ⅩⅢ 新選隊

 各方面に波紋を広げつつ、土御門晴美と少女アテナの奇妙な密着学園生活がスタートした日の翌朝……。


 土曜となるこの日は講義も午前中しかなく、普段なら学生達の姿もそれほど見られぬ静かなはずの篠浦工魔術大学は、なぜか大勢のマスコミ関係者によってごった返していた。


「騒々しいものだな……」


 水色のシートで塞がれた搬入口の方を見やりながら、イェーガーは渋い表情でそう呟いた。


 その溶けた鉄扉の代わりに張られたシートの向こう側では、「立ち入り禁止」のロープを前に押しかけた取材陣が各々カメラを回したり、このプレハブを背景にリポートをしたりと騒がしくしている。


 事件の真相を隠すため、現在、アテナによって破壊された実験用のプレハブ施設は外界より隔離され、民間業者に偽装した衛兵団の工兵によって急ピッチで修復中であるが、まだまだ至るところにあの夜の傷跡が見てとれる。


「なぜこんなにもマスコミがいる? まさか真相を嗅ぎつけられたのではないだろうな?」


 イェーガーは近藤の方へ視線を戻すと、その狼のような眼で彼を見据え、尋ねた。


「いえ、表向きは燃料タンクの爆発だったと発表し、消防や警察にもこの件に立ち入らぬよう圧力をかけてあります。ここで新型ゴーレム開発がされていたことは周知の事実ですが、関係者にも機密保持を厳守させてありますし、それ以上のことまではまず掴めていないはずです」


 いつもの制服姿で直立する近藤は、イェーガーを真っ直ぐに見つめ返して淀みなく答える。


「ただ、ネットでGMEによるゴーレム奪取の噂が流れたため、半信半疑ながらも特ダネに飢えるマスコミ連中が群がって来ているのでしょう」


「そうか。それならば構わんが……このまま放っておくのも少し不安要素が残るな」


「はい。マスコミだけならまだいいものの、騒ぎが大きくなって他国の情報機関にまで興味を持たれては厄介です。それに自国の公安などにも……本来なら軍も警察も一丸となって事に当たるべきところなのですが、何分いろいろと事情がありまして」


 相変わらず視線は逸らさぬものの、どこか気まずそうな表情を浮かべて近藤はそう返した。


「フッ…こちらも同じだ。国防総省を出し抜こうと単独で動いた結果がこの様だ。ま、どこの国でも組織とはそのようなもの。同じ国益のために働いているはずなのに、力を合わすどころか足を引っ張り合うとはなんとも不合理だな。魔術師風に言えば、非魔術的というやつだ」


 近藤の言葉にイェーガーも鋭い眼差しを残したまま、口元には自嘲の笑みを浮かべる。


「とりあえず、この開発計画の責任者は更迭し、すべての指揮権はこちらに移管させた。これで少しは動きやくなるだろう」


「こちらも私の要求次第でどんな作戦命令書でも出してくれるよう密約をとりつけましたので、今後はかなりの無理がききます。上も事態を重く見てますから。いざとなれば演習にかこつけてゴーレムを出動させることも可能です」


 踵を返し、思い出したように歩き出すイェーガーについて近藤もゆっくりと進む。

見渡すと、プレハブ内ではあちこちでツナギ姿の工兵達が散らばった鉄屑を撤去したり、焦げた壁を塗装し直したりしている。


「これは身代わりのゴーレムか?」


 足を止め、イェーガーの見上げる整備用のラックには、モスグリーンで全身を塗装され、鉄兜を被ったような頭部のゴーレムが悠然とそびえ立っている。国産機としては初めて自衛軍が制式採用した零式汎用型ゴーレム「JKDG‐0」、通称〝Gゼロ〟のカスタム機である。


「はい。万が一、マスコミや間者スパイに覗かれた時の用心に、とりあえず相模原の陸上装備探求所から我が愛機を持って来ました」


「そういえば、君は本来、ゴーレム部隊の指揮官だという話だな。それも、かなり優秀な使役者パイロットだと聞いている」


 答える近藤に、イェーガーはGゼロの各部をさりげなく観察しながら言う。


「はあ……優秀かどうかはわかりませんが、自分や土方二尉、沖田三尉は、現在、新たに設立された新選抜ゴーレム特務小隊というものに配属されています。実際には教導アグレッサー部隊のようなもので、平時の主な任務はゴーレムを用いた戦術の探求開発といったところでしょうか」


「つまりはそれだけゴーレムの使役に精通しているということだ。模擬戦では負け知らずという話だし、中東でのPKO活動中に起こった突発的な戦闘でも大活躍だったそうじゃないか? ……それが、なぜこの開発計画の警備担当を?」


 彼のゴーレムから謙遜する近藤の方に視線を移し、イェーガーは続けて尋ねた。


「世界最高の最新鋭ゴーレムを間近に見られるということもありましたし、そもそも試作機の運用試験も我々の所管ですので。テスト使役者ついでに警備も任されたんです。まあ、この国では実戦に遭遇する機会もそうそうありませんし、我々も暇を持て余していましたから」


「なるほどな。ところがとんだ貧乏くじだったというわけだ。他人のことは言えんが、もしXLPG‐1を取り戻せなければ、お互い責任をとってトカゲのしっぽ切りの身だ」


「はい。自分ばかりか新選隊も開設早々あえなく解散でしょう……しかし、この一件はそれどころか政治的な問題にまで発展しかねません。外部に知られれば、それこそ一大事です」


「そうだな。オキナワのベースキャンプ移転問題もある。こちらとしても日米安保を危うくしかねない大問題だ。我が身の行く末を気に掛けている場合でもなかったな」


 それまで自嘲気味に砕けた口調で語っていた近藤とイェーガーは、お互い表情を改めるとともに再び気を引き締める。


「だが、いまだ海でも陸でも何一つ手掛りが掴めていない。XLPG‐1はどこに消えた?」


「すでに海外ということは?」


 特に答えを期待するでもなく、むしろ自問自答気味に尋ねたイェーガーに近藤が訊き返す。


「いや。その可能性は極めて低い。こちらも上層部は事態を重く受け止めているのでな。第七艦隊がネズミ…いや、ミジンコ一匹通さない包囲網を沖合に敷いている。高度な隠形マリーチ機能のついたあのXLPG‐1専用の小型賢潜でもない限り、まずそれの突破は不可能だ」


「となると、最早、海の中ということは考えられませんし、今もって検問にも引っ掛からないとなると、まだ都内のどこかに潜伏していると見るべきですが……引き続き検問は続けるとして、潜伏できそうな場所の捜索はもっと内陸部にまで範囲を広げてみます」


「そうだな……それから魔術師達の話によると、奪取当時のXLPG‐1に搭載されていた原質の量はごく僅かなものだったらしい。運用に耐えうるのは約1分といったところだ。となると、ヤツらが足りない原質を調達しようとする可能性も考えられる」


「はい。それを睨んで流通の監視と、また襲撃して奪うことも考え、ミュオニック・ジ・アクアやソーマを置いてある施設の警備も密かにさせています」


「いい判断だ。何も掴めず不安になるところではあるが、ここは焦らず地道にやっていくしかない。そうやって、じっと静かに待つのが狩りの鉄則だ。なに、餓えているところに持ってきてヤツらに逃げ場はない。その内、いやでも動かざるを得なくなるだろう」


 先に回って行動する近藤を頼もしげに見つめると、イェーガーは再び顔を上げ、Gゼロの頭部スリットから覗くマイヌ・カーメラをじっと見据えて言う。


「ええ。その時は我ら猟犬が確実に獲物を捕えてみせますよ……」


 イェーガーの視線につられ、近藤も愛機の雄姿を誇らしげに見上げながら、覚悟を新たにするようにしてそう呟いた……。

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