ⅩⅩⅥ プロヴィデンスの眼

 戻って豊洲のイグニス力発雷所跡地…


「――あれでは次を避けられるかどうかも怪しいな……さて、どうする?」


「アテナちゃん、この際だ。EPシステムを使ってみなよ」


 朽ちかけた廃墟の壁裏で自問自答するアテナに、安全な潜水艇内から戦いを見守っていたニコラがそんな提案をしてくる。


「あの未来予測がしやすくなるとかいうやつか……役に立つのか?」


「さあ? 僕もよくわかんないんだけど、とりあえず米帝軍の隠し玉だからね。それなりに使えるんじゃない? 僕もどのくらいの効果があるものなのか実際に見てみたいし」


「まったく、おまえはほんと他人事だな……ま、こうなれば、なんでも使ってみるか」


 最早、完全に対岸の火事的な物言いのニコラに、アテナは呆れたように眉間に皺を寄せると、EPシステムを作動させるスイッツをONにする……すると、例のギリシア兵士風ヘルムがシート裏よりせり上がり、アテナの小さな頭に少々サイズ大き目っぽくすっぽりと嵌る。


「モヒカン?」


 続いて使役者の玉座コクピット内は心を落ち着かせる香で満たされ、脳波を操るヘルムとも相まって、自然とアテナはリラックスした心地好い精神状態へと導かれる。


「おい、なんだか眠くなってきたぞ? これではむしろ戦闘に支障をきたす」


 その逆に使役しにくくなるようなシステムにアテナは文句をつけるが、傍観者なニコラは壁面のウィンドウの中から笑顔で語る。


「ああ、Dr.アシヤによるとだね、それはトランス状態ってやつらしいよ? そうして潜在意識を浮上させることで脳を霊子コンプレータ化し、〝霊子もつれ〟による情報テレポートで集めた膨大なデータをもとに正確な未来予測を……とまあ、そういう仕組みらしいけど、いわゆる第六感シックスセンスみたいなもんかな。どう? だいたい理解できた?」


「なんとなくな。ま、今はそんな仕組みを考えてる場合でもなか…? ……来る!」


 ダラララララッ…!


 自分の専門分野ではないのでどこか曖昧なニコラの説明を聞いていたアテナだが、不意に嫌な予感が脳裏に走ったかと思うと、前方に現れたGゼロ2機が同時に小銃弾を放ってきた。


「くっ…」


 …キュィィン……ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


 アテナもすかさず元素砲エレメンタルキャノンを放つが、敵は建物の影に隠れてそれを避ける。


 ダラララララッ…!


「またちょこまかと……そんな逃げ腰で当るか!」


 …ゴォォォォォォ……ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


 そして、また現れては撃い来る敵にアテナもホバー走行で弾を避けながら反撃する……そんな応酬を幾度か繰り返している内に、ふとアテナの脳裏にまた先程の不思議な感覚が去来する。


「…? ……後か!」


 ズガァァァァァーン…!


 そう思った次の瞬間、背後の壁面がまた崩れ、赤く焼けた刃を突き立てて近藤のGゼロカスタムが突っ込んで来た。


「今度は〝キツツキの陣〟で参る!」


 だが、一瞬早くその攻撃を予測していたアテナは、無意識にプロヴィデンスの機体を横に退けていた。


「なにっ?」


 前回と違い、なんなくかわしたプロヴィデンスの脇を掠めて、近藤のGゼロカスタムは前方で銃を構える土方・沖田の2機の方へ突進して行く。


「お返しだ」


 …キュィィン……ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


 そこへ間髪入れず、アテナはプロヴィデンスの右腕を伸ばすと掌から憑雷元素線ビームを3機目がけて発射する。


「ぐあっ!」


 それは見事命中し、3機のオリハルカル装甲とその下の構造物を水相オンディーヌ状態に溶かしてしまう。


「一旦退け! 体勢を立て直す!」


 堪らず近藤が指示を飛ばすと、3機のGゼロは狙われぬようジグザグに走行しながら、林立する工場の残骸の中へ再び消えて行った。


「そうか。俄かには信じられんが、これがEPシステムのもたらす効果というわけか……ニコラ、こいつの使い方がわかったぞ」


 アテナは不敵な笑みを微かに浮かべると、再びニコラとの通信ウィンドウを出して告げる。


「え? うそ? ほんと? で、どんな感じ? 実際に使えそう?」


「ああ、これならいろいろと楽しめそうだ……」


 興味津々に聞き返すニコラに、彼女はいつになく、いっそう愉しげにそう答えた――。





一方、一時撤退した近藤達はというと……。


「――クソっ! 俺達のキツツキの陣が破られるなんて!」


「これまでそんな相手はまずいませんでした。敵はかなり腕の立つ使役者のようですね……」


「なに、まぐれということもある。大丈夫だ、心配はない。一回目はあと一歩のところまでいったのだからな」


 巨大な球形のタンクの裏に身を潜め、3人は先程のアテナの動きに面食らいつつも作戦会議を行っていた。


「こちらも多少危険にさらされるが、もう一度、今度は〝魚鱗ぎょりんの陣〟から〝鶴翼かくよくの陣・鶴首かくしゅ壱番〟で仕掛ける。今度こそやつに止めを刺し、すべてを終わらせるぞ!」


「了解!」


「イエッサーっす!」


 キュルルルルル…!


 気合の入った近藤の指令を受け、土方と沖田も使役者の玉座コクピット外壁のウィンドウ越しに敬礼を返すと、3機は再びプロヴィデンスの待つ方へと土煙りを上げて疾走して行く。


 ……ズシィィィン……ズシィィィン……。


「こちらの温度が上昇しているな……」


 他方、プロヴィデンスを通常歩行させながら索敵を行っているアテナと近藤らが再び邂逅するまでに、さほどの時間はかからなかった。


「いたぞ! 魚麟の陣壱番!」


 その号令で3機のGゼロは近藤機を真ん中先頭に、その左右に少し下がって土方機・沖田機が付く三角の陣形を組み、プロヴィデンス目がけて猛然と突撃して来る。


「今度は特攻か……」


 ゴォォォォォォォーッ…!


 その勢いに、さすがに3機同時の銃撃には耐えられないと判断したアテナは風熱機関エア・インゲニウムを吹かしてホバー走行で一旦逃げる。そして、その速さで距離を開くと、錆びた円筒形のエーテル・タンクの裏へと素早く逃げ込んだ。


「かかった! 土方! 沖田! 鶴翼の陣・鶴首に移行だ!」


「了解っ!」×2。


 だが、それこそが近藤の思い描いていた筋書きだった。その息の合った返事とともに、先頭の近藤を追い越して土方・沖田のGゼロが前に跳び出す。


「沖田、いくぞっ!」


「ええ! 遅れないでくださいよ?」


 そのまま二機は全速力で直進し、タンクの手前で左右へと分かれて行く……。


「我ら新選隊の真骨頂、とくと思い知るがいい……参る!」


 ウィィィィィィン…! ……ガシッ!


 その間に一足遅れた近藤のGゼロカスタムは、左手に内蔵されたウィンチより鉤爪付きの鋼鉄ワイヤーを射出し、タンクの縁にそれをかけると、素早く撒き取りつつジャンプしてタンクの上へ昇る……。


 タンクの裏に隠れたプロヴィデンスに対し、左右から同時に土方・沖田が先ずは仕掛け、一瞬後、近藤が上空より飛来して、止めを刺すという三次元的な連携攻撃を仕掛けるつもりなのだ。


 ……しかし、EPシステムの働きによって、アテナはその動きをもすでに読んでいた。


「左右よりの同時攻撃の後、上方向からの一撃……わかる。わかるぞ。次に何が起こるかが」


 碧の眼を半眼に開き、戦場にあっては不自然なほどリラックスした様子でアテナは呟く。


「さらばだ、GMEのエース使役者パイロットよ!」


「こいつは昨日のお返しだっ!」


 次の瞬間、アテナの予知した通り、左右から2体のGゼロが銃剣とナイフを各々の手に同時に突っ込んで来る。


 ゴォォォォォォォォォーッ…!


「なっ…?」


「危ないっ…!」


 だがその時、そこにいるはずのプロヴィデンスは羽根靴タラリア風熱機関エア・インゲニウムを最大出力で吹かし、真上の空へと舞い上がっていた。


 …キュィィィン……ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


 飛翔したプロヴィデンスは危うく同志討ちしそうになった2機のGゼロ目がけ、上空より憑雷元素砲ポゼッショナル・エレメンタル・キャノンを放つ。


「うわあああっ!」


 ドォォォォォーン…!


 その出力充分な元素線ビームは全弾機体を貫き、2機のGゼロからは爆音とともに、赤黒い炎と煙が噴き上がった。


 ……が、アテナの攻撃はそれだけで終わらない。


 ガギィィィィィィィィーン…!


 空中で機体を旋回させたアテナはその回転の勢いを利用して、背後から刃を突き立てようとしていた近藤のジュール赤化ルペド長剣ソード火相サラマンドラグラディウスで叩き折り、さらにGゼロカスタムの頭部を右手で掴む。


「なっ…」


 キュィィィン…ビシューン…! …………ガシャァァァァーン…!


 そして、元素砲エレメンタルキャノンを0距離射撃すると、頭を失って落下するGゼロカスタムの上に覆い被さり、着地の瞬間、その腹にグラディウスの白光の刃を引力に任せて突き立てた。


 ……ドゴォォォォォォーン…!


 大地にまで突き刺さった剣を抜き、プロヴィデンスが離れると、近藤の機体からも紅蓮の噴煙が撒き上がる。


「これで3つ……あと2体か」


 ゴォォォォーッ…!


 大破した3機のゴーレムが黒々と煙を上げて炎上する、そんな地獄絵図にも特に何か感じるような様子はなく、アテナは次なる標的を目指してプロビィデンスをホバー走行で疾走させる。


 あと2体、護衛のG‐14を退ければ、小型賢潜は彼女らのものとなるのだ。


「フクロウ、グラウクスの上陸準備だ。もう少しでこちらは片付く」


 ところが、再び見えてきたG‐14の黒い機体と、その背後の入江に停泊する小型賢潜のシルエットを眺め、アテナが海の中のフクロウ達にそう促そうとしたちょうどその時。


 ……ギギギギギギ……ガシャン…!


 入江近くに建つ大きな倉庫の「へ」の字型をしたトタンの屋根がキリキリと音を立てて持ち上がり、同じトタンでできた壁面もバリバリと騒がしい音を立てて崩れ始めた。


「……?」


 そのただならぬ様子に危険を感じ、アテナがプロヴィデンスの足を止めてそちらを覗うと、倉庫の中から現れたのはなんと、ゴーレムの三倍はあろうかという巨大なサソリの姿をしたバケモノだった。


「マジか……」


 その光景に、さすがのアテナも目を見開いて唖然とする。


「お古のG‐14だけじゃなく、無理言ってこいつも借りておいたのは正解だったな。よもやコンドウ達が撃たれるとは……エース3人の連携攻撃をもかわすその動き、例のEPシステムというやつか? どうやら賢石機関ばかりに目が行きすぎていたようだな」


 そのサソリのバケモノの使役者の玉座コクピットの中で、イェーガーが誰に言うとでもなく呟く。


 それはバケモノといっても無論、狐狸妖怪の類ではない……ゴーレム同様、雷気の力で動く金属の塊……ただし、必ずしも人型をとるわけではなく、サイズも普通のそれに比べて桁外れにデカい巨大な〝獣〟――ビーストゴーレムと呼ばれる機動兵器である。


「米帝軍のBG‐06スコルピオスか……まさか、こんなものまで出してくるとはな」


 データベースと照合し、壁面に映し出された表示を見やりながらアテナは呆れて呟く。


 …ゴガガガガガガガ……ガシャン…! ……ゴガガガガガ……ガシャン…!


 その赤黒いサソリの姿をした巨大な悪魔は、奇怪な音を辺りに響かせ、8本のグロテスクな足を器用に動かすと入江の前へ移動する。


「日本の領土内での本格戦闘は避けたかったがやむをえん……我らの手で始末をつけるぞ。私はここを守る! 黒犬はXLPG‐1を狩り立てろ!」


「ラジャー!」


 キュルルルルルル…。


 小型賢潜の前に腰を据えたMG‐06と換わり、イェーガーの指示でG‐14はアテナの方へと足裏の無限駆動キャタピラを唸らせて向かって来る。


「すまん。悪いがもうちょっと時間がかかりそうだ……」


 襲いかかる2匹の黒い猟犬に、アテナは碧の目を嫌そうに細めると海中の仲間達にそう連絡し直した――。

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