝ち目はない。それまでになんとかしな…? 何か来る!」


 ドゴォォォォォォーン…!


 次の瞬間、アテナの叫びとともにプロヴィデンスが横へ飛び退くと、そこを眩い火の玉が貫通して、さらにいくつかの建造物を突き抜けた後に遠く彼方で炎の柱を上げた。


「な、なんだ?」


 その異様な貫通力と破壊力に、俺は今、危うく命拾いしたことも忘れて唖然とする。


雷磁投射砲レールガンだ。そういえばMG‐06にはサソリの尻尾に雷磁投射砲レールガンが付いていたな。しかも自在に曲がる基部のおかげで上下左右あらゆる方位に発射可能だ」


雷磁投射砲レールガン? ……そうか。あのデカブツ、発雷心臓を2機以上積んでるな? それで賢石機関じゃなくてもそんな雷気食うものを……」


 対して、その弾道から冷静に分析して答えるアテナの言葉に、俺も若干、落ち着きを取り戻してブツブツと独りごちた。


「とりあえず止まってると狙われる。動くぞ!」


 …ダララララッ…!


 アテナはそう言うと破壊された建物の裏から飛び出し、機関砲マシン・キャノンの銃撃を避けながら、もっと敵から離れた位置にある円筒形タンクの影へ移動する。


 ドゴォォォォォォーン…!


「うおっ…!」


 すると、今度はそっちに雷磁投射砲レールガンが飛んで来るので、撃たれるよりも前にすぐまた別の遮蔽物を探して隠れるといった具合に、俺達は安息の地を求めて転々と逃げ回った。


「……さて、接近戦はできず、銃撃戦も出力不足で不可。かといって雷気を溜めようと一所に留まれば、すぐにまた雷磁投射砲レールガンが飛んでくる……もうどうにもならんな」


「小型賢潜は諦めてニコラの潜水艇で逃げたらどうだ? ここでやられるよりはマシだろ?」


 そうして一方的な敵の攻撃に逃げ隠れしながら、さらりと絶望的なことを言ってくれるアテナに俺はそんな提案をしてみる。


「いや、それこそ浮上して乗り込もうとしたところをあのサソリの針・・・・・で狙い撃ちされる。なんとも浅はかな考えだな」


「うっ……」


 見下すような目でアテナに速攻却下された俺は、悔しいので今一度、魔術師として論理的に考察してみる。


 今、俺達にできること、逆にできないことを魔術的に検討してみるのだ……。


「…………ん? そういえば、この香り……」


 すると、それまで気にも留めなかった使役者の玉座コクピット内に充満するアロマの香りに気づき、むしろイチかバチかの非魔術的な作戦ではあるが、起死回生を狙える一つの策が頭に浮かんだ。


「おい、さっき雷磁投射砲レールガンを避けた時、なんだか事前に撃ってくるのがわかっていたような感じだったが……もしかしてあれ、例のEPシステムを使ったのか? 思えばG‐14とやりあってる時もそんなことあったな」


「ああ。よくわからんがそうみたいだ。二コラの言うように第六感シックスセンスみたいなもんだな」


 唐突な俺の問いに、頭の上の古代ギリシア風ヘルムを指差しながらアテナは答える。


「では、本当に霊子もつれを使って情報テレポートを利用しているのか? 向こう・・・では〝量子〟と言っていたか……それじゃ、俺の見たあれも時空を飛び越えてパラレルワールドの情報が……って、何を非魔術的なことを考えてるんだ! それよりも今は目の前の敵だ! ならアテナ、次に撃ってくる時も予測できるな?」


「ああ。理屈はわからんが、たぶんできると思う」


 一瞬、脳裏にこびりついたあの異世界の光景・・・・・・を思い出し、またもあり得ない仮説に囚われてしまう俺であったが、すぐに気を取り直して確かめると、アテナは虚ろな半眼の目をして淡々と答える。


「だったら、もうあまり逃げ回るな。なるべく機体を動かさずに雷気を溜めろ」


「なんだと? そんなことしたら、そこを狙われ……チッ!」


 ドゴォォォォォォーン…!


 アテナがそう反論しようとしたその先から、またも雷磁投射砲レールガンのローレンツカ力で加速された超高速砲弾がこちらに向かって飛んで来る。


「ほら、言わんこっちゃない。今みたいに狙い撃ちされるだけだぞ?」


「そう。今みたいに未来予測してギリギリで砲弾を避けるんだ。そうして無駄に動かず、最大出力で元素砲エレメンタルキャノンを撃てるまで雷気を溜める」


 再び違う遮蔽物の影へと移動した後、俺は文句をつけてくるアテナの、そのアヒルのように尖った口を封じながら補足説明を加える。


「そういうことか……フッ…わたしの第六感シックスセンス任せとは、なんともおまえらしくない作戦だな」


 すると、俺の指示した作戦の意図を理解したアテナは、いつになく愉快そうな笑みをその表情に乏しい顔に浮かべる。


「フン。ああ、俺らしくもない、我ながらなんとも非魔術的な作戦だ」


 そのレアメタル並に希少な彼女の笑顔につられ、こんな危機的状況であるにも関わらず、俺も思わず顔の表情を自嘲気味に緩ませた。


「……ん? また来るぞ!」


 ドゴォォォォォォーン…!


「あとどれくらいかかる?」


 今度も撃ってきた砲弾を予測して避け、近くの建物の影に逃げ込んでからアテナが尋ねる。


「あと30…いや、40秒我慢しろ。そうすれば蓄雷池バッテリーがいっぱいになる」


「40か……簡単に言ってくれるな……ん! ったく、向こうは弾切れの心配もなしか……」


 …ドゴォォォォォーン…! ……ドゴォォォォォーン…! ……ドゴォォォォォーン…!


 その後約40秒……光の速さを超えてしまったのではないか? と思えるくらい相対的に長く感じられたその悠久の時間、相変わらず雷磁投射砲レールガンは隠れる俺達を狙って砲弾を放ち続け、対してアテナもまるで超常的な力でも身につけたかのように、それを的確に未来予測して全弾、見事避け続けた。


「どうした? ビーストゴーレムには手も足も出んか? それでは最新鋭の機体が泣くぞ!」


 時折、そんな米帝の将校が挑発する声もスピーカーを通して聞こえてくる……実際、手も足も出ないのでなんともムカツク発言であるが、まあ、そう言っていられるのも今の内だ。せいぜいほざいてろ……。


 周辺には、もうプロヴィデンスの巨体をすっぽり覆い隠してくれるような、まともに建っている建造物は一棟も存在していない……。


 だが、時の経過は俺達にとって不都合な変化を及ぼすばかりでなく、それに反比例してプロヴィデンスの内蔵蓄雷池バッテリーには、徐々にこちらが必要とするだけの雷気が蓄えられていった。


「…97、98、99……よし! 100%フル充雷チャージ完了だ!」


 そして、ウロボロス炉の中で神聖な結婚を果たした〝硫黄〟と〝水銀〟は、長い熟成の期間をかけてついに反撃の時を俺達に与えてくれる。


「よし……ん? また来るな……だが、そいつが本日の撃ち止めだ!」


 ドゴォォォォォォーン…!


 …ゴオォォォッ……キュィィィィィィィィン…。


 敵の雷磁投射砲レールガンが放たれるのと、風熱機関エア・インゲニウムを吹かしたアテナが憑雷元素を加速させるのは同時だった。


 ビィシュウゥゥゥゥゥゥゥーン…!


 次の瞬間、相手の砲弾を避け、建物の影より飛び出したプロヴィデンスの右腕からは、これまで見たこともないほどに太く収束された、目も眩まんばかりに光り輝く憑雷元素の元素線ビームが発射される。


「な…」


 ドオォォォォォォーン…!


 スピーカーが米帝将校の声にならない声を発しようとしたが、その刹那、大サソリの赤黒い胴を串刺しに貫いた風穴からは、大きな轟音とともに紅蓮の爆炎が噴き上がる。


「フッ……」


「やった……やったぞ……米帝のビーストゴーレムを倒した! それも、俺の直した賢石機関搭載のゴーレムで!」


 無惨にも燃えながら崩れ落ちるサソリのバケモノに、アテナはその幼い顔に微かな笑みを浮かべ、俺も子どものように歓喜の声を恥ずかしげもなく上げてはしゃいだ。


「……ん? ちょっと待て。なぜ、海の上でもう一つ炎が上がっている?」


 だが、その一瞬の後、アテナは再び眉根を寄せると、前方のデジトゥス映像を見つめながら訝しげに呟く。


「んん?」


 その声に俺もそちらへ目を向けてみると、確かにサソリの後方、岸に近い入江の海上でもオレンジ色の炎と黒い煙が夜の波に揺らめいている……。


 なんだ? サソリの背後にまだ海戦用ゴーレムでも待機してたのか?


「…………いや、待てよ? 確かあのサソリは例の小型賢潜の前に陣取って……ああっ! しまった! 後に賢潜あるの忘れてた!」


 俺は、一つ大事なことを忘れていた……。


 ……そう。あのビーストゴーレムを狙って元素線ビームを放とうとすれば、その射線軸上にバッチシ小型賢潜も乗っかっているということを……。


「……なんと非魔術的な……うっかりサソリごと賢潜も沈めてしまった……ハハ…アハハハ……出力、80%に抑えとくべきだった……かな?」


「……おまえ、実はバカだろ?」


 自分だって忘れてたくせに、アテナがそんな俺を冷やかな碧の眼差しで見つめて言った――。

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