ⅩⅦ シャーロック・ホームズによろしく
豊洲・篠浦工魔術大学のキャンパス内にある賢者の石力ゴーレム探求用施設……。
急ピッチで修復を終らせたその巨大なプレハブが、現在、奪取されたXLPG‐1とその犯人一味を追う近藤一等陸尉達、新選抜ゴーレム小隊の作戦本部となっている。
と言っても、もともとここにはその
だが、そんな惰性的な理由だけでなく、ここからならば捜索エリアにも近く、いざという時の戦闘装備どころかゴーレムだって隠し持っていられる。
その上、となりの運河を使って秘密裏にゴーレムを出撃させることも可能であり、今は盗まれたXLPG‐1のダミーとして近藤のGゼロ一機だけを置いているが、近々、土方と沖田の機体も運び込んでおく予定である。
それに身内の衛兵団内においても彼らの任務は極秘であるため、通常の勤務地である相模原の陸上武具探求所にいるよりは、ここの方が遥かに都合がいいだろう。
「――もう、4日か。そうだな。そろそろ海底の探索は打ち切ってもいいだろう。いまだに見付からないとなると、壊れて沈んでいるということもあるまい」
「はい。これからは豊洲・晴海沿岸のエリアを中心に陸上の捜索に専念するつもりでいます」
「沖田三尉入りま~す」
そのプレハブの一角に設けられた簡素な応接室で、毎日の定例情報交換に訪れたイェーガー少佐と近藤が今後の方針について話し合っていると、気だるそうに声をかけて沖田が入って来た。彼の両手にはなんだか大きなビニール袋が提げられている。
「ただ今、近所のマグス・ナルドスで昼食のセットを四人分調達し、無事、戻って参りました」
そして、応接セットにイェーガーと向き合って座る近藤に敬礼すると、ふざけた調子でそう作戦行動中のように報告する。
「ああ、ご苦労だったな。毎度使いっ走りをさせてすまない。こうなっては外部に出前を頼むわけにもいかんからな」
「いえいえ。さすがにこの恰好で学食行くわけにもいかないっすからねえ。ま、ファスト・フード店でも目立ちますけど……相模原の食堂の飯が懐かしいっすよ」
上官としての威厳を保ちつつも謝る近藤に、他の者同様、モスグリーンの制服に身を包む沖田は軽い調子でこの不便な食事環境を嘆く。これもまた任務の秘匿性ゆえの苦労である。
「はい。隊長の日露ライスバーガーセットです。イェーガー大佐もよかったらどうぞ。これ、今やってる日本のマッグ限定メニューっすよ」
「ん? ああ、すまない。では、せっかくなのでいただくか」
ビニール袋からチップスとコーヒーもセットで入った紙袋を一つ取り出して近藤に渡し、もう一つ同じものを沖田が差し出すと、イェーガーも険しい表情のままそれを受け取る。
「はい、土方さんの分」
「ああ、悪い……」
続いてまた別の紙袋を振り向きざま掲げる沖田に、事務机に座る土方は読んでいた新聞から目を上げることもなく答える。
「土方さ~ん、なに暢気に新聞なんか読んでるんすか? いくらなんの手掛りも掴めないからって、そんな気を抜いてちゃダメっすよ?」
「別に遊んでるわけじゃない。ホームズよろしく新聞から犯人の捜査をしようとしているんだ。もしや盗んだゴーレム使って何かやらかしてくれてるんじゃないかと思ってな」
普段いろいろと言われているお返しに、ここぞとばかり苦言を呈する沖田だったが、土方は顔色一つ変えずに紙袋を受け取ると、得意げな沖田にさらりと切り返した。
「で、どうだ? 何か目ぼしいものはあったか?」
すると、あっさり返り討ちにあってポカンとする沖田を放ったらかしに、バーガーの包みを開け始める土方へ今度は近藤が尋ねる。
「いえ、ゴーレム絡みはおろか大きな事件も何も……もっとも予想外にXLPG‐1は狙われましたが、今の日本にヤツらが標的にするようなものも特にないですしね……強いて挙げるとすれば、気になるのはこの田園調布一帯で起きた大規模停雷っていうのぐらいですかね?」
「停雷? ……それがどうかしたのか? まあ大規模となると少し珍しいが……」
再び新聞へ視線を戻して答える土方に、近藤は怪訝な顔をしてもう一度訊き返す。
「記事によると停雷の原因は一時的に送雷量を超える大量の雷力が使われたためらしいんですが、不思議なことに
「食い違ってる? ……どういうことだ?」
「どういうことっす?」
なんだかもったいぶった言い方をする土方に、皮突きのチップスを口に入れようとしていた近藤に加え、日露バーガーにかぶり付いていた沖田も手を止めて身を乗り出す。
「住民は停雷の起こる前に雷線工事をしている作業員を見たと証言しているんですが、坂雷側はそんな工事一切していないと断言しているんですよ。ね、なんだかおもしろいでしょう?」
「ほう。そいつはちょっとしたミステリーだな」
「わかった! 無駄に雷気使って地球を温暖化させる金持ち連中にGMEが嫌がらせしてやろうとしたとか? ……って、それはないっすね」
最初、若干の興味を覚えた近藤であったが、その言葉とは裏腹に止めていた手を動かしてチップスを口に放り込み、沖田も思い付いたありえなりテロの理由に一人ボケツッコミをする。
「ま、大方住民の見間違いか、さもなくば坂雷側が責任逃れに嘘吐いてるというとこだろう」
「ええ。まあ、真相はえてしてそんなところなんでしょうけどね……」
だが、近藤がにべもなくそう否定し、土方もつまらなそうに肩をすくめて答えたその時。
「……停雷……いや、ちょっと待て」
福神漬けと肉じゃがを海軍カレー味ライス・バンズで挟んだ未知なるジャンクフードに目を見張っていたイェーガーが、何か引っかかることでもあるというように不意に口を開いた。
「一時的な雷気の大量使用が原因と言ったな? ヤツらが強奪した時点でXLPG‐1に搭載されていた原質の量はごく僅かだった。もしヤツらがその足りない原質の内、ミュオニック・ジ・アクアの方を手に入れようとしたらどうする? それも取引や盗むという手段ではなく、自分達の手で作り出そうと考えたら?」
「まさか? それで停雷が起きたって言うんですか?」
イェーガーの遠回しな表現にもその言わんとしていることをすぐに察して、近藤が目を大きく見開きながら声を上げる。
「し、しかし、造るにしたって、それには大掛かりな元素加速器が……」
「しかも天下の田園調布っすよ?」
一瞬の後、続いて土方・沖田もその意味に気付き、コーヒーを手にしたまま腰を浮かせる。
「あくまで可能性の話だ。だが、そう考えれば一つの説明にはなる。一時的な大雷力の使用……住民達が見たという幻の作業員……XLPG‐1を盗んだGMEの結社員、もしくはその協力者が組織的に原質の練成をしたと見ることも……いや、考えすぎか。高級住宅街だしな」
天啓的な自分の閃きに興奮気味のイェーガーだったが、自ら語る内にそのかなり無理のある設定にようやく気付き、飛躍しすぎた妄想だと一気にクールダウンする。
「そ、そうっすよ。日本一有名な高級住宅地にそんな施設があるなんてことは……」
「ハハ…イェーガー少佐もジョークがお好きですね」
そのありえない可能性をちょっとだけ本気にしてしまった沖田と土方も、自身の心の内を悟られまいと苦笑いをして誤魔化す。
「まあ、上流階級には密かにGMEのスポンサーになっている者も少なくはない。一応、環境保護活動に感心の強い者などはいないか洗っておいてみてくれ」
「え、ええ。わかりました。その件は情報本部に協力要請してみましょう」
半信半疑ながら、やはり本気になりかけていた近藤も額の汗を拭い、冷静になったイェーガーの指示を承諾する。
「ああ、よろしく頼む。だが、それよりもミュオニック・ジ・アクアとソーマを所有する施設の監視を強化する方が重要だ。それから捜索範囲だが、隅田川のもっと上流の方まで広めてみてはどうだろう? 海に飛び込んだXLPG‐1がそちらに遡上した可能性もある。途中で船に引き上げて運んだかもしれんしな。どうだろう? こちらは考えすぎではないと思うのだが」
「なるほど。それならばありえなくはないですな……では、土方は隅田川上流の捜索、沖田は原質のある施設の監視に回ってくれ」
今のことがあるので少し自信なさげに言うイェーガーだったが、近藤もその考えに共感して部下達にすぐさま指示を飛ばす。
「ハッ!」
「ラジャー!」
その地道ではあるが現実味のある今後の作戦方針に、土方と沖田もコーヒー片手に直立すると、威儀を正して近藤に敬礼を返した――。
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