ⅩⅩⅦ 再会
「――もう完全に戦場だな……いや、地獄か」
埠頭の付け根で蘆屋の車から降りた俺は、そのとんでもない景色を前に息を呑んでいだ。
暗い夜の闇の中、紅蓮の炎に浮かぶ廃工場からは黒々とした煙が天に立ち上り、遠く響くゴーレムの
おまけに小型賢潜が停泊しているという入江の方を覗えば、どうやら米帝のビーストゴーレムらしいが、巨大なサソリのバケモノみたいなのの姿までもが見える。
最早、ここが日本国内であるとは思えない……誰もいない再開発前の埋め立て地だからまだいいものの、それでももうしばらくすれば、エーテル工場跡に残されたタンクか何かが爆発事故を起したらしい…とかなんとか大騒ぎになるに違いない。
「もしもしアテナちゃーん? 蘆屋お姉さんが応援に駆け付けたわよ~♪ どう? EPシステムの調子は?」
しかし、そんな非現実的光景を前に呆然と立ち尽くす俺の傍らでは、ニコラから状況を聞いた蘆屋が目の前の地獄絵図をものともせず、今度は戦闘中のアテナに対して悠然とトランシーバーで話しかけている。アテナやニコラもそうだが、こいつもこいつでやっぱり
「…ガー…蘆屋か? なぜおまえまで来た? というか、今はそれどころではない……ガー…」
俺も耳をそばだてると、蘆屋の手にしたトランシーバーからは、ノイズ混じりにそんなアテナの声が返って来ていた――。
その頃、アテナは旧式のG‐14相手になぜか苦戦を強いられていた……。
「――今だ!」
ドッグファイトの末、不意に横へ逸れると、わざと追いかけさせていた一機のG‐14に至近距離から
…キュィィン……ピシュ、シュゥ…。
トリガーを引いても、なぜか右掌の砲口からは不発のプラズマが僅かに出るだけである。
「くっ…またか……っ!」
ブンッ…ジュシュ…!
その隙を突き、追い抜いたG‐14が手の甲に装備したジュール
「チっ…かすったか……これでは埒があか…はっ?」
ダラララララッ…!
さらにもう一機も現れて小銃を撃ちかけて来たため、やむなくアテナは
ゴォォォォォッ…。
「さあ、追ってこい」
ダラララララッ…!
二機が散開して離れるのを待った後、再びアテナは飛び出すと少々抑えた速度でジグザグに逃走し、銃撃してくる敵機にわざと追いかけさせる。
「今度こそっ!」
そしてタイミングを見計らい、まんまと追いかけてきた敵に振り向きざま
ガン…!
どういうわけか火相酸素の白く輝く刃は消え、虚しくも刀身の基部で腹の装甲を叩くだけに終わる。
「クソっ、なんだというのだ……」
ブンッ…ジュッ…!
ダラララララッ…!
慌てて機体を後退させると、またもや擦り傷を負いながら灼熱の爪を避け、戻って来たもう一機の銃撃にアテナは再び背を向けて逃走する。
先程来、そんなことばかりの繰り返しである……EPシステムによって敵の動きを予測し、常に優位に立っているはずのアテナであるが、今のように肝心なところで雷力不足に陥り、装備する兵器が使えなくなってしまうのだ。
「なぜ、賢石機関なのに雷力が不足する……土御門のやつ、ちゃんと直したんだろうな……」
それでもホバー走行で黒い猟犬2匹を引き離しながら、アテナはいたく不満そうに機体の不調を
「――おい! 土御門だ。一体どうなってる? Gゼロは簡単に倒せたんじゃないのか?」
俺がアテナに連絡したのは、ちょうどその頃のことだった。
「…ガー……土御門? おまえまで来たのか? 何しに来た? もうおまえは用済みだぞ?」
蘆屋に借りたトランシーバーからは、そんなアテナの身も蓋もない言葉が返って来る。
「フン…またずいぶんな言い様だな。念のため言っとくが、別におまえの心配をして来たんじゃないぞ? 俺の直した賢石機関がどんな調子か気になって見に来たんだ」
いつも通りに容赦ないアテナの声に、俺は少々のショックと、そして大きな安心感を覚えながらも意地を張ってそう答える。
Gゼロ3機は余裕で倒したのに、なぜか旧式のG‐14に苦戦しているとニコラに聞いたが、この調子だと、どうやら無事ではあるらしい。
「……ガー…そうだ! いい所に来た……ピー…まだ用済みではなかったぞ。今のわたしにはおまえが必要だ」
「な…何をいきなり……」
だが、その直後、アテナはドキリとするようなことを突然、口にする。いつにない彼女のその言動に、ちょっと頬を赤らめて慌てる俺だったが。
「……ガー…おまえ、ちゃんと賢石機関は直したんだろうな? なんか知らんが雷気が足りなくなるぞ?」
「は……?」
「だから、雷気不足で兵装が使えないんだ……ピー…これでは戦えん。なんとかしろ」
「……ああ、必要ってのはそういうこと……コホン。ああ、いや、賢石機関は正常に稼働したはずだ。となると兵装とのバランスの問題か……ちょっと見てみる。どこかで落ち合えるか?」
どうやら、なんともアホウなことにもとんだ勘違い野郎だったらしく、一瞬、なぜだか妙に残念な気分になってガッカリ肩を落としたものの、それでも、その死んでしまいたいくらい恥ずかしすぎる勘違いを気取られぬよう、努めてクールな魔術師口調で俺は答える。
「わかった。敵を撒いたらエーテルの魔術館の南に行く…ガー……そこに来てくれ」
「よし、了解だ。蘆屋、そういうことだ。そっちに向かってくれ!」
「アイアイサー!」
恥ずかしさを誤魔化そうと思わずとんでもないことを言い出してしまったが、こうなってはもう後に退けない……やむなく俺は蘆屋にそう告げると、彼女のポルシェに急いで乗り込んだ。
そして1分ほど後、
「――早く乗れ! 急がないと気付かれる」
プロヴィデンスの膝を突き、開いた胸部ハッチから覗く懐かしい…とまではいえない短い間だったが、再び見ることになった表情に乏しい顔のアテナが叫ぶ。
「そんじゃ、ハルミン、アテナちゃん、がんばってね~」
「ああ、とりあえず神にでも無事を祈っておいてくれ」
緊張感のない蘆屋の応援に見送られ、俺はプロヴィデンスの足をよじ登るとアテナの差し出す少女らしい小さく華奢な手を取る。
「さすがに狭いな……ちょっと待ってろ。今調べる」
いくらアテナが中学生サイズとはいえ、本来一人乗りの
「早くしろよ? 相手は待ってくれないからな」
「やはりな……雷気の使いすぎだ。賢石機関が生み出す雷気量より、兵装やホバー走行による消費量の方が上回ってしまっているんだ。それを補助するための内蔵
急かすアテナを無視し、俺はデータから素早くそう判断を下すと改善策を探る。
「そんなことしている暇あるか。で、実際問題として今はどうすればいい?」
試したい案がいろいろ浮かんできてテンション上がったが、そうアテナのツッコむ声が俺を現実に引き戻す。
「ああ、そうだな……ようは使用する雷気の量を調整してやればいいだけの話だ。とりあえず俺が雷気消費量を監視して指示を出す。武器を使う時は訊いてからにしろ」
「なんだか面倒臭いな……だが、仕方ない。よし、それでいくぞ!」
俺の作戦にアテナは不服そうな顔をしながらも、渋々頷くと再びプロヴィデンスを走らせ始めた。
「さあ、向こうもこっちを見つけたぞ。戦闘開始だ」
ほどなく、遠くから近付いて来る2機の黒いゴーレムを見つけ、アテナが呟く。
「ホバーでかなりの雷力を食っている。攻撃するんなら、どこかに隠れて雷気を貯めてからだ」
「なるほど。そういう戦い方か。だいたい要領はわかった」
インジケータを見ながら俺が言うと、アテナは言う端から
「おい! 俺の話を聞いてなかったのか? だから、そんなに吹かすと…うわあっ!」
そして、付かず離れずの距離を保って、わざと敵に追いかけさせながらドッグファイトを演じると、突然、建造物が密集する場所に入ってぐにゃぐにゃと曲がり、手頃な大きさの廃屋の影にさっと隠れた。
「出力50%で
「……ハァ、ハァ…ああん? …ああ、このまま雷力を使わず内蔵
そのジェットコースターのような走行の後、息も乱さず尋ねるアテナに、必死で
「なに、一発あれば充分だ」
「一発でいいんだな? ……よし。もう使えるぞ」
余裕の表情を見せるアテナへそう伝えたその時、こちらを探す敵の1機が気付かずすぐ脇を通り過ぎた。
「いいタイミングだ」
…キュィィン……ピシュゥゥン! …ドォォォォォーン…!
すると、アテナは間髪入れずに建物の影から飛び出し、狙いを定めて背後から標的を撃つ。充分に加速された憑雷元素はG‐14の胴を貫き、黒い巨体は爆炎を上げて地に倒れ伏す。
「……後かっ!」
だが、安心するのも束の間、背後からもう1機がジュール
ガシィィィィィィーン…!
一瞬早く気付いたアテナは辛くもその腕を掴み、もう一方の小銃を持つ右腕も同様に片手で押さえた。
「
グガガガガガ…。
そのままガップリ四つに組み合って、G‐14と力比べをしながらアテナが言う。
「……5、4、3、2、1、よし、いけるぞ!」
「フッ…犬っころのくせに爪なんか使うお仕置きだ」
……ブォォッ! ……フォン…ザシュッ…!
そして、俺の合図で
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