ⅩⅩⅡ 狩人の知恵

 だが、そうして土御門達が賢石機関の復活を祝っていたその頃……。


「――ヤツらのアジトを突き止めたって本当っすか?」


 豊洲にある新選抜ゴーレム小隊作戦本部(仮設)の入口ドアを乱暴に開け、転がるようにして飛び込んで来た沖田が開口一番に問い質した。


「ああ。厩橋付近の廃墟ビルだ。今、現場に向かわせた特殊部隊から建物の熱影像サーモグラフィー映像が送られて来たが、中に巨大な人型の熱源が確認できる。まずXLPG‐1と見て間違いないだろう」


 その問いに、机の上の雷子石板タブレットで青や緑、そして高温を現す赤で彩られた画像を確認していたイェーガーがおもむろに顔を上げて答える。


「厩橋? それじゃあもう浅草じゃないっすか?」


「だが、隅田川沿いではある。やはりあのまま、川を遡行してそこまで逃れたのだろう」


「俺ももう少し上流とは考えていたが、まさかそんな上まで遡っていたとはな」 


 彼の傍らには、ここに常駐している近藤の他に険しい顔をした土方の姿も見られる。沖田同様、彼もこの急の知らせに自分の担当する捜索エリアより駆け付けたのであろう。


「よくもまあ、そんなとこまで。どおりで見つからないはずだ……でも、よくわかったっすね?」


「なに、この前、田園調布の停雷の話が出ただろう? やはり何か引っかかったんで、念のため、不審な大量雷力の使用があった場合、すぐに通報するよう坂東雷力側に頼んでおいたのだ。もしまた原質を練成しようとしたり、賢石機関を再覚醒させようとしたりなどすれば、あるいは同じことが起きるのではないかと思ってな」


「そうしたら、まさに厩橋付近の主要送雷線でそれが起きた。で、付近の疑わしい建物を調べたところ大当たりというわけだ。川沿いの大きな廃墟ビルだからな。意外とすぐに知れたよ」


 驚きの声とともに再び尋ねる沖田に、イェーガーを補足して今度は近藤もそれに答える。


「じゃあ、やっぱあの読みは正解だったじゃないっすか! さすが少佐。狩人の感ってやつっすね! さあ、そうとわかれば善は急げ。さっそく奪われたものを取り返しに行きましょう!」


 その喜ばしい報告に、沖田はイエーガーの深読みを称賛しながらも、すでにその足は今入って来たばかりのドアの方へ向いている。昨夜、ソーマを奪われた揚句、まんまと賊に逃げられるという大失態を演じた沖田としては、早々に訪れた汚名返上の好機である。


「抵抗された場合も考え、我々のGゼロも出しますか? 幸い川沿いですし、夜陰に紛れて輸送艇を使えば、人目を避けて運ぶことも可能かと」


 興奮気味なのは沖田一人だけではない。ようやく訪れた出撃の機会に、土方もクールに闘志を燃やしている。


「そうだな。XLPG‐1が原質不足で動かん可能性もあったが、すでに再覚醒を果たした様子だ。有事に備えてゴーレムは準備しておくべきだろうな」


「いや、こちらから強襲するのはよした方がいいだろう」


 だが、土方の意見に賛同する近藤に対して、イェーガーは冷静な態度で反対意見を述べる。


「動くようになってしまった今では逆にXLPG‐1を使われた場合、非常に厄介だ。人気ひとけのない郊外ならともかく、こんな市街地でゴーレム戦を演じるわけにはいかんだろう? 機体を無事取り返したとしても、そうなれば事件の隠蔽は不可能だ。すべてが明るみに出るぞ?」


「確かに……ゴーレム3機あれば抑止力になるかとも思いましたが、追いつめられたネズミがどう動くかわかりませんからな」


「ええ。XLPG‐1の奪還は急務ですが、それ以前にその危険性を考えるべきでした」


 イェーガーに言われると、目の前の獲物に少々判断の甘くなっていた近藤と土方も落ち付いて考え直す。


「で、でも、それじゃあこのまま放っとけっていうんすか? せっかくヤツらの隠れ家を見つけたっていうのに?」


 一方、血気に逸る沖田は、ただ何もしないでいることに我慢がならない様子だ。


「ああ、放っておけばいい」


 ところが、声を荒げる沖田をなだめるでもなく、イェーガーはなぜか口元に不敵な笑みを浮かべてそう答える。


「そ、そんなぁ……じゃあ、XLPG‐1はどうでもいいって言うんすか?」


 予想外の物言いに沖田はさらに激昂するが、どこか愉しげな様子でイェーガーは続けて言う。


「なぜ、いつまでもXLPG‐1専用の小型賢潜XSSLP‐719を豊洲の試験場に置いたままにしてあると思う? 何もこちらからわざわざ出向いてやらんでも、向こうが勝手に来てくれるのを待っていればいいだけのことだ」


「それでは豊洲に誘き寄せて、そこでXLPG‐1ごとヤツらを捕えると……」


「その通り。ヤツらが逃げる術ははなから小型賢潜を奪う以外にないからな。もっとも、XLPG‐1が動かぬままならヤツらのアジトを強襲するつもりでいたが、こうなった時のことも考えて、豊洲で迎え撃つ準備も密かにこちらで進めておいた」


 おそるおそる訊き返した近藤に、イェーガーはいっそう可笑しげに口元を歪ませる。


「じゃ、じゃあ、もしかして少佐もゴーレムを用意してたりとか……」


「ああ、大した代物じゃないが、当然、他に戦力もないヤツらはXLPG‐1を用いる作戦を取るだろうからな。それが使用できるようになった今、必ずヤツらはこちらの張った罠の中へ飛び込んで来るはずだ。時として、牙を持つ獣はその牙で己が身を危険にさらすものだ」


「さっすが〝米帝の狩人〟イェーガー少佐! そんじゃそこらの軍人とは違いますねえ!」


 見損なったという目をしていた沖田だが、今度は一転、太鼓持ちのように彼をヨイショする。


「ま、ただ待つのも飽きたからな。ちょっと煙でも焚いて巣穴を燻してみるか……見張りについてる猟犬達・・・へもっと派手にうろつくよう指示を出しておこう」


「つまり、こちらに知られたとわざと教えて、やつらの尻に火を付けてやるわけですね?」


 イエーガーの比喩表現に、土方も顔色を明るくしてそう聞き返す。


「そうだ。そうすれば蜂の巣を突いたように慌てて動き出すだろう……そちらのゴーレム3機も試験場の方へ回しておいてくれ。今宵、この豊洲ですべてを終わらせるぞ」


「イエッサー!」


 いつもの如く鋭い狼の眼に戻って告げるイェーガーの言葉に、近藤ら3人も威儀を正して彼に敬礼を返した――。

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