ⅩⅥ ホームパーティー

「――これはいったい、どういうことだ……」


 しかし、後始末を終え、地下の実験ラボラトリウム)から地上の邸宅に戻った俺は、ダイニングの入口で呆然と立ち尽くすこととなる。


「アテナちゃん、昨日はほんと、ごめんなさい。これからはわたしのことをお姉さんだと思ってなんでも相談してね。将来、ほんとに姉妹になるかもしれないし」


「姉妹? ……なぜだ?」


「お! このラザニア激ヤバ! こっちのボンゴレ・ビアンコもイケてるし、あたし、イタリアン好きなんだよね~。ねえ、アテナちゃんはどんな食べ物が好きなの?」


「ん? そうだな。タンパク質とヴァイタミンを充分に補給できるものがいいな」


「ねえねえアテナちゃんはまだ日本に来て間もないんでしょ? どっか行きたいとこある?」


「うーん……この国の兵部省情報本部には潜入してみたいな」


 なぜかダイニングのテーブルの上にはさまざまな料理が並び、まるで立食パーティー式の女子会ででもあるかのように、式部、納言、孝標の女生徒三人がアテナと料理を食べながらガールズトークで盛り上っている……ってか、その前になんでうちの生徒までここにいる?


「このミネストローネもいい味だしてるな~。いや~蘆屋先生、料理うまいんすねえ~。先生の旦那さんになれる人は幸せ者だな~」


「あん? 司馬くんったら、ほんとにお世辞がうまいんだからん♪」


「いえいえ、ガチですって。もう、こんな手料理食べさせられたら、どんな男だってイチコロすっよ。俺、お婿さんに立候補しちゃおっかなあ~」


「もう、そんなこと言ったら、お姉さん本気にしちゃうわよん?」


「デヘヘヘヘヘ…」


 その上、さらになぜだか司馬までが取り皿とフォーク片手に、ワイングラスを傾ける蘆屋と楽しくおしゃべりなんかしている。しかも、そのデレデレな顔とわざとらしい言動が、なんか、ものすごくムカつく……おまえら、勝手に他人ん家で何やってんだ!


「何がいったいどうなっている……」


「う~ん、どうやら先にパーリィーを始めちゃったらしいね」


 唖然とした顔で呟く俺に、となりのニコラが見当違いな解答を返してくれる。


「……ん? ああ、おまえら来てたのか。そっちの首尾はどうだ?」


 すると、入口に突っ立ったままの俺達に、女生徒達の質問攻めにあっていたアテナがようやくにして気付いた。


「あっ! ちょうどいいところに来たわん♪ アテナちゃんの歓迎会を始めたところなの」


「よお、土御門。邪魔してるぞ」


「先生遅かったじゃないですかあ。ダメですよお? こんなカワイイ妹を放っておくだなんて」


 アテナの声に蘆屋や式部達もこちらを振り向き、よくわからないことを口走っている。


「歓迎会? ……おい、ちょっとこっちに来い」


 俺は蘆屋を手招きすると、その妙に色っぽい耳元へ口を近付けて小声で尋ねた。


「これはいったいなんの冗談だ? なんで、あいつらまでここにいる?」


「ああ、それがもうびっくり。なんかね、ハルミンとアテナちゃんが禁断の恋に落ちてるって勘違いしてたらしくて、みんな心配になって尋ねて来ちゃったみたいなの」


「はあぁ?」


 俺は今知るその驚くべきバカげた勘違いに再度唖然とする。いったい、どこをどうすればそんな風に妄想することができるのだ? ……あ、いや、待てよ。そういえば、アテナに拉致られた時に司馬に見られたが……そうか、あれが原因か……。


「で、いろいろ誤解してるようだったし、まあ、それはそれで放っといてもおもしろそうなんだけど、このままだとこっちの計画にも支障がでちゃいそうだったからね。仕方ない、この際一気に問題解決しちゃおーう! と思って、アテナちゃんはあなたの腹違いの妹で、ずっと生き別れになってたってことにしてみたの」


 俺がそのふざけた誤解を生みだした原因についてあれこれ魔術的に考察している内にも、蘆屋はまたとんでもない新情報をさらっとリークしてくれる。


「なっ…俺とこいつが兄妹だと?」


「ええ。ところが最近、唯一の肉親だったお母さんが他界したために、はるばるアメリカからハルミンを頼って日本へ来たっていうようなストーリーの流れ? ちなみにニコリンはアテナちゃんを日本に連れて来てくれた母方の叔父さんね」


「あ、僕も親戚なんだ」


 突然、自分も親族にされてしまい、俺ほどではないがニコラもにこやかに驚いている。


「その方が説明楽だと思って。あたしの方は予期せず生き別れの妹と生活することになったハルミンに、どう多感なお年頃の女の子と接すればいいのか相談を受けたっていう設定よ。でもって、今日はアテナちゃんの歓迎パーティーでみんなこの家に集まってたっていうわけ」


 なぜだ……なぜ、そういう話になる? 同じ嘘を吐くにしても、なんかこう、もっと他に言いようはあるだろ? それに、よしんばその突然の言い訳設定を百歩譲って許したとしても、司馬達までパーティーに参加しているのはどう考えても余計だ。


実験室ラボラトリウムのことも言えんからな。おまえとニコラはドが付くほどのメイドフェチで、来日した機会にどうしてもアキバとかいう聖地に行きたいというニコラのたっての希望で出かけたということにしてある。で、どうだった? 例の物はできたのか?」


 今度は蘆屋とともに傍へやって来たアテナが、彼女に替って口を開く。


「ん? あ、ああ。途中、想定外の停電でちょっと焦りもしたが、そっちの方は無事、練成成功だ……って、誰がドの付くほどのメイドフェチだっ!」


 ロリコンの次はメイドフェチか……どこまで俺の人物像は変態を極めていけばいいんだ……突然のまっとうな質問に思わず真面目に答えてしまったが、成した偉業への喜びもどこへやら、そのいっそう誤解を招くヒドイ言われようにもうそれどころではない。


「そうか。なら、問題ない」


「あるだろ問題? そんな危ない人間のイメージ植えつけられて、これから先、俺はいったいどうやって生きてけばいいんだ!」


「大丈夫だ。すべて真実だからな。ありのままの自分を出していけばいい」


「違う! 断じて俺はそんな人間ではない! そして、ぜんぜん大丈夫でもない!」


「おおーい、そんなとこで何こそこそ親族会議やってんだ~?」


「そうですよー。あたし達も混ぜてくださいよー」


 思わず声を荒げてアテナと言い争っていると、テーブルの方から司馬や納言達が俺達偽装家族・・・・を呼ぶ。


「まあまあ、とにかく今日のミッションは達成できたようだし、ここは実験の成功を祝してパ~っとお祝いするとしましょう? ……は~い! それじゃあ全員揃ったところで、もう一回乾杯するわよ~」


「は~い!」×5。


 苛立つ俺をなだめすかし、そう皆に提案する蘆屋の楽しげな言葉に、司馬達ばかりかニコラまでもが声を揃えて色良い返事をする。


「ハァ……なんて非魔術的な状況なんだ……」


 そうして、まことに不本意ながら俺もその輪に加わり、先程、地下で考えていたのとは若干違う乾杯を皆で一緒にすることとなった。


「それじゃ、改めまして。こほん……ハルミンとアテナちゃんの久方ぶりの再会を祝して、かんぱ~い!」


「かんぱ~い!」


 ワイングラスを掲げて蘆屋が合図をすると、他の者達も高々とグラスを天に掲げる。


「かんぱーい……」


 その後、数秒の時間差を置いて、本日の主役であるはずの俺は力なくグラスをちょこっとだけ上げた。


 皆のグラスが赤紫色の液体で満たされているが、お酒は20歳になってからなので、式部達やアテナは「Fanata」の炭酸グレープジュースだ。


 そして、テーブルの上の開けられたボトルを見るに、蘆屋や司馬が飲んでいるのはおそらく俺の家のワインセラーから勝手に持ち出して来たヴィンテージものの赤ワインであろう。なに持ち主の許可なく開けてんだよ?


 それにテーブルの上に並ぶ豪華な蘆屋の手料理も、もしやと思いさっき確認してみたところ、案の定、俺ん家の冷蔵庫を見事、空っぽにして作られたものだった……ああ、せっかく昨日の帰りに一週間分まとめ買いして来たっていうのに……こんなお屋敷に住んではいるが、今の俺は裕福ではない。次の給料日までしばらくお茶漬けだけの日々が続きそうだ……。


「水臭いじゃないかよお~。妹なら妹だってそうちゃんと言ってくれればよかったのに~。てっきり俺はついにおまえが禁断の少女愛に走っちまったかと、ものすごく心配したんだぞ~?」


 そんな俺の心の内などまるで察することもなく、このふざけた偽りの家族設定を完全に信じ込んでしまっているアホウな司馬が、ほろ酔い気分で勝手な文句をつけてくる…ってか、その〝ついに〟というのはなんだ?


「先生、わたしも先生のことロリコンだなんて疑ってごめんなさい。その……お詫びと言ってはなんですが……先生が望むんなら……わ、わたし、今度、メイド服着て来てもいいです…よ?」


 式部も不名誉な勘違いを解いて謝ってくれるのはいいが、なぜだか頬をほんのりと赤らめ、身体をモジモジさせながら変なことを口走っている。こっちもこっちでまた新たな誤解をしてくれているようだ。


「もう、何がなんだかだな……」


 この嫌がらせとしか思えないふざけきった状況に、つい先程まで荘厳な地下の実験室ラボラトリウムで神秘的なミュオニック・ジ・アクアの練成実験をしていたということもすっかり忘れてしまいそうである。


 司馬達の相手をしながら、ふと、何か大事なことを忘れているような気もしたのだが……まあ、今直面しているこの問題よりも重要であることなどまずあるまい。


「でも、アテナちゃんカワイイから、おまえも兄として学校で変な虫が付かないか心配だろ?」


「それで、その……先生のお好みは、やっぱりクラシカルな黒メイドですか? それとも、ファンタジックに水色のアリスメイドとかの方が……」


「ハァ……」


 俺はとなりで話す司馬や式部の声も耳には入らず、窓から覗く長閑な昼下がりの青空をぼんやりと眺めながら、もう一度、深く大きな溜息を吐いた――。





 そして、土御門邸がそんな賑やかなパーティーで盛り上がっているその頃、ご近所…というか田園調布一帯では……。


「――あら奥様、お宅もですの? うちも突然テレヴィも雷気も消えちゃって」


「やっぱり。皆さんそのようですし、ほんとに停雷みたいですわね」


 突然の停雷に、いつもは閑静な高級住宅街の路上も、各々の家から出て来たセレブレティな住民達によって賑わっていた。


「……駄目だ。Dr.達は出ないな。やはり実験でトラブっているのか?」


 そんな街の様子をスマート・フォネ片手に眺めていた作業服姿の〝グラウクス〟の隊長〝フクロウ〟が、険しい表情で仲間にも聞こえるように言った。


 いつもは茶のニット帽に同じく茶のフリースといった格好の彼だが、その背後に控える二名の隊員同様、今日は黄色いヘルメットと青の作業服で雷力会社の作業員に変装している。


「早くしねえと警察や本物の雷力会社が来ちまう……やむをえん。面倒なことになる前に引き込み線を回収してズラかるぞ! 証拠は何一つ残すな!」


 スマフォネをポケットにしまい、今度はトランシーバーを取り出して各地に散らばっている部隊の皆に素早く指示を飛ばすと、フクロウ自身も部下二人とともにアルミ梯子を電柱にかけ、早々証拠隠滅の作業にとりかかるのだった……。


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