ⅩⅣ それぞれの事情

「――と、まあ、手順はそんな感じだ。それじゃあ、さっそく作業にとりかかるとするか」


「アイアイサ~!」


 俺の言葉に、先日と変わらぬ妙なハイテンションで白衣姿のニコラが敬礼を返す。


 まことにもって不本意ながらも、銃持った危険極まりない少女とまたも一つ屋根の下で過ごすこととなった二日目の夜もなんとか日の出の時を迎え、黄金色に染まる美しき世界にまだ生きていることへの感謝の念を感じつつも、その少女の突き刺すような視線に晒されながら美味くもない朝食を済ませた週末の午前中……俺はガイア騎士団の工魔術師ニコラ・ジェファーソンと、家の地下にある秘密の実験室ラボラトリウムに籠っていた。


 コンクリ吹きっ放しのその地下空間はゆうに二階建てほども天井の高さがあり、面積的にも地上の邸宅とほぼ同じくらいの広さを持っているが、様々な雷子機器類やファイルの詰まったスチール書棚、原質を入れたエーテル・ボンベなどが方々に散在し、足下にもコード類が木の根のようにひしめき合っているため、実際のそれよりもかなり狭く感じられる。


 そのゴミゴミとした穴ぐらを住処とする大蛇ワームのように、壁際をぐるっと一周して設置された巨大なリング状の管が、この実験室一番の目玉〝連環式元素加速器シンクロトロン〟であり、さらにその金属の蛇体に囲まれた部屋の中央部には前段階の加速に使う大きな缶詰のような形をした〝螺旋式元素加速器サイクロトロン〟も置かれていたりする。


 一見乱雑に散らかっているように見えるが、もしこの部屋を真上から見下ろしたならば、その巨大な外輪と中央の丸、その他の機材やコードの描く模様とが相まって、それはあたかも魔法円のような神秘図形に見えなくもない。


「では、イグニス・アクア封入」


「ラジャ~♪」


 俺はその魔法円の中でニコラとともに螺旋加速器に取りつき、原質となる〝イグニス・アクア〟―即ち、火性サラマンドラに相転移したアクア元素である陽子を中心部にセットする作業を始めた。


 この加速器が古典的錬金術でいうならば賢者の石を練成する〝哲学者の卵〟になるわけだ。


 突然、この非日常的でふざけたヤツらと付き合うこととなって早や三日が経とうとしているのであるが、ちょうど高校も休みで丸一日自由に時間が使える土曜日の今日、俺はニコラ達の力を借りて、いよいよミュオニック・ジ・アクアの練成に着手したのである。


 加速したイグニス・アクアを銅に照射してパイ聖霊子を作り出し、それをさらに自然崩壊させてミューオンの元素線ビームを作るこの一連の加速装置は、死んだ親父の莫大な遺産を食い潰して俺自らが作ったものだ。こんな元素エレメント加速器を個人で持っているのは日本…いや、世界広しといえども俺ぐらいのものだろう。


 ちなみに、この加速器や実験室ラボラトリウムのことは今まで誰にも話したことがなかった。奇しくも教えたのはアテナやニコラ達が初めてである。


 世間に知られれば、自分達にも使わせろなどと言ってくる不届きな輩が大勢いそうだし、それ以前に流出線も出たりするんで、勝手に作って持っているのは何かしら法に触れてそうだ。故に知人やご近所の皆さんにも内緒である。


「しっかし、こんな施設まで持ってるなんて、Dr.アシヤの人選は大当たりだったねえ~」


 手は動かしたまま、計器類を点検するニコラが口も動かす。


「高校の教師なんかやってるのはもったいない。どう? Dr.ツチミカド、いっそのこと、君もガイア騎士団に入団しない? そんでもって僕と一緒に米帝軍をも凌ぐ世界最高の賢石力ゴーレムを造り出そうよ!」


「フン。悪いがテロリストと慣れ合うつもりはない。貴様らの財力で賢者の石の探求ができるのは魅力的だが、お天道様の下を歩けない身ではせっかくの探求成果も発表できんからな」


 こちらを振り返り、子どものように目を輝かせて問うニコラの誘いを俺は鼻で一笑に付す。


「それは残念……ハァ…相変わらずジャパニーズには珍しい歯に衣着せぬストレートな物言いだねえ~。僕と君が組めば、クールでファンタスティックなゴーレムが造れそうなのに……」


 ニコラは俺の答えに今度はガックリ肩を落として溜息を吐く。まったくコロコロとよく表情の変わる忙しない男だ。もしかしてクスリでもやってるのか?


「そういえば、あんたはなんでガイア騎士団になんか入ったんだ? どう見ても熱心な自然保護活動家のようには思えんがな」


 俺は螺旋式元素加速器サイクロトロンの脇の台の上に置かれた雷子石板タブレット型ペルソナ・コンプターレ(※PC)を弄くりながら、ふと浮かんだそんな質問をニコラにぶつけてみた。このゴーレムヲタのマッド・マジシャンと環境保護とはどうにも結びつかない。


「ハハン。僕だって、こう見えて環境保護に興味がないわけじゃないんだよ? 神さまが創ったのか、それとも自然の必然としてそうなったのか知らないけど、この完璧に組み立てられた地球の循環系を壊すのは極めて非魔術的で愚かな行為だからね……んでも、僕がGMEに入った直接の理由はスカウトさ」


「スカウト?」


「そ。僕はもともと米帝軍の魔術士官としてゴーレムの開発をしてたんだけどね。ついつい無断で次期主力機を僕の趣味に合わせて改造したら、それが軍法会議ものになっちゃってさ。あわやブタ箱暮らしかと思った矢先にGMEからゴーレム担当の術師として来ないかってお呼びがかかったというわけ。ま、僕はゴーレム弄くれればどこだっていいし、成り行き上、軍に背く形になっちゃったから他に行き場所もないしね」


 なぜか腰に手を当てて自慢げに嘯いているが、なんともアホウな理由の上にものスゴイ話である。そりゃあ、莫大な予算注ぎ込んだ新兵器を個人的な玩具なんかにすれば、おしかりを受けるのも当然のことだろう。そもそも米帝軍もなぜこんな変態を雇った?


「ん? ちょっと待て。それじゃあ、今でもMPに追われてるってことか?」


「うん。ま、今じゃテロリストと目される秘密結社の一員だし、追われてるのは米帝のMPからだけじゃないけどね」


「ハァ……まったく、どいつもこいつも……」


 暢気そうに笑って頷くニコラに、俺は額に手をやって大きく溜息を吐いた。


 俺も他人のこと言えないような理由でこいつらに手を貸しているが、なんともふざけたヤツらと付き合うことになってしまったものである。よくよく考えれば、こいつもアテナもテロリストの一味なのだ。ま、そんな無法者集団ならば、それも当然といえば当然か……。


「んで、今はテロ活動に使うゴーレムを作ってるってわけだな」


「テロテロって失礼だね。確かに僕らは武力行使もするけど、それは相手が武装してた時だけだよ? 破壊活動も自然環境に悪影響を与える施設や計画の障害となる軍事拠点に対してだけだしさ。だから僕のゴーレムちゃん達もテロ活動じゃなくて本格的な軍事行動に使ってるの。そんな過小評価しないでほしいね」


 呆れた口調で俺が言うと、ニコラは口を尖らせて、ちょっとピントのズレた反論を不満そうに返してくる。


「へいへい。そいつは見くびってて悪かったな……だがその口振りからすると、もうすでにGMEは軍隊相手にケンカできるくらいのゴーレムを持ってるんだろ? それなのに、なぜあのプロヴィデンス・・・・・・・に拘る? 中革連での作戦だって他のゴーレム使えばいいんじゃないか? それに多少とはいえ流出性物質が出る賢石力ゴーレムでは環境保護と矛盾すように思うがな」


「プロヴィデンス?」


 新たに浮かんだ疑問を何気なく口にすると、ニコラはポカンとした顔をして首を傾げる。どうやら、なんのことを言っているのかわからなかったらしい。


「ん? ……ああ、すまん。あのXLPG‐1のことだ。ほら、顔の部分に〝プロヴィデンスの目〟が描いてあったろう? それで俺の中では勝手にそう呼んでいた」


「ああ、なるほど。プロヴィデンスねえ……うん。いい愛称だ。いや、それはともかく、そりゃあ欲しくもなるってもんだよ。なんといっても世界初の賢者の石機関を搭載した米帝軍の最新鋭機だからね。手に入れれば、その魔法技術を盗めるし、いろいろと利用価値は高い。環境保護も本気でやるには武器が必要だからね。毒を持って毒を制すってことさ」


 無意識に勝手な呼び名を付けていたことに気付いて謝ると、どうやらニコラはその名を気に入ったらしく、笑顔でうんうん頷いてから俺の質問に答える。


「それに僕らの活動は隠密性を第一とするからね。大規模戦闘が想定されるような作戦の場合、こっちもゴーレム部隊を出したいとこだけど、そうなると隠密性の面で問題があるでしょ? その点、XLPG‐1の機体性能なら一機単独でも複数機分の働きができる。いくら僕のゴーレムちゃん達が優秀でも、さすがにそんな真似はできないからね。今度の中革連の作戦にも、だからアレが必要なわけさ」


「なるほどな。おまえらテロ…いや、過激環境保護結社にはおあつらえ向きの一品ってことか」


「その通り。加えて秘密の首領シークレット・チーフは、そう、まさにそのプロヴィデンスの目――EPシステムに興味がおありのようだしね」


「シークレット・チーフ?」


 また出た聞き慣れぬ謎の単語に俺は怪訝な表情で聞き返す。


「ああ、僕らのボスさ。カンパニーでいえばCEOだね。会ったことないし、どこの誰かも知らないんだけどね。そのボスから毎度〝秘密の教義シークレット・ドクトリン〟っていう指令書が届いて、それに則って結社員は活動してるんだ…って、部外者にちょっとしゃべりすぎだね。テへへ」


「フン…そうだな。到底、秘密結社とは思えぬ口の軽さだ」


 なんかトップ・シークレット的なことをペラペラと暴露してくれるこの秘密結社員らしからぬ結社員に、俺は皮肉を口にしつつ苦笑いを浮かべた。


「そういや、上のヤツらは大丈夫だろうな?」


 そんなニコラを見ていて心配になったので、俺は無機質なコンクリの天井を見上げて呟く。


「その点については心配ご無用。〝グラウクス〟のみんなは優秀だからね。問題ないと思うよ?」


 〝グラウクス〟というのは、アテナをサポートするために組織された実働部隊の通り名だ。現在、彼らには田園調布のあちらこちらで、すべての主要送雷線から枝線を俺の家に引き混む作業を行ってもらっている。


 なぜそんなことをするのかといえば、連環加速器を使って負ミューオンの元素線ビームを作り出すにはかなりの雷力を必要とするからだ。その一般家庭では到底賄いきれない大量の雷気が用意できなかっために、これまで俺個人ではこの実験がしたくてもできずにいたわけである。


 しかし、俺が問題視しているのはそのことではない……。


「いや、俺が言ってるのはそっちじゃなく蘆屋達の方だ。警護するにしてもアテナ一人で蘆屋はいらなかったんじゃないのか?」


 今、俺の頭上――地上の英国風邸宅内ではアテナと蘆屋が留守番をしている。


 彼女らの命運を握るこの偉大な作業を行うに当り、万が一にも当局の捜査やその他諸々の邪魔が入らぬようにとの配慮であるが、そうした仕事を得意とするアテナはともかくとして、どうにも蘆屋の必要性が感じられない。いや、なんだかむしろ嫌な予感がする。


「まあ、警護の方はアテナちゃんだけで充分だと思うけど、もし一般ピーポーのお客さんが来た時はアテナちゃん一人じゃちょっと心配でしょ?」


「確かに……だが、居留守をすればそれでも……いや、無理か。不審人物と早合点して無益な射殺事件が起きそうだ……」


 俺はニコラの言葉にいたく納得して、再び地下室の天井を見上げた――。





 その頃、地上の土御門邸内では……。


「――フンフンフフン♪ フフフンフフン♪」


 いつもの白衣に代わってピンクのエプロンを身に着けた蘆屋が、陽気に鼻歌を口ずさみながらキッチンで楽しくお料理をしていた。


「やっぱり男の人の家の台所でお料理するのってウキウキするわね~♪ なんていうか、カレシの家に遊びに来て、手料理を振る舞う恋人って感じ?」


「勝手にそんなことしていいのか? 昨日も冷蔵庫の中に貯蔵してあったプリンを無断で食べたらものすごく怒ってたぞ? あいつ、金持ちのボンボンの割にはケチでロリコンだからな」


 ノリノリで鍋を掻き回す蘆屋を、ダイニングの入口に立つアテナが冷やかに眺めながら言う。


 彼女も今日は高校に行く必要もないため昌平坂高の制服ではなく、ガイア騎士団が用意したライトグレーのミリタリーパーカーに同じく灰色のキュロットというラフな格好だ。


「いいのよ。ミュオなんとかができ上がったら成功を祝してパーティーしなくっちゃ。それに、あたしのこの手料理でロリコンのハルミンにも大人の女性の魅力ってものを教えてあげるんだから♪ うん。イイお味?」


「ま、わたしも久々にちゃんとした食い物でしっかり栄養補給したいからな……それじゃ、また一回り周囲の様子を確認して来る」


 鍋から小皿に取った赤い液体の味見する蘆屋に、アテナは素っ気なくそう告げると廊下を庭の方へと歩いて行く。


「は~い。あんまり遠くまで遊びに行っちゃいけませんよ~」


 今度はオーブンでピザを焼く準備にかかりながら、蘆屋はまるで幼い我が子を諭すかのように、首だけをそちらに向けてそう答えた――。





「――なんだか、実験よりむしろそっちの方が大いに心配だな……」


 俺は一抹の不安を覚えながら首をもとに戻すと、また気になったことをニコラに尋ねてみる。


「あんたもだが、蘆屋はさらに環境保護と無縁の存在のように思えるな。あいつはまた、なんでガイア騎士団なんかに?」


「イヒ、それには僕も同感。なんでも聞くところによるとだね、以前付き合ってた男が熱心なそっち系の活動家だったらしく、その影響で彼女もGMEに入団したらしいよ? ま、その男とはとっくに別れちゃったみたいだけど」


「男が原因か……そういうことならしっくりくるな。いかにも蘆屋らしい……」


 ニコラの答えに、俺は妙に納得して大きく頷いた。うむ。それでこそ芦屋だ。彼女もこの変態メガネも、そのキャラを微塵も裏切らずにいてくれる。


「じゃあアテナは? 見た感じ、あいつはまだ中学かそのこらの年齢だろ? なんでそんな子どもが秘密結社のエスピオンなんかをやっている? あいつこそほんとに謎だ」


 続けて俺は何気なくアテナについても同じことを訊いてみたのだったが……。


「いや、それが僕らもよく知らないんだ」


 これまでとは違い、その質問にはなんだか不明瞭な物言いでニコラは答えを返す。


「あの子は秘密の首領シークレット・チーフ直属のエスピオンとしてこの作戦に参加して来たからね。興味本位であんましほじるとこっちの身が危ないし、迂闊に探りも入れられない。僕らの間じゃ暗黙の了解として、秘密の首領シークレット・チーフに関わることを調べるのは禁忌タブー視されてるのさ」


 ハイテンションでよくしゃべる彼としてはらしくない、なんとも歯切れの悪い答えである。


「もちろん、僕もなんでこんな子供がって最初は思ったよ? でも、戦闘術とゴーレム使役の腕に関しちゃ並の大人じゃ歯が立たないレベルだからね。思うに孤児かなんかだった彼女をどっかから拾って来て、丹精込めて一流のエスピオンに仕上げたってとこなんじゃないのかな?」


ガイア騎士団のエスピオンとして育てられた孤児……あの子にはそんな暗い過去があるというのか? ……いや、あの年齢でテロリストなどやっているのだから、それくらいの生い立ちであってもむしろ当然か……あの起伏のない表情や同じ年頃の女子に比して妙に大人びた態度、それに世間的な常識に欠けるあの言動はそんな環境で育ったための副産物ということか……。


「ま、僕としてはゴーレム本来の性能をちゃんと発揮してくれる優良なパーツならなんだっていいんだけどね……XLPG‐1壊してくれたけど……」


 だが、ニコラはそんな過去になど興味を示さず、まるで使役者である彼女もゴーレムを構成する一部品ででもあるかのように、いかにもマッド・マジシャンらしい感想を述べる。


「ん? Dr.ツチミカド。まさか君はそんな子どもをゴーレムの使役者にするのは反対だなんて非魔術的なことを言い出すつもりじゃないだろうね?」


 そして、思わず黙り込んでしまった俺の顔を品定めするように、メガネの奥でその青い目を細めると、薄らと不気味な微笑みを浮かべならニコラは問いかけてくる。


「バカを言え! 子どもだからというのは問題の本質を見誤っている。それじゃあ、大人ならゴーレムに乗って人殺しをしてもいいのかという話だ。それに当の本人も嫌々やってるようには見えんしな。仮に精神操作されているのだとしても、多かれ少なかれ人は誰だって何がしかのコントロールを受けて生きている。自由意思などただの幻想。彼女の仕事を否定することは彼女のアイデンティティを否定することと同義だ。そんなのはただのお節介な偽善に過ぎん」


 なんだか、いつになく感情的になってしまった自分を見透かされているようで癪だったので、俺は無理矢理理屈を捏ねくり回して、そう、いつも以上に能弁に答えた。


「フフ、さすがは錬金術師。極めて魔術的な物の見方だね。やっぱり僕らは気が合いそうだよ」


「フン。貴様のような変態ゴーレムヲタとは死んでも気が合いたくはないがな……さ、こっちの準備はできた。あとはフクロウ・・・・からの連絡待ちだ。雷力の確保ができたら実験を始めよう」


 先程の薄気味悪い微笑とは一転、にこやかに笑いながら言うニコラに、俺は素っ気なく、だが本心からそう返すと机の上の固定雷話に目をやった――。

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