ⅩⅩⅢ 別れも突然に…

「――んとにもお、この美しいオリハルカル装甲になんてことするんだ……」


 賢石機関再覚醒より約2時間後。時刻は午後10時を回ろうとしていたその頃、足元で二コラが装甲板を磨く傍ら、俺は開け放った使役者の玉座コクピットの中で発雷数値のモニターを行っていた。


「……よし。安定して動いてるようだな。これならもう大丈夫だろう……ん? こいつは……」


 賢石炉が順調に稼働していることを確認し、安堵に胸を撫で下ろした俺であるが、コンソールパネルの端についた例の〝EPシステム〟とかいうやつのスイッチがふと目に留まる。


「脳を霊子コンプレータにするだと……どれ、ちょっと試してみるか……」


 錬金術師として〝霊子もつれ〟という不可思議な現象にも少なからず興味を持っていた俺は、純粋な好奇心からそれを自分の体で体験してみたくなった。


「なるほど。この脳波を弄るヘルムとアロマ魔術で変成意識状態に導くわけか……」


 思わずスイッチをONにすると、頭部後方のシート裏より古代ギリシア兵のようなトサカ付きの兜がせり上がって来て、俺の頭にスッポリと嵌る。そのトサカの頂からは幾筋ものコードが伸びており、また使役者の玉座コクピット内は香のような心落ち着く香りで満たされる。


「なんだか心地好いな……やはりこれでトランスに…………なっ…?」


 時を置かずして俺の意識レベルは低下し、半眠りのような、潜在意識の浮上したいわゆる催眠状態というやつに移行する俺の脳であるが、そのまま微睡もうとしていた俺の頭の中に、突如、妙な光景がまるで現実に見ているかのようなリアルさで映し出された。


 強烈な光と熱風の後、キノコのような大雲の立ち上る広島と長崎の街……流出物質に汚染され、強大なハリケーンによって剥ぎ取られる荒廃した大地……どこまでも続く砂漠と海に没した各国の大都市……そんな中、見たこともない巨大なスーパーコンプレータを扱う長い白髪の老人と、その傍らにある円筒形の透明な筒の中で緑色の培養液に浸かっているのは……。


「……ぷはっ! …ハァ……ハァ……な、なんだ今のは?」


 フラッシュバックが如く次々と浮かんでは消えるその恐ろしく不気味な光景に、吐き気をもよおすほどの嫌悪感を憶えた俺は、堪らず椅子から立ち上がると、使役者の玉座コクピットから逃げ出すように外へ飛び出していた。


「あれはこの世界なのか? 皆、魔術のことを〝カガク〟と呼んでいた……〝カク〟と言っていたが、あのキノコ雲は明らかに愚者の石爆弾……それが広島と長崎に落ちたというのか? 確かに戦中そんな計画があったらしいが、米帝での実験中に誤爆して開発自体頓挫したはずだ……いや、それより、あの神のような老人は滅亡する世界を遡って造り変えようとしていた……それに、あのガラスの容器に入っていた少女の顔はアテナに……」


「……ん? どうかしたのDr.ハルミン? 急にそんな怖い顔して」


 ハッチの縁に項垂れ、小刻みに体を震わせながら口元を抑えている俺を見上げ、二コラが小首を傾げながら尋ねる。


「あれは、かつて存在した並行世界……では、この世界は何者かによって新たに創り出されたものだというのか……いいや。そんなはずがあるか! あまりにも非魔術的だ……フン、こんなものはただの幻覚だ! まるで使えん装置だな、これは……」


 だが、俺は二コラの声を無視すると首をフルフルと横に振って、その脳裏を過った突飛すぎる非魔術的な可能性を強引に否定する。


「おおーい! 大変だーっ! ヤツらにここを嗅ぎつけられたぞーっ!」


 と、その時、静かな廃墟内に響いたグラウクスの隊長フクロウの知らせに、俺は自分の意志に関係なく現実世界へと引き戻された――。





「――今から豊洲の施設を襲撃するだと?」


 それより5分ほど後、緊急に開かれた作戦会議の席で、俺はまた違う意味で驚きの声を上げていた。


 プロヴィデンスの前に置かれたテーブルの周りには、俺や二コラ、アテナ、蘆屋の他、見張りに立つ者以外のグラウクスの隊員達も全員集まっている。そのテーブルの上には東京都の地図が広げられ、先程来、皆の視線はその地図の豊洲埠頭の上に注がれたままだ。


「ああ。もうのんびりしている時間もないからね。早くしないとヤツらが乗り込んでくる。獲物がプロヴィデンスだけにゴーレムだって投入しかねないよ」


 突然の決定に声を荒げる俺へ、いつになく真面目な口調でニコラが言った。


 フクロウの話によると、外の宵闇の中にはそれらしき斥候の者達がうようよしているとのことで、どうやら米帝軍と衛兵団にこのアジトの場所がバレたらしい……。


「そこで、その前にこちらから仕掛ける。今ならむしろ相手の不意を突けるかもしれない」


 ニコラの言葉を継ぎ、アテナもいつもの抑揚のない声でそう説明をする。


「小型賢潜を奪取したら、我々はそれにプロヴィデンスを積み込んで米帝海軍の包囲網を突破し、そのまま直接、中革連に向かう。だから、おまえともここでお別れだ。世話になったな」


「え……?」


 続けてアテナは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、妙なことを言い出す……少しの間を置いた後、俺は彼女の言葉の意味をようやくに理解した。


 ……そうだ。プロヴィデンスの賢石機関はもう直った……俺の用はすんだということだ。俺は戦闘員ではないし、今から敵の懐へ飛び込んで行くアテナ達にとって、俺はもう必要な存在ではない……否。ガイア騎士団の結社員でもない俺には、そもそもそこまで付き合ってやる義理すらないのだ。


「いいのか? 俺をここで解放したら、ヤツらに通報するかもしれないぞ?」


 突然のことに、こんな形で別れが来るなどとはまるで想像もしていなかった俺は、どんな反応をしていいのかわからず、思ってもみないようなことを冗談混じりに口にする。


「それはないだろう。もし通報すれば、おまえもテロリストの手助けをした罪で捕まるからな。それに、おまえの通報を信じてヤツらが動き出すのはすでに我々の襲撃を受けた後だ」


 対してアテナはいたく真面目に、極めて魔術的な答えを返した。


「フン。魔術的ないい判断だ。せっかく覚醒させた賢石機関をもう少し観察したくはあるが、軍隊とドンパチやらかすのはごめんだからな」


 なにか今生の別れにしてはあっさりしすぎな気もするが、アテナのその言葉を聞くと、俺もそう意地を張って言わずにはおられなかった……といっても断っておくが、急すぎてちょっと驚いた感はあるにしろ、彼女との別れが淋しいとか悲しいとか、そういうんじゃぜんぜんない。


「ハルミンについては心配ご無用よ♪ あたしもついてかないから、車で家まで送ってくわ」


 そういえばその心配を忘れていたが、周りを敵に取り囲まれたこの建物から俺を逃がす算段を、となりに立つ蘆屋が親切にもしてくれている。日本在住の結社員である彼女にしても、中革連へは同行せずに残るようだ。


「よし。では、作戦ミッションスタートだ。ニコラ、船の用意だ。グラウクスの皆には脱出時の偽装を頼む」


「アイアイサー!」


「了解だ」


 そして、組織上は最終決定権を持つアテナの合図で、皆、各々の職務のため方々へ散って行く。


「ハルミン、あたし達もそろそろ行きましょう? じゃ、アテナちゃん、ニコリン、またねん。たまにはメールちょうだいよ?」


「ああ、生きていればな」


了解ガディット! Dr.アシヤ。後始末は任せたからね」


 俺を促し、アテナとニコラに蘆屋が簡潔な別れの言葉を告げると、二人もまるでまた明日会えるかのようなあっさりとした口調で返事を返す。


「Dr.ハルミンも連絡してよ? GMEに参入する気になったら、いつでも推薦するからさ」


「ああ、気が向いたらな……おまえもそれじゃあな。死ぬなよ?」


 今度は俺の方を向いて言うニコラに答えてから、俺もアテナへ至極簡単に別れを告げた。


「ああ。努力してみる。出るぞ、ニコラ!」


「ホイホ~イ♪」


 アテナは最後に一言、極めて簡潔にそう言い残し、ニコラを急かして自分は投降用のワイヤーロープでプロヴィデンスの使役者の玉座コクピットに上がって行く。


「………………」


「さ、ハルミン。あたし達も見つかる前に逃げ出さないと」


「ああ、今行く。どっちだ?」


 俺も蘆屋に急き立てられ、撒き上がるワイヤーとともに上って行くアテナに背を向けると、足早に蘆屋の後を追った――。

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