ⅩⅩⅣ 豊洲夜戦

 浅草のアジトを脱出してより30分ほど後……。


 豊洲埠頭・新市場建設予定地一帯……かつて坂東都市エーテル練成工場や坂東雷力の新東京イグニス力発雷所があった場所に、XLPG‐1を実際に動かしてみるための性能試験場がある。


 豊洲埠頭の再開発に伴い、この場所にも魚河岸の市場が移転して来る予定になっているのであるが、当時の工場の建造物はまだそのままに残っており、それらを利用しての市街地戦を想定した模擬戦闘試験を行うことだってここならば可能だ。


 その上、篠浦工魔大の施設からも近いので、絶好のロケーションと目を点けられたわけである。


 一方の地主や東京都側にしても、工場跡地のこの場所は土壌汚染が懸念されているため、どうせ地面ごと掘り返して整備しなければならないのならば、いっそ派手にぶっ壊してもらった方が解体費用も浮くだろうということで快く貸し与えてくれている。


 ただし、そこで使われるゴーレムが賢石炉を搭載していることなど先方は知る由もないのだが……。


 そんな天を突く煙突やら、球体のエーテル・タンクやら、薄汚れたプレハブやらのシルエットが月影に浮かぶ廃墟の街の沖……晴海埠頭側の海底を一艘の奇妙な潜水艇が航行していた。


「やっぱり潜るんじゃないか……」


 その妙に平べったい長方形の船の内部に寝かされたプロヴィデンスの中の、さらにその狭い使役者の玉座コクピットに閉じ込められたアテナがどこか不服そうに呟く。


「今日はちゃんと潜水艇に入ってでしょう! 君の場合とは違うの!」


 すると壁面に現れたウィンドウの中で、ヒステリックに眉を吊り上げてニコラが怒鳴った。


「こう見えても船の防水加工はバッチリなんだからね。君みたいに僕のかわいいプロヴィデンスちゃんを川の水でショートさせるようなことはしないよ」


 ニコラが自慢げに語るこの潜水艇は、運河で小麦を運ぶための底が平らになったはしけ舟を彼が改造して造ったものだ。こんなこともあろうかと、ニコラが密かに用意しておいたのである。


「ついでに高性能隠形マリーチ機能も付けてくれれば、なんの苦労もなかったんだがな」



「そんなの用意できるわけないでしょ! 時間もなかったし。ここまでするにもご飯も食べずにおやつ食べながら造ったんだからね!」


 アテナのワガママな呟きに、またも前方の操舵室にいるニコラが声を荒げる。


 その狭い部屋には舵を取るフクロウや、他のグラウクスの隊員達もすし詰め状態で入っている。この狭苦しい空間に野郎どもがぎゅうぎゅう詰め……なんともむさ苦しい光景だ。


 この外見はしけそのままのお手製潜水艇にプロヴィデンスを積み込み、厩橋近くのアジトから地下の秘密隧道トンネルを通って隅田川に出た彼らは、河口のこの場所目指して水中を下って来たのだった。


 ただし、この船には隠形マリーチ機能など付いていないので、使えるのはせいぜいここまでである。米帝海軍の包囲網を突破するにはやはり高性能隠形マリーチシステム搭載の専用小型賢潜が不可欠だ。


 その小型賢潜はというと、今、彼らのいる晴海埠頭と豊洲埠頭に挟まれた湾の反対側、東雲しののめ運河に面した場所に停泊している。篠浦工魔大のある島と繋がるくびれ部分の、「コ」の字型にえぐれて入江のようになっている所だ。


 しかし、東雲運河側は水門があって通れないので、やむなく遠回りに晴海埠頭側から接近し、ちょうど裏手に当る〝えーてるてなーにエーテルの魔術館〟という坂東エーテルの企業博物館がある辺りから攻め込もうという作戦である。


「さあ、着いたぞ。アテナ、用意はいいか?」


 真っ暗な夜の海の中、目的地に到着したことをフクロウが告げる。


「ああ、いつでもOKだ」


 その声に、アテナはなんの緊張もしていない様子でいつもの如く淡々と答える。


「そんじゃ、とっとと賢潜いただいて中革連に行こうアルヨ。早く僕のプロヴィデンスちゃんの性能もこの目で見てみたいからね。じゃ、行くよ? アテナちゃん。潜水艇浮上~っ!」


「潜水艇浮上!」


 ザバァァッ…!


 アテナとはまた違った感じで緊張感のないニコラの指示に、フクロウは復唱すると月明かりに青黒く染められた海の上へと船を浮上させる。


 ガガガガガ…ガゴン……ギィィィィ…。


 エーテルの魔術館が間近に見える場所へと浮かび上がったそれは、続いて耳触りな金属音を響かせながら後部コンテナの上蓋を観音開きに開き、プロヴィデンスを仰向けに寝かせたハンガーを90°に起き上がらせる。


「アテナ、XLPG‐1プロヴィデンス、出撃する!」


 …ウィィィィィィーン……ドゴォォォーンッ!


 そして、ハンガーが起き切るのが早いか、アテナはプロヴィデンスの賢者の石力風熱機関エリクサー・エア・インゲニウムを全開に吹かし、水に浮かぶ板のような艀を重量級の足で蹴った。


「うおわあああっ!」


 衝撃に激しく揺れる潜水艇でニコラ達が叫ぶ中、夜空へと飛び上がったプロヴィデンスは無事、埠頭への上陸を果たす。


 ……ドォォォーン……ドォォォーン……。


 が、そこで一呼吸置くこともなく、さらにそのまま反対側の賢潜目指して、アテナは重低音の足音とともにプロビィデンスを進める。先ずはアテナが一帯を制圧し、その後、上

陸した皆が小型賢潜を奪うという手筈である。


「あれか……」


 しかし、使役者の玉座コクピットの壁面に映した赤外の光カーメラの映像で、暗い湾に停泊する小型賢潜の姿を確認できる位置にまで来た時。


「……!」


 突然、プロヴィデンスの暗灰色の巨体は、眩いサーチライトの白い光によって四方から照らし出された。


 なんだか嫌な既視感デジャヴュをアテナは感じるが、その間にも周囲に林立する工場の残骸からは専用大型小銃を構えたゴーレムが次々にその巨大な姿を現す。それもモスグリーンのものが3体、黒色のものが2体の、なんと計5体もいるではないか!


 プロヴィデンスの警戒システムは対象をデータベースと照合し、すぐさま〝JKDG‐0 G‐zero〟と〝G‐14 Black Hound〟という表示が外界を映す壁面に各々の機体と重なるようにして浮かぶ。


「待ち伏せされたか……」


「XLPG‐1の使役者に告ぐ! はるばる盗んだ機体を運んで来てくれてご苦労。貴公らの訪問、首を長くして待っていたぞ!」


 アテナの呟きに答えるかのようにして、そんなどこか聞き憶えのある声がスピーカーを通して辺りに木霊した。


「あの時の小娘なら会うのは二度目だな。私はアメリカ合衆帝国統合軍情報部のイェーガー少佐だ! 見ての通り貴様は完全に包囲されている! ゴーレムごと蜂の巣になりたくなかったら、速やかに使役者の玉座コクピットのハッチを開けて投降しろ!」


「ああ、あの時の米帝軍の将校か……」


 それはイェーガーの声だった。ご推察の通り、アテナがこうして彼の手勢に取り囲まれるのはこれで二度目である。


 アテナ達が目指す小型賢潜の前には、米帝軍の二世代前の主力機G‐14ブラック・ハウンド2機が立ち塞がり、プロヴィデンスの左右前方に2機と、さらに後方へ回り込んで一機の皇国陸上衛兵団主力ゴーレム・Gゼロが三方よりゴーレム用アサルトライフルの銃口を彼女に向けている……まさに四面楚歌状態だ。


「監視の目をすり抜け、気付かぬ内にここまで接近したのは少々想定外だったが、きっと今夜来てくれるものとパーティの準備は整えておいたからな。その甲斐あったというものだ――」


「――想定外なのはこっちも同じだよ。まさか、こっちの動きを読まれていたとはねえ……あ、もしかして、わざと斥候の姿見せて動くようにしむけたりした?」


 廃墟の工業地帯に響くイェーガーの無駄口に、プロヴィデンスの集音機を介してそれを聞いていた潜水艇内のニコラは、眉根を嫌そうに寄せると相手に聞こえるわけでもないのに呟く。


「そんなことよりもどうする? 相手はゴーレム5体だぞ? いくらなんでも分が悪すぎる」


「うーん…かと言って、今更逃がしちゃくれそうにないしねえ。ってか、逃げるにしても、どっち道全部倒さない限り方法なさそうだし……どうしようか、アテナちゃん?」


 強面な顔をよりいっそう険しくして尋ねるとなりのフクロウに、ニコラはひどく困ったというような表情を作って手元のモニターに映るアテナに振った。


「どうするも何もないだろう? これ以上、応援部隊が来ないことを願うだけだ」


「だよねえ……ま、僕としては早々実戦データを取ることができて、ちょっとうれしくもあるんだけどね」


「一つだけ確認したい。こいつの装甲はゴーレム用小銃弾の直撃にどれくらい耐えられる?」


 こんな状況にも関わらず、困惑の内にもどこか愉しげな笑みを見せるニコラだが、やはりこの危機的状況には沿ぐわぬ淡々とした声で今度はアテナの方が尋ねる。


「んー…そだねぇ、まあ通常のものと違って重層式デュアルオリハルカル装甲だから、2、3発当った程度じゃ穴開かないとは思うけど……でも、同じとこに連続して当れば当然貫通するよ?」


「フッ…そうか。それだけ耐えられれば充分だ」


 僅かな思案の後、冷静に分析して告げる工魔術としてのニコラのその言葉に、アテナはなぜか珍しく口元に笑みを浮かた。


「それじゃ始めるぞ。心の準備はいいか?」


「はいは~い。いつでもどうそ~」


 確認するアテナにもう他人事のような口調でニコラが返事をすると、となりで舵を握るフクロウも黙ってコクリと頷いた――。


「――30秒だけ待ってやる! その間にXLPG‐1を完全停止させて出て来い! 無傷での捕獲がベストだが、できなければ破壊してから回収すればいいだけのことだ! ちょっとでも変な動きを見せたりしたら容赦なく発砲する! では、スタートだ!」


 そんなアテナ達の通信をさすがに傍受まではしていなかったらしく、イェーガーがそう最終宣告を突きつけてカウントダウンを始めようとするが……。


「30…」


 ウィィィィィィィィン…。


 30秒待つまでもなく、まだ「30」を言ったばかりのところでアテナは賢者の石力風熱機関エリクサー・エア・インゲニウムヘルメスの羽根靴ヘルメス・タラリアを稼働させ、回転するファンの音も高らかに周囲の廃材の山へ反響させる。


「なっ? ……バカめ、撃てっ!」


 ダラララララララッ…!


 慌てたイェーガーの声で5丁の機関銃マシンガン…否、機関砲マシンキャノンと呼ぶべきサイズの小銃が火を吹くのと、アテナがプロヴィデンスを動かすのは同時だった。


 …ギィン! …ギィン! …ギィン! …ギィン…!


 雷鳴の如き金属音とともに砲弾サイズの小銃弾を跳ね返しながら、地面より僅かに足を浮かせたプロビィデンスは高圧縮空気を背部から噴射させ、その風による爆発的な推進力で右方向へと突進する。


 その硬い装甲に任せた捨て身の行動により、2体のGゼロの間に空いた隙間を素早く潜り抜けたアテナは、ゴーレム5機が取り巻く厳重な包囲をあっと言う間に突破した。


「そんじゃ、僕らは怖いから潜ってるね」


 他方、戦闘による被害を避けるため、ニコラ達の乗る潜水艇は忙々と海の中へ姿を眩ます。


「逃すなっ!」


 ダラララララララッ…!


 イェーガーに言われずとも5体のゴーレムは動く標的目がけ撃ち続けるが、プロヴィデンスの動きは予想以上に速い。すべての弾丸は一瞬前にプロヴィデンスのいた地面に虚しく着弾するか、あるいは周辺の建造物を無駄に破壊するだけだ。


「Gゼロ3機は追撃! G‐14はその場に残って賢潜を守れ!」


「了解っ!」


「ラジャー!」


 キュルキュルキュルキュル…。


 米帝兵の乗るG‐14を残し、イェーガーの指示通り近藤・土方・沖田の乗るGゼロは足裏の無限駆動キャタピラを高速回転させ、長い土煙りを後方へ引きながらプロヴィデンスを追いかける。


 しかし、既存の無限駆動キャタピラによる移動方法では、プロヴィデンスの羽根靴タラリア風熱機関エア・インゲニウムを組み合わせたホバー走行に追い着くことができない。


「フッ…いい動きだ」


 捻じれたパイプの絡み合う廃工場を高速で走り抜け、ある程度の距離をとった所でアテナは180°急旋回転すると、なおも後ろ向きに走りながら右腕の憑雷元素砲ポゼッショナルエレメンタル・キャノンを追手に対して連射する。


…キュィィィィン……ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


「うぐっ…!」


 直撃こそ免れたものの、超高温の元素線ビームにオリハルカル装甲を焼かれ、Gゼロ3機は堪らずその場で足を止める。その隙にアテナは大きな廃屋の中へと素早く逃げ込み、敵の視界からプロヴィデンスの姿を眩ました。


「外したか……だが、Gゼロなどとは各段にスペックが違う。一体づつ確実に撃破していけば、こちらにも勝機はある」


 朽ちたトタンの天井から蒼い月明かりの差し込む廃屋の影に身を潜め、アテナは使役者の玉座コクピットの中で絶望的だった勝利の可能性を感じ始める。


「くっ…さすがは賢石機関搭載機だな……だが、相手は所詮一機。土方、沖田、〝巴の陣弐番〟で行くぞ!」


「了解!」


「ういっす!」


 しかし、アテナの考えは少々甘かった。機体性能はアテナの方が上回っていても、相手はなうてのエリート使役者が三人なのだ。


「巴の陣弐番、GO!」

 

 近藤の指示でGゼロは再び散開し、三方より廃屋を取り囲む。


「………………」


 急に静寂に包まれる夜の工場跡地……アテナは敵の不意打ちを警戒し、周囲に気を配る。


「土方、アタックだ!」


「了解! いくら隠形マリーチシステムで隠れようと、その熱っぽさは誤魔化せないようだなっ!」


 ハーデス・ヘルム装甲材でも隠し切れない賢石機関の熱を頼りに、廃屋の外から熱影像サーモグラフィーでプロヴィデンスの位置を特定し、そこの壁目がけて土方のGゼロは突撃する。


 ズガァァァァァーン…!


「……?」


 壁を突き破って現れたGゼロの持つ小銃の先には、金属に雷気を通すことで発生するジュール熱を利用した〝ジュール赤化ルペド銃剣バイヨネット〟が取り付けられている。


 咄嗟に気付いてアテナは機体を旋回させるが、高熱に赤く焼かれた刃はその身をかすめ、機体腹部の重層式デュアルオリハルカル装甲を橙色に切り裂いた。


「ちっ…」


 アテナは後方に退いて距離をとり、こちらも格闘戦に対応するため、左手で腰の裏に装着された火相サラマンドラグラディウスを引き抜く。そして、刀身の刃部分に並ぶ幾多の噴射口より火相サラマンドラ(※プラズマ)化した酸素の白い刃を出現させる。


「おっと、油断はまだ禁物だよ!」


 ガシャァァァァァーン…!


 だが、アテナが剣を構えるよりも早く、背を向けた方の壁が崩れ、沖田のGゼロが小銃から外したジュール赤化ルペド銃剣バイヨネットを手に突っ込んで来る。


「くっ……」


 今度もなんとか機体を翻して避けようとするアテナだったが、灼熱のナイフは僅かに出遅れたプロヴィデンスの左肩装甲をブスリと貫く。


「挟み打ちか……それなら…」


 ならばとアテナは空いている右腕で沖田のGゼロに間近から元素線ビームを放とうとするが、沖田はその前に銃剣を引っ込めると、すぐさま横に移動する。


「フン! 逃がすか…」


 逃すまいとそれを追って、そちらに右掌の砲口を向けるアテナだったが。


 …ドガシャァァーン…!


「なに…?」


 またも背後から、今度は近藤のGゼロカスタムが壁を突き抜けて迫り来る。手に持つ獲物はジュール赤化ルペド銃剣バイヨネットの刀身を長くした、日本刀にも似た長剣である。


「子どもといえど一度ひとたび戦場へ出ればひとかどの兵士……斬らせてもらう! 御免っ!」


「くそっ!」


 ギィィィィィーン…!

 

 左脇から逆袈裟に斬り上げられたジュール赤化ルペド長剣ソードは、寸でのところでギリギリ剣を立てて受け止めたプロヴィデンスの頭部側面に微かに触れ、暗灰色の装甲の表面を焼けた鉄の色に溶かす。あと一歩遅かったら、あえなく頭部切断である。


「ネズミのようにちょこまかとっ!」


 …キュィィィン…ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン…! 


 アテナは必死で3機相手に元素砲エレメンタルキャノンを乱射するが、近藤達はなんなくそれを避け、三方にまた散ると廃屋の外へと姿を眩ました。


「敵の能力を見誤った。ヤツら、エース級の使役者パイロットだったか……あの連携攻撃は少々厄介だな……」


 あまり意味はなさそうだが、一応、壁際に機体を移動させ、静かになった廃屋の中でアテナは密かに眉根を寄せた……。


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