ⅩⅤ 錬成

 さて、土御門達が秘密の実験室ラボラトリウムで錬成作業にとりかかろうとしていたその頃。


 閑静な住宅街の細い路地に面する土御門邸の門前には、ニコラや蘆屋達とはまた別に思わぬ来訪者達の姿があった……。


「あ、また工事やってる」


「今日はやけに見かけるなぁ……今って、そういう雷線工事の時期なのかね?」


 傍らの雷柱に登った雷力会社の作業師を見上げ、更那と清香がそんな何気ない会話を交わす。


 田園調布駅からここまで来る間、時々出くわすのは散歩しているいかにも品の良さそうな老夫婦ぐらいのものだというのに、それを上回る頻度で雷気工事をあちこちよく見かけたのだ。住んでるのはみんなお金持ちだし、そのための手厚いサービスなのだろうか?


「あっ! ……なんか、ここみたい」


 一方、そんな雷気工事事情どころではない精神状態の紗希は、すぐ脇の煉瓦の門柱に付けられた表札を見て、独り小さく声を上げた。


 更那と清香の二人も見ると、確かに「土御門」と書いてある。風の噂に聞く情報だけを頼りに来てみたのであるが、勢い任せだった割には案外すんなりと辿り着くことができたようだ。


 三人はいつもの制服姿と違い、紗貴はお嬢さま風の清楚な藤色のワンピース、清香は鮮やかな朱のニットにインディゴのハーフパンツ、更那は淡い山吹色の森ガール風ふわふわファッションと、それぞれに個性の現れた私服を身に纏っている……学校が休みの今日、彼女達は昨日の少女の一件を確かめるため、思い切って土御門の家を尋ねてみることにしたのだった。


「ここが、先生の……そして、未来のわたしの……」


「ふーん。さすが田園調布在住。いい家住んでんなあ~」


「へ~カワイイ家だねえ。ドイツ風かな?」


 ところが、そのメルヘンに出てくるようなハーフティンバー様式の邸宅に三人が三者三様の感想を各々口にしていたその時。


「ああ、ここかあ……」

 

となりで、不意にそう呟く男の声が聞こえた。


「えっ?」


「んん?」


 紗貴達三人と、その声の主は同時にお互いの方を振り向く。


「あああっ?」


 そして、やはり同時に驚きの悲鳴を静かな住宅街に響かせた。


「お、おまえ達、なんでこんな所に……」


「司馬先生こそ、どうしてここに?」


 それは、やはり昨日の一件に関わる人物の一人、司馬仙次だった。彼も今日は普段のジャケット姿と違い、水色の袖なしダウンベストに青いカーゴパンツといったラフなアウト・ドア系の服装をしている。人間、服装だけでこうも印象の変わるものか……って、そんなことはどうだっていい! なぜ、司馬がここにいるのだ?


「もしかして、昨日の件でわざわざ土御門の家を訪ねて来たのか?」


 思わぬ遭遇に呆然と固まっていると、紗貴達が口を開く前に司馬の方から訊いてきた。


「もしかしなくてもですけど……先生も、ただ遊びに来たってわけじゃなさそうですね?」


 それに答え、動揺する司馬の顔をまじまじと見つめながら紗貴も訊き返す。


「ああ。俺も家に邪魔するのはこれが初めてだ。やっぱり、このまま黙って見過ごすわけにもいかんからな。他人の恋路を邪魔したくはないが、このままだと悪い噂も起ちかねん。下手したら、それがもとで学校を辞めさせられるなんてことだって……」


「土御門先生が学校を辞める? ……それもこれもあの子のせいよ……わたし、絶対認めないんだから!」


「式部、そこまで土御門のことを……まあ、おまえもあの女生徒と立場はあんまし変わらないんだけどな……とりあえず、おまえの気持ちはわかった。だが、ここは俺に任せて帰れ。おまえ達まで一緒だと余計、話がややこしくなる」


 なぜかモテモテな同僚のせいでまた一人暴走する困った女生徒おまえにして、司馬は少々呆れ気味になんとか説得を試みようとする。


「いいえ! わたし達も同席させていただきます! …っていうか、司馬先生こそ無粋なちょっかいは出さずに帰ったらいかがですか? せっかくここまで来たっていうのに、ただ黙って帰るなんてできるもんですか!」


 だが、それで素直に帰るようなら最初からわざわざ来ようなどとは思うまい。


「そうだよ司馬ちゃん。あたし達だってこの恋のバトルの結末を見届ける権利があるんだから」


「そうそう。それにハルミン先生のお家ん中も見たいしね」


 紗貴の左右を固める清香と更那も、少々興味本位の感はあるが、彼女の意見を援護する。


「ハァ…ま、確かにここまで来といて〝はい、そうですか〟とは帰れんわなあ……仕方ない。主義主張は違えど土御門を思う気持ちに変りはなかろう。ここは一つ、みんなで意見してやった方があいつも目を覚ましてくれるかもしれないな」


「司馬先生……」


 聞き分けのない女子高生三人に詰め寄られ、やむなく彼女らの同席を司馬が承諾すると、それまで目のつり上がっていた紗貴も思わずその険しい表情をほぐす。


「さっすが司馬ちゃん! 話わかる~♪」


「わーい! やったーっ!」


 その両脇で、意外と理解のある教師・司馬に清香と更那も喜びの声を発している。


「でも、あんまし感情的になるなよ? これ以上、問題を増やされたら溜まったもんじゃないからな。いくら頭に血が上っても絶対に手は出さないこと! いいな?」


「もう! わたし、そんなヒステリーじゃないですよ!」


「なら心配いらないんだけどな……そんじゃ、いくぞ?」


 忠告に口を尖らせる紗貴へくるりと背を向け、司馬は門柱の間に一歩足を踏み入れると洋風な玄関までの僅か距離を進む。


「あ、は、はい!」


 紗貴達三人も一瞬忘れていた本来の目的を思い出し、彼の後へと続く。


「ゴクン……よ、よし。それじゃあ、押すぞ?」


「はい!」


 そして、JK三人の熱い視線を一身に受けつつ緊張に喉を鳴らし、厳めしい黒木のドアの中央に取り付けられたノッカー型のインターホンに手を伸ばすと、司馬はライオンが噛む金属の輪を掴んでおそるおそるボタンの上へ叩き付けようとしたのだったが……。


「ほ、ほんとに押すぞ?」


「はい!」


「ほんとにほんとだぞ?」


「はい……」


 いざとなると、なんだか尻込みしてしまってなかなか押すことができない。


「ほんとのほんとにほんとで押しちゃうぞ? いいのか、ほんとに押しちゃうんだぞ?」


「あああ、もうじれったい! あたしが押す」


 すると、業を煮やした清香がヘタレな司馬を押し退け、代わりにノッカーの輪を掴んで一気呵成に叩きつける。


「ああっ!」


 ピ~ンポ~ン……。


 緊張と驚きの表情で皆が見守る中、軽妙なチャイム音がドアの向こう側で木霊した――。





 一方その頃、ドアを一枚挟んでこちら側の土御門邸内では……。


「あら、お客さんかしら? ダーリンは地下に籠ってお仕事中だし、困ったわね」


 突然のチャイムに、鍋を火にかけていた蘆屋が困った顔で首を傾げていた。


「アテナちゃ~ん! 若くて美人なお姉さんは今手が放せないから、ちょっと出てくれる~?」


 手が放せないのは本当らしいが、そんな家族ごっこの小芝居を無駄に演じつつ、彼女はどこか近くの部屋にいるはずのアテナに声をかける。


「ああ、了解した」


 すると、もうすでに廊下を玄関の方へ向かっていた彼女は、そう返事をしながらキッチンの横を通り過ぎて行く。


「来訪者か……まさか、当局に嗅ぎ付けられたんじゃないだろうな?」


 間を置かずして玄関へ至ると、腰の後でキュロットの縁に差した拳銃に手をかけながら、アテナは闇夜に獲物を探す梟のような眼をドアの覗き穴へと近付けた。


「……ん?」


 だが、なぜか眉根を寄せて訝しげな声を発すると、警戒レベルを下げて速やかにドアの鍵を開け始める。そして、それでも警戒心と拳銃のグリップはしっかり握ったまま、おもむろにドアを開けたその瞬間。


「…っ?」


 玄関から出て来た思いもよらぬまさかの人物に、司馬や紗貴達は言葉を失った。


「……な、な、なんで、あなたがここにいるのよっ?」


 ある意味、この洋館には相応しい風貌とも言えなくはないが、まさか今日、この場所で見るなどとはまったくの想定外だったその欧風な顔立ちをした少女に、ようやく取り戻した声で紗貴は戦慄くように叫ぶ。


「しかも、そんなラフな格好でハルミンの家にいるってことは……」


「もしかして、同棲?」


 その背後では、やはり目を真ん丸くした清香と更那が、紗貴の想像したくなかったことを思わず口に出してしまっている。


「うぐ……」


「ま、まさか、同棲までしてるだなんて……」


 友人達の軽挙な言葉にぐさりと貫かれた胸を抑える紗貴のとなりでは、さらにその胸の傷を抉るかのように、司馬までがその二文字を驚愕の表情で繰り返している。


「おまえ達いったい何しに来た? 今日、土御門はわたしとの約束があって忙しい。用があるならまた今度にしてくれ」


 そんな紗貴達の驚きを他所に、さらに誤解を招くような台詞をアテナは無表情のまま口にする。


「な、なによ! その、ここは自分の家みたいな偉そうな態度は? もう頭にきた! あなたじゃ話にならないわ。土御門先生、中にいるんでしょ? 早く先生を呼びなさいよ! せんせーい! 土御門せんせーい!」


「こ、こら、落ち着け式部! 騒ぐと近所迷惑だぞ? だが、確かに式部の言う通り、ここは土御門本人と話をする必要がある。君、悪いが土御門をここへ呼んでくれないかな?」


 頭に血が上り、恐ろしい剣幕でアテナに詰め寄る紗貴を制する司馬だったが、やはり大きな誤解をしている彼としても土御門との直接対話を要求する。


「ねえねえ、もしかしてひょっとしたら、もう籍まで入れちゃってるとか?」


「ええっ? じゃ、じゃあ、保健室で蘆屋っちに相談とかいうアレも……まさか、ひょっとしたらひょっとするってやつ?」


 最早、傷心する親友の気持ちなどお構いなく、加えて更那と清香も興味本位で紗貴の傷口を開いて塩を擦り込むような質問をアテナに畳みかける。


「チッ……とりあえず、これで眠ってもらうか」


 どうやら帰る様子はなく、しつこく迫る招かれざる来客達に、アテナは拳銃から今度はポケットに忍ばせたスタンガンへと手を伸ばしたのだったが。


「なんか騒がしいけど、どうかしたの?」


 ちょうどそんなところへ騒ぎを聞きつけ出て来た蘆屋が、ピンクのエプロン姿のままひょっこり顔を覗かせた。


「…?」


 またも登場したまったく想定外の人物に、来客達は再び声を逸し、閉口する代わりに口をポカンと開けたまま身体を硬直させる。


「あら?」


 そんな4人とは対照的に、蘆屋は見慣れた顔をそこに見つけ、朗らかな声を上げて小首を傾げた――。





「――ああ、了解した。ご苦労だったな。じゃ、実験が終わったら連絡するんで、それまで目立たないように待機していてくれ」


 一方その頃、地上がそんな騒ぎになっていることなど露知らず、いまだ地下実験室に籠ったままの俺達は、雷線引き込み工事の完了を伝えるグラウクスからの連絡を受けていた。


「よし! これで準備万端整った。それじゃ、いよいよ〝大いなる作業マグヌス・オプス〟と行こうか」


 固定雷話の受話器を置くと俺はニコラの方を振り返り、ちょっと気取った言い回しで実験の開始を告げる。ネックだった膨大な雷力の確保も可能となった今、この偉大な実験の挙行を躊躇う理由はどこにもない。


「OッKェ~! イッツ ァ ショ~タァァァーイム!」


 対してニコラはネイティブなイントネーションで愉しげな奇声を発すると、事前に申し合わせていた通りに計器を確認する担当の位置へと着く。


「では、練成開始。黄道十二宮と七惑星、そして、ヘルメス・トリスメギストスの加護により、無事、第五元素クインタ・エッセンチアと理想的な硫黄の完成せんことを……ポチっとな」


 俺は錬金術師の伝統に則り、特に効果を信じてるわけでもないのだが、一応、天体と錬金術の神〝三重に偉大なヘルメス〟の加護を祈る唱え言をしてから、おもむろに元素エレメント加速器のスタートボタンを押した。


 と同時に地下室内にはヴーン…という巨大な大蛇ワームが唸るかのような不気味な重低音が空気を静かに震わせながら響き渡る。


「ほえ~! 500メガ・エレクトロンボルタまで加速するのに必要な雷気がちゃんと来てるよ! いや~スゴイね! 個人宅でもこんな雷気量食う装置が使えるなんて」


 配雷タブレットの前で雷圧計のメーターを見つめ、ニコラが嬉々とした笑顔で叫ぶ。辺りには高雷圧により静雷気が発生しているため、彼のアホ毛は今日一段と跳ね上がっている。


「フン。田園調布中の雷気を集めているからな。よし、いい感じだ。このままうまくいってくれれば、いいんだがな……」


 雷子石板タブレットの画面に表示されたミューオンの練成過程を示すインジケータは黒色のゾーンから白色のゾーンへと移行しつつあり、イグニス・アクアが螺旋加速器の中で渦巻きを描きながら加速され、最大速度に達したそれが連環加速器へ注入されたことを現している。


「よし! 連環加速器に入った。いい感じに加速されてるな……」


 いつもは冷静でいることを心がけている俺も、思わず興奮気味に声を出してしまう。初めて稼働させたにしては、予想以上にスムーズな動きをしてくれているようだ。


 と、俺がそんなこと考えている間にも超伝導雷磁石の導きにより、ぐるぐると同一の円形軌道を幾度となく描きながら、巨大な環の中でイグニス・アクアはさらに加速されていく……。


「そろそろ最大値だな……では、練成標的を封入するとするか」


 インジケータの加速度数値が最大を示したので、俺は休まず第三段階へと作業を進める。


「さてさて、本日最初のクライマックスだね~。ちゃんとパイ聖霊子できるかな?」

「できなくて困るのはおまえらだがな」


 いつの間にやらとなりに来て、まるで他人事のように画面を覗き込みながら呟くニコラに、俺はそう嫌味を言って練成標的である銅を機器内へ封入するボタンを押した。


 一瞬の後、インジケータはさらに白色ゾーンから黄色ゾーンへと移り、イグニス・アクアの照射された銅が極分霊反応を起こしてパイ聖霊子が放出されたことを術師に教える。


「さあ、いよいよ第五元素クインタ・エッセンチアの誕生だ!」


「ミューオン、カモ~ン!」


 確認した俺は、間髪入れずに練成されたパイ聖霊子を連環加速器から直線的に伸びるソルネイドス磁場の管へと通す。この中を飛行する内に、寿命の極めて短いパイ聖霊子は自然崩壊を起し、お目当てのミューオンと、同じくレプトス第一原質プリマ・マテリアであるニュートリノの二つへと変化するのだ。


 練成過程を示すインジケータも黄色からついに最終段階である赤色のゾーンへと突入し、第五元素クインタ・エッセンチアたるミューオン元素線ビームの得られたことを俺達に告げている。


「あとはこいつをジ・アクアに当てさえすれば…」


 もうここまで来くれば心配いらんだろう……すでに安堵の気持ちを抱きながらこの大いなる作業の行く末を見守り、ソルネイドス磁場管の先にある、ジ・アクアの練成標的を入れた蒸留器アレンビック型の箱の方へと俺が目を向けたその瞬間。


 バヂン…!


「…?」


 何かが弾けるような音とともに、突然、目の前が暗転した――。






 ちょうどその頃、地上の邸宅内では……。


「――とまあ、そんな韓流ドラマも真っ青の複雑な家庭事情があったわけなのよ」


 裏庭に面した瀟洒な応接室でアンティークなソファに並んで座り、同じく古風な英国家具のテーブルを囲む司馬と紗貴・清香・更那の珍客四人は、出された紅茶にも手を着けず、蘆屋の語るドラマチックな話に黙って聞き入っていた。


「うう……グスン…」


 彼・彼女らはなぜか一様に目を潤ませたり、手にしたハンカチを胸の前でギュっと強く握りしめたりしている。


「まあ、そういうことになっているようだな」


 そんな客達とは対照的に、アテナはいつも通りの感情表現に乏しい顔で蘆屋に相槌を打つ。


「うううう…まさか、そんな重たいもんをあいつが背負っていたなんて……それなのに、俺ってやつは……くうっ…」


「わたしも……グスン…先生のことを信じてあげようともせず、ロリコンだなんて疑って……」


 すべてを聞き終えると、司馬は瞼を強く瞑って涙の零れ落ちるのを堪え、紗貴もハンカチで目を拭って肩を小刻みに震わせた。


「いや、ロリコンなのは真実だがな」


「クスン…ハルミン、カッコ良すぎ……それじゃ、ほんとに韓流ドラマの主人公だよ……」


「うん……なんか、ハルミン先生がペ・チャンカトに見えて来た……」


 アテナがぽつりと呟いたコメントも無視し、いつもは興味本位な清香と更那も、今日は至って真剣に目頭を熱くしている。


「……ぐしゅん……事情はわかった。原守さん、それに蘆屋先生。俺も土御門の同僚…いや、友として、あいつと君が幸せになれるよう、できる限り協力させてもらうよ。何か困ったことがあったら、なんでも遠慮せずに言ってくれ」


 今にも男泣きしそうなのをどうにか誤魔化しつつ、司馬は鼻下を擦り上げると、目の前に座る蘆屋とアテナを交互に熱い眼差しで見つめる。


「わたしもアテナちゃんを未来の妹だと思って力にならせていただきます!」


「しゃあない。他でもないハルミンのためだ。あたしもいっちょ手を貸してやるよ!」


「あっ、二人ともズルい~! あたしも先生達に協力するう~」


 司馬に続き紗貴達も、テーブルの上に身を乗り出して各々熱く協力を申し出るのだったが。


 フッ…。


 それを邪魔するかのように、天井で燈っていた瀟洒な照明が不意に消えた。この部屋は日当たりがあまりよくないので、昼でも明かりがないと薄暗く感じる。


「あら? 停雷かしら?」


 頭上に下がるそのアールデコ調の傘が付いた雷灯を見上げ、蘆屋は小首を傾げる。


「………………」


 他の者達も同じく上を見上げるが、アテナ一人だけは僅かに碧い目を細め、他人にはわかりづらい不安の面持ちで足下を見つめる……が、そんな彼女の不安を裏切り、数秒とかからずに白熱球の橙色の光は再び点灯とした。


「あ、戻った!」


 不可解な停雷に、蘆屋は怪訝な顔で雷灯を見上げたまま呟く。


「停雷にしては変だな。雷気の使いすぎですかね? なんか雷気食うもの使ってませんか?」


「何か使ってたかしら? ……あ! オーブンでラザニア焼いてるからそれかしらね?」


 同じく訝しげな面持ちで上を見る司馬に、蘆屋は少し考えてから惚けた口調でそう答える。


「まさか、あいつ、失敗したんじゃないだろうな……」


 同様に天を仰ぐ紗貴達三人も含め、誰もそれを気に留めことはなかったが、アテナはやはり目を細めると、ぽつりとそう小声に呟いた――。





 一方、彼女達の足下、地下の実験室ラボラトリウムの方はといえば……。


「――非常雷源に切り変わったようだな……クソ! さすがに雷気の使いすぎか……」


 非常用発雷機により明るさを取り戻した地下室内で、俺は誰に言うとでもなく毒づいていた。


「どうやらブレーカーが落ちたんじゃないようだね。となると、ここら辺一帯大規模停雷かな? テヘヘ、今頃、地上に住む人間達はえらい騒ぎになってるかもしれないよ?」


 対してとなりの変態工魔術師は配雷タブレットの方を眺め、それどころじゃないというのに愉しげにヘラヘラと笑っていやがる。


「フン! 他人の心配などしてる場合か。それよりもミュオニック・ジ・アクアの方だ。ギリギリ、ターゲットに照射されるのには間に合ったと思うんだが……」


 俺は少々苛立たしげに答えながら、ソルネイドス磁場管に沿ってジ・アクアを入れておいた蒸留器アレンビック型の金属容器の方へと早足で向かう。


「こんなこともあろうかと、自家発雷機を付けておいたのは正解だったが……まさか本当に停雷するとはな……極めて非魔術的な態度だが、あとは天に任せるしかないな」


 そして、俺はそう独り呟くと、おそるおそる蒸留器アレンビック型容器に付いた成分解析機のボタンを押し、そのとなりにコードを繋げて置いた雷子石板タブレットの画面を息を飲んで見つめる……すると、画面に映る容器内物質の解析グラフは、微量のジ・アクアとともに相当量のミュオニック・ジ・アクアがそこに存在することを山形の波で現していた。


「よし! 実験成功だ! 賢石機関に必要不可欠な〝理想的な硫黄〟ミュオニック・ジ・アクアをついにこの手で練成したぞ!」


「イヤッホ~イ!」


 俺の口から出た言葉に、背後で他人事のように見守っていたニコラも歓喜の雄叫びを上げて飛び跳ねている。


「ハハハ! 見たか? 自作の加速器で見事、パイ聖霊子もミューオンも練成してやった! これなら大学や専門機関にいなくたって、独りで賢者の石の探求ができる!」


「うん! スゴイよ! Dr.ツチミカド。やっぱり君は天才錬金術師だ! いよっ達人アデプト~!」


 思わず俺も興奮気味に、天を仰いで自画自賛するように大声を上げると、ニコラがどこから取り出したのか? 俺の頭上に紙吹雪を降らせながら太鼓持ちのようにおだてまくる。いや、後で掃除が大変なので、そういうのはいらないのだが……。


「ま、今日の俺は機嫌がいい。散らかしたことは許しやろう……とりあえず、これで一つ条件クリアだな。あとはソーマを手に入れるだけだ。それもすぐにあのクソジジイから頂戴して、やつよりも効率よく賢石機関を動かしてやる」


「いや~頼もしいお言葉だね~。これからもよろしく頼むよ、マイ心の友・Dr.ツチミカド! あ、そうだ。Dr.アシヤやアテナちゃん達にも実験の成功を教えてやろう。きっと首を直線型元素加速器くらい長くして報告を待ってるだろうからね。そんでもって、みんなでミュオニック・ジ・アクアの完成を祝して盛大に乾杯だ。レッツ・パ~リィ~♪」


「ああ、そうだな……じゃ、この貴重な霊薬が失われないよう、ちゃんとタンクにしまってから勝利の美酒にでも酔いしれるとするか」


 なおも俺をおだてつつ、ふと思い出したかのようにそう告げるニコラに、俺も口元に笑みを浮かべて、できたてほやほやのミュオニック・ジ・アクアをフラスコ型原質タンクへ封入するボタンを押した――。


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