ⅩⅡ 今そこにある命の危機

 その日の放課後……。


「ちょっと紗貴! そんな急いでどこ行くつもりだよ?」


「ふ、二人とも待ってよ~」


 血相を変え、足早にどこかへ向おうとする紗貴を、指定の革製通学鞄を抱えた清香と更那が息も絶え絶えに慌てて追いかける。


「………………」


 だが、そんな親友達の声にも足を止めることなく、紗貴は長い大廊下を端から端まで一気に突っ切ると、そのままの勢いで階段も登り切り、特別教室棟の二階にある魔術室へと向かった。


 受けた衝撃の大きさのあまりすっかりスルーしてしまっていたが、今更ながらに一つ、おかしなことに気付いたのだ。


 一時間目の後、紗貴達が魔術室を去る段になっても、少女は窓際最後尾の席に座ったまま動こうともしなかった……。


 彼女だって次の授業があるだろうし、もし取ってる授業の関係で二時間目は空いていたのだとしても、いい加減、どかねば魔術室での次の授業が始まって……いや、もしかしたらあの少女は、二時間目もそのままあそこで土御門の授業を受けたのではないだろうか?


 単位制だし、土御門は錬金術系の授業を幾つも持っているので、授業の取り様によっては偶然そうなることもありえなくはない……だが、ひょっとしたらそんな時間割お構いなしに、二時間目ばかりか三時間目も四時間目も、さらには五時間目、六時間目と、反則的にも授業をだしに、一日中、土御門と同じ教室で一緒の時を過ごしていたのではないだろうか?


 いくら単位制だからって、一日中、同じ教師の授業などということはまずありえない……しかし、その無理を通して道理を引っ込め、少女は今も土御門の傍にべったりくっ付いているのではないだろか? そんな不安が、不意に紗貴の胸を過ったのである。


 廊下の角を曲がり、なおも速度を落とさずに進むと、彼女は目的地の前で急に立ち止まる。


「……ゴクン」


 息を整え、覚悟を決めた紗貴は廊下側の窓から魔術室の中を覗こうとしたのだったが……。


「…?」


 そんなことするまでもなく、ちょうど土御門と少女が仲よく連れだって、すぐ脇の引き戸を開いて出て来たのだった。


「もう帰るのか? それとも職員室か?」


「いや、保健室に行く。蘆屋に相談したいからな。もういい加減うんざりだ」


 まるで既視デジャヴュを見ているかのように、素っ気ない態度の土御門の後を少女が追うようについて行くという、朝や昼とまったく同じ光景だ。


「………………」


 想定外の遭遇に、紗貴は思わず壁際にその身を寄せ、親切にも二人の進路を確保してしまう。


「相談とはおまえのロリータ・コンプレックスのことか? 確かに教育者としては非常に問題あるからな」


「ああ。それにロリコンには社会の目が冷た……って、違う! 相談するのはおまえのことだ! これ以上、付きまとわれては堪らんからな!」


 これも朝・昼同様、紗貴はまったく眼中にない様子で、二人は彼女の今来た廊下を仲よくおしゃべりしりしながら階段の方へと歩いて行く。


「…紗貴ぃ~……あっ!」


「…ハァ……ハァ……ま、待ってよ~……へっ?」


 ようやく追い着いた清香と更那も、向かって来る二人を見ると驚いた顔で慌てて端に退く。


「蘆屋に訴えてもわたしは離れんぞ? おまえが裏切らずにちゃんと約束を果たすまでは油断できんからな」


「だから、やることはちゃんとやると何度も言ったろう? 少しは信用しろ。あれ・・に関しては責任を持って俺がなんとかしてやる」


 ……え? 責任? 約束を守る? ……って一体どういうこと? それに保険呪医に相談って……も、もしかして……あ、あの子、せ、せ、先生の子を……まさか、まさかそんな……。


 遠ざかる二人の話す内容に耳をそばだて、紗貴はあれこれあることないこと想像を巡らす。


 いいえ! 先生があんなガキんちょに手出すわけないわ! 何考えてるの紗貴! ……で、でも、先生、わたし達はおろか、あのお色気ムンムンな蘆屋先生にすら見向きもしないし、もしもそんな幼女しか愛せない真正ロリコンだったとしたら……ああもう! 聞いてもないのに悩んでたって仕方ない! いい加減、こうして見てるだけなのもバカらしくなってきた!


 そして、極限にまで達したその不安と焦燥は逆に彼女のナーバスになっていた心を風船が弾けるようにふっ切らせる。


「あなた、ちょっと待ちなさい!」


 気が付くと、紗貴は二人の後を追いかけ、踊り場から彼らを見下ろして叫んでいた。


「……?」


 彼女の声に階段途中で足を止め、土御門と少女は怪訝そうな顔で同時に振り返る。その、二人一緒に同じ動きをするところがまた妙に癇に障る。


「……呼んでるぞ?」


 少女が何か勘違いして、土御門の方を向いて言った。


「ん? 俺か?」


 呼び止める女生徒に、土御門も当然、自分のことだと考えて紗貴に答える。


「先生じゃなくて、あなたよ! あなた!」


「? ……わたしか? 別に知り合いではなかったと思うが……何か用か?」


 自分の方を指さして怒鳴る紗貴に、少女は小首を傾げながら抑揚のない声で尋ね返す。


「くっ…用があるから呼び止めたのよ! 話があるからちょっと付き合ってくれない?」


 その応答の仕方がまたムカつくが、ここは土御門の手前、紗貴はぐっと怒りを堪え、口元を引きつらせながらも再度、少女に語りかける。


「話? いや、悪いがわたしには任務が…」


「いいじゃないか! お友達は大切にしないとな。俺のことは気にせず行って来なさい」


 すると、渋る様子の少女に比して土御門の方はなぜか明るい笑顔を見せ、妙に協力的な態度で彼女を諭すように言う。てっきり少女を庇うものかと思っていたのに、なんか意外な反応だ。


「何を言っている? わたしはあの女のことなど知ら…」


「学校で騒ぎを起すと、おまえ達としてもいろいろ厄介だろ? ここは素直につき合ってやった方が得策だと思うがな」


 色よい顔をせぬ少女の口を塞ぎ、土御門はその耳元で何かごにょごにょと言い含めている。


「……わかった。やむをえん。その話とやらを聞こう。ただし、こいつが保健室に行くのを見届けてからだ」


 紗貴の耳にはよく聞こえなかったが、その土御門の囁いた言葉で少女も渋々承諾してくれたようである。


その後、これもまたどういう意味があるのか謎なのだが、清香・更那も加えた皆で土御門を保健室まで送って行った後、少女は言葉通り、素直に紗貴の求めに応じた――。





「――こういう時、俺は友人としてどうすべきなんだろうか?」


 とんだ勘違いから紗希が意を決してアテナを連れ出していたその頃、ここにもう一人、また別の角度から土御門のことを思う勘違い野郎がいた。


「やはり馬に蹴られて死んじまわないよう、他人の恋路を邪魔すべきではないのかぁ……だが、ああも露骨に一日中くっ付いていられては他の教師や生徒にバレるのも時間の問題だしな……それに最近、昼飯も付き合ってくれないから、俺、淋しいし……」


 傾きかけた日の光が横一列に並んだ窓から差し込み、目に沁みるほどのオレンジ色と濃い影の明暗に彩られた廊下を独り歩きながら、司馬は腕組みをすると真剣な表情で考え込んでいた。


「ここは、やっぱり俺が嫌われ者役を買って出てでも、恋に盲目になっているあいつを目覚めさせてやるっていうものかな……うん! それがあいつのためでもあるし、それこそが真の友情というものだ!」


 無駄に強く拳を握りしめ、司馬が意を決して顔を上げたその時、彼の前方でT字に交差する昇降口前の大廊下を、長い影を夕日に引きながら複数の人物の横切るのが見えた。


「………んん?」


 その影が通り過ぎて数秒が経った後、脳裏に瞬間記憶された映像を何気に再現した司馬は、思わずその目を大きく見開いてしまう……少し距離があるので見間違えかもしれないのだが、今、歩いて行ったのは式部という女生徒を中心にしたグループと、そして、あの土御門と恋愛関係にある欧米系の少女ではなかったろうか?


 いや、確かに「噂をすれば…」というやつで驚いたが、あの少女もここの生徒であるのだろうし、別に女友達と一緒に校内を歩いていたとてなんの問題もない……問題はないが、しかし気がかりなのは一緒にいたのが式部達だったということだ。


 式部達は別に不良グループだとか、そういうのではないのだが、彼女の父親は資産家の貴族院議員であり、彼女自身も成績優秀で快活な性格のため、親友の納言や孝標とともに女生徒達の間では一目置かれる中心的な存在である。


 その三人の後について、どこかへ連れて行かれるように歩いていた少女の姿がどうにも引っかかる……そういえば、式部もなんだか土御門のことが気に入っていたようだし……ハッ! まさか、みんなであの子を吊るし上げる・・・・・・気なんじゃ?


 その可能性に思い至った瞬間、司馬の身体は無意識に動いていた。彼はこの国が誇るジャパニーズ・ニンジャも真っ青な忍び足かつ高速ステップで廊下の角まで一気に進むと、潜んだ壁の影からこっそり4人の様子を覗う……すると、式部達は少女を連れ立って正面玄関から外へ出て行くつもりのようだった。


 まあ、鞄を持っているので、ただ単に帰るだけなのかもしれないが……。


 と、覗き見に集中していた司馬の方を不意にあの少女だけが振り返り、よく澄んだ碧の瞳でじっとこちらを見つめる。


「……やべっ!」


 司馬は慌てて壁の後に顔を引っ込める。まさか、これだけの距離を取っていて気付かれたとも思えないが、乙女の感で視線でも感じたのだろうか?


 ともかくも、そうしてしばし身を隠して静かにしていると、4人はそれぞれの下駄箱に別れ、靴を履き替えて校舎の裏手の方へと向かって行く……無論、司馬も見失うまいと、急いでくだびれた皮靴を履いてその後を追った。


 まるで探偵かスパイのように、時折、物影に隠れながらついて来る司馬の、そのどこか間抜けに見える尾行にも気付くことなく、やがて四人は学校の脇門から校外に出ると、となりに建つ湯島聖堂の敷地内へと入り、さらに階段を登って杏壇門という瓦屋根の乗った巨大な中国風の門を潜った所でようやく足を止めた。


 夕日に輝く黒漆塗りの杏壇門と扉の閉め切られた孔子を祀る大成殿、それを結ぶ左右の回廊で囲まれた前庭のがらんとした空間には、彼女達以外誰一人として人影は見られない。


 昼でも東京の真ん中とは思えないくらい静かな都会のオアシスなのであるが、夕暮れ時の湯島聖堂にはいっそう人の気配もなく、時折、寂しげなカラスの鳴く声が聞こえるだけの不思議な静寂に包まれている。


 そんな場所がら少々不謹慎な気もするが、この中国風の聖殿は密かに昌平坂高生達の恋の告白や秘密の相談をする絶好のスポットとなっていたりするのだ。式部達もそうしたロケーション的理由から少女をここへ連れ出したのであろう。


 司馬は四人の姿が門の向こうに消えるのを確認すると、足音を忍ばせながらも急いで階段を登り切り、自身は丸い門柱の影に隠れてそっと聞き耳をそば立てた――。





「――で、話というのはなんだ?」


「あなた、いったいなんなの!」


 いつもの抑揚ない口調で用件を尋ねるアテナに、紗貴は苛立たしげな様子で問い質す。


「なんなの? ……いや、見ての通り、おまえ達と同じ昌平坂高校の生徒、一年の原守愛天奈だ。国籍ということなら、父親が米帝人で母親が日本人なので両方持っている」


 アテナは少し考えてから質問の意図を誤解し、偽りのプロフィールを言って聞かせる。


「そういう意味じゃないわよ! 一日中、土御門先生にべったりくっ付いちゃって……先生とはどういう関係かって訊いてるの!」


 その返答がいっそう紗貴を苛立たせ、さらに彼女の声は怒気を含む。しかも一年生の割には二年の紗貴に対してなぜか妙に偉そうな態度だ。


「まあまあ、紗貴さん落ち着きなさいって……でも、はらすさん…だっけ? 確かにあなたとハルミンはなんだか怪しい感じだよね?」


 そんな紗貴を背後で見守っていた清香がなだめ、替わって今度は自身がアテナに詰問する。


「うん。怪しいよ。もしかして、先生と付き合ってるとか?」


「んが……」


 同じく清香の言葉を継いで尋ねる更那だが、相変わらずの天然ストレートなその発言に、紗貴は顔面を硬直させ、まるでシメられた鶏のような声を喉の奥から絞り出す。


「付き合っている? ……うむ。そうだな。付き合ってもらっている」


 一方、訊かれたアテナも紗貴の心情などお構いなしに、すんなりとかけられた嫌疑を肯定してくれる。ま、その〝付き合う〟の意味に両者の間で多少の齟齬があったりなんかもするのであるが……。


「なっ…!」


「ガチで?」


「まあ!」


 だが、そんな齟齬に気付くこともなく、その大胆発言…に聞こえた返答に紗貴は開いた口が塞がらず、清香も唖然と目を見開き、更那は赤らめた頬を両手で恥ずかしそうに覆う。


「で、でも、それは特別な意味での〝付き合う〟じゃないわよね?」


「いや、土御門とわたしは特別な関係にある。都合によりこれ以上詳しいことは言えないがな」


 最後の一縷の望みを託して確認する紗貴だったが、またもアテナはその意味を大きく取り違えて、任務上、教えても問題のないギリギリの範囲でそうはっきりと答えた。ネイティブではないアテナにとって、日本語が持つ微妙なニュアンスは大変難しいのだ。


「そ、そんな……」


「ハルミン、案外、手、早っ……」


「先生、やっぱりロリコンだったんだ……」


 アテナとしては事を穏便に収めるために素直に答えてやったつもりなのだが、おかげで紗貴は完全に血の気が失せた顔であるし、あとの二人もそれぞれの言葉で驚嘆している。


「話はそれだけか? なら、わたしはすることがあるからもう行くぞ?」


 呆然自失に言葉をなくした三人を見ると、アテナはそう言って早々に立ち去ろうと踵を返す。


「ま、待ちなさいよ! そんなの、わたしは絶対認めないからね! 土御門先生はあなただけのものじゃないんだから!」


 だが一歩踏み出したアテナの背中に、我に返った紗貴が青ざめた顔に再び血を上らせて叫ぶ。


「まあ、確かに抜け駆けはフェアじゃないわな」


「うん。紗貴ちゃんもハルミン先生に恋する乙女ちゃんだしね」


 足を止め、振り返るアテナに清香と更那も一応友人のためにと、だが、どこかおもしろがってもいる様子で口を挟む。


「紗貴以外にもハルミンファンはけっこう多いし、ここは一つ正々堂々ハルミンと公認カップルになる権利を賭けた全校挙げての恋の争奪戦といくってもんじゃない?」


「ああ、それいいね! やろう♪ やろう♪ ねえねえ、それはそうとアテナちゃん、どんな風にハルミン先生とそういう仲になったの? 告白したのはどっち?」


「あ、それ、あたしも知りたーい! んで、二人はもうどこまでいってるの? そういえば、さっき聞こえちゃったんだけど、保健室で蘆屋っちに相談ってなんのこと?」


「ああ! そうよ! それよ! 忘れてたけど、あれはいったいどういう意味なの? ちゃんと包み隠さず答えなさいよね!」


 眼を輝かせ、矢継ぎ早に質問をする友人二人に紗貴も喰い付かんばかりの勢いでアテナに詰め寄る。


 しかし、そうした恋バナに盛り上がる、年頃の女の子としてはごくごく自然なその言動が、図らずも彼女達を命の危機にさらした……。


「……うるさいヤツらだな」


 初めは穏便にすますつもりでいたアテナだが、質問に答えてやっても一向に解放してくれない相手を前に、もっと別の手っ取り早い手段で問題を解決したい気分になったのである。


 ここなら他に誰もいないし、絶好のロケーションだ……。


 アテナはブレザーの裏、左肩に下げたフォルスターの愛銃ベレッタM93Rへと静かにその手を伸ばす……が、その時。


「おい! やめないか、おまえ達!」


 突然、杏壇門の太い円柱の影から何者かが飛び出して来たのだった。


「し、司馬先生……?」


 そう……驚く紗希の言葉通り、先刻来、柱の陰でじっと事の成り行きを見守っていた司馬である。


 今、飛び出しては盗み聞きしていたことバレバレであるが、紗希達の勢いにアテナの身を案じてのやむを得ぬ判断だ。


「こんなところでいったい何をやってるんだ?」


 ここは教師として、上級生から吊るし上げを受けている女生徒を放っておくわけにはいかない……そんな無駄でお節介な義憤に駆られ、司馬はアテナと紗希達の間に割って入る。


「司馬先生、いつからそこに?」


「司馬ちゃん……もしかして話聞いてたの?」


「先生、どうしてこんなとこにいるの?」


 突然の予期せぬ人物の乱入に、紗希達は驚きと、そして盗み聞いていたことへの軽蔑のマナ脚を持って司馬を見つめる。


「チっ……」


 一方、仕事・・を邪魔されたアテナは抜きかけの銃を人知れずフォルスターへ戻すと、誰にも気付かれないよう小さく舌打ちする。


 もっとも、彼女だけは遥か以前からつけて来ている司馬の存在に気付き、紗希達を始末すると決めたその時点で、この間抜けな尾行者も一緒に消すつもりではいたのであるが……。


「先生っ!」


「いや! 皆まで言うな! だいたいの事情は察しがついている。まあ、おまえ達の気持ちはわからんでもないが、一人を相手に三人がかりというのはちょっといただけないぞ? それに古今東西、色恋の道はそう簡単に割り切れるもんじゃないんだ。ここは一つ、この酸いも甘いもすべてを知り尽くした、その道の大先輩たる先生に任せてみてはくれないだろうか?」


 抗議しようとする紗貴の口を塞ぎ、何が「わからんでもない」のか、司馬は両者の顔を交互に見つめながら、そんな出しゃばりな調停役を買って出る。


「……フン! 今日のところはこれぐらいにしましょう。でも、絶対にあなたと土御門先生のことは認めないからね!」


 まだまだアテナに言い足りないことや無関係の司馬に対する文句など消化不良のことは多々あったが、さすがに教師相手ではケンカにもならないので、紗貴は仕方なくアテナに向かって捨て台詞を吐くと、プイと顔を背けてそのまま行ってしまう。


「司馬ちゃん、盗み聞きなんて最低だよ」


「それじゃ、アテナちゃん。また今度ね♪」


 後を追い、清香は司馬を睨みつけ、更那は無邪気にアテナへ手を振ってそれに続く。


「フッ……」


 そんな三人を見送り、司馬は「所詮、教師ってのはいつだって憎まれ役さ…」的な笑みをナルシチズムに浮かべると、やってやったぜというドヤ顔でアテナの方を振り返る。


「さ、もう大丈夫だ。君はなかなか勇気があるな。上級生三人相手に堂々としたもんだったぞ? ……が、今回の件は君らにも問題がある。別に固いこと言うつもりはないが、付き合うにしても、もうちょっと人目を気にするというか、目立たないようにした方がいいと思うんだ」


 そして、陳腐な学園ドラマのような展開に独り取り残されるアテナに対し、教師の悪い癖でこんこんと要らぬお説教をし始める。


「君らはどうにもあからさますぎる。だから今日みたいなことになってしまうんだ。そもそもこういう、いわゆる〝禁断の恋〟ってやつはだなあ、なんかこう、お互い湧き上がる感情をぐっと堪えて、他人の前ではけして悟られないよう振る舞うところにこそ趣きがあるというか…」


「………………」


 なんだか勘違い甚だしいらしく、いい加減さっきからうるさい司馬を前にアテナはそのよく回る口を塞いでやろうかと再びベレッタに手を伸ばしたが、そういえば、この男が土御門と親しい様子だったことをふと思い出して、その危険な考えは土壇場でやめにした。もし、そのことが原因で土御門の賢石機関を直す作業に支障をきたしては困る。


「とりあえず、学校にいる間はそれとわかる行動を控えるべきだ。それにまだ君は高校生なんだし、そんなに急ぐことはないんじゃないか? もう少しだけ我慢して、高校卒業してから誰に文句を言われることもなく、堂々と土御門と付き合う方がきっと君達のためにもなると…」


「……なあ、もうそろそろ行ってもいいか?」


 たった今、実は危うく命拾いしたことを知る由もなく、なおも偉そうに講釈を垂れ流している司馬を見上げ、アテナは面倒臭そうにポツリと呟いた。

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